京楽は、日がな一日
さくらを追いかけた。
もっとも普段から女の尻を追い掛け回すのが日課の男。
誰からも不審がられることはなかった。
耳より高い位置でひとつに纏めた漆黒の髪を揺らしながら斬魄刀を抜く。
髪 切ったんだね…。
桃の木の下で足首に絡みつくほどの髪をしていた
さくらは、腰のあたりで切りそろえていた。
おそらくは護廷十三隊入隊試験までに切ってしまったのだろう。
この年齢になるまで、あれだけの長い髪で生活できたのだ。
彼女が正真正銘貴族であることは言わずも哉。
なのに何故、彼女は死神などになったのだろう。
生活に貧窮しているはずもなく、女の身であり、そして霊圧もさほど感じられなかった。
1
あの瞬歩を見なければ、
そう思わずにはいられなかっただろう。
主席入隊を果たした
さくらの評価は全て甲。
即ち最優秀。
中でも瞬歩と鬼道においては右に出る者はない。
しかし
さくらは隊内では加減しているのか、あの見事な瞬歩を披露することはなかった。
転じて
武礼には斬術および白打に同等の特丸がついている。
謀ったかのような成績に京楽は自分の考える根拠を求め、調べ物をした。
こういうときの彼は実によく動くのだ。
2
天宝院さくらと
武礼の父の名は
鏡月、母は
はるか。
それは貴族ならすぐに知ることのできる事実であった。
この両親はと言うとやはり死神で、父が隠密機動に母が鬼道衆に現役にて所属していることがわかった。
共に上位の席官。
成程と頷ける血筋と実績だ。
しかし京楽はまだ納得のいく結論に辿り着けないでいた。
だってあの瞬歩…………。
『闘神
鏡月』と異名をとる父と、代々医術を生業とする
卯月家出身である母の子とは言え、群を抜いている。
しかし幾ら京楽が調べようとも、それ以上の情報は得られなかった。
3
ならば本人に当たってみたほうがいい。
だからこうして毎日、七緒の目を盗んで接触できる機会を待っている。
女性新入隊員の尻を追いかけ回す振りをして、
さくらだけを捕まえるチャンスを。
死覇装姿の集団の中に
さくらを見つけた。
ほぼ中央にいて、いい位置だ。全体がバラけたとしても、
さくらの群れを追いかければいい。
へつらうような笑みを浮かべ、最後尾の女性隊員に聞こえるように意味を成さないいやらしい笑声を発する。
異様な雰囲気に気付いたその新人が、恐る恐る肩越しに振り返る。
京楽の垂れ下がった眉と目、半開きの口許、欲を吐く鼻息に、彼女は否定の言葉と同時に走り出した。
「いやぁ―――!!!」
状況を理解して同じく逃げ出す者、訳も分からずそれにつられて走り出す他の女性隊員もいて、
あっという間に女の悲鳴がその集団に伝染し、誰もが足を早めた。
4
ただ独り、
天宝院さくらを除いて。
さくらは状況が飲み込めず、自分を追い越す同期を呆然と見送った。
それから何事かと、ようやっと背後に目をやる。
「
さくらちゃあん」
自分をゆっくりと見上げる女と目が合うと、女の名を馴れ馴れしく口にした。
京楽の巨体が
さくらの顔に影を作る。
霊圧を上げて凄んだわけでもない。
しかし
さくらは身動きひとつしなかった。
「なんでキミは逃げないの?」
そう問われて、
さくらはただ瞬きを繰り返す。
「そっかあ!
さくらちゃんはボクのこと、好きなんだね」
喜んで両の二の腕を掴んだ。大抵の女性は、これで悪寒が走る。
5
さくらは腕を掴まれたことに驚いてはいたが、振りほどこうとか逃れようなどという素振りは全く見せなかった。
京楽がいやらしく追いかければ、女は二つにひとつ。
逃げるか七緒のように気丈に振り払うかのどちらかである。
こんな――――
さくらのように、されるがままになる女は今までいなかった。
さくらは限界まで首を逸らして、京楽を見遣っていた。
京楽の言葉の意味も行動も理解できていないらしい。
「
さくらちゃん?」
「…はい…?」
問うているのは京楽の方なのに、
さくらもまた問い返す。
6
これには京楽も拍子抜けである。
この先、どうしたらいいのかわからない。
「キミ…どうして逃げないの?」
やはり尋ねるしかできない。そして一番尋ねたいのはそこである。
「…皆さんのように、走らなければなりませんでしたか?」
これは訓練でしょうかとまで言われてしまった。
京楽のスケベオーラを全く解していない。
護廷十三隊隊舎内廊下にて、公衆の面前で女性新入隊員を捕まえてしまった一隊長としては、実にばつが悪かった。
七緒ちゃん、ボクを叱りに来てくれ!とこの時ばかりは手厳しい副隊長の姿を求めたぐらいだ。
7
「…八番隊隊長……京楽隊長ですよ、ね?」
目立つ格好のこの男のことぐらい、
さくらは入隊式で紹介された時に覚えていた。
「うん。…そうだけど」
とりあえず、
さくらからのリアクションがあってほっとした。
「京楽隊長は、いつ私をお見知りおきくださったのでしょうか?」
並み居る新入隊員の一人である自分を、護廷十三隊隊長ともあろうお方が存じ上げてくださっている。
これはどこかでお会いした方だっただろうかと、
さくらは京楽と個人的に面識の記憶がないことを訝しがっていたのだ。
至極当然と言えば当然である。
尤も、京楽が普通に話しかけていればの話ではあるが。
8
「いやあ。ボク、かわいい子はすぐに覚えちゃうんだよね」
漸くいつものペースで話せるようになった。
「ヨロシクね、
さくらちゃん」
そう言って男が唇を突き出すと、特に自分が相手を忘れていたわけではなかったことに安心し、
さくらはこちらこそ宜しくお願い致しますと丁寧に挨拶をした。
→Writer's notE→→
************************************************京:なんだか酷くない?ボクの扱い……。
いつも、護廷十三隊ではこんな感じではありませんか?
京:えー、そうかなあ?
これからでしょう、
さくら様との………
京:そうだね!これからこれから!!じゃあっ。
あ、機嫌良く去って行かれました。
それではまた。この後も
さくら様にご覧頂けると、さくらは嬉しいです。
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月