「隊長、京楽隊長!!」
「ん~、何だい?七緒ちゃん…」
「今日という今日は、溜まった書類を全部片付けていただきますからね!」
それは普段の八番隊だった。
日々の京楽に、僅かな違和感を感じていたのは副官の伊勢だけだ。
「わかったよ。それじゃあ…」
重い腰を上げたものの、仕草から仕事をサボろうとする前触れであることを伊勢は読み取っていた。
「大霊書回廊には御用はございませんでしょう?」
だから京楽の先手を打つ。
しかし構えていた以上に鋭い視線を投げかけられ、伊勢は一瞬顎を引いた。
1
「…資料探しだよ」
「こちらはお目を通していただいてご署名いただければ十分な書類ばかりです…」
視線とは裏腹な京楽の返事に、伊勢は呼吸を整えた。
「やれやれ…」
京楽が仕方なく書類に手を伸ばした。
それを見た伊勢は、ではお願いしますねとすぐさま背中を向けて隊首室を出る。
良かった、今日はきちんと仕事に向かってくれる…。
伊勢にはそれがわかり、隊首室から遠く離れると安堵の溜息をついた。
2
京楽が何を調べているのか、知りたいのかはわからない。
ただ以前に「大霊書回廊で一体何を探されているのですか?」と問うたところ、京楽がいつになく語気を荒げて伊勢を叱ったのだ。
「キミには関係のないことだろう!」
隊の仕事なら、あのようなことを言うはずがないし総隊長から依頼された調査ならば京楽が副官の伊勢の知らせないはずもない。
そもそも大霊書回廊の蔵書の閲覧は全てチェックされている。
そして京楽が目を通した文書は王鍵、崩玉、死神の虚化など全て藍染惣右介の謀反に関わりそうなものであることを伊勢は知っていた。
だからこそ伊勢は、京楽が自分に関係ないものという意味が理解できなかった。
れっきとした仕事の文書に目を通していながら、京楽はそれを知られること自体を嫌っているのである。
3
疑問は尽きなかったが今は隊の業務をこなしてもらわなくてはならない。
伊勢は気持ちを切り替えると自らも仕事に取り掛かった。
小一時間ほどして隊首室に茶を運んでいき、伊勢は愕然とした。
いつもの如く京楽の姿がなかったからである。
ただ、頼んだ仕事はこなしてあった。
「隊長―――」
仕事を済ませたにもかかわらず伊勢に声をかけることもなく姿を消した京楽が言わんとすることは唯一つ。
「ボクの邪魔をするな」
そして行き先は問わずも哉、大霊書回廊だった。
4
京楽は膨大な過去の資料の中から、僅かでも藍染惣右介に繋がりそうなもの全てに目を通したと言っても過言ではなかった。
しかし京楽の疑問に答えてくれる内容は見当たらない。
「―――…」
「何、溜息なんかついてるんだ?」
聞き慣れた男の声に、京楽ははぐらかそうか否か一瞬戸惑った。
その僅かな隙に浮竹は、京楽の傍らに並んだ。
「…何しに来たのさ」
「お前こそ」
現在、隊長なら総隊長に連絡するだけで大霊書回廊に立ち入るのは可能だ。
とはいえ、こういった仕事を自ら引き受けるのは浮竹ぐらいなものである。
5
「少し…調べたいことがあってね」
京楽はどんな詮索をされたとて誤魔化せる言葉を用意したうえで告げた。
「そうか」
しかし浮竹はあっさりと言い放つ。
「……………」
「お前が何を調べているのか、言いたくないならいい」
怪訝な顔とはいえ漸く自分を見た京楽に、浮竹は穏やかに続けた。
「それで、まだ調べ足りないか?」
「……いいや」
もう、大霊書回廊(ここ)に答えはないと京楽も思っていたところだ。
だが、きっかけが無かった。
此処に来る以外に、自分の気持ちを静める方法を見つけられなかった。
答えを求めている京楽の手がかりになりそうなものは、此処以外の何処にも無いからだ。
此処にないと結論づけてしまったなら、何処に行けばいいのか…。
6
「なら、出よう」
浮竹と此処を出る。
それは京楽にとって……………。
「もう少し…調べるよ」
一人でねと、俯くと小さく呟いた。
「お前が探してるのは資料じゃない。答えなんだろ?」
浮竹の言葉に弾かれたように京楽は顔を上げた。
「浮竹…」
「
さくらの当番の日以外は、此処に篭ってどれだけ調べても得られなかったなら、もういいんじゃないか?」
浮竹は再度此処を出ようと京楽を誘(いざな)った。
浮竹と此処を出る。
それは京楽にとって外で話すということだ。
何を調べているのかを浮竹に話す、ということ…。
7
嫌だ。
いくら無二の親友とはいえ………。
否、だからこそ話したくはなかった。
しかし京楽は出てくると信じているのか、浮竹は先に外へと向かう。
「あー。少し風が強いが、外は気持ちいいな」
浮竹がうーんと腕を広げて伸びをする。
浮竹の言うとおり風はあったが空は澄んでいた。
藍染らの企てた騒動の中で今回、中央四十六室は最も悲惨で血生臭い事件のあった場所だ。
しかしそれが発覚した頃には流れた血が完全に乾いてしまうほど遅かった。
尸魂界の最高司法機関が機能を失った今、この空白に気付かず藍染が居座ったならばそれこそ事態は最悪の結末を迎えていたかもしれない。
それを死神代行と共に現れた滅却師とあの人間達が……と浮竹が現世の彼らの姿を空に思い描いていると京楽ののそりのそりとした気配を背後に感じ、一人静かに微笑んだ。
「浮竹」
呼ばれて振り返れば、京楽は日差しを浴びると同時に編み笠を目深に被り直してしまった。
8
「何、浮かない顔してるんだ」
浮竹の手が、京楽の肩を叩く。
「…ボクにだって悩む時があるんだよ」
肩に置かれた浮竹の体温に包み込まれないよう、京楽は心に距離を保った。
「お前が?そんなことあるものか」
しかし浮竹は眩しいほどの笑顔を見せる。
「………どうして、さ」
「昨日会った
さくらはにこやかだった。昨日も、かな。お前が本当に塞ぎ込んだなら、
さくらを見ればわかる」
「…なんだか今の言い方って、浮竹のほうが
さくらちゃんをよく知ってるみたいに聞こえるんだけど」
「オイオイ、どこがだ。俺はたださくらに会った印象をそのまま述べただけだぞ?」
人の妻の印象からあっさり何も問題はないと決め付ける友人の邪気の無さに、京楽の心は燻った。
9
「…そうだったよね。
さくらちゃんが最重要任務を請け負っているにもかかわらず出仕するのは、キミの為なんだよね…」
「それがどうした」
浮竹は眉を曲げて問う。
「なんかさー、妬けるんですけど。浮竹隊長」
「気持ちの悪い呼び方するな」
浮竹相手に妬いている時点で懐疑と不安に締められていた心が徐々に解れてきているのが京楽自身にもわかった。
それ以前に自分が悩んでいるなどと自ら言ってしまったことに、京楽は気付いていなかった。
それに浮竹が
さくらを引き合いに出したのは、京楽の意図を知っている為ではない。
純粋に夫婦の一方が苦しいなら連れを見ればわかると浮竹は思っているのだろう。
京楽にも、それぐらいのことは分かっていた。
10
「少し、歩こう」
浮竹が徐々に地下の大霊書回廊から京楽を遠ざける。
中央地下議事堂の近辺…つまりは中央四十六室の区域は静かで無機質でそして厳重な防御と高潔な霊圧に満たされていた。
「………………」
京楽は己が単に資料を求めて此処を訪れていたのではなく、この精練とした霊圧に惹かれていたのではないかと
浮竹と共に歩いてみて初めて感じた。
おかしなものだ。
自分の気持ちなのに、自分で理解できていない。
寧ろ浮竹のほうがそのことを知っていたかのように思われる。
無論心通う仲の浮竹だ。それに驚くほどではないが、改めて浮竹が迎えに来てくれて良かったと共に歩く距離が増す毎に感じられた。
11
不意に編み笠を巻き上げるように拭いた風に誘われるように、京楽は漸く空を見上げた。
…そうだ。
此処の空気は、
天宝院家の空気に似ているんだ…。
上級貴族でも名門十指に入る
天宝院家を覆う空は、時に此処以上に高潔で澄んで見えた。
数ヶ月前、この空を裂き大虚が現れたとは思えないほど…………
今日の空は青すぎた。
「……そういえば黒崎君って、浮竹のとこにいたよね」
その空に向かって、京楽は呟いた。
「ん?死神代行の一護君のことか?確かに部屋は貸したが。それが、どうかしたか?」
京楽がどんな資料に目を通していたかは、誰もが知ることができる。
浮竹とて、それを知ることは可能であり隠す必要はなかった。
青すぎる空を眺めているうちに、友に隠す必要はないと…
何故か思えるようになっていた。
12
「彼ってさ、虚化してた…んだ、よね?」
「報告によればそうなっていたな。実際に俺は見たわけじゃないが…」
黒崎一護の件もまた、藍染に繋がる一片であることは疑われることはない。
「彼ってさ、普段はまともなワケ?」
「まとも…。それ、どういう意味だ?」
「普段は人間らしくて、その…戦う時だけ虚化するってこと?」
京楽の問いに正確に答えるには浮竹が一護と接した時間は短すぎた。
しかし真剣に考え、誤解のないように言葉を選び、浮竹は京楽の求めに答えようと努めた。
13
「虚化って言っても虚の戦闘力だってだけで、仮面をつけたからといって普段の一護君同様に死神に刃を向けたりはしないはずだが…」
「じゃあさ、じゃあ…戦いさえしなければ普段は――」
「京楽。お前何が言いたい」
「………」
立ち止まり向き合う浮竹に、京楽の言葉は詰まる。
このことは一人密かに答えを見出そうとしていたはずだった。
それなのに自ら答えを求めて
浮竹に助言を求めて口を開いてしまった。
14
怖いんだよ
…浮竹。
キミに知られるのが
どうしようもなく
怖い。
浮竹は己の大切な者の為にならぬと判断すれば即座に刀を抜ける男だ。
たとえそれが己の部下であろうとも
否
寧ろボクの為ならば容赦なく
さくらを手にかけるのではないかと、京楽は怖れていた。
15
「俺とお前の仲だろ。言ってみろ」
「浮竹の目から見て――
さくらは虚に、近い…と思うかい?」
俺とお前の仲と言われただけで、京楽はあれほど告げることを躊躇っていた疑問をあっさり浮竹に投げかけてしまった。
「―――…」
浮竹の目が見開かれている。
ああ。どうしてこうもすんなり口をついて出てしまったのだろうと後悔しても遅かった。
「お前の考えていることが全くわからん」
浮竹は口をいがませてそう言うと、いかにも呆れてみせた。
「答えてよ」
もう問うてしまったものは致し方ない。
返答をゴリ押しした。
「あのな、京楽。俺は
さくらと虚に何の接点も見出せん」
これでいいか?と念押しするとお前の考えていることを教えろと今一度言う。
16
京楽が
さくらの瞬歩を初めて目にした時は山じいの次に凄いと思ったが、それ自体が誤りだった。
さくらにとってはあれでも手を抜いた瞬歩だろう。
恐らくは山じいとて敵わぬ域。
つまり…
さくらは瞬歩だけでも死神としての限界を超えた域に達している。
それは崩玉を持って漸く得られる能力と言われているのに―――。
虚化京楽の胸中に渦巻く不安は、
さくらが虚と化しているのではないかということだった。
「…莫迦なっ。それじゃあ
さくらは藍染らが護廷十三隊に残していった仲間だとでもいうのか!?」
「仲間とは言わないけど…。キミだったらどう説明する?」
編み笠ギリギリから視線を投げかける。
「それは――」
浮竹は
さくらの斬拳走鬼を目の当たりにしたことはない。
いきなり
さくらの瞬歩は山本総隊長の上かもしれないや霊圧は隊長を抜きん出ている等といくら京楽に言われてもピンと来ないのは当然であった。
17
「虚化した一護クンでも普段は性格変わらないなら、
さくらちゃんだってそうだと……どうして言えない?」
「だいたい、
さくらが虚化してたらお前も霊圧でわかるだろう」
さくらの能力云々はともかくとして、京楽が虚化だと疑う原因が理解できなかった。
「浮竹さぁ、
さくらちゃんの霊圧ってわかるの?」
「… それ、は――…
しかし霊圧がわからないからって…」
「わかるよ」
京楽は浮竹の言葉を遮った。
「ボクぁ、わかる。わかるけど…」
何と説明すればいいのだろう。
濁りなど一切感じられず清涼とした香りと穏やかな日差しのような
さくらが虚化しているとは考えられない。
18
わかってはいるが、全てを考慮すれば辿り着く答えは唯ひとつ……
しかもそれは単に信じられないだけでなく、想像するだけでも
怖いんだよ
…
さくら。
キミが
どうしようもなく
怖い。
何時か
その力、故に…
ボクはキミを
失う、んじゃないかと
怖くて……………。
京楽は最も信じられない信じたくない答えに辿り着くことしか出来なくなっていた。
19
「京楽。お前が
さくらに対し不安を抱いていることはわかった。だが俺はお前の取り越し苦労だと思う」
「どうして」
「
さくらはお前が惚れた相手だからな」
どうしてまあ、そんなことをいとも容易く口にできるのか。
色恋沙汰の似合わぬ浮竹だけに更にその思いは増した。
「浮竹ェ。茶化さないでよ」
「茶化してなんかいないぞ?
それにもし
さくらが虚化していたとしても、やはり
さくらがお前と敵対する道を選ぶとは思えん」
一護君だってそうだろ?と言われるが、死神代行とはいえ人間である彼と妻では同一視できるはずもない。
黒崎一護から手繰り寄せた糸も浮竹の助言からも解決の糸口は見つけられなかった。
それは当然だろう。
もうどのくらい此処に通っただろう…と、京楽は中央四十六室の澄んだ空を仰いだ。
20
「京楽、信じろ」
「
さくらちゃんを?それともキミの言葉をかい?」
浮竹の、根拠はなくとも自信ありげな物言いはいつものことだ。
軽くおどけて言い返した。
「お前達の、絆をだ」
「―――――浮…」
思慮深い京楽に対し常に事実に動じない浮竹の真っ直ぐな眼差しはいつものことだ。
その動じない強い眼差しに捉えられたまま…
「懐かしい、言葉だねえ…」
京楽の目がゆっくりと笑みを含んだ。
たとえ
さくら(相手)を信じられなくなったとしても
信じろ。
さくら(相手)を信じた己を
信じろ。
それでも信じられなくなったら
そこに二人だけの絆があると
信じろ。
21
「―――俺達が誰にも断ち切れない関係となったように、
さくらとお前もまた、絆で繋がっているだろう…」
相手を信じることも己を信じることも容易い。
だが絆は一方だけでは結べない。
さくらか己のどちらかではなく
互いを信じること
お互いが繋がっていると信じること
それを絆と呼ぶことを
浮竹は京楽に思い出させてくれた。
「浮竹…」
京楽の掌が、浮竹の肩を掴む。
「ありがとう――」
浮竹の耳許に最も近い位置で礼を述べた。
「俺に抱きつくな、京楽!」
「お礼だよ?」
「お前の抱擁なんぞ、礼にならん」
あからさまに嫌な顔をしてみせる、常に変わらぬ友の体温に
京楽は暫し身を預け、心を預け、浮竹との絆を直に感じた。
fin*
************************************************…あれ?
最後は本題から外れていったような…?( ̄∇ ̄;)
なんとなく抱きつかせたくなったんですって、浮竹隊長に。
タイトルはOPにも使われた歌詞の一部を起用しました。
って態々書かずともわかりますかね。
京楽隊長と浮竹隊長の間に、過去に絆について何かあった設定です。院生時代とか…。
また、そんなお話も書けるといいですねー。←願望か?
本日も最後までご覧くださりありがとうございました。
2009.03.18
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月