「あ、おい。京楽!」
浮竹が手を伸ばした時には、京楽は既に一番隊隊首室の戸を開けていた。
「浮竹ぇ、僕はお先に失礼~」
その言葉尻までを室内に残して戸は閉じられた。
「…ったく」
体から離れた手で浮竹は頭を掻いた。
お小言を戴きかけた京楽は、山本総隊長が本題に入る前に隊首羽織と花柄の着物を翻したのだ。
「申し訳ありません、元柳斎先生」
浮竹は欠礼した京楽の代わりに頭を下げた。
「…あ奴の逃げ足の速さは相変わらず天下一品じゃな」
山本は何ら非のない浮竹に当たることなくそう言うと
早めの帰宅を促し良い年を迎えるように言葉を結び、退室を促した。
毎年の事といえば毎年の事で、京楽と二人仕事納めの日に山本に一年の締めくくりの挨拶に向かう。
山本は浮竹の体を気遣い、京楽のやる気のない素振りを少々嗜め、最後に年末の挨拶を頂戴するのだが、
今年は自分の素行に話が及ぶ前に京楽が行方を晦ましてしまったのだ。
1
だから例年ならば浮竹も先生のおっしゃることは御尤もと、愚痴る京楽を引き連れ隊に戻るのだったが
今年は一人閑散とした隊舎を黙々と戻ることとなった。
今日は朝からどんよりと天候も思わしくなく、日が昇ってもその恩恵は降り注がれている感はない。
爪先から忍び込む寒さに浮竹は総隊長が何故手短に話を切り上げたのかを悟った。
この冷えは、夜半には雪をもたらす。
足元の悪い明日の朝よりも、本日の夕刻のうちに帰途に着くよう山本は浮竹の体を気遣ったのだ。
恩師の相変わらずの心遣いに頭の上がることのない浮竹は、帰る前に京楽を捕まえて年内に一言言わずにはいられなくなっていたが
京楽があんな無作法な態度を取ったのも、話を早々に切り上げ先生と同じく自分を帰途に着かせる為であると気付き
立ち止まっていた足を再びのろのろと進めた。
一番隊から十三番隊まで、自分の足音だけを供に戻る浮竹は手持ち無沙汰な心持ちで道のりの三分の一程度まで来ていた。
ふと、再び浮竹の足の運びが無防備に止まった。
2
補給部隊でもある四番隊は隊士が比較的遅くまで残留していても不思議ではないが、
「………」
そう都合よく自分の恋人に出くわすとも思えず
浮竹は目の前を静々と歩く女性隊士の霊圧を確かめた。
死覇装に下ろした髪を地味な髪留めで留めており、普段の
さくらではない後姿にいささか自信がなかったのである。
しかし紛れもなくその霊圧は恋人のものであった。
難なく声が届く範囲まで浮竹は急ぎ近づき、タイミングを見計らって愛しい婚約者の名を呼んだ。
恋人は自分の名を背中に受け、一旦歩みを止めると腰を捻って徐に振り返り
「…浮竹隊長」
ゆっくりとその名を放った。
見慣れた、普段のおっとりした
さくらだ。
3
「
さくら。昨日で終わりじゃなかったのか?」
「はい、御用納めは昨日でした。今日は宿舎と隊舎の片づけ等をしておりました」
ふうんと浮竹は恋人の笑みから零れる今日の行動を聞いている。
「家には何時(いつ)帰るんだ?」
「本日
武礼と一緒に帰ります。
武礼は今日が御用納めですから…」
ああ、と浮竹も納得した。
さくら一人で帰宅するよりも、たとえ僅かな道のりであろうと
武礼を伴ったほうが安心できるというものだ。
「そうか。今から
武礼の処へ行くのか」
「はい。まだ定時までには早うございますが、虎徹副隊長をお手伝いしておりましたら“限(きり)のいいところで終わらないと帰れないから”と言われ…」
「全くだ」
二人でくすりと笑う。
その笑みが納まらぬうちに、浮竹はさり気なく
さくらに並び歩を進めた。
本当なら茶の一杯でも誘いたいところだが、護廷十三隊内では
さくらにそれを望めないだろう。
だが、浮竹の作戦は上手く行った。
さくらは普段浮竹の後ろをついて歩く癖があるが、話し掛けながら歩みを進めると隣に並ぶのだと
武礼に教えられていたのだ。
4
「…浮竹隊長は、明日お帰りでしたよね?」
そう。昨日、今年最後の薬の調合の際にその話をしたところだ。
「そのつもりだったが用も済んだことだし、今日中に帰ろうかと思ってな」
浮竹が片目を瞑ってみせると、
さくらは返事に仄かな笑みを添えた。
年末年始とはいえ護廷十三隊は年中無休。
交代で休みを取って勤務を繋いでいく。
そうは言っても居残る隊――――特に例年正月休みを返上して勤務に当たる物好きな隊長は決まっており、浮竹らは無理なく帰省できるのが常だ。
但し実際に何かあった場合、更木と研究室に籠りっ放しの涅に的確な対応が出来るかは考えてはいけない。
「正月休みと言っても、実際ゆっくりできるのは大晦日までだろうがな」
年が明ければやんちゃ坊主らが浮竹家になだれ込んで来る。
しかし手薬煉(ぐすね)引いて待っているのは浮竹だって同じだ。
独楽回しに凧揚げ、餅やら雑煮をたらふく食べて、お年玉代わりに菓子を配る。
毎年変わらぬ正月の光景に、今年は桃の節句には妻となる
さくらの姿も加わる予定だ。
5
もう目前の楽しみな正月の話を切り出そうとした時だ。
ふっ…と、
さくらの歩みが緩み、
浮竹の背後へと遅れていった。
「…
さくら?」
もしや隣に並んでいたことを気にしたのかと、浮竹の目は恋人の姿を追う。
「あの。私は此処で」
両手をきちんと前で重ねている。
さくらが別れの挨拶をしようとしているのはわかった。
「ここでって…どうして?」
六番隊隊舎まではまだ幾らか距離がある。
「その、
武礼と待ち合わせを…」
「?」
六番隊隊舎を前にして
さくらが立ち止まる理由がわからなかった浮竹は素直に首を傾げた。
「隊舎前よりも、少し離れた場所で待ち合わせようと言われまして…」
漸く浮竹が問いたい内容がわかったのか、
さくらは口篭もりながらそう呟いた。
6
相変わらず
さくらは弟にべったりな印象を持たれていている為二人でいるのを見られるのが恥ずかしいのか、はたまた浮竹へと姉を引き渡す為の準備にか、
武礼が待ち合わせ場所を提案したに違いなかった。
「それなら何処で
武礼を待つつもりだ?」
素直に湧いて出た疑問を浮竹は口にした。
「あ… の」
さくらにしては珍しく、指一本で一方向を指す。
「? 何処だ?」
さくらがこっそり示す先を、浮竹は堂々と額に手をかざして探した。
「救護品第五保管庫前です」
7
さくらが向かったのは各隊のほぼ中間に配置されている倉庫で、担架や包帯、添え木など医療品が保管されている。
此処は六番隊隊舎からの通用門とは反対方向であり、五番隊へ行くにも遠回りである。
こんな処へ赴くのは確かに四番隊ぐらいしかいないだろう。
「そうか。此処か」
さくらに場所の名を教えられてもピンと来なかったが、そう言えば牢屋の清掃やら緊急時の救護品置き場の管理はその性質上、他隊でも四番隊が受け持っている。
さくらのことだ。
機会があれば救護品に不備や損傷がないか確認するようにと指導されたのを真に受け、
武礼との待ち合わせの度に備品を確認しているのだろう。
案の定、とても保管庫とは思えないほど清掃も行き届いており
今後一年以上放置しても何ら問題のない状態と思われた。
8
躊躇いなく戸を開けると
もう習慣となっているらしく、
さくらは浮竹の前で救護品の点検を始めた。
倉庫とは言っても狭く、所謂物置だ。
しかし雨は凌げるし戸に鍵もかかっていない為北風の冷たい日なら中で待つことも出来ないわけではない。
何より此処に来る口実が仕事絡みであれば
さくらが拒むことはなく、姉をよく理解している
武礼らしい提案だった。
浮竹が一緒なのをすっかり忘れているのか、律儀にも薬品類の使用期限まで確認している。
仕事に対して責任感があり、そしてあまりにも几帳面な恋人の後姿に、浮竹は穏やかな笑みを注いで眺めていた。
「あっ」
さくらが何を見誤ったのか、消毒液を棚に戻し損ねた。
ぐらりと揺れた瓶はからかうように弧を描くと、あっという間に
さくらの手の届く範囲を離れた。
「…っと」
床に墜落する前に、浮竹は難なくそれを受け止める。
「ありがとうございます、浮竹隊長」
さくらは丁寧な礼をし、両手でそれを受け取ろうとした。
9
「 !? 冷え切ってるじゃないか!」
さくらの手の、あまりの冷たさに驚いた。
浮竹は渡そうとした消毒液を棚にどんと置くと、
さくらの両手を自らのそれで包み込んだ。
「あ、あのっ」
浮竹とて然程温かかったわけではなかったが、
さくらの手は瓶を掴み損ねるほどかじかんでしまっているのだ。
「隊長。その、私は」
「わかってる。しかし現に今、まともに動かないじゃないか」
さくらが自分は冷え性だからと言い訳をする前に遮ると両手を擦り合わせて温めてやろうとし、更には顔を近づけてハアーと息までかけたりした。
「大丈夫か?
さくら。動くか?」
手の甲は勿論、爪の先から指の間までも浮竹は擦ってやり、自分の熱を伝達しようとする。
その目には純粋に恋人を心配する不安しか映っていない。
「ぁ ありがとう、ございます…///」
嬉しい という気持ちが
さくらの頬を染めた。
恥ずかしいよりも職場ではいけないことだという理性よりも
恋人の浮竹の真摯な気遣いに
さくらの体は熱をおびた。
10
握った指先の温度がわからなくなってきた浮竹は、
さくらの手が自分の熱で少しは温まったことに安堵した。
さくらの手を一度離すと、浮竹は今度は腕に触れた。
「隊っ…///」
「ああ。やはり体も冷え切ってるな」
浮竹の大きな掌は更に這い上がり、
さくらの耳を覆うようにして顔を包み込んだ。
「髪も纏め上げられないほど、寒かったんだな」
「……///」
図星だった。
片付けに邪魔だから括ろうとは思ったのだが、
武礼の仕事が終わったらなるべく早く帰れるように髪を下ろしたままでもいいかと妥協したのは
朝からの冷え込みに負けたからだ。
「…今夜は雪になる。
武礼と、早く帰るんだぞ」
出来れば日暮れまでには護廷十三隊を後にしてほしかった。
しかし二人の用意が万端整っていてもそれが可能かどうかはわからない。
11
「雪…降るんですか?」
さくらは未だ自分の頬を包み込んでいる浮竹を見上げた。
「ああ。だから俺も今日のうちに帰るよう先生に促された」
「積もります?雪」
少し、嬉しそうに問う。
「さあ?そこまでは雪を見てみないことにはわからんが。
何だ、
さくら。雪が好きなのか?」
そう問われて少し、と曖昧な返事をする。
勿論嫌いなのは寒さであろうことは浮竹にも推測できた。しかし雪が好きな理由はわからない。
「そうか。じゃあ、積もるといいな」
どこがどういう風に好きなのかを知りたくとも、それを直球で訊ねないほうが
さくらは答えてくれることも
武礼が教えてくれた。
「雪が積もると、
武礼が雪うさぎを作ってくれるんです。沢山の雪うさぎを庭のあちこちに置いて、時には廊下にも部屋にも―――…」
成程、そういうことかと核心をつけた悦びを隠し平静を装う。
12
「隊長、ありがとうございました。もう――」
「…ああ」
浮竹はずっと包み込んでいた
さくらの頬から手を放した。
さくらは浮竹が取り敢えず置いた消毒液を、温めてもらった手で正規の場所へと戻した。
下ろした髪が背中を這い、
さくらのいつもの仕事は完了だ。
浮竹が先になり、二人は倉庫から出た。
ぱ たん…
さくらは戸をきちんと閉め終えると、髪に微かな感触と温もりを感じた。
それは髪だけではなく背中にも
そして更に
さくらを徐々に包み込んでいく。
それが、浮竹が自分をふんわりと包み込んでくれている所為だと…
「隊長…///」
背後から浮竹が真っ白な羽織を開いて自分をすっぽり包んでくれたことを、
さくらにしては素早く理解した。
13
「お前は寒がりだからな」
さくらの体の前で、浮竹は腕を重ねた。
「う…///」
浮竹が髪を左右に振る。
護廷十三隊内であったとて、
さくらも浮竹も既に仕事を離れ帰途につくのみ。
先程、総隊長に年末の挨拶をしに行った際に結婚の報告をしたいのをグッと我慢した浮竹に、これ以上の譲歩はできなかった。
「
さくら。迎えに行くから」
「………」
何時、何の為なのか。
浮竹の言葉はそれだけでも、
さくらにはわかっていた。
それは―――
『初日の出を見よう』
新年の夜明けを
二人で迎えよう。
『はい…』
――数日前に交わした約束
14
「
さくら…」
浮竹の白い髪がサラサラと
さくらの頬を撫ぜる。
ああ…
もう、 雪が
降って…
「――十四郎様…」
見上げた景色は雪のように白く
浮竹の腕の中
温かな白い羽織に包まれて
雪 雪 雪
これは…… 雪
私の頬に おでこに
鼻筋に… そして
唇の上で
溶けていくのは………
「十四郎様…」
大きくて温かで甘い甘い雪の結晶が
「迎えに行く」
唇に直に囁いた。
「はい… 十四郎様」
浮竹と
さくらは今年最後の約束を
唇で 交わした。
fin*
************************************************水無月様のコメントから着想した今回の物語。いかがでしたでしょうか?
タイトルは浮竹カマクラにしませんでしたが(笑)雰囲気は伝わりましたか?
ラストに口付けなければ風ゴテでもいいかなあとも思いましたが、ようやく護廷十三隊内で
さくら様が浮竹隊長を名前で呼ぶ場面なんです。
折角ですものね、口付けぐらいしたいじゃないですかvV。
しかしこの後
武礼がやって来ても、二人に声をかけられないんじゃ…
倉庫の傍らでずっと待っている健気な弟クンに、温かいコメントをお願いしますね。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。
天宝院さくらでした。
2007.12.28
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月