梅が散り
桃も咲き終え
穏やかな桜の季節。
本日の演舞会は恵まれた天候の中、滞りなく演目が進んでいる。
眺めのよい座席(ムシロ)にありながら年頃の娘の舞に目もくれず、
朽木白哉は千本桜景厳が如くひらひらと落ちる花びらの中……
眠っていた。
本当に居眠りをしているわけではない。昨日から大人気無いのだ。
1
春の休日、久方ぶりに朽木家の屋敷に戻れば
間も変わらず朽木家を取り仕切る清家が、当主としての自覚を持っていただきたいと白哉に懇願する始末。
正月にも縁談話を聞いたばかりというのに………。
見合話を持ちかけるのは綿貫という上級貴族の斡旋業者。
確かに条件の悪くない縁談ばかりで「何が気に入りませぬか?ご当主」と食い下がるが、にべもしゃしゃりも無くその都度白哉に断られていた。
2
年いった二人は大きな溜息をつくと、
「ご当主。明日の演舞会には、ご出席いただけるのでしょうな?」
ときた。
唐突な話の持ち出し方だった。
しかしそれは伴侶を見つけるための場に自ら出向く気があるか、
即ちよもや御家存続の意思がないとは言わさぬという意味合いであった。
恐らくは綿貫が今まで持ちかけてきた縁談相手がその場に集まっているのであろう。
行きたくはない。
しかし、行かねばなるまい。
行きはするが、どんな女も目にはせぬ。
かくして狸寝入りを決め込んだわけである。
3
演目は残すところあと一つとなっていた。
白哉は身じろがずにいた。
東風(こち)吹くまで
鼓と笛と、観衆の息を呑む音が聞こえても、
白哉は動じなかった。
しかし白哉でなくとも
風もない
この春の陽気にうつらうつらとしかねない馥郁たる中……
突然春風が
舞い降りたのである。
すがすがしい風が
桜のほのかな香を
引き立てる―――?
莫迦な………
相反する感覚は眼を開いて初めて悟った。
4
青とも緑ともつかぬ
淡い衣を身に纏い
花びらが舞うが如く
白き指を
手のひらを
絹衣を
艶やかな黒髪を
風に戯れさせ
桜の色に透けた
手にした薄絹の布に
簪が蝶のように集い
腕に抱かれ
帯にとまり
腰を包み
足元に落ちる
恋に咲いた桜の精を舞う娘はまだ蕾。
演目とは裏腹に、
まだ恋には程遠いわが身すら自覚なく、
ただただ春の訪れを喜ぶその娘の舞いは
初めて花を咲かせた桜の木を思わせた。
5
「ご…ご当主」
真打への拍手と歓声が止まぬ中、清家は白哉の意向を訊ねた。
たとえ白哉が拒んだとしても、あの娘の素性を調べずにはいなかっただろうが。
白哉は目を合わせなかった。
しかしいつもの拒否の言葉もなかった。
断って自分の側を離れる清家を、寧ろ背中で見送っていた。
「あな口惜しや、口惜しや」
遠くで綿貫がギリギリと歯軋りをしている。
あれだけの見目形、問わずもがなやんごとない生まれ育ち。
あれほどの娘を見知らなかった綿貫は面目丸つぶれもいいところだ。
6
あのような――
自分の心の呟きの大きさに、白哉自身が驚いた。
何より白哉を動かしたのは、まだ年端もいかぬ娘の見事な鬼道。
まるで娘に応えるかのように
桜は花弁を降りそそぎ、それを自在に操る手掌の美しさだ。
白哉はそう自身を納得させた。
清家は自ら情報を集めに奔走し、その日の夕刻には白哉の耳に見聞した事柄全てを伝えた。
二人の間に何があったかは知らぬが、綿貫の悔しがる姿を見て小気味いいと言わんばかりに大口を開けて笑った男は
伯楽という舞の師匠だった。
7
「姫君は
天宝院さくら殿。共に舞われたのが弟君の
武礼殿にございます」
続けて見合いの条件を述べた。
「見合いの…条件だと?」
白哉は結婚の条件ではないかと清家に確認したのだ。
「はっ」
清家は余裕の笑みを見せた。
さくらの弟・
武礼より腕の立つ者のみ、日を決めてまとめて見合いを承ると言うのだ。
たかが見合いをするだけに、白哉の自負にこれほど泥を塗るような条件も稀であった。
8
しかし
「あのような護廷十三隊に入隊が決まったばかりの者、ご当主に敵うはずがございません」
と、清家はそれこそ結婚の条件と勘違いしているのではないかと思うほど嬉々として続けた。
天宝院家の跡取りが
護廷十三隊に入隊
白哉はこの一言に機転がきいた。
そして我儘な男やもめのご当主は
式の日取りまで予定を立てていたであろう清家に向かって
「あの娘と、見合いなどせぬ」と言い捨て
ようやく光明が射したと思った清家を驚かせ、
そして
酷く 落胆させた。
→Writer's notE→→
************************************************お待たせしました、
さくら様。
元々このヒロイン設定は朽木隊長の為に生まれた――と言うか、
さくら様が現れた瞬間から朽木隊長が手放してくれず、苦労した記憶があります。
当初は
天宝院家は代々王家の護衛役の設定でしたが、BLEACHに本当に王家が出てきてしまい絶句しました。ι
夜一サンや浦原サンが隊長の座を捨ててまで為したかったこととかまで考えていたのですが……。
あまりにも詳細な設定が作者さくらの中では出来上がっている為、理解できないという場合は苦情をお申し出いただいて結構です。
それでは引き続き
さくら様に、朽木隊長編をご覧頂けると嬉しいです。
朽木隊長 風⋆花⋆雪⋆月