二月十四日
今日はバレンタインディという現世のお菓子・チョコレートを女の子が好きな男の人に渡して気持ちを伝える日。
現世の風習であるものの、瀞霊廷通信で毎年この時期になると取り上げられる為に新人の隊士だって少なからず知識はある。
さくらの恋人は護廷十三隊八番隊隊長京楽春水。
サボリ魔で女のコのお尻ばかり追いかけているおちゃらけ隊長。
しかし…
1
「隊長。
さくらさんがお見えです」
いつもは勤務時間中にお邪魔しようものなら目くじらを立てる七緒が、今日はすんなり面通しした。
「
さくらちゃんが…そう。七緒ちゃん、ボク少し席を外していいかな?」
「構いません」
京楽は落ち着きのある声で七緒にごめんよと断って立ち上がる。
京楽の言うとおり、“ボクが本気で言えば七緒ちゃんは言うことを聞く”副官なのかと、
さくらは少し驚き今日の風格ある恋人の姿は一段と素敵に映った。
裸足の足が
さくらの至近距離まで歩み寄り、花柄の着物の中から伸びてきた腕が
「行こうか」
と
さくらの肩を捉えた。
2
二人が執務室を後にし、完全に姿を消すと七緒は溜息をつき
「ぷっ、ククク…」
京楽の気取った態度を笑った。
七緒は二月十四日ともなれば何処でフラフラしているかわからない京楽に、恋人のできた今年は先手を打った。
さくらとの午後を邪魔しない代わりに、溜まっている書類を全部片付けることを条件にあげたのだ。
最初は面倒だが簡単な事とダラダラしていて、やはり昨日までに終わらせることは出来ず
京楽は必死になって午前中に仕上げた。
3
それが終わった途端、
さくらちゃん
さくらちゃんと煩いったらありゃしなかった。
先程まで
「
さくらちゃんバレンタイン忘れてないかな?」
「
さくらちゃんチョコレートくれるかな?」
「
さくらちゃんチョコレート買えたかな?手作りかな?」
「
さくらちゅわあん、まだ来ないのかな?」とウロウロそわそわしていたのだが、
さくらの霊圧を感じると途端に背筋を伸ばして席に着き、今しがたまで職務をこなしていたフリをした。
「今日だけですからね、隊長…」
七緒はクク、とまた思い出し笑いをした。
4
八番隊隊長京楽春水。
隊長格の中でも殊更スケベでだらしなくて酒飲みな男の恋人、
さくら。
日頃、京楽の口から軽率に零れる数々の褒め言葉を浴びようとも
さくらは不安であった。
そんじょそこらの美人ではいくら彼が鼻の下を伸ばしていても“唯の観賞用”でしかない。
そう…
京楽春水の理想は高く、好みははっきりしている。
中途半端に満遍なく合格ラインの女の子なんて
“お尻を追っかけ回してきゃあきゃあ言わせるおもちゃ”程度の存在。
とびっきりの美女とか完璧な才女とかどこから見ても可愛い女の子とか
何か、秀でていなければ彼の目には留まらない。
5
「女のコはね、華なんだよ」
京楽のいう華とは、華やかさのこと。清楚な花にも華やかさがあるという。
自分を卑下するような女は、彼の目には留まらない。
背筋を伸ばして堂々と自分の欠点と向き合える女でないと。
そんな女のコを京楽は見抜いて
春風のようにさり気なく夏の日差しのように情熱的に
秋の森のように深く
冬の厳しさのように風格をもって
包んでくれる。
だから…
6
「あのう、京楽隊長…」
隊首室に着くと、頭に大きなピンクのリボンを結んだ
さくらが頬を同じ色に染めて手渡した。
「ありがとう、
さくらちゃん!」
思わず京楽の眉尻は下がりいつもの顔になる。
でもそこが京楽らしい。
本当に本当に、
さくらからのチョコレートを心待ちにしていた蕩けそうな笑みを見せた。
「い…いいえ///」
京楽は礼を述べると同時に
さくらの背中を抱き寄せていた。
京楽の体臭に華を添える香油の香りが
さくらの鼻をくすぐる。
開け気味の胸元から覗く胸毛から匂い立つ、
さくらの心臓を煽るには十分な大人の男の香り。
7
「お返しはまた今度ね」
これは“お礼”と、京楽の唇は
さくらの額の生え際に触れる。
すると
さくらの眉に京楽の揃えられた髭が触れるのは当然のことで
京楽はゆっくりと顎を動かすことで
さくらの眉をなぞった。
いつもながら、大柄で武骨な体躯に似合わぬ繊細な愛撫。
「春水さん…」
さくらは思わず名前で呼んでしまった。
仕事中は公私の区別をするようにと七緒に言われていたが、
今日は七緒さんのお許しがあるんだもの、いいよね…と自分に言い訳をしながら更に部屋の奥へと京楽に導かれる。
8
板の間の隊首室に京楽は腰をどっかりと下ろすと、
さくらを胡坐の上に座らせた。
「
さくらちゃん、開けてくれるかな」
「はい」
京楽は
さくらに包みを開けさせる。
「あ、の。これです」
愛らしい紙に包まれた中から深く落ち着いた茶のチョコレートが顔を覗かせた。
9
「美味しそうだねえ。
さくらちゃんが食べさせてくれる?」
「は…い///」
ニヤけた顔であるはずなのに、京楽の腕の中にいる今はそれも大人の余裕に見える。
さくらは指先の体温にも溶けてしまいそうなチョコレートを摘まんで京楽の厚みのある口許に寄せた。
京楽は
さくらの指ごと味わって、チョコレートを堪能する。
「ンフ。美味しいね。
さくらちゃんもこのチョコレート食べたの?」
「あ、いえ。私は…」
リキュールというアルコール度の高いお酒入りのチョコレートだということは知っている。
現世の高級洋菓子店で京楽の好みに合うものを探してきてもらったもので、
さくらが口にしたところで美味しいとは思えないだろう。
10
「そう。じゃあ、どんな味か教えてあげるね」
さくらの頬に京楽の大きな手がかかり、顔の半分を覆ってしまいそうだ。
親指が頬の下を滑り、唇を僅かに開くよう促す。
「春水さ…」
さくらの口に含まされたのは京楽の深みのある赤い舌で
さくらの口の中で円やかな曲線を描き唾液にほのかに甘さの混じったものが浸入してくる。
「んぅ」
口内から鼻腔に抜ける濃厚なリキュールの香りは時折上顎に打ちつけられる舌に似て、
「可愛いねえ」
強く甘く
さくらを魅了する。
11
「しゅン…」
「ああ、ほんとに可愛いね」
だらしない表情を見せる京楽が、
他の誰にでも告げる言葉ではなく
「可愛いよ、
さくらちゃん」
さくらだけに囁く言葉。
僅かなトーンの違いを聞き分けられるのは、京楽に愛された女だけの特権。
12
「ンあ…ふ」
口の中でとろとろに溶ける熱い京楽の舌技とチョコレートのほのかな味わいに、
さくらはすっかり酔いしれていた。
「ありがとうね、
さくらちゃん。
キミも食べてしまいたいくらい可愛いねえ」
「春水さん。私…可愛いですか?」
自惚れではなく、貴方の言葉を確かなものと感じたい。
なのに――…
「それはね――」
言葉よりももっと深いもので教えてあげると
だらしなく眉を下げた京楽の濃厚な唇が囁いた。
Hold me
spellbound forever
~私が貴方に夢中な理由は、他の誰も知らなくていい ~
fin*
************************************************タイトルの直訳は「ずっと私を魅了して」という意味です。
七緒さんは、京楽隊長の男としての魅力を知らない設定です。
京楽隊長は護廷十三隊一、女性を満足させることに長けた男だと思うんですがね……。
さくら様。この後はもう、京楽隊長にメロメロに腰砕けさせられちゃってください。
京楽隊長のお髭は1.5cm以上はある(伸ばしてる)、さわさわのお髭だと信じている天宝院さくらでした。
2008.02.04
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月