「よお!白哉」
時折臥せる男とは思えぬほど、屈託の無い笑顔で朽木を追いかけて来たのは十三番隊隊長浮竹十四郎である。
「どうした。先生の処へでも伺うのか?」
朽木は眉ひとつ動かさずそんな浮竹を…
眺めているのか睨んでいるのか、歩調を合わせたのは浮竹のほうだ。
「兄は四番隊に赴くところか」
「ああ。そうなんだ」
漸く会話を成立させたかと思えば相変わらずの体調かと皮肉を込めた朽木に、浮竹は胸をぽんと押さえてみせる。
「今期入隊した子が薬を担当してくれるようになってから、随分と楽になってな」
笑顔で語っていた浮竹は朽木が一瞬見せた驚きに気付かなかった。
「だから最近は定例会も、そう休んでないだろ?」
白い髪を揺らしながら、隊長が自慢するような内容でもないというのに嬉しそうだ。
「…確かに。兄は最近、隊首会の出席率は良いようだ」
朽木がわざわざ長い相槌を打つのは稀である。
1
「その四番隊の者。さぞかし、官位の高い隊士であろう」
「いやあ。
さくらは平の隊士だよ。何でも子供の頃から医術を学んでたそうだ」
やはり―――…
朽木は自分の直感が正しかったと確信した。
やはり、
さくらかと。
「四番隊は傷を癒すのは長けているが、俺みたいな病持ちは専門外だからな。
さくらには随分助けてもらってるよ」
浮竹の表情は終始笑顔である。
「…ならばいっそ、隊に引き抜いてはどうだ」
朽木が心にも無いことを口にしたのは理由があった。
「十三番隊にか?はっはっはっ!そんなことしたら卯ノ花にどやされるじゃないか。俺の薬の調合とは言っても週に一、二度のことだ。
普段
さくらは色んな薬を調合してる。
配合は勿論、製薬するまでの工程の僅かな違いで効き目が変わるらしいな。俺にはわからんが」
だから、
さくらは四番隊に必要なんだと続ける。
2
そうか。兄は
さくらを手元に置くつもりはないのか……。
可能ならば自隊に
さくらを配属したかった朽木は、
さくらを望む理由があっても自隊に彼女を望まない浮竹に恋敵ではないのかと少し安堵した。
「そう言えば
さくらの弟。白哉の隊(ところ)にいるよな」
「………」
こういうことに鈍い浮竹が、気付くはずはない。そう思えたが、やはり事実を指摘されると心は騒いだ。
「
天宝院だ。
天宝院武礼。いるだろ?」
知らぬと惚けようかとも思った。
「阿散井君の手伝いをしてる、ホラ…」
「――あ奴か…」
副官の直接配下の者であるとまで知られていては、誤魔化しようがなかった。
3
「阿散井君は茶まで甘いのが好きだがお前は茶でさえ甘いのは苦手でお互い同席しないから、遊びに行くと一日六番隊に居座ってしまうとかで…」
もう、朽木は顔を背けるしか手立てはなかった。
浮竹は直前まで名字を口にしなかったから
武礼の姉であることに気付かなかったことにできるかと思ったのだが、
そこまで知られていたのなら自ら「それは
天宝院のことか?」と訊ねるべきであったと後悔した。
「姉弟揃ってお前に世話になってるって言ってたな」
不覚である。
あの、口数少ない
さくらが浮竹にこれほど自分のことを話しているとは、朽木は夢にも思わなかった。
「
さくらとは、兄とそのようによく話をする娘なのか」
驚きと嫉妬と確認。朽木の質問には幾多の感情が混ざる。
「普段は無口だが、
武礼の話は別だ」
成程。話し相手が浮竹だからでも非番や他隊の話だからでもなく、弟絡みの話だからであったかと朽木は今後用心する点を踏まえる。
それと同時にこれ以上、この話を続けさせぬようにしなければならない。
4
「…もう四番隊を過ぎるが、よいのか?」
加えて話に夢中になって浮竹が自分の用事を失念しているのかと思い、朽木は訊ねた。
「ん?ああ。
さくらは綜合救護詰所にはいない」
普段薬品類に全く縁のない朽木は、
さくらが駐在している詰所さえ知らなかった。
「そうだ、白哉。
さくらの詰所(ところ)に寄ってかないか?」
「何故私が立ち寄らねばならぬのだ」
自然に問うたつもりであったが、間髪入れずに問うたことで動揺を悟られなかったかと浮竹を見遣る。
「今日は詰所に
さくら一人だ。一日中誰ともろくに話すこともなく、可哀想だろう」
だから兄は、
さくらが一人の時に薬を貰い受けに赴くのか?
さくらの話し相手になってやる為に……。
それはこの男の思いやりなのか、それとも…自らの気持ちに気付かず無意識の好意の表れなのか。
屈託の無い笑みを見せる浮竹の本心は計り知れない。
5
「兄一人で十分であろう」
浮竹の誘いに素直に頷けぬのが朽木だ。
「まあ、そう言うな。
さくらだってお前が一緒のほうが喜ぶ」
こっちだと羽織を引っ張る強引な手に、朽木が渋い顔をしても浮竹は怯むことなく
さくらの居るという詰所へ連れて行く。
「
さくら。邪魔するよ」
「…こんにちは。浮竹隊長、朽木隊長。今日はお二人ご一緒ですか?」
浮竹の来訪がそろそろであるとわかっていたのであろう。
机の上には浮竹のカルテが用意されていた。
通い慣れた浮竹は、すとんと椅子に腰掛ける。
さくらは朽木に椅子を勧めた。
単純に綜合救護詰所に薬を貰いに行けば
さくらに会えると思っていた朽木は、
さくらが一詰所を任されるほどの実力の持ち主であることに驚かされた。
週に一日二日のこととは言えど護廷十三隊の全医薬品を一手に、入隊一年目の平の隊士に任すなど尋常ではない。
6
卯ノ花は、
さくらの真の能力を知っての配属か……?
弟に甘える姿しか記憶になかった朽木は、初めて
さくらと出会った日を否が応にも思い出した。
戦術との質は違えどあれ程の鬼道は久しく見たことがなかった。
霊圧こそ平凡以下だが、よくよく探ってみれば
さくらの細やかな霊質は卯ノ花にも匹敵する。
何故、これほどの娘を卯ノ花といい浮竹といい、自然とあしらえるのだ?
私ならば是が非でも手に入れたいと望むのに…。
と心の中で、本人を目の前に呟いている自分に朽木は慌てた。
「朽木隊長」
更に驚いたのは
さくらが自分をじっと見詰めていたことだ。
「…何だ」
驚きを押し殺して、不機嫌な訊ね返し方しかできなかった。
しかし
さくらは微笑んだままだ。
7
「一度お勧めしてみたかったのですが、よろしければ生姜湯はいかがですか?」
砂糖を入れる前の生姜湯など、通常は口に出来かねる味である。
さくらは生姜だけでなく柚子や金柑、陳皮など色々ブレンドを工夫して砂糖の甘さに頼らなくとも辛党の朽木が飲めそうな味を以前から試行錯誤していたらしい。
「
さくら~。俺にはないのか?」
「浮竹隊長はこちらの生姜湯をどうぞ」
要は普通の黒糖入りの生姜湯だ。
浮竹は自分専用に近い湯呑みを、茶托も省いて淹れてもらっている。
「お。済まん」
さくらの手から直接湯呑みを受け取る姿に、朽木は嫉妬する。
8
「朽木隊長。どうぞ」
朽木に差し出されたのは茶托に乗った浮竹の半量ほどしか入らぬ普通の湯飲みである。
茶以外の飲み物を口にするなど滅多にないことだが、この季節体を温め風邪の予防にもなるからと言われれば断る理由もない。
「…頂戴する」
少し刺激のある味は朽木の好みに合った。
浮竹は
さくらを気の利く女だと褒めたが、単に砂糖を抜いただけでないのはずっと眺めていた朽木にはわかっていた。
咄嗟に作ったものではなく自分の好みに合うように、
さくらが日頃から気にかけてくれていた。
朽木には
さくらのこの心遣いは突然訪れた今の自分に対してだけではないことに、飲み干した生姜湯の温度以上に体の芯が熱くなった――――…。
9
朽木が
さくらのいる医薬品取扱専門詰所を訪れた日から数日…。
昼下がりの休憩時間に入る少し前。
朽木はそろそろかと口を開いた。
「恋次。茶を持て」
「あ、ハイ」
貴族の嗜みのできている
武礼が勤務の日は、茶を頼まれても阿散井はそのまま
武礼に伝えるだけだ。
しかし今日は
武礼が非番である。
いつもの癖で武礼を捜し、彼が非番であったことを思い出すと阿散井は腰を上げた。
茶を淹れるのは面倒だし自分が淹れても隊長の口には合わない。
誰かを見つけて頼むにはどうせ席を立たなければならないし、そのほうが気分転換にもなる。
退室して一度伸びをすると、首をコキコキ回しながら廊下を進んだ。
「休み時間前だと、どうしてこう人がいねーんだか…」
ドスドスと気にせず足音を立てて周囲を見回すが、茶を頼める相手が見つからない。
10
「お~、
さくら」
阿散井の地を這うような声が、遠くから朽木の耳にも響く。
「………」
小さくて聞き取れはしないが、阿散井よりはるかに音域の高い声が微かに朽木の耳元を撫でる。
「おう、いつもありがとな。でよ、隊長に茶を淹れてくんねーか?」
「……」
昼下がりの休憩時間に
弟の上官に茶菓子を持って姉が現れる。
「隊長、失礼します」
彼女を連れて戻ってくる阿散井。
「こんにちは、朽木隊長。お邪魔致しております」
さくらは挨拶を兼ねて、六番隊を訪れると必ず一度は朽木に顔を見せる。
「
さくらか。…其方、手は空いておるか」
「はい」
朽木が広げていた書類は整理され、部屋を去る支度は整っている。
「恋次、私は隊首室に戻る」
「わかりました、隊長。茶は
さくらが淹れてくれるそうです」
「そうか」
言わずも哉、
さくらが茶を淹れてくれるなら朽木も阿散井も文句のつけようもない。
11
「
武礼。オメーも茶菓子食うのかよ?」
「いただきます。ちゃんと二個ください」
阿散井に渡した茶菓子から、自分と姉の分を皿に取り分ける。
「隊長と一緒のあられとか、塩昆布にでもしときゃーいいじゃねーか」
「
さくら姉の手作りの菓子のが、いいに決まってるじゃないですか」
「シスコン」
「シスコンで結構です」
阿散井に向かって思い切り舌を出すと、
武礼は盆を手に姉と朽木の後を追う。
六番隊を訪れた
さくらが、
武礼から離れることはない。朽木もまだ、
さくらと二人だけで会ったことはない。
それでも少しずつ
朽木の後について歩く機会は増えている。
「お庭の椿に蕾がつきましたね」
「…来週には色が判るかも知れぬ」
六番隊の寒椿に、漸く若い蕾がついた。
「あんなに青々としていては、まだ先です」
少しずつ
二人で話す機会が増えている。
12
「ならば再来週も参れ」
「隊長はご存知でしょう?どうして教えてくださらないのですか?」
朽木が視線を
さくらに向ける。
「そのほうが、其方も楽しめるであろう」
それがこの男の微笑みであることを、
さくらは既に知っている。
「そうですね。楽しみにしております」
さくらがふふと小さく含み笑いをする。
蕾がもう少し膨らみ
寒椿の花色がわかる頃には
きっとまた少し、
二人の距離は縮まっているだろう……。
fin*
************************************************緑色した椿の蕾は常緑の葉に隠れてよく見ないとまだわかりません。
でも少しずつ円錐が膨らんで、緑色が薄くなって、ほのかに花の色を匂わせてほころび始め春の訪れを教えてくれるように
朽木隊長と
さくら様にも少しずつ、春が訪れている情景を書いてみたくなりました。
甘かったかな?
そうでもないですかね?
朽木隊長はよほどの時でないと、積極的に動きませんからね。
夫婦となった後の二人に期待しましょう…って、それでも甘くなかったらどうしよう!(^_^;)
天宝院さくらでした。
2008.01.09
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月