「おはよう、
さくら」
浮竹の爽やかな挨拶が、医薬品取扱専門詰所に響く。
「おはようございます、浮竹隊長」
さくらがにっこり笑顔で迎え、お辞儀をした。
本日は
さくらが当番。つまりは浮竹の処方の日である。
「おはよう~」
「…………」
続いて聞こえた気だるい挨拶に、
さくらは顔を上げる。
「今日は昼も一緒させてもらうから、俺が京楽を誘ったんだ」
職場に私情を持ち込みたくない
さくらを気遣って、浮竹は京楽が共に現れた理由を述べた。
浮竹の処方をする際に夫である京楽が姿を現すのは然程驚くことではない。
しかし京楽が居座ろうとすることはあっても浮竹から誘い、更にはその言い訳までするようなことはなかった。
1
「然様でしたか…」
しかしそんなささやかな浮竹らしくない言動は、
さくらがおかしいと感じるほどのものではない。
浮竹の問診や処方をしている間は大人しく座っていた京楽も、それが終わるとじゃれついてきてやはり
さくらは冷や汗ものだ。
「仲が良くて何よりだ」
夫にべったり抱きつかれて赤面する
さくらに微笑むと、浮竹は出された茶を口にした。
何気ない時間のようであったが、京楽が
さくらの注意を引きつけている間に、浮竹は
さくらの霊圧や何か変わった点はないかを探っていた。
しかし初めて会った時と何ら変わらず、
さくらから感じられるそれは清らかで初々しい。
特に合図をするまでもなく浮竹が探り終えたことも、何の違和感もなかったことも、京楽には伝わっていた。
2
「ん、もう!京楽隊長は隊にお戻りください」
とうとう
さくらが怒り出した。
顎の下には京楽の腕があり、がっちり抱きつかれている。
「いいじゃないのー。どうせ今日は三人でお昼を食べるんだし」
京楽が
さくらの頭の上に顎を乗せて甘える。
「お昼まで、まだ一刻以上あるじゃないですか!」
京楽の腕を両手で解こうとするが、全く動かない。
さくらは今にも噛み付かんばかりの勢いだ。
3
夫の悪ふざけに振り回されている
さくらに対し、浮竹はゆっくりと唇を離した。
「
さくら。昼はいつも京楽に指導を受けてるんだって?」
「あ、はい…」
「今日は俺も見学して、構わないか?」
「えっ、浮竹隊長がですか!?」
ああ、そうだと浮竹に笑顔で答えられ、
さくらはお見せするほどのものではございませんと恥ずかしがった。
「どっちかって言うと恥ずかしいのは、今のほうなんじゃないの?」
そう言いながら浮竹の前で夫に頬ずりされた
さくらは
「わかっているなら、離れてくださいっ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた。
4
昼休みに入ると、いつも京楽が鍛錬している場所に三人で移動した。
さくらと京楽のどちらが先に着くか競い合ったのは、浮竹に
さくらの瞬歩を見せる為だ。
しかし今日は三人分の弁当を持ってくれた浮竹を気遣ってか、
さくらが負けたので然程
さくらの能力を見せられたとは言えなかった。
「瞬歩が得意ならば、平の隊士でもこれぐらいは出来ておかしくはないだろう」
その程度ではないことを教えられている浮竹でも、
さくらを"疑う"までには至らなかった。
5
「席官でも、息が切れる速さだと思うけど…?」
浮竹の感想に、
さくらが弁当を解いているのを横目で見ながら京楽はこっそり言い返す。
「最後はな。しかし現に
さくらはお前に負けたじゃないか」
あっさり負けた
さくらに余裕があるのを承知のうえで、浮竹は問題がないと言いたかった。
「浮竹隊長、どうぞ」
浮竹に腰を下ろすように誘うと、
さくらは作ってきた弁当を手渡した。
「ほう。これは見事なものだな」
いただきますと喜んで浮竹は口にする。
一口目を飲み込み終える頃には、頬っぺたが落ちそうなくらい幸せそうな顔をしていた。
6
それを見て溜息をついた京楽は、やはりキミを誘うんじゃなかったと零した。
どうしてだ?と問う浮竹に、どうかされましたか?と驚く
さくら。
二人にそれぞれ視線を向けた後、
「これはボクへの愛妻弁当なの!」
京楽は
さくらの弁当を独り占めできなかったことを悔しがった。
「お前のが愛妻弁当なのは当然だろ?」
何を今更と、京楽の言わんとすることを浮竹はわかっていない。
だいたい味の良さはわかったとしても、
さくらの手の込んだ飾り切りやちょっとした季節の彩りを添える気配りが浮竹にわかるはずがない。
浮竹にボクと同じ弁当を食べさせるこたぁないじゃないのと、京楽は間違った方向に妬いたのだ。
7
「ふっ。子供だなー、京楽は」
「浮竹ェ。キミに子供だなんて言われたかぁないけど?」
「俺と同じ弁当だからって拗ねる奴が、子供じゃないっていうのか?」
「いくら美味しいからって尻尾振って
さくらちゃんの弁当を頬張ってるキミのほうが、うーんと子供じゃないの」
二人は同じ弁当を頬張りながらくだらない口論を続ける。
「…どっちも、子供みたいです……」
さくらは茶を手渡しながら、呟いた。
8
全員が食事を終えると、京楽はいつものように離れた場所に立って斬魄刀を抜いた。
そして一気に霊圧を上げた。
腰を下ろしていた浮竹も、突然に放たれた京楽の霊圧に巻き込まれる。
自然と己も霊圧が高まるのだが、ちらりと目をやった
さくらも平然と風に白衣を戯れさせていた。
確かに平の隊士が平静を装えるはずもない霊圧なのに、動じる様子はない。
さくらは弁当を包み終えると白衣を脱いで畳み始めた。
「…………」
丈の短い死覇装の女性死神もいるが、浮竹が呆然と
さくらを見送る様に京楽も今日は二人っきりじゃないことを考慮すべきだったと反省した。
9
「お願いします」
さくらがいつものように夫にぺこりと頭を下げる。
「あ…うん」
参ったねと妻から視線を上げ浮竹に目をやると、
夫婦でも礼儀正しく一礼をした
さくらを眺めていた。
「どうか、なさいましたか?」
構える様子もない京楽に、
さくらが首を傾げる。
“…見ちゃダメ”
京楽の視線が浮竹に訴える。
“大丈夫だ、見えん。それに見るつもりなんぞない”
“見えそうになったら目ェ瞑ってよね。ていうか、
さくらちゃんの腰から下見ちゃダメ!”
“いいから始めろ!”
「あのう…?」
自分で蒔いた種ながら、
さくら以上に京楽が浮竹を気にしているとは本人は知らずにいる。
浮竹をこの昼の場に誘うのが最も自然な方法だったが、弁当といい
さくらの姿といい、今日は判断ミスの連続だと至極反省した後に、京楽は漸く待ち構えていた
さくらと向き合った。
10
――ガッ!
キ―――ィン…
刃先の擦れあう高い音色が、茶色い大地と乾いた空に響き渡る。
浮竹に届くのは京楽の霊圧ばかり。
目を閉じれば存在さえわからなくなる
さくらが、本気で斬魄刀を握ったあの京楽とやり合っている。
京楽から聞いた通りの見事に型にはまった戦法。
そして流れるような動作の移り変わり。
キン キン!
「…………」
それはあまりにも見事で
―――キィン!
あまりにも美しく…
さくらが手を抜いていると感じるのも無理はないと、浮竹も京楽の心中を理解できた。
11
京楽からそうだろう?というように注がれる視線。
確かに…。と頷く浮竹。
しかしだからと言って
さくらから禍禍しいものは一切感じられない。
「どう?
さくらちゃん。浮竹とも、手合わせしてみる?」
「!!」
京楽に問われ、一瞬赤らんだ隙に
さくらは一本取られた。
「あーん。また…」
さくらは斬魄刀を飛ばされるとその場にへたり込む。
女の子らしい降参の仕方に浮竹も笑みが零れた。
「よく頑張ったじゃないか、
さくら」
飛ばされた斬魄刀を手に、京楽の側まで戻ってきた
さくらに向かって浮竹は声をかける。
「でも、全然勝てません」
当然のことを言う
さくらは、そりゃあそうだと二人の隊長に笑われる。
12
京楽の霊圧の高さを除けば、何の違和感もない状況だった。
京楽が危惧し、一人思い悩んだのもわかる。
しかし…
「
さくら。霊圧をもっと上げたらどうだ?」
浮竹はさらりと提案した。
「霊圧…ですか?」
さくらは小さく首を傾げる。
京楽は気が気でない顔で
さくらの背中を見詰めているが、本人は浮竹を見ている為に当然夫に背を向けていた。
「技で勝てないなら気迫で圧すのも大切なことだろ?」
にこやかな浮竹の笑顔しか目の当たりにできない京楽は、
さくらの反応を待つしかできなかった。
「私…未熟なので、霊力に頼るなと言われているんです……」
「……」
「―――――」
申し訳なさそうに告げる
さくらに対し、二人は息を呑んだ。
13
「それって、
さくらちゃんはいつも霊圧を消しているってことなの?」
京楽がなるべく自然を装いつつも、微かに掠れた声で尋ねる。
「いいえ。私のような平の者が霊圧を上げるということは一瞬で勝負をつける、ということですよね?私にはそれだけの力はないので、持久戦に持ち込むように言われているんです」
時間を稼いで応援を待つのは平の隊士の戦闘のセオリーだ。
京楽の知りたいことはそれではなかった。
「だったら尚のこと、霊圧のコントロールの仕方を京楽との鍛錬で教えてもらったらどうだ?」
浮竹の提案に
さくらは静かに首を振った。
「家族も居ない場所で、それはできません。せめて
武礼がいいと言ってくれないと…」
「――そうか。本当に
武礼と仲がいいんだな、
さくらは…」
浮竹が穏やかに微笑むと、
さくらは嬉しそうに「はい」と綺麗な返事をした。
それから斬魄刀を鞘に収め、白衣に袖を通した。
14
鍛錬を終えた
さくらは土埃のついた隊着を着替える為、京楽達より少し早めに隊に戻って行く。
その姿が見えなくなると、浮竹はゆっくりと隣に並んだ京楽に口を開いた。
「確かに。かなり鍛えられているな…」
さくらが見かけよりも腕が立つ者だということは浮竹も認めた。
だが、それだけでは京楽の不安を拭うまでに至ってはいない。
「それより、あんなトコに突破口があるとは思わなかったよ」
それに対し京楽が嬉しそうに告げる。
「何か、わかったのか?あれで…」
自分では何も得られなかったと思っていたらしく、京楽の言葉に浮竹は驚きを見せた。
「核心には至らなかったけれど、核心を握っていそうな人物の存在には気付けたじゃないの」
京楽はニヤリと笑う。
15
「弟の―――
武礼、か」
「そいういうこと」
意味深な笑みを浮かべる京楽に対し、浮竹は暫し考えてみた。
「
さくらより年下の彼がか?」
「けど、考えてみれば
さくらは年齢的にも最も自然な時期に入隊してきたけど、年下の彼まで同時入隊。加えて互いが補うような成績で主席だったの…浮竹、覚えてる?」
「いや。そこまでは…」
友の相変わらずの下調べの良さに浮竹は感心していたが、京楽は更に話を続けた。
「
さくらの父は『白打と鬼道の達人』で『瞬歩』を最も必要とされる裏挺隊隊長。母は卯ノ花隊長が未だに『先輩』と呼ぶほどの『治癒能力』を持ちながら鬼道衆…」
「確かに立派な親御さんだが、それだけに
さくらが隠れた能力を持っていたとしても不思議ではないだろう。況して名門十指に入ると謳われた
天宝院家のご長女だ」
「そこなんだよ…」
京楽の言う“そこ”がわからず、浮竹は短く尋ね返した。
16
「四大貴族ってのは、明らかに抜きん出ているから白哉君達は別にして話すけど、上級貴族が自分達をどう評価されるか――。
つまり十指の何番目なのかってのは、普通どうしても格付けされるものなんだよね」
「天衣無縫の
天宝院と呼ばれる彼らだ。格付けなど気にせんでもおかしくはないだろう」
京楽のフル回転した思考を、浮竹はのんびりと後を追いかける。
「当人達はね。それに
天宝院家は殊更目立った活躍もなく瀞霊廷での地位もそう高くない時期だってあったんだよ。
でもねえ、決して上級貴族の名門十指から外されたことはなかった。
勿論、今回の双極の件で
天宝院家の重要さをボク達は知ることができたけど、どう考えてもおかしいんだよね」
「…何がだ?」
「
天宝院家の者が地位を気にしないのはわかるけど、どうして周囲の貴族が格付けしないんだい?」
「それは、つまり――貴族間でも
天宝院家の地位を問うのは禁忌というわけか」
そういうこと。と話を理解した浮竹に片目を瞑った。
17
「それに。いくら可愛いといっても、嫁いだ娘に旧姓を名乗らせるってどう思う?」
「別に…お前も、それは構わないんだろ?」
「普段そうしてくれとかならわかるよ。でも彼らが望んだのは『護挺十三隊での勤務時に
天宝院家の姓を名乗ること』だよ?娘可愛さのあまりに頼むのなら、条件がおかしくないかい?」
「そう言われてみれば、そうだな……」
浮竹が顎に手をやり思案する。
「深入りすればするほど、謎だらけだよ」
うーん…と大きく腕を広げて伸びをした京楽に、浮竹は笑みが零れた。
「何、笑ってるの」
それに気付いた京楽が問う。
「お前…この間までは
さくらが虚化してるんじゃないかって、あんなに萎れてたのに。今は――」
声を殺して笑う浮竹に、京楽は口髭を指で掻いた。
「…悪かったね」
「そう、怒るな」
「怒ってるんじゃないよ」
怒ったような口ぶりで告げる友の顔を、浮竹は今一度見た。
しかし俯き加減で目も合わせてくれない京楽に、怒っていないと言われてもそうは思えない。
18
「…ありがとう。つき合わせて悪かったねって言ったの」
ちらりと横目で友を見ると、京楽は少し照れくさそうに礼を言った。
「京楽。それは…?」
「こいつは
さくらちゃんだけの話じゃない。寧ろ
天宝院家を相手にしないと埒が明かないってわかったんだ。気が楽になったよ」
声は笑ってはいないが、京楽の表情には確かに余裕が生まれていた。
「随分、前向きに考えられるようになったみたいだな」
「――そうだね。仕事をサボれる口実を見つけられたし」
ンフフ…と笑みを零した時には、すっかり普段の京楽に戻っていた。
そんな友を見て、浮竹は一瞬目を閉じフッっと笑った。
それから
「これと隊首業務は別だからな」
京楽の編み笠に浮竹の拳がコツンと落ちた。
fin*
************************************************タイトルは一人で考えるより二人で考えたほうが妙案が浮かぶという意味です。
というわけで浮竹隊長の連続出演となりました。
さくら様があんまり出てきませんでしたね。(^_^;)
原作同様、主役がたまに主役の扱いをされないのがBLEACHのいい所ということでお許しください。
次回も多分…。(笑)
2009.04.29
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月