緋真の霊廟は
朽木家の墓地内ではあるがひっそりと隅に設けられ、
一際小さく目立たぬように建てられていた。
「 白哉様…
朽木家の墓に埋葬されるのに
私は相応しくございません。
死後手厚く葬ってくださるよりも、 今
今この 白哉様のぬくもりが、
お気持ちが嬉しゅうございます…。 」
最期には抱き締めることも叶わぬほど
弱った体で
緋真はそう 告げた。
1
清家以下、家臣らが同じ事を言うのを悟っていたからではない。
それが緋真本人の望みであると確かに感じた白哉は
緋真の霊廟を出来る限り簡素で質素で小振りに造り
既に己の為に準備されている霊廟に、緋真の遺灰の一部を隠し置いていた。
白哉の死後、最悪ならば取り払われてしまうかもしれない緋真の霊廟の扱いを危惧して。
白哉はそのことを、墓地に赴くまで忘れていた。
ひとつ、
さくらに詫びねばならぬことがあったと
白哉は唇を噛み締めた。
2
これは結婚を間近に控え、亡き父母に挨拶をと此処を訪れた
秋深まる頃の二人の話。
慎み深く朽木家の一員に迎え入れられる感謝を述べた
さくらを伴い両親の墓前を後にしようとした白哉は
無邪気に緋真の霊廟はどれかと問う
さくらに、正直驚いた。
「何故、知る必要がある」
「緋真様にもご挨拶をと…」
「その必要はない」
夫となる男にそう言われ、初めて
さくらが寂しそうな顔を見せた。
緋真の行く末は我が身の行く末と、
さくらは思うらしい。
育ちや身分、経緯や条件の違いなど
どれほど緋真と其方は同じではない、代わりでもないと伝えても
女として妻として白哉にとっての自分は何なのか、それを緋真への対応から推し量ろうとする。
3
いくら前妻を無理に忘れる必要はないと言ってくれたとはいえ、
さくらを不安にさせているのだと白哉は知る限り思いつく限りの手立てを講じて
さくらに気持ちを伝えようとしたが、
結局亡き妻への愛情を示すことが一番の
さくらへの愛情表現であった。
それでも自分と重ねて見るのであれば
この霊廟を見てがっかりするであろうにと、教える直前に躊躇ったが
「此処だ」
既に足は止まり言わずも哉目の前の霊廟がそうだと知れていたので
白哉は抑揚なく告げた。
4
さくらは静かに一礼すると、
「私は先程のところに座っております」
と言い、その場を去ろうとする。
「…緋真の墓参りをしたかったのではないのか?」
白哉は一人でおよそ半分の距離をまた戻ろうとする婚約者を見遣った。
「お二人で話したくはございませんか?」
まだ体は去ろうとしたままで、顔だけを白哉に向けた。
5
いたたまれなかった。
気の利く
さくらの厚意が、白哉を苛(さいな)む。
「
さくら」
白哉は婚約者の名を呼ぶと同時に抱き締めていた。
そのまま背後からそっと頬に触れる。
さくらが泣いてはいないかと、白哉は確かめたのだ。
6
「たぃ、 白哉様…」
対して
さくらは突然抱き締められたことを恥ずかしがった。
もうすぐ妻になるのだからと言われ、白哉を名前で呼ぶようになったのも最近のことで
まだ数える程度しか口にしたことがない所為もあるのだろう。
真っ赤になった頬を白哉に触れられ、首筋まで赤く染めている。
さくらの反応に白哉はどうしようかと思案し、
さくらは白哉の腕の中でもぞもぞと所在なさげに恥らった。
7
「
さくら…。其方も緋真に会わぬか?」
引き留めた理由を、墓参りに誘いたかったことにした。
「よろしいのですか…?」
こちらを向けさせた婚約者は心からそう望んでいたらしいが
さくらは折角会えた時ぐらい二人きりになりたいだろうと、気を遣っていたようであった。
8
長い間手を合わせていた二人は、祈りを捧げた後も暫くその場に立ち竦んでいた。
「
さくら。緋真のことが本当に気にならぬのか?」
問われて夫となる男を見れば、素直に不安そうな顔を見せていた。
白哉が表情豊かに問うたことに少し驚き、
さくらは一呼吸おいた。
「気にならないと言えば嘘になります」
一度ゆっくりと瞬いてみせる。
「でも白哉様がお話しなさりたくないのであれば、伺いません」
白哉は夫になる自分が前妻を想っていることについてどうかと訊ねたのだが
さくらは緋真がどんな女性であったのかを知りたいかと問われたのだと思っていた。
9
「…構わぬ。緋真の何が訊きたいのだ」
さくらにとって不快でないのであれば、緋真との思い出を語るのは苦痛ではない。
「緋真様はどんな方だったのですか?」
強いることなく
さくらは白哉が話し易いような訊ね方をした。
「…一見したところ物静かで控えめではあったが、芯の強い女であった」
「然様ですか」
然も嬉しそうに、
さくらが微笑んだ。と同時に白哉の胸に何かが走った。
さくらのその表情と己の言葉に、目の前の
さくらにも何と当てはまる表現であったかと驚き、言葉を失ったのだ。
10
物静かで控えめで
求婚して初めて芯の強い女であると感じた
さくら。
「 緋真様を覚えていることと私を愛してくださること。
それは同じであって違うものであって―――
どちらも朽木隊長なのです 」
今、緋真の墓前で柔らかな笑みを見せる
さくらの姿に…
あの日…を
求婚した日に見せた緋真の微笑みを思い起こす。
11
身分を理由にすんなり返事をしてくれぬ緋真に、流魂街出身の其方を妻に迎えようとも
いずれ護廷十三隊の隊長になりさえすれば何も言わせぬと語った己の愚かさと
「 私をありのままでよいとおっしゃるおなら、私と結婚なさって白哉様の何が変わるとおっしゃるのですか?
死神として立派にお勤めをなさっていらっしゃいますのに、隊長にならなければ認められないと何故お思いになるのですか?
白哉様は白哉様。
ありのままで宜しいではございませんか 」
あの日の緋真を思い出した……。
12
「
さくら」
名を呼ばれ、はいと返事し真っ直ぐに自分を見上げる婚約者を
白哉は再び腕に抱いた。
今度は
さくらを引き留める為ではなく、己の心を伝える為に。
「済まぬ。 私は、緋真を…忘れてしまいそうだ」
あの日をあの日々を“思い出している”自分に、白哉は気付いた。
思い出すということは、愛する妻を忘れることはないと語った自分が嘘になる。
緋真と自分を重ね見る
さくらが、自分もまた死ねば忘れられる身と嘆くことになるだろうと、白哉はそれを詫びたのだ。
13
『妻になる其方に隠し事はせぬ』と誓った白哉の辛そうな告白を聞いた
さくらは
「白哉様……。緋真様を忘れそうなのではなく、思い出になっていっていらっしゃるのではありませんか?」
と問うた。
「思い出…」
はい、とまた白哉の腕の中で返事する。
思い出すことと思い出になることは何が違うのか。
白哉にはわからない。
14
さくらは自分の手を白哉の胸に添えて続けた。
「緋真様が白哉様の奥様であったこと。私がこれから妻になること。それは事実で変えられません。
でも…真実は、お気持ちは時間が経てば変わっても不思議ないのではございませんか?」
ですからご自分を責めなくとも、と静かに微笑む。
15
「今の気持ちが真実ならば、いずれは変わっても良いと申すのか」
「…いけませんか?
白哉様は私と出逢った瞬間(とき)から好いてくださっておりましたか?
単に部下の姉の私などと、その時結婚など考えもしませんでしたでしょうに…」
ああ、
さくらは知らぬからと白哉は
さくらを見初めた日を思い出し、内心苦笑した。
16
そうか。真実ならば変わることもあるものなのか。
ならば……其方に隠し事を一切せぬと誓ったのは真実。
そしてこれ以上、其方に緋真のことを気遣わせたくない今も、真実…。
そうして
先程まで緋真に関して
さくらに隠し事はせぬつもりでいた白哉は、
思いを改めた。
17
さくらのことだ。
緋真の遺灰が白哉の霊廟に安置されている“事実”を知れば、そのままにと言うに違いない。
だからこそ、これは
さくらに告げてはいけない“真実”なのだ。
緋真の遺灰は緋真の霊廟に全て納めよう。
その為に近々一人で此処を訪れようと、白哉は心に決めた。
さくらが告げた
「 緋真様への気持ちが自然に和らぐまで、御心のままに―――… 」
その時が訪れ始めたのを、白哉が感じた日のことだった……。
18
年が改まり
緋真の命日の今日、白哉は
さくらと亡き妻の霊廟を訪れる。
さくらは妻となって
白哉は遺灰を緋真の霊廟に移して以来
初めて
夫婦として 訪れる。
19
白哉はついつい後ろを歩きがちな妻に視線を送る。
さくらは、まだ春遠い空を仰いでいた。
「
さくら。私の傍へ参れ」
そんな初々しい妻を、呼び寄せる。
それでも来なければ、白哉が手を差し伸べればよいだけのこと。
20
そっと手を重ねる
さくらを傍らに導くと、優しく肩を抱いた。
え?と瞳を見開く
さくらに
「何を驚くことがある」
と伝える。
「其方以外の誰が、私の隣りに並ぶと申すのだ」
初めて肩を抱かれて白哉の隣りを歩く
さくらは身を縮めたが、普段と変わらず歩調を合わせてくれる白哉に
「…はい、白哉様」
と返事をすると、素直に白哉のぬくもりを受け入れた。
21
真実とは、変わり行くこともあるもの。
しかし変わらぬ真実があるのもまた事実。
『如何に妨げになるものがあろうとも、私は愛する者しか妻にはせぬ』
それは白哉の永遠に変わらぬ真実の心。
『だからこそ其方を妻に望んだのだ…』
昇りかけの陽の光を浴びて微笑む眩しい
さくらに、心の奥静かに白哉は告げた。
fin*
************************************************朽木隊長は緋真さんの死の前後、隊長に昇格する為に忙しく緋真さんの傍にいてやれなかったのではないでしょうか。
大切な人の為に努力していたのに、大切な人はとうの昔に大切なことを告げてくれていた。
それを今になって漸く思い出した自分が情けなくて緋真さんにも
さくら様にも申し訳なくて
妻への揺るぎ無い心が揺らいでいたと恥じたのです。
だけど
さくら様はそれを…というお話でした。
↑こんなんで、わかりますかね?f^_^;
もしも
さくら様が緋真さんを、朽木隊長の過去を否定したのならば
こんなにも早く、そして自然に緋真さんが思い出にはならなかったのではないかと思っています。
そしてきっと
これからは朽木隊長と
さくら様との会話の中で、緋真さんは生き続けていくのでしょう。
たとえ鮮やかな緋の記憶が色褪せたとしても、思い出として……。
2008.01.23
朽木隊長 風⋆花⋆雪⋆月