「妻を 迎えようと思う」
朽木が意を決して口を開いたのは、ルキアが
「私が目の前に座しているのを忘れられているのでは?」
と案じ始めた時だった。
「おめでとうございます、兄様」
何のことはない。
通りすがりに告げられても構わないような内容だった。
朽木の結婚に対し賛否する権利などなく、式の日程や手配に自分が関わるはずもなく、何をそんなに躊躇われたのかとルキアには兄の心中を察することができなかった。
朽木だってルキアに結婚を伝えるだけに時間をかけたわけではない。
本題はこれからだった。
1
「緋真のものを処分するが構わぬか」
ああ――― そうか。
ようやっとルキアは朽木の覚悟を理解した。
姉の思い出の品を屋敷から無くし新しい妻を迎えるということは、兄と自分の絆を葬り去るに等しい。
否、兄にとってはその程度では済まないだろう。
「構いません」
元々、自分には姉がいたという記憶さえない。
気付けば流魂街の一角で腹を空かして、生きることに血眼になっていた。
自分によく似た女が兄の妻であったと言われても、もしや肉親ではと欠片ほどにも思わなかったぐらいだ。
「……そうか」
朽木の言葉が少し残念そうに聞こえたのは、自分の気のせいだと思った。
2
「下がれ」
ルキアは頭を下げ、その場を離れようとした。
その瞬間、ルキアの口をついて言葉が出た。
「あの、私はもう朽木家におらぬほうがよいのでは?」
それを告げられた朽木は
朽木の顔は
今まで一度もルキアが見たことのない
恐らくは誰も
亡き緋真以外の誰も見たことのない
悲痛な顔 であった。
しかしそれは一瞬。
ルキアの問いを全く無視し、
「下がれと言ったのだ」
朽木は先程の問われた時間を無かったことにした。
ルキアは兄の婚約者の名前も教えられることなく、朽木の部屋を後にせざるを得なかった。
3
兄の婚約者が四番隊の死神であるということを知ったのは
幼馴染の阿散井が自分に祝いの言葉を述べた、たった今だった。
「何だ?ルキア。お前が知らなかったわけじゃ、あるめー」
「否、知らなかった」
「はあっ?」
阿散井は婚約者を知らなかったルキア以上に驚いた。
「じゃあ何か?顔を見たことも」
「無論ない」
ルキアは腕を組んで頷く。
唖然とした口を閉じると阿散井は、オイちょっと、と近くの隊員に声をかけた。
「
武礼、呼んで来い」
4
「お呼びでしょうか、副隊長」
暫くして現れた男を手招きして、ルキアと引き合わせる。
「こんなカオした女だ」
武礼の顔を羽交い絞めみたいにしてルキアに見せた。
「何だ、それは」
訳がわからんとルキアは言う。
しかし阿散井に顔を掴まれた男は、意味を理解しているようだった。
「こいつは
天宝院武礼。
さくらの弟だ」
「弟?」
ルキアは六番隊に婚約者の弟がいることにも驚いた。
5
「そう。こいつをもう少し女らしくしたのが
さくらだぜ」
「それって、
さくら姉のこと馬鹿にしてます?」
まだ阿散井の脇の下にいる弟は、見上げて睨む。
「んなコト、俺は言ってねえぞ」
「そう聞こえます」
阿散井の腕から逃れようと、
武礼は肘鉄を食らわせる。
「ンげっ、テメー…」
ドッタンバッタンと、六番隊の庭先の廊下で二人は上になったり下になったり。
「恋次。貴様らのほうが余程兄弟らしいぞ」
ルキアは大人気ない二人に呆れた。
6
天宝院さくらか……。
兄様の心を射止めた女性……
「テメー…
武礼!それが上官に対する態度かよ!!」
「喧嘩吹っかけたのは副隊長でしょーがっ!!」
「ん何おぉっー!」
こんな風にお転婆なのだろうか………。
似ているのは顔だけであってほしいと願った。
そして大方その願い通りであったことにルキアが安堵したのは
自隊の隊長、浮竹十四郎の評価を聞いた時だった。
7
「
さくらはいつもは医薬品取扱専門詰所にいるんだ」
「医薬…?」
聞き慣れない詰所の名前に、ルキアは首を捻った。
浮竹は行きつけの詰所の場所を教えてくれた。
ただでさえ四番隊は地味な存在。
他隊の者は綜合救護詰所以外など縁がなかったので、隊長の情報はありがたかった。
六番隊と自隊、そして今から四番隊へと向かう。
非番の日で本当に良かった。
8
「此処か…」
辺鄙な――もとい閑静で奥まった場所にこじんまりとした詰所が見えてきた。
どう見ても隣の在庫室の休憩小屋程度の詰所だ。
看板など板の色と同化した文字では意味を成さないほど。
古びた戸に控えめに手をかけ、そっと開けてみる。
「あのう」
こんな辛気臭い、もとい若者に似つかわしくない詰所に兄様の婚約者がいるのかと思うと期待も萎む。
「ご免くださーい」
誰も居そうにない詰所にさっきより大きめの声を出す。
9
するともう一つ、詰所の一角にある戸がみしりと音を立てた。
ちょこんと顔を出したその―――可愛い顔
おおう!!
弟そっくりではないか!
見間違えるはずもない。
何だろうと状況を暫し呑み込めない表情まで同じなのだ。
ルキアは真っ直ぐ彼女に向かって進んだ。
「初めてお会いする、朽木ルキアと申す者だ」
些か緊張は残るものの、萎えた期待が頭を擡げた。
これが兄様の婚約者かと思うと話しかけずにはいられない、人懐っこそうな顔をしている。
10
「朽木、ルキア。朽木ルキア…様?」
「然様」
自分の名を繰り返す
さくらに相槌を打った。
すると
さくらは姿勢を正した。
「初めまして。
天宝院さくらと申します。以前より朽木隊長からお話は伺っておりましたが、ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
「以前?」
社交辞令ではないかと思う気持ちがルキアの口から出てしまった。
「はい。隊長と初めてお話した際に」
「初めて……。失礼だが、それは何時のことなのだ?」
それは本当なのか?という気持ちが口から溢れる。
「…入隊して、一週間経つか経たない頃か……。日にちまでは…」
「否、その頃からとは思わなくて。こちらこそ最近知ったばかりで申し訳ない」
11
「こちらこそ。ルキア様は緋真様の妹君で阿散井副隊長とも幼少の頃からのおつきあいとか。浮竹隊長とはよくお会いする機会がございますが、十三番隊まで足が向きませんで…」
まさかそんな以前から兄様がこの女性と言葉を交わす仲で、しかも会って早々に自分のことを紹介しているとは思わなかったルキアは話について行けなかった。
そうか。私が兄様の亡妻の妹ということまで教えてあるのか。
これはもう、
さくら殿が入隊された時には本気で結婚を考えておったのだな。
「一目惚れか…」
「え!?」
さくらは自分が朽木に一目惚れしたのかと問われたと思ったらしい。
礼儀正しい姿勢のまま、真っ赤になって目線を落とす。
純情そうな娘だ。
兄様もこういう女性なら心動かされて当然だろう。
12
「否。私の見たところ、兄様は
さくら殿に一目惚れしたのだなと思ってな。
先程も姉の物を全て処分すると申しておった様子から―――」
「処分!?」
ルキアの方が驚いた。
「…然様」
さくらの表情が一変したのだ。
「もう、処分されて?」
何やら顔を寄せて問い質してくる。
「否。…しかし、まあ安心するがいい。近々行うであろう」
暫し、
さくらは沈黙を保った。
「それは、何時になるかご存知でしょうか?」
「さあ?しかし兄様のことだ。間違いの無いよう立ち会って処分するだろうから、次の非番あたりではなかろうか」
「次の…」
「ああ、だから心配ない」
ルキアは
さくらが今まで前妻の遺品を処分していないことを嫌悪したと思った。
13
「…………」
再び
さくらの沈黙が続いていた。
ここは機嫌をとっておかねばならぬな。
ルキアは気を利かせた。
「まあ何だ。私も姉が出来て嬉しいぞ。あ、否お姉様が出来て嬉しゅうございます」
今更猫をかぶっても遅かったが、
さくらはルキアの被り物に殊更興味はなかった。
「――私の方こそ……。あの、できればルキアお姉様とお呼びしたいのですが、いけませんか?」
「お姉様?私をか?」
「はい…」
さくらは顔中を赤くしてルキアを見つめた。
いくら年齢はルキアが上でも、兄嫁であれば
さくらが姉と呼ばれるのが筋というもの。
さくらもそれを承知の上での頼みなのだろう。
14
「その…私には兄も姉もおりませんので……甘えてみとうございます…」
か・わ・ゆ・い・でわないか~
ルキアは自分より背の高い
さくらが小さな女の子に見えてきた。
元来、ルキアは頼られることが嫌いではない性分。
兄に相応しく上品ぶって気位が高い義理の姉を覚悟していたルキアにとって、一瞬にして
さくらは自分の可愛い妹分となった。
「良かろう」
「本当ですか?ルキアお姉様」
さくらは両手を顔の下で組み、目を輝かせた。
お姉様……なんといういい響きであろう。
今日はルキアにとって良い一日となったのは間違いなかった。
鼻歌まじりに四番隊の隅っこから、長い長い廊下を自隊へと戻る。
「しかし…」
ルキアは、はたと気付いた。
「私は
さくら殿を何と呼べばよいのだ?」
→Writer's notE→→
************************************************ルキアちゃん、初登場!って…もう終わり際じゃないの~!
しかもまだ朽木隊長と
さくら様のハッピーエンドまで行ってないし。ι
私って、どうして文章を簡潔にまとめられないのでしょう?情けないですよねぇ。
次こそラストです!
さくら様、もう暫くお付き合いくださいませ。
朽木隊長 風⋆花⋆雪⋆月