七月七日
武礼の誕生日
端
(はな)から
連休をとることを、
武礼も諦めたわけではない。
今日と明日は休みを押さえてあった。
しかしどう考えてみても副隊長の仕事量からすれば、自分が三連休をとることは不可能だった。
瀞霊廷の上級貴族の間では七月の演舞会は最も星に近い星詩青山で開かれるのが慣わしだ。
昨年までなら二人で参加できた。
しかし
さくらの瀞霊廷デビューはこの春。
自分達の入隊も今春。
例年通り屋敷の庭で行うと言ってくれたなら、
武礼だってこんなにも悩まずに済んだのだ。
1
よりによって一番遠い舞台に一番難しい日程で一番姉が自分と舞いたいと言う季節舞を計画した
伯楽師匠にも腹が立った。
姉と仲違いしなければそうも思わなかっただろうが、今はただ、この早朝から持て余した時間に考えることと言えばそればかりだ。
「
武礼」
まだ布団の上で大の字になっていた
武礼は、同期の声を聞いた。
「食事が済んだら、至急隊長の許へ伺うようにとのことだ」
「……わかった」
食事の開始時間まで後五分もない。
つまりは今すぐ身支度を整え食事をしろと言うことだった。
2
朽木は
武礼と同じく宿舎にいた。
「朽木隊長。
天宝院武礼、只今参りました」
「入れ」
「失礼致します」
武礼が障子を開くと、手甲を留めている隊長の姿があった。
しかし私服だ。
「
武礼、馬乗(ウマノリ)袴は持っておるか?」
「…はあ。ございます、が?」
突然何を言い出すのかと思いよく見れば、朽木も馬乗袴姿だ。
「では、供を頼む」
「……承知 致しました」
3
今日は護廷十三隊に姉もおらず、
武礼が暇を持て余していることを隊長は覚えていたのだろう。
まあいい。
どうせ独りでいても無駄に時間を過ごすだけだ。
武礼は久しぶりに馬の背に跨った。
いい毛並みの栗毛馬だ。赤褐色のたてがみも尻尾も綺麗に切りそろえられている。
武礼は乗る前に隊長の家の従者が連れてきた馬の顔を何度か撫で、乗った後も首筋や前足を優しくさすって声をかけた。
4
「慣れておるな」
朽木白哉は真っ白な馬の手綱を左に引き、
武礼に寄った。
「名は何と?」
武礼が背を預けてくれた馬の名を尋ねる。
「…椛(モミジ)だ」
それを聞くともう一度大きくたてがみを撫でながら、宜しくな椛と挨拶をした。
「行くぞ」
白哉は護廷十三隊の門前から、いきなり駆歩(ギャロップ)で馬を走らせた。
5
心地よい風が 吹く
僅かに瀞霊廷の町並みが覗く
聞こえるのは
夏の ざわめき
朝から殆ど休まずに
駆け通しだった。
昼もまだだ。
それでも もう目的地は目の前だと初めて訪れた
武礼でさえ感じていた。
歓談の声と太鼓、笛、琴の音。
ここが星詩青山であろうということは、容易く推測できた。
6
白哉が馬に跨ったまま
昼食の一時を楽しむ貴族の前を通り過ぎると
彼らに静寂が圧し掛かり、馬の蹄の音が大きく聞こえるようになる。
圧倒的な存在感
朽木白哉の前を
阻むものは
何もなかった。
「
武礼!」
さくらは、白哉を素通りして弟に駆け寄った。
7
馬の背を見上げ、抱き上げてくれと言わんばかりに両手を伸ばす
さくら。
馬に到着したことと礼を告げると、
武礼は姉のいる方へと馬から降りた。
まだ白綾(シラアヤ)の普段着のままの
さくらは、泣き顔で弟に擦り寄る。
白哉も馬から降りると、手綱を供の者に預けた。
武礼は右手に手綱を持ち、左は姉にしがみつかれ、馬を休められる場まで連れて行った。
武礼の説明に、
さくらは何度も何度も、頷いてみせた。
8
舞台から少し離れた星流庵にて、白哉と
武礼は遅い昼食をとっていた。
さくらは並んだ二人の前でにこにこしながら何かすることはないかと待っている。
「舞台はよいのか?」
白哉が抑揚なく訊いた。
微かに舞の音色が届く。
もう午後の部は始まっていておかしくはない。
「七つ時(四時)で十分、間に合います」
最後を飾るのが当たり前の
さくらは、無邪気に答えた。
9
武礼には、疑問があった。
隊長は此処へ何をしに来たのか、と。
そう思いながらも出発前に行き先も聞かずについてきた手前、今更尋ねるタイミングを失ってしまっていた。
「朽木隊長は?」
さくらが笑みを湛えたまま、尋ねる。
「私か…?」
「はい」
返事と共に
さくらの首も動いた。
嬉しさのあまり、普段より動作が見てとれる。
「今年は鑑賞に参ったまで」
然様ですかと
さくらは至極当然のように相槌を打った。
10
今、朽木隊長は何と言った?
武礼は、平然と受け止める姉とは逆に箸が止まった。
落ち着いて考えようと箸を置き、茶に手を伸ばす。
隊長がただ舞を鑑賞しに馬を走らせたと言うだけでも驚きなのに
“今年は”と付け加えてあった。
つまり、来年以降は舞うということではないのか?
「朽木隊長のお師匠様を、お聞きしても?」
さくらもそう解釈したのだろう。
その問いに白哉は
伯楽師匠だと答えた。
ゲホッ
武礼は咽
(むせ)た。
11
白哉は冷ややかに、
さくらは命に別状はない咽方だという目で
武礼を一瞥した。
武礼の呼吸が整うと、
さくらは再び白哉に目を戻し、舞の話を始めた。
いくら何でもおかしいだろう――――
と姉は思わないらしい。
伯楽師匠の下で舞を習って、いったいどのくらい経つと言うのだ?
一度でも四大貴族の者が弟子にいるなど聞いたことがあったか?
自ら艶舞家などと名乗る前衛派の師匠に、格式を重んじる朽木家当主が弟子入りすると思うのか?
考えてみれば……
おかしいことばかり
では ないか?
武礼の食指は完全に止まってしまっていた。
12
まさか…
武礼は舞の話でひとり盛り上がっている
さくらの会話が途切れるのを待って、一つ石を投げてみた。
「そう言えば、朽木隊長の愛馬のお名前を伺っていませんでしたよね」
白哉も
さくらも、
武礼を見遣った。
「…白辛樹(アサガラ)と言う」
「まあ、あの見事な白馬らしい。白辛樹は、確か今時分に白い花を咲かせる高木ですよね?」
馬好きな
さくらは、当然目を輝かせた。
13
「馬が好きか、
さくら」
「はいっ」
大好きな舞と大好きな馬の話。
このまま放っておいても、
さくらは出番まで退屈はしなさそうだった。
結局、白哉が腰を上げたのは、
さくらが舞の仕度に呼ばれた時だった。
14
「朽木隊長―――」
さくらは七夕の舞を終えると当然、白哉を食事に誘った。
白哉が馬を出してくれなければ、
武礼は本日星詩青山に来ることはできないでいた。
心の限り、
さくらはもてなすつもりだった。
白哉は自分を見上げるあどけない表情の
さくらに、短く否定の言葉を伝えた。
訝しがる
さくらに、白哉は言葉を続ける。
「明日は出仕せねばならぬ」
さくらのがっかりした表情と言ったら、なかった。
15
「
武礼」
さくらの傍らに付き添っていた弟に、声をかける。
「
さくらと同伴して帰舎するであろう」
「あ…はい」
では椛(モミジ)は連れて帰ると告げた。
さくらと共に明日ゆるりと護廷十三隊に戻るのであれば、籠でも牛車でも構わない。
「今からでは、随分と遅くなります…」
白哉の行動を否定はせぬが、できれば留まってほしい気持ちを
さくらなりに込めた。
「…案ずるな。遅くとも、夜半過ぎには到着する」
白哉が余裕を含んだ笑みを浮かべたように見えた。
16
「朽木隊長……」
僅かに顎を上げ、淡い唇に力を加えたのがわかる。瞳は揺れるように潤ってきていた。
さくらのあの顔を見て心変わりせぬ白哉は大したものだ。
さくら達に背を向けると、白哉は白辛樹(アサガラ)にひらりと跨った。
「お気をつけてお戻りくださいまし」
名残惜しげな
さくらが白いうなじを衿足から覗かせて頭
(こうべ)を垂れる。
自分が去るまで、決して頭を上げぬであろう
さくらを理解している白哉は白辛樹に一度手綱を波立たせた。
さくらの纏うた
舞着より
深く高い星のうねりを散りばめた 夜空の下
白哉を乗せた白辛樹は軽やかな馬煙を立て、星詩青山を駆け下りて行った。
→Writer's notE→→
************************************************朽木隊長、格好いい~!と、書きながら惚れ惚れしている私っておかしいですか?
おかしいですね、はい。
何度も書いておりますがキャラの自動書記みたいな話です。
作者の意思に関係なく書かれてます。
私はこの話を来年に持って行って、
さくら様に求婚もしくは一緒にお泊まりさせちまえ~!って思ってたのですが、朽木隊長が帰ると言い出すものだから………。
馬の名前も何にしようかなぁと考え始めて辞書を検索したら、即《白辛樹》が目に飛び込んで来ました。
浮竹隊長や京楽隊長も個性的ですが、特に朽木隊長は手強いです。
喋ってくれないし……ι
まだまだ続きます。
さくら様、お付き合いありがとうございます。
引き続きご覧頂けると嬉しいです。
天宝院さくらでした。φ(..)
朽木隊長 風⋆花⋆雪⋆月