「白哉」
勤務が始まって間もない執務室に入るなり、
さくらは朽木を名前で呼んだ。
勤務中に私情を挟まぬ朽木のこと。
いくら恋人の呼びかけとは言え反応しなかった。
さくらは朽木の背後に回る。
しかしこのような失礼なことを許されるのは、
さくらだからだ。
1
朽木が筆を置いたのを見計らって
さくらは朽木の肩に触れた。
そして
ちゅ
仏頂面の横顔に口付けを落とす。
朽木は手にしていた書類を半ば机に放り投げると
「
さくら」
悪ふざけの過ぎる恋人の名を口にした。
2
背後にへばりついている
さくらを自分と向き合うように促し
今度は朽木が
さくらの肩に手をかけた。
「ん…」
朽木に支えられ、二人の唇は重なりそして体が絡まる。
すんなり口内へ進入を果たした朽木の舌は、
さくらの前歯裏から上顎をすり抜けた。
朝の身だしなみ故か爽やかな香りを
さくらの舌や鼻に送り込むと、離れ際も優しくふわりと引き離される。
3
「何事においても半端なことはするな」
頬でもなく口角に触れるぐらいの曖昧な場所に口付けたのか唇が触れただけなのかわからぬ
さくらの行為に
朽木は口付けるならこうだと手本を示してみせたのだ。
「はぁい…」
相変わらずの上手いキスに、
さくらの頬は紅潮していた。
さくらが口付けを催促したのならば「今は勤務中だ」と朽木も応じなかったであろう。
しかし礼儀作法を知らぬ娘は嗜めなくてはならない。況してや自分の恋人とあっては猶更である。
よって朽木流に
さくらを叱ったまでのことであった。
4
叱り終えた後も
さくらの背中に朽木の手は留まっている。
不自然な体勢のまま
さくらが身を摺り寄せると、朽木は膝の上に座らせてくれた。
口を開けば厳しいことばかり言われるが、
さくらが甘えたいのであれば朽木はそれを突っぱねたりはしなかった。
朽木の不自由になった手の代わりに
さくらが書類を押さえると、再び筆を手に仕事を再開する六番隊隊長。
冷たい横顔しか見せてくれないが、その手は
さくらを放さない。
5
「今日は副隊長さんは?」
さくらが終わった書類を机の左上に移動させながら問うた。
「…恋次は他隊へ出向いておる」
次の書類を手元に置くと、朽木はそっけなく返事をしながら再び筆を手にした。
ふうんと
さくらは鼻から抜けるような相槌を打つと、何時頃戻るものかとまた質問する。
6
「恋次に何か用か」
二人の仲を知っている阿散井が何時戻ってきたところで慌てることではない。
仕事も滞りなく進めている朽木は副官の話題にあまり気分は良くなさそうであった。
「副隊長さんに、チョコレートを渡そうと思って♪」
一瞬、朽木の筆の運びが止んだが
表情は変わらなかった。
7
「白哉は嫌いだものね、チョコレート」
さくらが死覇装の上から、そこにチョコレートが入っているであろう部分に手をやる。
さくらは俯いていたが、朽木が睨んでいるのはわかっていた。
「…甘い物を好まぬだけだ」
今朝だって朽木が出仕する前から、机には山と積まれたチョコレートは全てがビターであった。
それでも朽木は「私の机はごみ置き場ではない」と阿散井に全て贈り主に突っ返して来るように命じたのだ。
当然恋人の
さくらなら、朽木の嗜好ぐらい百も承知だ。
ビターチョコレートなら好んで口にはせぬが恋人からであれば別である。
8
「んー。でも白哉に無理させちゃ、悪いから。チョコレートは副隊長さんだけにあげるねvV」
何やら言葉尻に義理チョコらしくないものを感じて、朽木はこめかみにストレスがかかってきていた。
「無理などしてはおらぬ」
いくら今日がチョコレートを贈るのが定番で、恋人が甘い物を苦手でも
その部下にはきちんと贈り物を用意して肝心の恋人に何もないというのは朽木のプライドを逆撫でする行為だった。
9
「えー…。じゃあ、もしもよ?私が甘いチョコレートを白哉にあげても食べてくれる?」
甘いのか!?
心の中では即座に突っ込みたかったが、普段の朽木らしく一呼吸おいて
「甘さの程度にもよる」
と形だけでも
さくらからチョコレートを受け取りたい朽木は呟いた。
「すっごく甘いのvV」
身をくねらせて、朽木の胸に更に擦り寄った。
10
「………」
朽木は最早、業務どころではない。
頭の回転の速い朽木は
チョコレートを断って恋人の機嫌を損なうか、この世の終わりのような甘さのチョコを食べてでも恋人の厚意を受けるかの二者択一を迫られていた。
「白哉は無理しなくていいからね」
さくらはそう言うと、二つの包みを机に置いた。
明らかに甘そうで子供っぽい包みのものと、羽裏色の青藍の包装紙に包まれ牽星箝の色をしたリボンがかけられている小さな箱。
11
二者択一の現物を目の前に置かれ平然とすぐさま手を伸ばしたが、朽木がどれほど覚悟を決めて青い包みを手にしたかは筆舌しがたい。
銀色のリボンを解き、蓋を取り、香ばしい色のそれを凝視する。
添えられているピックを手にし、六粒のうちのひとつに刺し
口許に寄せるまでにどれほどの時間と勇気が要ったことか……
12
「
さくら…」
口にしたものを綺麗に喉を通し終えると、普段と変わらぬ声で恋人の名を呼んだ。
「美味しい?唐辛子入りのチョコレート。スパイシーチョコって言うそうなのvV」
さくらの誘導にはまり、極甘チョコレートと思いながらも(内心冷や汗もので)恋人からのものであるが為に苦手な食べ物を口にしてくれた朽木に、
さくらは彼の愛の深さを感じた。
13
「礼をせねばならぬな」
さくらの背を抱いていた手が肩を通り越して、いつもの朽木らしくなくグイと顎を上げさせた。
「えっとぉ。お礼は先にいただいたから」
ね?と
さくらが自分の唇を指す。
成程。だから今日は突然にあのようなことをしたわけか。
つまりは最初から計画していたわけだ…と朽木が理解できぬはずがない。
14
「それでは私の気が済まぬ」
まんまと引っかかった朽木は、恋人の悪戯にお茶目さよりも不快感が強かったのか
目頭に力が入ったのがはっきりとわかった。
「やぁん!白哉、ごめんなさ~い」
さくらは軽く謝った。
しかし朽木は更に無理矢理顎を上げ、
さくらの口許をガードしている人差し指をもう片手で包み込んで下げさせた。
15
まずい。
からかい過ぎたと
さくらが反省するも時既に遅く、朽木の唇は真っ直ぐ近づいてくる。
「ごめ…なさ ぃ」
刺すような朽木の眼差しに、本気で怒らせてしまったと
さくらが思ったのも無理はない。
朽木の鋭い視線と目を合わせているのが限界に達すると
唐辛子味の口付けで許してもらえるものならばと恋人を試した
さくらは反省し、目を閉じて覚悟した。
16
「結構な物を頂戴した」
朽木の唇は
さくらのそれには触れずに、恋人の耳元で囁いた。
え?と驚いて目を開けたものの、見えるのはサイドの牽星箝に留められた黒髪だけで
朽木は更に
さくらの鼓膜を震えさせ
「
さくら、幾らでも私を試すがよい。必ずや其方の期待に応えてみせよう」
そして…、と猶もお菓子より甘い言葉を囁く。
さくらにだけ、そっと低く優しく………。
「
私の愛の深さを知るがいい」
チョコレートよりも
甘い言葉を……。
fin*
************************************************最後は朽木隊長も
さくら様に仕返し(お返し)というオチでございましたが、わかっていただけましたでしょうか?←わからんようなモノを書くなって
ラストのメッチャ甘い科白を思いつかず皆様に委ねようと思いましたが、朽木隊長にどんな科白を言ってもらいましたか?
よければ教えてくださいませね!
タイトルについてですが
朽木隊長のお声のあの方の科白と聞きネタ元不詳のままタイトルにしてしまいました。
しかしやはりそれではまずいと探してみたところ「マージナルプリンス ~月桂樹の王子達~」ジョシュア・グラント役にてこれに似たような科白(調べた限りでは「Trick or treat!お菓子の代わりに甘い言葉をくれないかな?」)をおっしゃったご様子でした。
こういうのに疎いので、ご存知の方からの指摘があれば訂正いたします。
天宝院さくらでした。
2008.02.09
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月