「春水さーん」
さくらの声がする。
「起きてください、春水さん」
どうしてボクが布団から出たくないのか、キミは理由を知ってるかい?
「…もう。時間ですよっ?」
ふくれっ面のキミに見下ろされたって、悪いとは思わない。
「今日はご実家を訪問する日ですよ。昨夜も言ったのに、忘れたんですかー?」
寝惚けたフリして惚けながら、
さくらに起こしてもらう。
「 !! きゃあっ!春水さん!!」
さくらはボクの下敷きになって、もがいていた。
ボクもまた
もがいている。
ボクの中にある
TOW HEARTS
ボクはいつだって
二つの心の間を彷徨っている………。
1
「時間に遅れまして申し訳ございません。お義父様、お義母様…」
さくらが深々と頭を下げるも、「どうせ春水が起きなかったんでしょう?」と母は一笑に付した。
「兎に角、座りなさい」
相変わらず座布団を勧めないといけない
さくらだが、父はその律儀さも嫌ってはいない。
「外は寒かったでしょう?」
「それが、朝の冷え込みにしては歩いている時は日差しも暖かくて…」
茶を差し出してくれた義姉と、何気ない話が始まる。
さくらを取られたボクは、態と大きな欠伸をしてみせた。
今までならば透かさず父に叱責されることだが、義理の娘らの会話に目が行っているのか咳払いのひとつも聞こえない。
月に一度は顔を見せなさいとは真央霊術院に入った頃から言われていたが、それを守った例
(ためし)はなかった。
隊長に就いてからは多忙を理由に堂々と、良くて年に一度実家に足を運ぶかどうか。
それが…
さくらと結婚してからは許されなくなった。
ひとつには両親ばかりか兄夫婦も
さくらを気に入り何かと実家に来るように言う。
そしてもうひとつは、
さくらも家族らとの交流を好んだからだ。
両親は勿論、「お義兄様、お義姉様」と兄夫婦をも慕う
さくらを、誰が疎ましく思うだろうか。
2
「ねえ…」
さくらが居ると、話しかけてもボクのほうを見てもくれない。
こんな時は
さくらを独り占めしたい気持ちと、見せびらかしたい気持ちが交互に押し寄せる。
「そうそう。春水はね、小さい頃―――」
母の口から漏れる昔話を聞きたくない気持ちと、聞きたい気持ち。
「これだから、嫌なんだよ…」
ボクは二つの心に揺さぶられる自分が嫌だ。
「何処に行くんだ?春水」
「…自分の家の、何処に居たっていいでしょうが」
それを誰かに悟られるのが嫌で、逃げ出したくなる………。
「春水が居ないと、
さくらさんが落ち着かないでしょう。ちゃんと其処に座ってなさい」
ボクの為でなく
さくらの為。そう言われ、渋々ボクは座り直す。
それならば、退屈にしていてもいい。
考え事をしているとは悟られないし、知られてもどうせ退屈しのぎだと思われる。
3
不思議だ。
ボクの家族が会話をしている。
ボクの記憶の中の家族は会話なんてしなかった。
父が一方的に話し、相槌程度に母や兄が返事をするんだ。
それが今は母が笑顔で話すのを父が黙って聞いて、兄夫婦が時折話に加わっている。
さくらの前だけのものならば、とっくにメッキは剥がれているだろう。
だが目尻に深い皺を作って笑う母の笑顔に偽りは無く、ボクもつい口許が綻んだりしてしまう…。
不思議だ。
さくらがボクの家族を変えたことではなく、ボクがそれを受け入れていることが。
離れてしまいたかった家族と繋がり合えた喜びに、ボクはどちらが本心なのかわからなくなる。
「お前…いい加減に口を閉じんと、春水が
さくらを連れて来なくなるぞ」
いつしかあんな柔らかな物言いで母を制するようになった父に、自覚はあるのだろうか。
「ああ、そうだったわね」と母も慌てて口を覆い、ボクと
さくらが二人でのんびりできるようにと客間から追い出そうとする。
「さっき、ボクが出ようとしたら止めたクセに」
態と悪態をつきながら、行こうと
さくらの手を取る。
4
初めの頃は本当に、母の話は尽きなかった。
ボクがもう二度と
さくらと来ないと言ったら、母だけでなく父にまで平謝りされて拍子抜けしたっけ。
よく話すことがあるものだと思ったけど、そんなにも誰かと話すこともなく…
母は、この家で暮らしていたのだろう。
そう……。
こんなふうに母達の心情を考えることができるようになった。
「ちょっと、庭に出ようか」
そして今度実家に来たら
さくらをあそこへ案内しよう、あれを言おうと、考えている自分に内心驚いている。
「此処は……?」
庭を案内された
さくらが目の前の建物をぐるりと見渡した。
「ボクのおばあちゃんの茶室。おじいちゃんとかに叱られるとね、よく匿ってくれてた…」
こんなこと、話す必要もないのに
母だけでなくボクもまた、
さくらに知って欲しい事があったんだと苦笑する。
5
「中に、入っても?」
「勿論」
茶室はキシリと音を立てるようになったが、それ以外は昔のままだ。
「
さくらちゃん」
さくらが「はい」と返事をするや否や、ボクは
さくらを抱き上げた。
「…な・何するんですかー!?」
「何って…お姫様抱っこ」
「それはわかってます。そうじゃなくて、どうして今、抱っこ…」
「もう随分古くなってるからね。床が抜けることはないにしろ、ささくれでも刺さったら大変だからさ」
このぐらい大丈夫ですと断る
さくらを抱いたまま、茶室に足を踏み入れる。
内装も畳も、当時のままだ。
さくらは正座したけれど、ボクは足を投げ出して座った。
部屋の匂いも変わっていないからか、此処に来ると必ず思い出す。
6
「おばあちゃんはね…素足で茶室に入られるのを嫌ったんだ。だからボクはいつも足袋を穿かされた」
畳に脂がつくのを嫌ったおばあちゃん…。
「…小さい頃から足袋、穿いていらっしゃらなかったんですか?」
「ぁあ、稽古の時の話ね」
「稽古……」
さくらがボクの言葉を繰り返し、ボクは頷く。
「おじいちゃんもね、死神だったから。いつも兄と一緒にしごかれてた」
「それで、叱られると此処に?」
くすりと口許を隠して笑う
さくらの笑みを消したくないのに
「―――兄をね、負かしちゃうんだよ…」
「…………」
あの時の気持ちを
さくらに告げてしまいたくなる。
「ロクに練習もしていないボクが、毎日努力している兄をね……」
「それで、叱られ…るのですか?」
やはり心配顔になってしまった
さくらに、「いいや違うよ」と軽く否定してみせた。
7
「ボク自身、何故兄に勝てるのかわからなくて……。それで、勝負がつくと挨拶もせずに稽古場を飛び出してた。
おじいちゃんはそれを怒って、追いかけてくるの」
兄に勝つ喜びと、戸惑い。
祖父に叱られる怖さと、礼をすることで兄に勝ったと告げる怖さ。
とっくに、忘れてた。
でもボクが戦いを避けたい根源は此処にあったと悟った。
「
さくらちゃん…」
告げて、どうになるわけでもない。
「ボクぁね、おばあちゃんが好きだった。
けどね、ボクに足袋を穿かせるおばあちゃんが嫌いだった…」
けれども、
さくらには聞いて欲しい。
「ご免よ。
さくらちゃんには、関係ないのにね…」
キミを困らせたり悲しませたりなんてしたくないのに、何故だか言わずにはいられないんだ。
ボクはいつだって
二つの心の間を彷徨っている………。
8
「春水さん…」
さくらから抱きついてきてくれたけれど、後ろ手をついてるこの恰好じゃあ悪戯もできない…。
なぁんて、ホラ。すぐにボクの気持ちは真面目と不真面目、本音と建前を揺れ動く。
「春水さんらしいですね」
「……ボクらしい?」
それって絶対褒め言葉じゃないよね。
さくらを膝の上に乗せて、理由を聞こう。それから「酷いなあ」って、抱き締めないとね。
さぁ…胡坐の上に掴まえた。
「どこらへんがボクらしいの?
さくらちゃん」
肩に顎を乗せて尋ねると、
さくらは決まって赤くなるんだ。
「素直に好きって、言わないところ。春水さんらしいじゃないですか」
「………そう?」
そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「春水さんは、真っ直ぐですから。でもそれを知られたくなくて態と横道に逸れたり、本当の気持ちなのに大げさに表現したりして、嘘っぽく見せるの」
「……………」
「ふふ」
固まったボクを体を捻って見た
さくらは、わかってますというように含み笑いをした。
9
「きっと、つり合うように二つあるんですよ。春水さんの、心は…」
「……つり合う?」
さくらの指の腹が、ボクの開
(はだ)けた胸に触れた。
「私、真実は一つじゃないって思うんです。人の数だけ…ううん。想いの数だけ真実ってあるんじゃないかって………。だからお婆様へのどちらの気持ちも嘘じゃないし、どちらかでなければいけないとも思いません」
その瞬間
熱くなった、ボクの心。
さくらの指先から流れ込む、ボクの全てを受け入れてくれる心。
……ああ、漸くわかったよ。
「じゃあ…どうして
さくらちゃんは、そんなにボクの心情がわかっちゃうようになったのかなー?」
「そ・れ・は~、春水さんの奥さんになったからですっ」
ボクに抱きつく
さくら。
「参ったね…」
今日ばかりはキミに白旗を揚げるよ。
ボクはずっと真実は一つしかないと思い続けてた。
だから
ボクはいつだって
二つの心の間を彷徨っていた………。
心は二つあってもいい。
二つあったほうがいい。
「流石はボクの奥様。愛してるよ~」
こめかみに口付けて、しっかりと抱き締める。
「もう……、そういうところが嘘っぽいんです!」
頬を染めて、睨まれた。
本心なのにねえ…?
でも、だからこそ
TOW HEARTS
ボク達の心
こうして二つ、寄り添うほうがいい。
fin*
************************************************2009年も残すところあと僅かとなりました。
皆様にとってどんな一年だったでしょうか?
私は少しでも皆様に何かをお届けできているのでしょうかね。
来年も当サイトをご贔屓いただければ幸いです。
よいお年をお迎えください。
2009.12.29
京楽隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月