「ボクの奥さん、知りませんかあー?」
間の抜けた男の声が、護廷十三隊に響く。
「ねー、ボクの奥さん、見なかったかな?」
席官・平を問わず、すれ違う皆に尋ね歩く。
「ねー 誰かー ボクの奥さん……」
護廷十三隊隊長とあろう者が
朝からずっと、妻の所在を尋ね捜している。
ボクに咲いた花
1
その日も京楽にとって普段どおりの朝だった。
唯ひとつ、大きく異なったのは
さくらが八番隊宿舎にいないことだ。
今日は珍しく非番。
だから昨夜は思いっきり羽目を外して飲んで騒いだ。
主だった面子は馴染みの隊長・副隊長・席官、それと
さくら。
さくらも今日は非番。
それでも四番隊で何かあったのかなと、京楽が二日酔いでもそうでなくても、いつもなら優しく傍に居てくれる妻の姿を求めて
まずは四番隊の宿舎へ、続いて隊舎へ、最後に医薬品取扱専門詰所へ足を運んだ。
しかしやはり妻の姿はなく、
さくらの所在を知りそうな相手を求めて四番隊の総合救護詰所にいた女性に仕方なく声をかけた。
「虎徹副隊長……」
「おはようございます、京楽隊長」
四番隊虎徹副隊長はいつもと変わらぬ挨拶を返した。
2
「
さくらちゃん、来てない?」
「
さくらですか?いいえ」
勇音の即答にそうと返事したものの、もう捜す当てもなく足は動かなかった。
「どうかなさったんですか?」
勇音は穏やかに尋ね返した。
「んー。実はさ、朝から
さくらちゃんがいないんだよね…」
組んだ腕の肘辺りをぼりぼりと掻きながら、ばつの悪い顔をした。
「それは…困りましたね」
少し同情の入った相槌を打つと、勇音は何か思い当たることはありませんかと尋ねた。
「んー、何も」
昨夜の酒が残った口が間髪入れずに答える。
勇音は小さく溜息をつくと、仕方なく助言した。
「もしかしたら京楽隊長の酒乱ぶりに、愛想を尽かされたのでは…」
「それはないよー!」
昨夜、浴びるほど酒を呑んだとは思えない大きな声だった。
3
「だって
さくらちゃんはボクのこと、本当にわかってくれてるもの」
だからと言ってどうして愛想を尽かさないと言い切れるのか。
「かぁわいくてぇ、優しくてぇ、一途で、あーんないい奥さんが愛想を尽かすなんてこと、絶対無いよー」
妻の姿を瞼の裏に思い浮かべたらしく、京楽は幸せを噛み締めている様子だ。
勇音は自分の手には負えないとつくづく感じたようである。
「と、取り敢えず。
さくらが姿を消す前から行動を思い起こしてみてはどうですか?」
勇音の提案に、そうだねえそうしようかと京楽は詰所を後にした。
4
とは言っても
昨夜は
さくらも自分と一緒に八番隊宿舎まで帰ってきたはずなのだ。
いくら酔っ払っていたからといって、
さくらが水を飲ませてくれたり帯を緩めてくれたり、おやすみなさいの口付けを落としてくれた記憶がないわけではない。
ただ、
さくら一人では京楽の巨体を扱うのは大変なため、何人かが宿舎まで京楽に付き添ってくれてはいた。
と言うことは、
さくらを最後に見た者は自分を送ってくれた者の中にいるかもしれない。
京楽は思い当たる人物の許へと足を運んだ。
5
「なっ七緒ちゃあーん……」
昨夜自分から何十回と酒を取り上げた副官に、声をかけた。
「おはようございます。隊長」
―――――どうやら機嫌は悪くないらしい。
「如何なされました?折角の非番の日に」
伊勢は軽く眼鏡に手をやった。
「いやね…」
勇音には素直に尋ねられたが、自隊の副隊長となると矜持が頭を擡げてきたらしい。
「昨夜…
さくらに何か変わった点はなかったかい?」
朝から居ないとは言い辛かった。
「さあ…特に変わったご様子はございませんでしたよ」
いつものように隊長の床のご用意をして、浮竹隊長らに寝かされている間に水をお持ちになり、私達は部屋を離れましたと続けた。
そこは記憶にある。京楽はその先も覚えている。
6
「そう言えば」
京楽がありがとうと呟きその場を去ろうとした矢先だった。
「私が失礼する頃には、何やら浮竹隊長と話していらっしゃいましたね」
京楽は別れの言葉もそこそこに、隊舎を後にした。
やはり最初に浮竹の許へ行くべきだったと京楽は思った。
しかしそこは男の意地。妻が居なくなったことを無二の親友に一番に相談するのは心のどこかで避けたかった。
今となってはもう、そんな事は言っていられないが。
既に日も高くなりつつあった。
さくらの霊圧を探ろうにも、元々彼女の霊圧は殆ど感じられない。
妻の霊質は肌理細やかで柔らかで、他人の霊圧とぶつかるどころか寧ろ溶け込むようなものだ。
7
屋根の下から抜け出た途端に包まれた暖かな冬の日差しの中に、
さくらを見たような気がした。
編み笠を押し上げ頬に日差しを浴びると、椿のまだ硬い緑の蕾が目に飛び込んできた。
穏やかな日差しと、葉に隠れるような幼い蕾に京楽は昨日よりもずっと前の―――
妻になる以前の
さくらとの…
出逢いから今日までの全てが頭の中に浮かんだ。
「
さくら………」
さくらがボクの彼女になってくれた時、ボクの心は満開になったけれど
さくらがボクのお嫁さんになってくれたあの日から
ボクの花は散ることなく咲き続けている。
ボクはもう、どんな女性にも興味はないけれど
キミにぞっこん惚れてるなんて
キミ以外の誰にも知られたくなくて
相変わらず女性のお尻を追いかけて、ふざける始末。
けれどもキミはそんなボクの姿を微笑んで眺めている。
ボクからの愛情表現だとわかっているかのように―――。
京楽が隊舎間を足早に通り過ぎる。
しかし庭の片隅に咲いた水仙の花の香りが強く鼻を擽ると、十三番隊へと急いていた京楽の歩みが遅くなった。
8
―――それってボクの、自惚れだったのかい?
キミはボクといる時、いつも笑みを湛えていて
どんなに甘えてもどんなに酔っ払ってもどんなに女性にデレデレしても
ボクがボクらしくいることが、さくらも望んでいることだろうと思い込んでいた。キミはボクの心に咲いた花
永遠に咲き続けるものと信じていた。
萎れることなど
況して枯れることなど考えもしなかった。
キミはボクに、ありったけの愛を注いでくれているけれど
ボクはキミに一滴の水もあげなかったのか。
ボクはさくらの優しさに甘えて、さくらに悲しい想いをさせていたんだろうか……。
さくらは独りで泣いて悲しんで、
終(つい)にボクを見捨てて
出て、行った………
……………
…………
………。足を止めた京楽は、真っ直ぐ下を向いて怒気を含んだ言葉を放った。
「もし、そうだとしても
黙っていなくなるなんて、酷いじゃないか」
八つ当たりだった。
京楽はまた、歩み始めた。
自分の妻が姿を晦ました理由を知るであろう人物の許へ、重い足取りで。
9
「何って、別に………」
長年、妻よりも長い付き合いである友の言葉尻に浮竹が何かを知っていることは明白だった。
「お前が酔い潰れた後で話したことなんて、他愛もないことで。
――その、よく覚えてないが」
浮竹はお前と違って当番なんでなと、話を打ち切りたげに言う。
「せめて……」
京楽はそれ以上の問答は無駄だと悟った。だから要点だけを尋ねることにした。
「せめて、
さくらが何処に居るのか教えてくれないかい?」
浮竹は嘘が上手い男ではない。
だから何かを隠しているにしても、
さくらの居所を本当に知らないのは反応からして明らかだった。
「
さくら、居ないのか?本当に!?」
10
夫である京楽以上に狼狽の色を見せる浮竹に、此処に辿り着くまでに我が身を顧みた内容と現実から導き出した結論を、京楽は告げた。
「莫迦な。有り得ない事だっ」
浮竹は強く否定した。
そして
「昨夜、
さくらは――」
さくらと二人だけの会話を告白しようとした浮竹の一瞬の躊躇いを払うかのように、京楽は浮竹に眼差しで縋った。
「…俺がおまえをちょっと詰(なじ)ったら、照れ屋で甘えん坊で酒飲みで女に弱くて―――。
でも、そんなお前にどれほど大切にされているか……」
こっちが赤面するぐらい、惚気(のろけ)られたと浮竹は頭を掻いた。
だから
さくらが黙っておまえの前から姿を消すなど考えられないと、情けない面構えの京楽を奮い立たせた。
11
「ボクの奥さん、知りませんかあー?」
男の声が、護廷十三隊中に響く。
「ねー、ボクの奥さん、見なかった?」
席官・平を問わず、すれ違う皆に尋ね歩く。
「ねー 誰かー ボクの奥さん……」
護廷十三隊八番隊隊長とあろう者が
もう昼時だと言うのに、朝からずっと妻を尋ね捜している。
「煩せえ、京楽」
柱の影から、同じく隊長である一人の男が京楽を諭す。
「あ、ねえ。ボクの」
「煩せえって言ってんだ」
それにあれだけ大声で散々叫んでいれば今更言われなくとも訊きたいことはわかっている。
12
「てめぇ。昨夜の約束、さっぱり覚えてねーな」
京楽の胸元にも届かない男は呆れて見上げるが、約束って?と京楽は素で返した。
「え?ちょっと日番谷君!?」
見上げていた日番谷が一瞬項垂れたかと思うと、京楽はガッと手首を掴まれたのだ。
そして日番谷の小さな手で連れて来られたその一室に
「
さくら…ちゃ、ん」
夫の声に顔を上げる
さくらがいた。
乾拭きしていた手を休め、きちんと座って
「どうかなさいましたか?春水さん」
と京楽に尋ねる。
「全く…約束を守ったのは
さくらだけだぜ」
日番谷は、朝から黙々と昨夜の酒盛りの場となった十番隊の一室を片付けていた
さくらを労った。
13
そう言えば………。
店が閉まった後も飲み足りなくて残った数人で場所を変えて飲もうと言うことになり、松本が十番隊に誘ったのだ。
日番谷は酔っ払いの罵声に気づき拒否したが、
「ちゃあああんと片付けますって。日番谷隊ちょーぉ」
と松本が約束をし、あれほど日番谷に念押しされたにも拘らず………。
松本は吉良がやってくれると断言。
吉良は二日酔いで本日欠勤。
雛森は昨夜の一夜丸ごと忘却。
伊勢は、自分は約束をしていないと仕事に専念。
浮竹、昨夜の
さくらに中(あ)てられ失念。
京楽、何処で飲んだかは大したことではない為、此処で飲み直した自覚なし。
「てめぇらに、二度と十番隊(ウチ)は貸さねえからな!!!!!!」
小さな隊長にどれだけ叱られても、京楽は堪えなかった。
一番堪えたのは『ボクの可愛い奥さんが傍にいないこと』だったのだから。
「聞いてんのか――!?」
尚も怒鳴る日番谷だったが、最初から
さくら以外は誰もまともに聞いておりませんでしたとさ。
fin*
************************************************このところシリアス気味でしたので、今年の風:京楽隊長はお目出度いお話から始めようと、連載(?)から外れこちらに致しました。
お目出度いの意味が違いましたかね?f^_^;
しかしカラブリや死神図鑑ゴールデンからすれば、戦闘の無い護廷十三隊はこれ以上に平和そうですよね。
天宝院さくらでした。
2009.01.09
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月