さくらの常駐している詰所をヒョイと覗く。
京楽の目には、
さくらの先輩しか入らなかった。
昨日一昨日と
さくらは非番。先に見てきた医薬品在庫室にも居なかったから、今日は居ると思ったのだが………。
あ、と京楽に気付いた女の声がした。
その女性は京楽と目が合うと軽く会釈し、調合室を覗いた。
開いた戸から、誰かが床に座り込んでいるのが見えた。
さくらは京楽の来所を聞いても立ち上がる様子はなく、先輩の平隊員が京楽の元へやってきた。
「
さくらに御用ですよね?京楽隊長」
彼女のほうが申し訳なさそうに言ってきた。
「忙しいようなら、出直すよ」
流石に先輩の前でふざけては
さくらにも迷惑だと考えた。
1
「後、十―――いえ五分ほどで終わりそうですから、お待ちいただけますか?」
京楽が返事をする頃には片付けに入っている様子だった。
「そうしようかな」
調合室の近くまで歩み寄り、勧められた椅子に腰を下ろして
さくらを見ると、掃除用具を手に
「こんにちは。京楽隊長お久しぶりです」
と挨拶をして用具入れに片付け始めた。
「
さくらちゃん掃除してたの?」
自分の前に腰を下ろした
さくらに尋ねた。
「はい。暮れも押し迫ってからでは、手付かずになる場所も多いですから……」
年が明けても手付かずの場所が多いのが普通だろうに。
2
今日は二人体制で午前中に通常業務を終えられたので、午後から片付けていたそうだ。
先輩がちょっと早いけど、休憩しようかな?と気を利かせたが、
さくらは後七分はあるので今の作業を終えてからにしてはどうでしょうと先輩に向かって普通に提案する。
京楽の反応を見て、それじゃあと広げていた処方箋を棚にしまう作業を再開した。
「それで、今日はどうなさったのですか?隊長」
先輩と京楽のぎこちない雰囲気を解さずに、
さくらは自分の仕事をこなそうとしていた。
「あ、うん。もうすぐ今年も終わりだね」
「そうですね」
「でね」
「はい」
医薬品取扱専門詰所を京楽が態々訪れる理由など考えたこともないのか、内容が自分の仕事に関することだと思い込んでいる。
「年末年始って、飲むことが多いじゃない」
「………」
京楽も一応は
さくらの職場に行く理由を用意して訪れてはいた。
3
「忘年会とか新年会とかお屠蘇とか――」
「ああ、成程」
さくらは酒を飲む機会が多いという意味だと漸く分かったようだ。
本来は、そういう事に
さくらを誘えないかと足を運んだのだ。
しかしあまりいい反応ではないうえに二人っきりなわけでもない。
「ボク、二日酔いとかになっちゃうと思うんだよね」
だから体調管理の相談ということにした。
4
「お酒の量を控えればよろしいのではありませんか?」
プッと先輩の吹き出す音が京楽の耳には確かに届いた。
参ったねと、京楽は内心呟いていた。
「まあ、そうだけどね。そういうわけにも行かない、んだよね…」
京楽が言葉尻を濁していると、女性隊員が終わったから休憩するわねと笑みを含んで
さくらに告げ、そそくさと詰所を後にした。
先輩に短く相槌を打つと
「最初からお薬に頼るのはいい事ではありませんが、お体を壊してからでは遅いですしね……」
と京楽に話し始めた。
「普段はどのくらいお飲みになるのですか?」
酒を飲まない
さくらは二日酔いなども想像がつかないらしく、取っ掛かりを探す。
「さあ…?まあ、独りなら――」
京楽が指折り数える。
それを見ていた
さくらが
「六~七杯ですか?」
と問うた。
5
「ううん。徳利で」
「 徳利? ですか?」
「そう」
間の多い問いを
さくらは返す。
京楽が嬉しそうに唇を尖らせる。
「…二合徳利で?」
「ううん。一升」
「……………………
……………………
……………………
……………………
………………………
………………………」
このままでは
先輩が 休憩から戻ってきそうだった。
「昨夜は、そのぐらいだったかな」
仕方なく京楽が口を開いた。
「昨夜?」
さくらが驚く。
6
突然
京楽は顔を持たれた。
え―――?
さくらは真剣な表情で、京楽の顎の関節を持ちながら自分の顔を近づける。
互いの鼻先が触れそうなくらいの距離だ。
京楽は顔を固定されたために、主導権は
さくらにあった。
さくらが近づけていた自分の顔を僅かに後ろに引き、京楽の眼を見遣る。
さくらの漆黒の、眼差し。
どこまでも澄んでいて
どこまでも吸い込まれそうな深い眼差し。
それが京楽の柔らかで
穏やかな鳶色の眼を
瞬きもせずに見つめる。
7
「
さくら……ちゃ…」
京楽が堪らずに漏らした時だ。
「何か―――」
京楽の顔から手を放し、
さくらは椅子に座りなおした。
「お酒を分解するお薬か何か使ってらっしゃいますよね」
きちんと京楽に向き合い、話す。
京楽は半開きの口のまま、暫く
さくらから目を放せなかった。
「参ったね」
ひとつ、溜息をつく。
8
「ご名答」
長年の親友浮竹も、才女の副官七緒でさえも、
気付いていない。
飲んだその場では酒臭い息のままだからだろう。
翌朝二日酔いだろうが元気だろうが、京楽は酒に強いという概念から、誰も男の酒気(
さかけ)の有無を気にしないのだ。
「何を使われているのですか?」
「…教えてほしいの?」
さくらの好奇心の強い瞳に、京楽はちょっと余裕を見せた。
「無理にとは申しませんが?」
小さく首を傾げる。いつもの
さくらとは違い、魔性を秘めた笑顔に見える。
――
さくらちゃんも
こんな表情(
かお)、するんだね……
京楽はこめかみの辺りを掻いた。
9
興味を抱いたのが秘薬とは
さくららしい。
京楽の心中は教えるべきかどうか、葛藤した。
「おいで、
さくらちゃん」
さくらの手を取り、先程のように自分に近づくように仕向ける。
そして胸毛の見える死覇装の衿を更に開くと、
さくらに顔を近づけるように言った。
さくらは暫く京楽の鍛えられた胸を注視した。
そっと左手を伸ばすと、中指で京楽の胸毛に沿ってなぞった。
「あン、
さくらちゃんっ」
京楽がおどけるも、
さくらは自分の指先と目の前の胸の観察に集中している。
10
「香――油。ハッカ、カミツレ…迷迭香(マンネンロウ)…と……」
全ての成分は分析できなかったが、
さくらの口にしたものは正解だった。
「でも、これだけではアルコールの分解も臭い消しにも足りませんよね」
まだ切り札を見せていない京楽に、
さくらは油断しなかった。
「……
さくらちゃんが宿舎まで来てくれたら、ボクの秘密、全部教えてあげるんだけどね――」
京楽は
さくらの手の甲に螺旋を描いてなぞった。
さくらは不安定な姿勢を正すと、
「私が知りたいのは、京楽隊長がどのようにして飲酒の名残を消されているかだけですが」
と応えた。
あんなに意味深な
表情を見せておきながら
興味があるのは
薬だけ… かい?
参ったね……。
→Writer's notE→→
************************************************浮:迷迭香(マンネンロウ)って何だ?
京:ローズマリーのことだよね。
浮:ローズマリーって何だ?
終らないので、浮竹隊長はお下がり下さい。
浮:酷いぞ~さくらぁ。
新作『双魚の最中』を差し上げますから。
浮:「お♪」
京:それって、さくらが作ったの?
最中なんて買って来た皮に餡を詰めるだけです。
京:単に魚の形だから『双魚の最中』と名付けただけってわけかい?
ああもうっ!
話が脱線しまくってます。
というわけで今回は作者後記はありませんでした。
最後までお読み下さった
さくら様、ありがとうございました。
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月