京楽が
天宝院家に"帰宅"するようになってから、
武礼は変則的な勤務についている。
彼が先に帰宅しているのは夫に
さくらの疲労している姿を見せぬ為であり、疲労を軽減できる力を持っているのであろうと、京楽は推測していた。
武礼に治癒能力があるというのは想像し難いが、両親が本来得意とする能力以外の隊に属する点からして有り得ないことではない。
それに
さくら同様、母方の医術に長けた血を引いているのかもしれない。
また、
武礼はほぼ通常通りに当番をこなしているのは、
さくらとは双極を創り出す作業が違うのか若しくは能力の差かとも思えた。
天宝院家に"帰宅"するようになっても義弟との距離や関係に変化はなかったが、ある日を境に
さくらが四番隊に出仕しない日は
京楽は護廷十三隊で機会ある毎に
武礼と接触していた。
「
武礼クン。今、いいかな…」
最初は
武礼にも緊張している感はあったが、内容は今日の天気の話だったり
さくらの好むことに関してであったりと他愛ないものだ。
このところ
天宝院家で
さくらを前にしても同様である為、
武礼は義兄がこの生活に慣れてきたのだと判断した。
1
京楽が六番隊に顔を出し
武礼と雑談をするのが当たり前になってくると、二人で出仕することも珍しくなくなってきた。
「あのう、京楽隊長。すいません…」
そして二人で昼食をとることも、今では日課となりつつあった。
「勤務中の酒は取り上げるよう、伊勢副隊長からの命令です…」
「
武礼クン、そりゃないよー!」
「ですが、上官の命令は絶対ですから…」
伊勢が京楽のお守りを頼むということは、
武礼とのこの関係は自然だと周知されたも同然だ。
平身低頭で酒を隠す
武礼に、京楽はそろそろ本題に入っていい時期だと見定めた。
できることなら酒を飲ませて
武礼の口を滑らせたかったのだが、まだ幼い彼にとってそれは逆に警戒させるだけのようである。
仕方なく隊やら虚の話からそれとなくそういう話に持ち込むことにした。
2
武礼はまだ大虚と戦ったこともない身。
京楽の武勇伝に惹かれるのは当然であった。
「――そう。そんな虚もいたねえ…」
「そういう場合、隊長はどう攻められるんですか?」
「隊を率いているなら、まあ朽木隊長と同じだろうねえ」
「…お一人なら戦法も変わる。ということでしょうか?」
男の子らしい、と京楽が苦笑いするほど
武礼は虚との戦い方には食いついてきた。
「戦法云々の前に、霊圧を解く――まずは攻撃に移るタイミングだよね」
「それって…隊長方は戦闘時に初めから霊圧を上げていらっしゃらない、ということですか?」
「キミぐらいの時は皆、斬魄刀の解放や瞬歩や攻撃方法に関して鍛錬を集中するものだけど、実際には平素の霊圧から一気に攻撃態勢に持っていくってのが一番難しいことであり、それができてこその席官・隊長格なんだよね」
京楽は
武礼の心を擽ることを忘れなかった。
3
「そういう意味では
さくらちゃんの霊圧の消し方ってのは、見習うべき点が多いよね」
「姉の、ですか…」
さくらの名を出しても、特に驚く様子も警戒した様子も無い。
「そういえば
さくらちゃんって、いつも霊圧消してるの?」
京楽は
さくらの霊圧を感知できないフリを通すつもりだった。
「さあ?俺が知る限りそんなはずはないと思いますが…」
「あの状態のまま攻撃できたら、凄いよね」
あまり
武礼の本題から外れぬよう、京楽は注意を払っていた。
「…できると思います」
「―――」
上手く戦闘と
さくらの話に乗った
武礼に、京楽は先を急ぎたい気持ちを抑えた。
4
「本当かい?そりゃ凄いねえ…」
「
さくら姉は実戦経験は浅いですが、俺より長く幼い頃から付きっきりで教えられていましたから…」
年齢差があるとは言うものの、
さくらがそんな風に育てられたとは存外だった。
「へぇ…。じゃあ霊圧を消すとまではいかなくても、閉じるのは上手いのかもしれないね…」
その問いかけに、
武礼は曖昧な返事しかしなかった。
霊圧のことを義弟に訊いたのは、「
さくらの霊圧を殆ど感知できないのは、常に霊圧を完全に近いほど閉ざしているからではないか?」と浮竹に言われたからだ。
さくらのそれは、虚の力ではない。
浮竹にそう信じるだけの自信は与えてもらったが、
さくら自身の霊圧の件を抜きにしても隊長の戦闘時の霊圧に顔色一つ変えない理由がわからない。
疑念と不安を拭い去ることはできたものの、京楽はまだ納得のいく答えには到っていなかった。
5
「このところ手合わせしてるんだけどね、伸びてきてるんだよね。
さくらちゃん…」
さくらの霊圧に興味を示した理由が不自然でないよう、京楽は注意を怠らない。
「京楽隊長に鍛えていただけたら、それはそうでしょう」
羨ましいですと
武礼は続けた。
「
武礼クン。キミまでボクと手合わせしたいのかい?」
京楽は態と大きく笑ってみせた。
「それは勿論です。力がつけばつくほど、双極創りにもいい影響を及ぼしますし」
「――本当かい?それ…」
ええ、と
武礼は素直に頷いた。
こういう些細な仕草が、
さくらとよく似ている。
些細であるからこそ、姉弟の絆の強さを垣間見せる……。
6
余計な思いが過ぎったのを振り払うかのように僅かに首を動かすと、京楽は更なる手はずへと進んだ。
「それなら、キミとも刃を交えたいものだねえ」
「本当ですか?京楽隊長!」
思惑通りに
武礼が目を輝かせる。
「うん…。だけど護廷十三隊(ココ)ではちょっと不味いかなー。キミは隊も違うし、とばっちりで
さくらも身内びいきって思われると、何だしね…」
「そう、ですよね…」
ガッカリする姿の可愛いことと言ったらありゃしなかった。
「"護廷十三隊(ココ)では"だよ。家でなら、何の問題もないんじゃないの?」
「え…?
それ、って――?」
驚きと期待の、入り混じった表情。
さくらで何度も見てきた顔だった。
「良ければ一度、
天宝院家で手合わせしようよー」
さくらの期待に応える時と同じく、京楽はニヤけた顔をして見せた。
「お、お願いします!」
畳みに額がつくんじゃないかと思うぐらい、
武礼は頭を下げた。
7
天宝院家の皆はなるべく休みを合わせるようにしていたが、両親は二人とは違い上位席官。
鏡月が在宅していない休日は有り得た。
その日を狙って、春水は
武礼の鍛錬に付き合おうと言ったのだ。
「いいなぁ、
武礼」
それを知った
さくらは自分も…と強請っているつもりなのか、春水を見上げる。
「
さくら姉だって、指導してもらってるじゃんか」
こればかりは
武礼も譲れないというように唇に力が入った。
「だって、私はお昼休みのちょっとの間だけだから、半刻にも満たないのよ?」
「俺なんて、今日が初めてなんだよ!」
春水の目の前で子供みたいな喧嘩が始まり、条件で負けた
さくらが悔し紛れに春水の左腕にしがみついた。
あ、ズルい!という顔をした
武礼が、言い返そうとした矢先
「まあ、あなた達。何のご無理を言ってるのです…」
はるかが事情を察して止めに入った。
8
物の言い方はやんわりなれど
さくらと
武礼が母に逆らえるはずもなく、二人に焦燥が走ったのを春水は敏感に感じ取っていた。
近づいて来る
はるかが口を開く前に春水は軽く手を上げ、
はるかの歩みも止めた。
「いいんですよ、お義母さん。ボクもこれでお役に立てるなら光栄です」
離されないようにと
さくらと
武礼は春水の左右を陣取ったまま、母の返事を待つ。
「でも…」
頬に手を添えて戸惑う姿は、子供が迷惑をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいだと言っているようだ。
「
武礼クン達が成長すればするほど、双極創りにもいいことだと伺いましたが…?」
ええ。それはそうですが、本当によろしいのですか?と
はるかは今一度春水を気遣ったが、
さくらと一緒に見学していてくださいと春水は笑顔で制した。
「
武礼、大丈夫かしら?」
隣の母になのか、それとも春水になのか、
さくらが小さく零す。
「大丈夫、手加減するよ」
それに対し春水が背中で答えた。
「いえ。真剣にお相手願います」
「おやおや。これは…参ったねえ」
ヤル気満々な義弟に、春水は肩を竦めてみせた。
9
武礼が準備していた刀を鞘から引き抜く。
「それがキミの斬魄刀かい?」
「これは護王宝音。家宝刀です」
「――――」
武礼が家宝刀を鍛錬に持ち出してくるとは思いもよらなかった。
「
さくらちゃんは、斬魄刀だったけど……。いいのかな…?」
「斬魄刀でないほうが、宜しいのではありませんか?」
邸であろうとも、
武礼は斬魄刀を使用するのを態と避けたのだと春水は解した。
しかし思わぬ形で
天宝院家の家宝刀と刃を交える機会を得た春水は、正直この状況に感謝した。
「…行くよ?」
「お願いします」
弟もやはり礼儀正しく一礼した。
だが
武礼が頭を上げる前に春水は攻撃を仕掛けていた。
ギャッン――!
「―――!」
「おや…。やるじゃないの」
真剣でいいと言われた春水は、一気に踏み込んでいた。
勿論加減はしたが思った以上に重さのある
武礼の刃に、始解レベルまで霊圧を上げる。
武礼に余裕がなくなったのは窺い知れた。
平の隊士ならば当然のことだ。
重ねた刃が動じないだけでも、十分に褒められる。
10
春水はちらりと
さくらに目をやった。
平静な眼差しのまま、自分達を見ている。
それは
武礼がまだ力を秘めているのを知っているからなのか…。
或いは夫が弟を傷つけるはずがないとの信頼なのか……。
もう少し、本気でもいいかな…?
相手は男の子だし治癒に長けた二人が居る。
半ば彼と
さくらとの絆の深さへの嫉妬心も加わって、春水にしては手を抜かなかったほうだ。
「―――ハッ!」
キィーン……
護廷十三隊敷地内での鍛錬の時のように、春水が卍解の霊圧まで上げることは
天宝院家の庭ではできない。
そんなことをすれば場所を選んで
武礼と刃を交えた意味が無いからだ。
しかし抑えたものであろうとも、古参の隊長の霊圧。死神になった年数を指折り数えられる義弟では、長時間に渡れば必ずその霊圧に中(あ)てられる
はずなのに―――
武礼は何度も家宝刀を振りかざし、向かってくる。
「ふんっ!」
「―――っと、残念」
さくらは攻撃をかわすが
武礼は受け止める戦法らしい。
もしかしたら攻めたいのだが、力の格差から受け止めているだけかもしれない。
六番隊ではどうか知らないが、八番隊ならこれだけの体力と技術があれば席官にすぐさま任官されている実力だ。
11
「凄いよ、
武礼クン。こりゃ驚いた…」
春水の褒め言葉も作戦と思うのか、形ばかりの礼を言うと再び刀を引き、構え直す。
春水の言葉は軽く聞こえたが、本心からの言葉であった。
斬魄刀でもないのに、これだけ春水とやりあえるのだ。
花天狂骨も小気味いい喜びに震えていた。
再び刃を交える。
両者が引かぬまま、既に何十回と刃を交えている。
汗が頬を伝った次の瞬間、
武礼の刃が春水の肩にめり込む―――
寸前
春水はもう一刀でそれを止めた。
「――ふぅ…。二刀流で助かったかな」
春水に余裕があるのはわかっていたが、一太刀浴びせられるところまで持ち込んだ。
「
武礼。休憩なさいな」
二人の動きが途切れたのを機に、
はるかが口を挟んだ。
さくらも茶を淹れる支度をして、待っていた。
「おじさんには、キツいねー」
まだまだ余裕はあるが、春水なりに
武礼に華を持たせることを言う。
二人に手ぬぐいを手渡しながら、
さくらは春水の雄姿に喜び、手を叩いて
武礼の健闘を讃えた。
12
「いやあ、これ程までとはね」
参ったねと春水が汗を拭う。
「恐れ入ります」
全く敵う相手ではなかったが常日頃の己の努力に対しての好評に、
武礼は大きく頭を下げた。
「
武礼クン。家宝刀であれだけ戦えるなら、斬魄刀ではどのぐらいなんだい?」
「変わりませんよ。護王宝音も斬魄刀も解放しない限り、刀でしかありませんし」
「でも…家宝刀の使い道は斬魄刀とは違うんだよね?」
答えてくれるとは思わなかったが、問うて疑われる内容ではなかった。
「護王宝音は斬魄刀に所有者が注いだ魂に応え、その形状を変えたり能力を発揮する機能をもたらします。同様に双極の磔架に矛を受け止める力を封印できますし、矛の真の姿を閉じ込められる。勿論、隊長方が矛を破壊したあの盾も、です…」
武礼の返答に春水が「ああ、参ったね」と零したのは当然だろう。
浮竹が「やる」と言ったらやるのは、わかっていた。
だが時間の兼ね合いからしても、あの盾の封印を解除するというのは賭けのようなものだった。
だから親友にそれまで待っていてくれと言われ、春水は双極で処刑を見守るという辛い役目を担ったのだ。
13
あの時のことを思い出せられたのもあり、春水は少し意地悪な疑問が湧いたのをそのまま口にした。
「…それじゃあ、崩玉を破壊できる武器も生み出せるのかな?」
「さあ…。あれは云わば起爆剤のようなものですから」
「起爆、剤?」
「隊長――。確かにあれを完成させたのは浦原元隊長ですが、何故崩玉に俺達の家宝刀の力が加わっていないと言えます?」
京楽は、瞬時には意味が理解できなかった。
「これは他言無用に…と、もうお願いするほどのことはないかと思い隊長にはお話しますが、浦原喜助さんが崩玉に使った材料は四楓院家に我々
天宝院家が納めたものを元に作られたはずです…」
「―――――!」
14
「基本的に護王宝音は、目的に応じた力を封印します。武器を本来の目的に――つまり斬魄刀でいう解放状態にする際、元々込めてあった霊子とそれを解放する者の能力により、目的を遥かに上回る力や在り得ない状況にならないとは言い切れません」
浮竹はルキアが自分の部下だからか、春水の加担を少しでも減らしたかったのか、全ての責任を取る為にぎりぎりまで単独で行った。
盾の封印を解除するのに、通常ならば最低でも二隊長の詠唱を必要とすると春水が知ったのは、あの処刑の日から随分後だったのだ。
「もし、隊長方が双極を破壊した所為で我々がこの任を負ったというのであれば、その盾も矛も。そして藍染惣右介ら元隊長らがそれらを使って力を得ようとした崩玉自身も、我々
天宝院家の責任下にあります」
毅然と
天宝院家の跡継ぎとしての誇りと責から逃げることなく語る
武礼に
春水は何処か負けたような気がした。
15
「春水さん。
武礼は死神になる前に護王宝音を解放できたんですよ。それって歴代当主の中でも、稀なんですって」
さくらの唇が弟を褒め、瞳が喜びに輝いている。
「ボクはそんな凄い弟クンと、手合わせしたのかい?参ったねえ」
おどけて頭を掻いたが、正直悔しかった。
悔しいのは
武礼に対してだけではない。
さくらもまた己の使命として、
天宝院家に生まれたことを誇っていると感じたからだ。
護王宝音を解放できなかった――この家を護る立場にない
さくらが、女であり嫁いだ身でありながら
天宝院家の務めを担う姿。
それは遥か昔とはいえ、春水がこの年頃にはひたすら家から逃げることしか考えていなかったことと比べて羞じ、そして悔しかったのだ。
16
「
さくら、手伝って頂戴」
「はい。お母様」
未だ春水と
武礼は戦闘について話に華が咲いていたが、
さくらと
はるかは茶道具を片付けに側を離れた。
「そういえば、以前…。
さくらちゃんはキミの許しもないのに霊圧を解けないかのようなこと、言ってたけど?」
その隙に、春水は話の流れが不自然にならぬよう霊圧の話を
さくらと絡める。
「………それは、
さくら姉が普段霊圧を閉じているという意味でしょうか?」
「あれ?違うの?」
怪訝な顔をした義弟に、大きく驚いてみせる。
「…霊圧って何か、ご存知ですよね?京楽隊長…」
「えーっと。何、だっけ?」
春水は惚けてみせた。
「通常、霊圧知覚を五感に喩えて認識しますが…」
武礼はその言葉を、茶を飲む動作と変わりなく自然と口にした。
「霊圧は、ただの圧です」
それからゆっくりと茶を口に含んだ。
17
「…ただの圧。
だから――
武礼クンも
さくらも…平気、ってことなの……?」
「勿論、京楽隊長の霊圧なんて俺には凄まじいものですよ?」
凄まじい?
凄まじいと感じていながら、冷や汗程度だって言うのかい?
この子らの感覚は、何だ―――?
霊圧をただの圧だと言ってのける、姉弟。
春水には背を駆け上がる寒気に身震いするのを、悟られまいとするのが精一杯だった。
浮竹は、虚化せず考えられる死神の最高の状態は、霊圧を閉じたまま戦闘態勢に入ることだと言った。
それが死神の極致だと。
さくらにそれができるなら、在り得ないこともないと言った。
18
確かに斬魄刀を卍解させるにも十年単位の歳月を要する。
その斬魄刀を生み出す家宝刀というのだから、能力は斬魄刀と同等またはそれ以上と考えられなくもない。
それを
武礼は、若い身空で既に解放している。
そして彼らの持つ家宝刀は、あの何をもってしても破壊できない崩玉さえ生み出せる能力を持っている―――。
さくらは虚と化しているのではない
しかし
さくらは
否
天宝院家の皆が
“そう”だと言う
武礼の話が―――
春水の冷静さを欠き…
思慮を浅くさせた。
fin*
************************************************fin*というより「続く」と書いたほうが適切でしょうかね。
武礼サイドのショートストーリー(裏話?)を25日に、郛外区にUP致します。
このお話の続きとしてご覧いただきたいので、†枝垂桃の宮†ではお知らせしません。
これが告知になります。タイトルの意味は
『言の葉折本』にて説明します。ここでは京楽隊長が受けた衝撃という意味ぐらいに解釈してください。
ご覧いただきありがとうございました。
2009.05.22
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月