白哉は緋真の僅かな遺品を亡き妻の部屋に並べるよう伝えた。
清家は見ることなく捨ててしまうべきではとやんわりと伝えたが、
「聞こえなかったか?」と白哉に威圧され、その指示に従った。
朽木家に相応しくなければ子を残したわけでもない前妻の物を全て処分してくれると言うのだ。
もう此処まで来て、当主の機嫌を損ねてまで主張することではなかった。
僅かに蔵に仕舞われていた緋真の桐箱を部屋に上げるよう、清家が指示し終えたときだった。
「いや、それはいかん」
下の者が指示を仰いだ言葉を全面否定し、自らが門前へと駆け出した。
1
数十年の長きに亘り、誰の手にも触れられなかった緋真の着物の類。
履物や簪、帯留め、扇子などの僅かな装飾品。
五年という、あまりにも短い年月を物語るかのように、緋真の遺品は一室に広げることができた。
もしもルキアが形見に何か欲しいとでも申し出ていたら、あの着物と簪とそれに似合う付属品は必ず渡そうと考えていた品を後回しに…………
思い出の一つ一つと決別していく。
これは白哉にとって、緋真を忘れる為の儀式に他ならなかった。
白哉の区切りがついた物から、側でじっと待つ侍女に渡されていく。
結局は仕舞われていた桐箱も箪笥も化粧台も破棄してしまうのだ。
一々中を取り出して手にすることもないだろうと思いつつ、白哉の指示を待つ者は沈黙を保った。
2
「ご当主…」
また面倒なことを言いに清家が現れたのだと、自分を呼ぶ口調で感じた。
「何だ」
侍女達でさえ邪魔なのに、これ以上緋真との別れを興ざめさせてくれるなという気持ちを言葉に込めた。
「
さくら殿が、お見えになってございます…」
白哉の背中を走った衝撃は大きかった。
清家は勿論のこと、白哉も
さくらを当主の部屋に近づけることは避けた。妻の寝室はすぐ隣だからだ。
初めて通された客間で、
さくらは悶悶として待つ。
3
「…待たせた」
白哉が現れるまでは、本当に長かった。
清家に説き伏せられるものの漸く客間まで案内され、今
何の表情もなく障子を開いた白哉に頭を下げるまで―――
「失礼ながら突然の来訪、お許しください」
――――長かった。
「何の用だ」
抑揚なく、白哉は尋ねる。
白哉は知らなかった。
さくらがその表情をした時は、誰にもその心を止められないことを。
4
「 隊長…
お約束していただけますか?
緋真様を 決して
無理に忘れぬと
心のままに忘れられるのなら
それは誰にも止められぬこと
けれど 私のために
忘れようとしないと
お約束していただけますか?―――― 」
「…
さくらっ」
語尾が震えるのを気丈に堪えた。
必死で荒れ狂う心を凪ぎさせようと、理性で感情を制する。
「何故、そのような…」
それでも
さくらに問い質す勇気は言葉にした途端、萎えた。
5
何故だ?
何故 私の心が伝わらぬのだ?
生涯ただ一人と誓った妻を忘れ
其方に永遠を誓う
この 私の誠意が―――
さくらは座布団を外れ、白哉の傍らで
「 もし私が先に
逝ったなら
あなたに そう
願うから 」
そう 囁いた。
「
さくら……」
さくらの言葉は、白哉には重すぎた。
「お前まで私を置いて逝くと言うのかっ」
白哉にしては乱暴な言葉遣いだった。
6
「喩(たと)えです」
「そのような喩え、聞きたくはない!」
耳を塞ぎたげに項垂れた。
さくらは
「 ほら、
お辛いのでしょう? 」
と少し笑顔を見せた。
「まだ、痛むのでしょう?」
優しく、包み込む笑顔で白哉の胸に触れる。
「その気持ちが自然に和らぐまで、御心のままにと申し上げているのです」
それは…
それでは……
さくらを愛している
ことにはならぬ。
それを口にすれば、自分で認めてしまうことになる。
7
さくらは白哉の葛藤を知るかのように、再び口を開いた。
「緋真様を覚えていることと私を愛してくださること。それは同じであって違うものであって…」
どうしてそんなに柔らかに微笑むことができるのか
「どちらも朽木隊長なのです」
さくらは満足そうに白哉を見つめた。
白哉は
自分が
さくらに惹かれた理由を 今 知った。
『 白哉様は白哉様。
ありのままで宜しいではございませんか 』
あの日の緋真と同じ。
さくらは、自分でもどうしようもない私の心を私以上に受け入れてくれる女なのだ。
8
その姿に緋真を垣間見たわけではない。
性格も振舞いも
好む事柄も
重なったことはない。
それでも
妻にと望むのはこの娘しかないと
出逢った瞬間から
私の心は決めていた。
「
さくら…」
漸く…
この娘を何故自分が愛しいと想うのか。
その理由を探す必要はなくなった。
9
「まだ、私を隊長と呼ぶか」
今の気持ちを悟られたくはない白哉は
さくらの揚げ足を取った。
「お呼び致します」
さくらは静かに微笑む。
「嫁ぐ日までか」
ゆっくりと首を振った。
「その後も ずっと」
凛とした眼差しで夫となる男を見つめる。
「隊長でいらっしゃる限り―――敬意を込めて」
白哉は自分の勝利を見た。
10
「護廷十三隊では、だな?」
「はい。朽木隊長」
その返事を確かめると
「
さくら」
白哉は口許を緩めた。
「此処は、朽木家だ」
そうでしたと
さくらはくすりと笑った。
そうして
どちらからともなく
頬を寄せ合い
口付けた。
さくらが朽木白哉の妻となるのは
この二ヶ月ほど
後のことである。
fin*
************************************************漸く完結致しました。
浮竹隊長で1年半
京楽隊長で11ヶ月
朽木隊長で1年3ヶ月
プラス3ヶ月後のこのお話で、文字数は浮竹隊長に匹敵します。
朽木隊長の緋真様への想いは最後まで割愛していましたが、やはりラストに過去と未来のどちらも尊いお話を書きたくて……と言うか、これも朽木隊長のご意思。単なるプロポーズ=ハッピーエンドで終わらせてくれなかったのです。
さくら様がどうしてあんなに緋真様への想いを大切にしてほしいかを文章内でも語られましたが、浮竹隊長編をご覧いただいた方は経緯も想像がつくかと思います。
ここまでお付き合いいただいた
さくら様にはお礼の申しようもございません。
以降、追々に続きを書かせていただきますので、たまには覗いて頂けると嬉しい限りです。
天宝院さくらでした。φ(..)
朽木隊長 風⋆花⋆雪⋆月