「……あ、れ?」
護廷十三隊で一番派手で目立つ姿の者といえば、紛れもなく京楽である。
その京楽の目を惹くほどの後姿を、十三番隊隊舎内で見かけた。
歩くたびに浮竹以上に長い髪が揺れている。
しかもぽかぽかと暖かそうな色で、その髪に負けない派手な色の体に張り付くような衣服を纏っている。
「ええっと…。あれは、確か――――」
隊舎を出て行く彼女の姿が見えなくなると、京楽は目的の場所へと向かった。
Invisible changes
1
「邪魔するよー」
「ああ」
一言断ったといえ挨拶代わり。京楽が雨乾堂に出入りするのに浮竹の許可は必要なかった。
気の置けない親友だからか、浮竹は仕事の手を休めない。
京楽もまるで自分の部屋のように腰を下ろすと編み笠を脱いで寛ぐ。
まだ書き始めたばかりのようで、浮竹は墨を足すと再び筆を走らせた。
「さっき、十三番隊(ココ)で死神じゃないコを見たんだけど…」
「ああ。二日前、朽木と現世から一緒に来たんだ」
遠回しな言い方でも浮竹にはわかったらしく、視線を上げることなく答える。
「一体、…何の為に?」
人間なんかと。という言葉は呑み込んだ。
「理由は、まあ…いいだろう」
含み笑いを見せた浮竹に、実は細かいことはわかっていないんだなと察した。
彼女達が幸せならば、それでいい。
浮竹の判断要素は、そんなものだ。
たとえ人間であろうとも、心通う友ができたことを自分のことのように喜び
朽木隊長の義妹というだけでなく、他人に心を開くのが苦手なルキアを浮竹は静かに見守っているのだろう。
2
浮竹は肝心な内容を書き終えたらしい。
「それで?今日は何しに来たんだ?」
「えーっと。…あれ?」
とぼける京楽に、最後の署名をしながら笑みを溢す。
「大方、今日は
さくらが居なくて時間を持て余してるんだろう」
「ははっ、そーんなワケ―――。はあ……」
「図星か」
項垂れる京楽を一瞥すると、浮竹は漸く筆を置いた。
仕事に一区切りついた浮竹が茶を頼んでくれたので、二人で喉を潤す。
夏の盛りを過ぎたとはいえ、浮竹は湯気の立ち上る茶を平然と口にした。
さくらのように冷え性だからなるべく冷たい物を食べないようにしているが、猫舌で熱い物も苦手というのはわからないでもないが
汗ばむ時期でも熱々の茶を飲めるのは浮竹の体質か、それとも嗜好なんだろうか……。
そんなことを考えながら、京楽はよく冷えている茶を口にした。
「まだ…悩んでるのか?」
暫く黙っていたのを、浮竹は心配してくれたのだろう。
「いいや。ボクが馬鹿だったよ」
「…そうか」
京楽のしっかりとした否定に、浮竹は安心した笑みを見せる。
3
「
さくらに関して、何かわかったのか?」
「それが全然」
お手上げだという恰好をして見せた。
「それより今、一番知りたいのはどうしたら強くなれるかってことだよ」
「………」
さらりと言ってのけた京楽に、浮竹は随分と似合わない悩みだなと茶化すことができなかった。
言い方は軽いが、それが冗談でも何でもないと浮竹にはわかったからだ。
「あー違うかな。強くなりたいんじゃなくて、知りたいのは…」
それだけでも十分に京楽に起こった変化を悟ったのに
今までのほほんとしていた京楽の眼が鋭く変わる。
「藍染の、殺し方…」
普段、京楽はそんな言葉を使わない。
この図体で虫一匹殺すのも躊躇う男だ。
そういう男だったはずだ。
京楽と話したのは数週間ぶりとはいえ、浮竹にとってはあまりの変貌ぶりだった。
「京楽…」
「んー?」
神妙な面持ちで話しかけた浮竹に、京楽は鼻から抜けるような生返事をする。
4
「…どうしたのさ」
呼びかけておきながらだんまりを決め込む浮竹に首を捻った。
無意識か……。
浮竹は、京楽が己の変化に気付いていないと判断した。
別に京楽から禍々(
まがまが)しいものや殺気立った霊圧を感じたわけではない。
「なんだい、浮竹。黙りこくっちゃって」
「あぁ、いや…」
浮竹の曖昧な相槌を再び訝しむ姿に、無理もなければ力も入っていない。
ということは京楽自身が、こういう男に変わったのだ。
藍染を心底殺したいと願う男に。
前回の隊首会までは、いつもの仕方なく戦う京楽だった。
根は優しい彼らしく、降りかかる火の粉を払うのは致し方ないと。
しかし今の京楽は火山ごと葬り去る気迫だ。
たとえ二度と噴火しないとしても、藍染という山を粉々に打ち砕くだろう。
5
「ちょっとぉ。今日の浮竹、変だよ?」
しかも表面的には今までと変わらない。
それが人にとって最も大きな変化であることを、浮竹は知っていた。
京楽が足袋を履かなくなった時より
編み笠を被り女物の着物を羽織った時より
簪を挿すようになった時よりも
京楽は 変わった。
ほんの僅かな間に京楽をこれだけ変えたものは何だろう…。
浮竹は京楽の顔を眺めていた。
「浮竹!!!」
「うわっ。なんだっ!?止めろ、京楽!!」
がっしと腕を掴まれぐわんぐわんと揺する京楽を、浮竹は押し返した。
「意識、あるんだね?目ェ見開いたまま気絶してるのかと思ったよ…」
「そんなはず、ないだろ」
全く…と浮竹は顔を歪ませたが、それほど長い間京楽を前に考えに浸っていたのだ。
「キミが物思いに耽るのはいつものことだけどさ。なんだか今日は様子がおかしかったから…」
「…それは、こっちの科白だ」
「――――どういう、意味だい…?」
浮竹の心中を全くわかっていない京楽の眉が下がった。
6
「参ったね」
浮竹の考察した自分を聞き終えると、京楽は苦笑いを見せた。
「そうか…。浮竹にはバレちゃったか…」
しかし己の変化を否定しなかった。
「何が、そんなにお前を変えたんだ?」
「別に…。ただ、
さくらちゃんと同じ強さが欲しくなってね」
京楽は、茶を飲み干した。
「それにしても、退屈だねえ」
伸びをした京楽に浮竹が仕事はどうしたと問うたが、優秀な副官が全部片付けてくれたと言って編み笠に手を伸ばした。
「そうだ。あの子達、ちょっと覗いてみようかな?」
織姫の存在を思い出した京楽が、腰を上げる。
7
「二人の邪魔をするなよー」
「はいはい、邪魔はしません」
じゃあねーと手を振る京楽は、相変わらず女好きなように見えた。
それが表面だけのものだと、どれだけの者が気付いているだろう。
あの、京楽を……
たった数日で
いや、もしかしたら一瞬にしてあそこまで本気にさせたのは、間違いなく
さくらだろう。
さくらの本質を見抜いた京楽も凄いが、恐らく己の成長は二人とも実感していない。
「夫婦揃えば、正に鬼に金棒だな……」
のほほんとした京楽とおっとりしとやかな
さくらが
誰よりも決戦の準備を整えつつあることを知ったのは浮竹だけであった。
8
十三番隊の修行場に着くと、遠くからでも汗を拭く織姫の姿は見つけられた。
どうやら休憩中らしく、ルキアの姿が見えない。
一人で座っているところをみると、ルキアが戻ってくるのを待っているのだろう。
京楽は袖口に手を入れて、なるべくにこやかに話しかけた。
「ええっと、織姫ちゃん。井上織姫ちゃんだよね」
突然話しかけられた織姫は、立ち上がった。
「あ、はい。えーっとぉ…?」
「はは。おじさんの名前は覚えなくていいよ」
京楽の眉尻が下がる。
「でも…浮竹さんと同じ、隊長さんですよね?」
女物の着物の下に見えた隊首羽織で判断したのだろう。
「そ」
織姫に再び座るように促し、自分も隣に腰を下ろした。
9
「織姫ちゃんは、どうしてコッチに来たの?」
「あの…私、現世で浦原さんに戦力にならないって言われて……。当然、ですよね。
でも、朽木さんが悩んでいるよりも強くなるべきだって。それで―――」
「成程ねえ。それで、二人で修行しているわけだ」
織姫は小さくはいと返事をした。
「いやあ、偉いよ」
あれから三ヶ月経ち、藍染の目的も見えた今
恐らく席官でも力にはならないだろうということは隊長格の誰もが感じていた。
「せめて…私。足手纏いにはなりたくないんです…」
出撃するのは隊長格に限ろうと意見の出された隊首会を思い出す。
織姫ほどではなくとも、力の及ばぬ部下を死なすだけの戦いはしたくない。
それでも隊士達は己も藍染と刃を交えるものと各々鍛錬に励んでいる。
10
「戦うのは…一護クンの為にかい?」
「…黒崎くんの為じゃありません。上手く言えないけど…全部、自分の、為―――。
黒崎くん達と一緒に戦って、迷惑かけたくないんです」
「そっか。そんなに一護クンと一緒に居たいんだ」
「そ、そんなんじゃないです!全然!!」
織姫は真っ赤になり、慌てて両手を振って否定する。
京楽もからかうつもりはなく、動揺した織姫が落ち着くまで穏やかに眺めていた。
きっと部下も隊長達と戦いたいだろう。生死を共にしたいだろう。
それを『許す』べきか否かで、隊首会は未だ結論が出ない。
慣れない京楽との沈黙に耐えかねたのか黒崎を思い出したのか、織姫は膝を抱えると今まで特訓していた深い地面の底に視線を落とした。
「本当に…黒崎くんはどんどん強くなってるんです。
黒崎くんには自分の力とやるべきことが見えてるから…
藍染さんの目的とか聞いても心の芯は揺れないんです。
それって、本当の強さですよね」
笑った織姫とは対照的に、ドクンと心部から押し出された血液の量の多さに、京楽は戸惑った。
本当の 強さ
織姫が口にした言葉は誰もが憧れ容易く口にするが、それを手にしている者は一体どのくらい存在するのだろう……。
11
「織…」
京楽が口を開きかけたところに、ルキアが両手に水を持って現れた。
「お久しぶりです、京楽隊長…」
浮竹も副官も伴わない京楽と面と向かったことのないルキアは、ぎこちない挨拶をした。
「やあ、お疲れ。頑張ってるね」
「はい。来る決戦に向けて、少しでも力をつけたいと思っております」
「二人とも感心、感心」
それじゃあねと京楽が立ち上がるとルキアが用向きを尋ねた。
だが浮竹に特訓の邪魔をするなと言われていると、若い女の子と話したかった素振りを通す。
「織姫ちゃん。自分のすべきことをわかっている人は、本当に強いよ」
「ありがとうございます、京楽さん」
織姫の明るい声に、背を向けた京楽が大きく手を振って応え
二人に声が届かない距離まで離れると
京楽は、低く 呟いた。
「―――ま。
さくらちゃんには、到底敵わないけどね…」
ボクも…と、京楽は編み笠を下げた。
12
「お帰りなさいませ、旦那様」
結局今日はどうにも気分が乗らなかった春水は、いつもより随分早く帰宅した。
「
さくらちゃんは?」
侍女の
ツバメに妻の所在を確認する。
「今は、
伯楽師匠と…」
「あれ。師匠が来てるってことは、今日は?」
「いいえ。奥様は任務に専念なさっておられました…」
ツバメの返事を聞いて師匠は遊びに来ただけかと、春水は編み笠を脱いだ。
「お、お帰りなさい。春水さん…」
そこへ、
さくらが死覇装のまま出迎えに走ってきた。
春水としては別に毎日出迎えてもらわなくてもいいのだが、妻の役目と
さくらは思っているようだ。
「
さくらちゃん。今日もお疲れ様」
膝を折り頭を下げた
さくらの頬を撫でるようにして顔を上げさせた。
「おや、春水殿」
妻の下ろした前髪を払って額に「ただいま」の口付けをしようとしたところへ
伯楽が現れる。
13
「どれ、折角じゃから舞の稽古でも…」
「いやあ、遠慮させてもらいます」
苦笑いを浮かべて、
伯楽の誘いを断る。
「しかし今日は幾分お早い帰宅ではないかの?」
「今日はいつもより
さくらちゃんの居ない護廷十三隊が寂しくてねー」
まだ春水を稽古させたそうな企みを見せる視線に、
さくらと二人っきりになりたいと逃げてみせる。
「あの、私。汗かいてますし…」
しかし
さくらが抱きつかれるのを拒んだ。
「じゃあ、お風呂入っちゃおうか?一緒に」
にっこり笑顔で夫が言った意味は、すぐには
さくらには伝わらなかった。
はい、と言い掛けた
さくらだったが
「い・一緒にっ!?あの、それって春水さんと…ってことですか?」
ぎゅっと体を縮めて身構える。
14
「そうだよー?いいじゃない、夫婦なんだもの」
「え、あのっ、でも!」
両手を振って、春水に掴まらないように後ずさっていく。
「風呂、沸いてるよね?」
はい、旦那様と
ツバメが答えると、
さくらは既に春水の小脇に抱えられていた。
「ぅきゃあああ!きゃあああ!春水さん、お先に入っきゃああああ!」
叫びながら抵抗してみるものの春水に悠々と湯殿に連れて行かれ、真っ赤になってジタバタしている。
「
さくらの反応は、面白いのう」
春水にからかわれるのも当然と、
伯楽は何時まで経っても初(
うぶ)な姪っこを見送った。
fin*
************************************************さくら様の出番を最後に持ってきたら、こんな展開になってしまいました。(^^;
なんとなく京楽隊長と一緒のお風呂に照れがあるのは私だけですか?(*/0\*)
浮竹隊長のように今まで見えなかった変化だけでなく、皆様はまだ見えない変化を見つけられたでしょうか?
そろそろお話と季節が合ってきてホッとしている天宝院さくらでした。
2009.09.15
京楽隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月