浮竹の腕は握っていた
さくらの手に導かれ、再び布団の中に戻された。
もう何度目かの戯れの為、
さくらも嗜めることもなく無言で浮竹の悪戯な手に暫くかまって布団の中に戻しただけだ。
膝の上の悪戯っ子の白い髪を一房手にすると、お仕置きに頬を擽ってやった。
擽ったいからではなくニヤけないが為に浮竹は顔を顰める。
今晩しっかりと睡眠をとる為に、夕食を済ますまでは浮竹が眠らないほうがいい。
今の二人にとって一番いい時間の過ごし方は、こうして戯れていることかおしゃべりぐらいだ。
だから浮竹が起きていられるのなら、
さくらはいくらでもそれに付き合った。
浮竹の手が大人しくなると、
さくらはまっすぐな意思の現れのような男の鼻筋をつつつ…となぞってみたり、眉を撫でてみたり
唇までをも…浮竹にとっては扇情的に指で弄ぶ。
普段の
さくらからは考えられない仕草だ。
それを堪能しつつも時折腕を伸ばして浮竹が
さくらにちょっかいを出すのは
自分の手を布団に戻す際に近づいてくる
さくらの薄桃色の胸が目当てだ。
1
勿論最初はそんなつもりはなかったが、体の冷えを心配する
さくらが自分の腕をしまってくれる時に膝枕をした状態で上半身を屈めたらどうなるか…
額なら軽くその柔らかなふくらみが触れることがあるのだ。
浮竹が二人っきりの際に
さくらを抱き寄せることはままある。
しかし
さくらが胸元に手をやり、あまり
さくらの胸の感触を感じたことはなかった。
さくらの女らしさは髪の匂いや背中を抱くことでも十分に知ってはいたが、
やはり明らかに自分とは違う女性特有の膨らみが自然と視界を覆い
時には淡い布越しに感じられるなどまず経験したことがなかった。
しかし
「…そろそろお夕食の時間ですから、膳を取りに行きます」
そう告げると、
さくらは浮竹の頭に枕を当てた。
半時以上も
さくらに膝枕をしてもらっていたというのに、浮竹は夕刻の供御(コゴ)の時間を恨めしく思ったものだ。
2
さくらが部屋の戸を閉め足音が去ると、
浮竹は一度上体を起こしてみた。
「 大丈夫そうだな…」
かなり回復した自分の体が嬉しくもあり、残念でもあった。
さくらは夕食までは膝枕をしてくれると約束してくれた。
そしてその甘い時間は去り、食事ぐらい自分で取れるぐらいの体調になっている。
「―痛っ」
不意にズキンと大きな痛みが頭の中を走り過ぎた。
忘れていた痛みに堪らず頭を抱える。
ズキズキズキ…
「 まだ、駄目か…」
ズキン
この痛みを、少し有り難く思う自分に苦笑した。
3
「失礼致します」
体を起こしている浮竹を見て、
さくらが何と思ったのかはわからない。
髪を払いのけるようにして目にした
さくらは怒っているようにも心配しているようにも見えたからだ。
さくらは浮竹の膳を部屋に入れると立ち上がり、美しい振舞いで戸を閉め、再び膳を手にして浮竹の許まで運んだ。
「起き上がっても、大丈夫でしたか?」
自分にきちんと向いてから声をかけてくれる
さくらの胸の中へ
「――隊長…」
浮竹は顔を埋めた。
「まだ痛むな」
ふんわりとした胸の柔らかさを頬に受けながら、浮竹は
さくらの背中を抱く。
さくらもまた浮竹の肩に手を添え、支えた。
「では、横になられたほうが…」
「…ああ」
さくらの膝も良かったが、この胸の感触もまた味わい深かった。
「隊長…」
首を支えて寝かしつけた浮竹が未だ自分を放してくれず、
さくらは困惑している。
「
さくら…」
浮竹は益々
さくらの背中に回した腕に力を込めた。
4
「あの、後ほど四番隊の特製滋養強壮スープを虎徹三席がお持ちくださるのです…」
こんなところを見られてはと浮竹を嗜めたつもりであろうが、
当の本人はそれがどうしたと言わんばかりである。
「隊長、お放しください」
「放したら、
さくらがいなくなる」
尚も説得するが、浮竹は耳を貸さない。
「お立場に障ります」
「
さくら、もう俺達は…」
上になっている
さくらを自分の隣に横たえようとした時だ。
5
「隊長、失礼します!」
スパンと戸が開く矢先には
さくらを手放し、
さくらもなんとか正座の姿勢に戻っていた。
「唾、飛ばすんじゃないわよ。この髭ザル!」
盆を持つ清音は仙太郎を注意すると秋の夜風が舞い込まぬよう、早々に戸を閉めさせた。
「
さくらさん。スープをいただいて参りました」
「…ありがとうございます」
表情を見られないように深々とお辞儀しながら、
さくらはくるりと向きを変えた。
「そんな、改まらないでくださいよ。
さくらさん」
清音は上機嫌でお盆を膳の側に置く。
「浮竹隊長、いかがですか?随分良くなられたと――」
「邪魔すんじゃないわよ!ワキクサ!」
浮竹に話し掛けようとした仙太郎の首根っこを掴んで、清音はグイと引っ張り立たせた。
「それじゃあごゆっくりどうぞ~!」
「隊長、頑張ってくだ…グボッ」
戸を閉めながら清音が肘鉄を食らわし、身を屈めた仙太郎の頭は危うく戸に挟まるところだった。
6
いい加減、あの二人が自分達をくっつけようとしていることは
さくらでも理解できてはいたが、あまりにもあからさまな態度にどう反応してよいのか未だに分かりかねていた。
「…俺達がもう結納まで済ませた仲と知ったら、驚くだろうな」
浮竹は口許に拳をやり、笑みを堪えている。
浮竹に向き直った
さくらはそのまま動きが止まってしまった。
「何時でもいいからな」
満面の笑みを湛えたまま浮竹がそう続けたからだ。
「………?」
「俺は何時でも、
さくらと婚約したことを公表しても構わない」
ズキン、と…胸が痛むのだろうか。
さくらは浮竹のその言葉を聞くと、胸に手を当てた。
さくらにそのつもりはなく、出来ることなら避けてほしい内容である時の仕草だ。
それは恥ずかしがっている時の癖ではないと、浮竹はとうに知っている。
「まだ…駄目なのか」
今日の
さくらの様子から、もしかしたらと思っていた浮竹は押し付けることなく且つ今まで触れなかった事に踏み込んだ。
7
「海燕を、忘れられないからか?」
「…?」
浮竹の口から次々と飛び出す自分の想像だにしない言葉の数々に、
さくらはついて行けなかった。
「浮竹、隊長…」
婚約発表を拒むのは以前婚約者であった志波海燕を忘れられないからだと、婚約者である浮竹に思われている。
それを漸く理解できた
さくらは重い口をゆっくりと開いた。
「私、は―――」
今まで密かに思っていた
決して誰にも告白したことのなかった
「海燕様を想っているわけではございません」
胸の内を明かした。
だが
さくら、と浮竹が話し始めているにも関わらず、
さくらは珍しく自分の言葉を続けた。
「私が怖いのは――」
怖い
さくらは自分の口をついて出た言葉に、自ら驚いて口を覆った。
「怖い!?怖いって何が。俺か?」
しかし浮竹が反応するには十分すぎる本音だった。
当然半身を起こし、浮竹は
さくらにずいと顔を近づける。
「
さくらっ?」
目を背けようとする
さくらの腕を掴み、向き合った。
8
「…忘れて、ください」
「無理だ」
当たり前だ。
恋人が、婚約者が自分との婚約発表に恐れをなしているなど、聞き捨てならぬ事態だ。
「お願いします」
「海燕を想ってるなら耐えられる。だが俺との婚約自体が怖いなどと言われて、はいそうですかと言えるものか!」
違います!
さくらの瞳は訴えていた。
何処かで、浮竹もそうではないという思いもあったが、
さくらが本音を語ることは稀で
しかも恐怖を感じているなど放っておける事ではない。
多少強引でも、
さくらの心中を知る必要があると浮竹は判断した。
9
ズキン
一際大きな頭痛がしたのは、怒鳴った所為もあったのかもしれない。
心痛と共に、浮竹は顔を顰めた。
「隊長、どうかお楽に」
さくらも浮竹の頭痛に気付いた。
さくらが浮竹を再び横たえようとした時、がっしと浮竹は
さくらを抱いた。
しがみついたと言ってもいいだろう。
勢い余って押し倒しそうになったのを辛うじて支えた。
「
さくら…お前は本当に俺の事を――好きなのか?」
浮竹は、溜息のように言葉を漏らした。
「 俺が、勝手に…結婚を無理強いしただけなのか?
お前は優しさか哀れみで、承諾してくれただけなのか? 」
ぎゅうと抱き締め続ける浮竹の力は物凄くて、それでも加減してくれているとわかっているのだが圧迫感に頭はクラクラした。
さくら―――
さくらが畳に後頭部をぶつけぬように支えたとは言え、
その時浮竹は感情のままに
さくらを力づくで奪ってしまうつもりだったのは間違いなかった。
10
「
や…」
さくらが怯えている
怯えさせているのは自分であることに
浮竹は僅かに理性を取り戻した。
「…済まん」
押し倒した拍子に瞳から零れた
さくらの涙を、出来る限り優しく指の節で拭った。
それでも溢れ続ける
さくらの涙に
浮竹の痛みは頭よりも心の方が増していく。
「本当に…済まん」
さくらの顔の両脇に手をついて詫びると、
さくらを起こそうとした。
抱き起こされた
さくらはそのまま
浮竹の衿の合わせに顔を埋めるようにして謝った。
「それは俺のほうだ」
まだ縋りついてくれた恋人に、浮竹の理性は完全に戻った。
ぽんぽんと肩を擦るように触れ、少し乱してしまった編まれた後頭部の髪をなぞった。
11
「私が、怖いのは…」
もういいと告げようとした矢先に、
さくらの本心は浮竹に届いた。
「公表した後に、婚約破棄をされたら、もう…
私には何も 残らないのです―――
だから…
だから、もう少し
隊長の御心が揺ぎないものとなるまで
時間をください。 」
そんなことが、あるだろうか?
それが最初の感想だ。
正直、浮竹には即座に意味が理解できなかった。
己の誠が
揺ぎないその心が
伝わっていないなどと露とも思っていなかったのだから。
護廷十三隊(ここ)で一旦婚約したことを公にし、婚約破棄に至れば
さくらは退隊し浮竹に迷惑をかけぬ覚悟だった。
しかし死神であることが唯一、自分の存在価値である今の
さくらにとって
浮竹に捨てられ
隊を退くなど
万死に等しい。
だから
人知れず捨ててくれと
まだ結ばれもせぬうちから
さくらは別れを覚悟していたのだ。
12
莫迦な女だ
さくらの心の全てを理解した浮竹は
腕の中の
さくらをそう思った。
俺がお前を捨てることが、あると思っていたなどと―――
「あっ…む、ぅ――」
こんな莫迦な女に飲ませる薬はない。
浮竹はもう自らの風邪を気遣うことなく
さくらの顎を無理に上げさせるとそのまま口を開けさせ
深く自分の舌を挿入した。
「う …っぶ」
口角に滲み出て顎を伝うどちらのものともつかぬ唾液を厭わずに、浮竹は執拗に
さくらの口内を攻めた。
わからせてやる
俺がどれほどお前と夫婦になれる日を待ち望んでいるのか
わからせてやる。
足掻く
さくらに体を押し付け腰を捉え、浮竹は容赦なく舌を絡め唇を吸い続けた。
歯列の裏側や舌の根元、上顎の奥の柔らかな部分までにも及び
上を向かされている
さくらの顎を、果ては喉元まで
二人の滴は伝った。
13
さくらの体が抵抗しなくなるどころか
自分で体を支えていられなくなるまで
浮竹の説教は続いた。
くったりとしてしまった恋人に、深く入り込んでいたそれを漸く抜き
さくらの後れ毛をなぞると浮竹は言い放った。
「
さくら。お前はもう、俺の妻になったも同然だ。
二度と俺に捨てられるなどと考えるな。
もし今度、そんな素振りを毛先ほどでも見せたら―――」
未だ焦点の合わぬ
さくらの体の奥にまで届くよう、顎を掴んだままじっくりとその瞳に鋭い眼差しを注いだ。
「皆の前でお前を抱き締め、口付ける」
わかったなと返事を求めるも、
さくらの反応はなかった。
「ふう…」
さくらの頭を抱いたまま、浮竹は敷布の上に体を横たえた。
流石に体が辛くなってきたのだ。
しかし心のほうはすっきりとしていた。
さくらは自分との結婚を躊躇っていたわけではなく、結婚に至らなかった場合を考えて危惧していたに過ぎなかったと
漸く知ることが出来たのだから。
14
さくらは押し付けられた為に、はしたなくも溢れさせてしまった顎を伝うものを浮竹の寝間着にて拭う格好となってしまい
申し訳なさで早々に浮竹の上から退きたかった。
対して浮竹は自分の胸元から起き上がろうとする
さくらを背中に回した腕で制していた。
この ぬくもり
放すものか。
もうお前は俺の女(もの)であり誰にも渡さんと、
浮竹は
さくらが自分の価値を認めるまで放すつもりはなかった。
「
さくら。返事は?」
何度試みても、浮竹が自分を放してくれないのは十分にわかった。
仕方なく浮竹の胸から僅かに浮いた唇が、小さく答えた。
「聞こえないな」
耳の後ろから伸びてきた掌で、浮竹に顔を上げさせられる。
「わかり、ました。隊ちょ…」
浮竹は良しと言い、再びぽんぽんと
さくらの背中を撫ぜた。
しかしまだ、
さくらを自分の上から下ろそうとはしない。
15
さくらは、こんなにも生々しく浮竹のぬくもりを感じたことは無かった。
この胸に 縋っていい
そう語るぬくもりは、風邪ぐらいで寝込む男のものとは思えないほどしっかりとしていて安心できた。
その胸に頬と耳を当てて、浮竹の鼓動を感じる。
いいえ…
これが初めてではない。
自分の胸が熱く激しく打ち鳴らされた、あの夏の夜が自然に甦った。
初めて肩を抱かれた日を思い出した。
雨乾堂で、この姿で抱き締められた時間が脳裏を過ぎった。
好き だった
あの時既に
私はこの人を
好き だった。
今頃…
今更になって
初めて気が付いた。
死神として皆に認められる事よりも
あなたに女として認められ望まれた事
その幸福
それが夢で
夢のまま終わるのではないかと―――
怖かった。
こんな臆病な私を
いつも包み込んでくれていた
この腕を この胸を
この ぬくもりを
どうして素直に
信じられなかったのか…
16
ただ、怖かった。
この人を失って尚も微笑む事は出来ない。
だから身構えていた。
「 …いっつも笑顔でいようとしなくていい――――」
初めて護廷十三隊外で会った日の
浮竹の言葉の意味を
今、初めて 解った。
この人はずっと以前から
私の知らなかった私が見えていた。
見守ってくれていた…。
17
「…随分と、大人しくなったな?」
もう押さえ付けているわけでもないのに、じっとしている
さくらが気になったのだろう。
あっ、っと体を上げようとした
さくらを
またしても浮竹は意地悪な腕で捉えた。
「放さないからな」
笑っているのは声だけでも分かる。
「…放さないで下さい」
さくらの、今の素直な願い。
「ああ、放すものか」
浮竹の、変わらぬ意思。
浮竹はそっと、編み目に沿って
さくらの髪を撫ぜた。
「隊長…そろそろ起きてもよろしいですか?」
勝手に体を起こせば制されるのを学習した
さくらは、浮竹に許可を求めた。
「どうしてだ?」
折角二人でこうしていられるのに?と浮竹は疑問を返した。
「お体に悪うございます。それに――」
うん?と顎を引くと、自分の上で猫のように丸くなって頬を染めながら困った表情を見せる愛らしい
さくらがいる。
「お膳がすっかり冷めてしまいました…」
18
これ程の長い時間、食事もせずに何をしていたのか……
取り替えてもらうのも温め直すのも
かと言ってこの膳に隊長である浮竹に箸をつけさせるのも
四番隊隊士である
さくらには耐え難い。
「…そうだな」
くっ、と浮竹が笑うと同時に
さくらは
「笑い事ではございません」
と、浮竹の上で不機嫌な顔をしてみせた。
fin*
************************************************風ゴテの延長だった時は接吻もナシなのに滅茶苦茶イチャついててこれは花ゴテに持っていくしかないなと思っていたのに
書き進めていくうちに郛外区で書こうと思っていた
さくら様の心情描写に至ってしまいました。
出来上がってみると「何処が甘甘の花ゴテなんだよ!」とセルフツッコミするしかない感じ。
毎度の事ながら、この程度の文章力&構成力でございます。
2007.11.21
花の護廷十三隊〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月