求婚した時期からすれば上級貴族、それも四大貴族と十指に入る名門貴族が秋に結婚というのは強引な日程であったが、
朽木家の財力をもってすれば叶わぬことではなかった。
ただ衣装合わせなどの為に、以来
さくらの休日は殆ど潰れてしまっていた。
「…ふぅ」
朝から夕刻まで朽木家に持ち込んでもらった反物やらを吟味し、
さくらは何かと慌ただしい。
1
今日は礼装の生地と前回決められなかった婚礼衣装の付属品と、
簪のデザイン画の校正と家具の素材の決定の為に訪れている。
いくら御蚕包み(オカイコグルミ)で育ち、着るものに贅を尽くすことになれた
さくらとて、
休日ごとに終日このように婚礼衣装等の判断に追われては息も詰まりそうだった。
「…ご休憩なさりますか?」
呉服屋の主人がそう言ってくれた時には、
とうに昼を過ぎていた。
2
「
さくら」
不意に、今では随分と聞き慣れた低い声が
さくらを呼んだ。
「…昼の供御(コゴ)は、まだか」
「…はい」
近場とは言え、白哉が態々護廷十三隊を抜けて昼時に現れるのは珍しかった。
「では、相伴せぬか」
白哉もまだ昼食をとっておらぬようだ。
ここ数日は、護廷十三隊でも白哉が
さくらの許を訪れることはなかった。
業務が多忙にて、未婚の女性に会うに相応しき時間帯までに白哉の仕事が終わらなかったのだ。
暫く空いた二人の距離に加え
自分の婚礼衣装とは言え殆ど一人で決めることに空しさを、そろそろ
さくらは感じ始めていたところだった。
3
「済まぬ」
二人っきりとなった部屋で互いに向かい合って座ると
白哉はまず、
さくらに詫びを入れた。
「朽木、隊長?」
久しぶりに会う婚約者から突然詫びられ、
さくらは困惑する。
「此処、朽木家の屋敷内に長く留まるうえで私が付き添わぬのは居心地が悪かろう…」
さくらが朝早くから朽木家を訪れ、会うのは屋敷付の従者清家や呉服屋やら婚礼関係の主らばかり。
家同士の結婚準備が整う中、当人同士の時間も気持ちも疎かになってきていたところだった。
4
「……お気遣い、戴けるだけで十分です」
護廷十三隊隊長の業務が並大抵ではないことを、
さくらも知っている。
少し寂しく思っていた自分を気遣ってくれただけで、
さくらの気持ちも晴れた。
「今日は、この後ならは時間がある。
私がおらぬ故に決めかねていたものがあれば、相談に応じよう」
さくらと同じ日に休むどころか非番自体さえ訪れない中、白哉は日々の業務をぎっしり詰め込んで
この日、
さくらとの時間を作っていた。
「…ありがとう、ございます」
思わず頭を下げていた。
白哉の自分の心を見透かしているような気遣いに、
胸に走ったときめきまでも見透かされたくなかったからだ。
5
「…午前中に化粧台の材質の確認は終えたのか?」
「…あ」
「昨日には到着しているはず。後で選ぶがよい」
「恐れ入ります」
口数の少ないほうであると思っていた白哉が存外他愛の無いことでも話に付き合ってくれる。
こういう仲になって
さくらが初めて知った事柄は多かった。
「…
さくら」
「あ、はい」
肌理細やかな心遣いができ、適切な時に適切な言葉をかけられる。
その眼差しや外見にそぐわない温かな心も、この男を受け入れてから知った事だ。
6
「胡瓜の辛子醤油漬けは辛すぎたか」
「……申し訳ありません」
箸の先に一切れ抓んだだけでそれ以上を口に出来なかった
さくらは白哉に詫びた。
白哉は今度の料理に考慮してやりたくて
さくらの味覚との差を確認しただけだった。
「さやいんげんとしらたきの甘辛煮はどうだ」
「あ、はい。おいしゅうございます」
「では、もう少し」
「はい、いただきます」
勧めれば口にできるのに、
さくらは途中で箸を置いてしまう癖がある。
食べられないのではなく、食べないようにしているようだが、かと言って上品ぶっているわけではなさそうである。
まだまだ知り尽くせない
さくらを、白哉は見飽きることはなかった。
7
昼食後、
再び婚儀の準備を再開する。
反物の素材、作り手の腕前、染め柄、作者の履歴…
その由来や縁起担ぎな話等、欠伸(アクビ)の出そうな事でも
さくらは聞き逃すまいと真剣な面持ちで聞き入っている。
その横顔はしっかりした意思を持ち、今までいい加減に生きていないことを語るには十分であった。
「あの…どちらがより好ましいと思われますか?」
一旦全ての説明を聞き終えると、
さくらは白哉に意見を求める。
8
「どちらも非の無い物。其方の好む方にするがよい」
夫となる白哉を立て、周囲にも気配りを欠かさない
さくらに、“よい娘が嫁いでくれることになった”と朽木家の繁栄を願う者全てが感じる。
「…色目では、私は此方の方が気に入っておりますが…」
誰にも遠慮などいらぬのに、上目遣いに白哉を見る。
「ならばこちらに決めよう」
白哉の一言で漸く
さくらも自信を持って、はいと返事が出来た。
9
「…部屋が見苦しくなってきてはいまいか?」
白哉が広い部屋を僅かばかりに見渡した。
「では一旦片付けさせましょう」
清家にそう言わせることで、白哉は
さくらに休憩をとる口実を作ってやる。
「
さくら。今一度、私と間違いないか検(あらた)めぬか」
「…はい」
「では、片付くまで私の部屋にて確認致そう」
さくらに必要なものを、白哉はよくわかっていた。
10
自分で選ぶよりも白哉に相談し決めてもらえる今は、幸せと思える。
「あ…これは、まだ迷って保留にしてございます」
「では、私が決めよう」
「恐れ入ります」
白哉は色見本を
さくらに当てて、思案する。
微かに着物に触れる白哉の手、髪に感じるぬくもり。
白哉の研ぎ澄まされた霊圧。
それを直に感じられる今は、
さくらにとって幸せだった。
11
「…最近は、
武礼と休みを合わせておらぬようだな」
「はい。弟も阿散井副隊長の重要な任務を肩代わりさせていただく事も多くなりました故」
弟に無下に帰されることはなくとも白哉に会えないのであれば、今は六番隊に自ら赴くこともない。
「もう暫くすればこの遽(あわただ)しさは終わる。
落ち着いたら一度、隊に顔を出すがよい。
恋次も
武礼も、其方を心待ちにしている」
12
支度の出来上がっていく婚礼品の数々を目の当たりにしても
否、だからこそ猶更白哉との永遠に続くと思われるこの距離を乗り越えるには
さくらにとって、白哉の支えが必要だった。
「…ありがとうございます」
白哉は
さくらが六番隊を訪れれば、何時でも自分も時間を空けるつもりだった。
しかしそれを
さくらに直接告げれば猶の事恐縮するであろうから、
さくらが訪れた際に顔を合わせ、
そういう状況に慣れさせ、
少しずつ他人の垣根を越えたいと白哉は願う。
13
殊更四番隊の平隊員の評価を耳にすることはないが、
さくらの性格からして几帳面に的確に仕事をこなしているであろうと推測できる。
甘えたいのであろう、という事は普段の
さくらを見ていればわかる。
何を この娘に何をしてやれば、良いのか。
どうすれば良いのか。
それは解っていた。
さくらと共に過ごしてやれば一番喜ぶに違いない。
済まぬ…
小言一つ言わず、一人で婚儀の支度に追われる
さくらが晴れて妻となった暁には―――
自分に誓おうとして、白哉はまた思い止まる。
14
結婚して、何も変わらない自分の生活に。
白哉は時間という最も金品に変えられぬものを
自分が持ち合わせていないことを思い知らされる。
この後も
普段優雅に見える上級貴族の二人には
あらゆるしきたりとしがらみを熟知した上で行われる貴族らしい婚儀の準備が日没との戦いの中、 続いた。
15
「邸でよいのか?」
僅かに護廷十三隊の方が近かったが、明日が休日の
さくらは朽木家を訪ねるのに実家に泊まることを選んだ。
「
さくらを送り届け、そのまま帰舎する」
「承知致しました」
従者に見送られ、二人は朽木家を後にする。
今日は
さくらを長居させてしまったが、多くの事柄を決められた。
その分、明日は
さくらは一人でも気が楽であろう。
16
さくらはいつもの如く、白哉から後れること一間(1.8m)余り。
自分を実家に送り届けてから護廷十三隊へと帰舎する男の隊首羽織の裾の模様を眺めながら静々とついて行った。
夕焼けが最後の橙色の帯を闇に染め、
辺りはもう余程の距離でないと相手を認識するのは困難な闇が迫っていた。
さくらの履物の音を背後に聞きながら
もう少し 近くに
できれば傍らに
そう願う白哉であったが
徹底的に教育された
さくらのこと。
会話でもないことには白哉の隣を歩くことはなかった。
そうかと言って、話す内容もなく口を開く白哉ではない。
黙々と、履物と衣擦れの音しか聞こえない夕闇の中を二人は歩いた。
17
「きゃっ…」
不意に
さくらの小さな悲鳴があがった。
さくらは足を掠めたものに驚いてその場に屈みこんだ。
「
さくら…?」
名を呼ばれた時には先を歩いていたはずの白哉は自分の前に立っていた。
「あ…」
さくらが落ち着いて今の出来事を思い返す。
18
「どうした」
白哉が手を差し出した。
気品に満ちた長い指が、迫り来る闇の中に浮かんでいる。
彼の手に触れるのは、一年ぶりぐらいであろうか。
あの時は必要とも思わなかった白哉の手を、
さくらは今は両手のみならず全身で求めていた。
自分の手を取った女の腕を支え、白哉は立ち上がるのを手伝ってやった。
「…大丈夫か?」
何があったのかはわからぬが、
さくらを気遣う白哉はその怯えた瞳を覗き込んだ。
19
「ね…こ…」
それだけ言うと
さくらはほう、と一息ついた。
「多分、猫だと思います…」
不意に音もなく自分の足首を撫でた感触に驚いたものの、考えてみればあれは猫の尻尾だったと思い返した。
「申し訳ありません」
そしてこんなことで驚き、白哉に心配をかけたことを詫びた。
20
白哉は
闇の中で
自分に白いうなじを見せる
さくらを
腕の中に収めた。
「…く―――」
初めて触れた男の身体は
印象に似合わぬ硬さで
自分を裕に包んでくれて
品のある香が鼻を擽り
折り目正しい隊首羽織を通してでも、そのぬくもりは伝わってきた。
21
闇の中に浮かぶ
白い隊首羽織
それと
僅かばかり顔を上げた
さくらの目にしたものは
白哉の薄い唇
「―――――」
背中を抱くその温もりと同じものを唇にも感じた。
長かった と思う。
だが それだけで
ただ 触れ合うだけで
22
それ以上でも
それ以下でもない
白哉のぬくもりに
何故かしら
さくらの重なった睫毛は滲んできていた。
それは
自惚れではなく
この男に愛されていると知るには
十分で
優しい
唇に感じたのは
初めての ぬくもり
だったから……
fin*
************************************************朽木隊長との…一応これが二人のファーストキスです。
なーんか、朽木隊長なら雰囲気だけで持っていけそうな気がします。
というよりあの眼差しに抵抗できるんでしょーか??
ながーい前振りでしたが、結局書きたかったのは最後だけですか?
っていうツッコミはなしでお願いします。
2007.09.07
朽木隊長 風⋆花⋆雪⋆月