毎年のことだが
正月明けに、いい加減身を固めろと嗜めた次男坊が
京楽家にはいる。
その半月も経たないうちに結婚相手と会わせたいと言ってきても、
両親は素直に信じられなかった。
所詮、次男。
とは言え、護廷十三隊の隊長にまでなった自慢の息子である。
春水の両親は何十年ぶりかに二人でじっくり話し合った。
1
母親似の長男に期待を一身に背負わせ教育した父と
父親似の次男を溺愛し甘やかせた母は
いつしか心通わない仲になっていった。
別れるほど憎んでいるわけでもなく
思いやるほど深い仲でもない。
淡々と 長男の実直な人生と次男の華々しい活躍を受け止めていた。
幸せと言えば幸せな家族。
冷めていると言えば冷めた家族であった。
2
「アレのことだ。
どうせ相手を孕(
はら)ませでもしたんだろう」
夫婦で会話があったとは言え、最後は夫のいつもの悪態で終わった。
二人目は女の子が欲しかったのは昔の話だが、
父は付けたかった名前の読みだけを変えて春水とつけた。
母は早くから春水の力を見抜き、貴族らしく死神になることを目標に育ててきた。
噛み合わぬ教育方針の違いか、それ以外に問題があったのかは夫婦にしかわからない。
…今となっては夫婦のどちらにもわからなくなっていたし、もうどうでもいいことではあった。
3
「父上、そろそろ時間じゃないか?」
兄は京楽家跡継ぎらしく、弟の妻になる女を品定めに今日は在宅していた。
結婚のけの字もなかった弟が両親の説教で急に改心したとみるよりも、
父の結論どおりどこぞの遊びの相手に結婚を迫られたと見るほうが自然である。
兄は京楽家の名前目当ての結婚も、名を汚す結婚も許してやるつもりはなかった。
「ご当主、おぼっちゃま」
障子の向こうから、使用人の声がした。
「春水ぼっちゃんが、お戻りになられました」
4
春水と
さくらは、客間に通されていた。
さくらに座布団を勧めるも中々言うことを聞かないので、
春水は胡坐をかいた自分の膝に乗せてやった。
「ンきゃっ」
驚いた
さくらは悲鳴を上げて、春水に言われた場所に収まった。
顔は真っ赤である。
「そんなに硬くならなくていいからね、
さくらちゃん」
春水はいつもの調子でいるが、
さくらはそうはいかない。
5
先程の者の姿が障子越しに映った。
両手を添えて障子を開き下がると、春水の家族が順番に部屋の奥へと進み入ってきた。
春水はぼうっとしたまま、全員が座るのを待っている。
さくらは一度は座ったものの、既に座布団を外し頭(
こうべ)を垂れている。
父親が軽く咳払いをした。
春水に口を開けという意味だった。
しかし春水は相変わらずぼうっと黙っている。
6
「そちらがお前の結婚したい相手か」
一番に痺れを切らしたのは兄だった。
「そう。
さくらちゃん」
子供みたいに返事をする。
両親は礼儀にかなった娘の態度に、些か期待が頭を擡げてきてはいた。
「春水、お相手の紹介を」
次に痺れを切らした父が催促をした。
面倒くさそうに春水は体を掻き、
「
さくらちゃん、ボクの家族に挨拶してくれる?」
と
さくらに振った。
7
「…京楽家のご家族皆様の前に、私のようなものが今日のよき日にお目通り叶いましたこと、大変ありがたく存じます」
凛とした声。
この、頭を下げているにはあまりにも長い時間を厭わない様。
きちんとした挨拶。
期待せずにおこう、いい話であるはずがないと腹をくくった兄と両親を揺るがすには十分だった。
「…うむ。顔を上げなさい」
静々と頭を擡げた
さくらは、まだ節目がちではあったが
十分見目もよいことは京楽家の者にも判断できた。
8
「して、そなたの名は?」
上級貴族であるのは間違いない。
何処の娘かを早く知りたかった。
「はい。
天宝院さくらと申します。以後、お見知り戴ければ幸いです」
自分の名を名乗る矢先に、
さくらは春水の父を見遣った。
その眼差しは澄んでいて、人生経験は浅いであろうが聡い娘であることは一目瞭然であった。
「…………」
文句なしである。
あれやこれやと根掘り葉掘り問い詰めてやろうと算段していた兄も絶句した。
9
春水は、こうなることを十分に予測していた。
だからこそ態とだらしなくいた。
一層
さくらが引き立つように。
「…まずは、春水の傍らに直りなさい」
父は作法通りに
さくらに座布団を勧めた。
これで
さくらを十分に認めたことになる。
それはわかっていても、認めるつもりがなかった父の口からは素直に決まり文句が口をついて出ていた。
10
「ボク、
さくらちゃんと結婚してもいいよね」
春水は非の打ち所の無い
さくらを前に家族に念押しする。
「………」
無論反対ではなかった。
しかし何故、これほどの娘が春水の妻になどなろうと思うのか。
父には納得がいかなかった。
寧ろ跡取りの長男に欲しいぐらいの娘である。
しかし既に結婚し子供もおり、順調に京楽家を継ぐ用意の整っている息子には願えなかった。
11
―――兎に角、これは目出度いことだ。
漸く両親は解した。
京楽家の繁栄に加速をつけこそすれ、足を引っ張ることはない。
たとえ
子供ができたという理由での結婚であっても。
「今のところ、反対する理由はない」
さて、一体どういう理由でこんな急な縁談話が持ち上がったのか。
それを聞かせてもらおうという意味だった。
12
「じゃあいいね。
さくらちゃん、帰ろうか」
「ま、待て、春水っ」
早々に腰を上げた息子に驚いて、父は慌てて制した。
「何?今日は
さくらちゃんの顔見せだけでいいんだよね」
意地悪く春水はそう言い、既に
さくらの手を取って立たせようとしていた。
「それはそうだが……食事の手配もしてあるのだ」
こちらが折れねば息子は強気のまま帰ってしまうつもりだということは十分知った。
この勝負、春水の勝ちである。
13
「へえ?そうなの」
春水は白々しくそう言うと、もう一度腰を下ろした。
「今日は何処の?」
さくらに相応しい料亭でなければ恥ずかしいよねと厭味を込める。
全くである。
まさかこんなに条件のいい結婚相手とは想像だにしなかった家族は、
急遽昼食先のランクを上げなければならなかった。
「じゃあ部屋にいるから、支度が整ったら教えてよ」
再び自分を立たせようとする春水になんとか手を離してもらい、
さくらは退室する為に頭を下げた。
それが
さくらにできる、精一杯の礼儀であった。
14
家族が昼の段取りにバタバタしている間に
春水は自室に
さくらを案内した。
さくらを部屋に招き入れて暫くすると
「春水ぼっちゃん。お茶をお持ち致しました」
年のいった女が、断りもなくゆっくりと障子を開けた。
「ねー。その呼び方、
さくらちゃんの前でやめてよ」
春水は茶を置く女に話しかける。
はいはいと言いながら、悪びれもせずに一礼すると姿を消した。
15
春水の手から茶卓に乗った湯飲み茶碗を受け取った
さくらは、いただきますと言うと茶を口に含んだ。
「あぁ。あの方の、お点てになったお茶ですね?」
「…どうしてわかるの?」
さくらの言う根拠を知りたかった。
春水を見てふふ、と笑う。
「何?
さくら、ちゃん」
なんだか弱味を握られたような気がした。
「教えてくれないんなら…」
さくらをすっぽり覆うような影を作る。
16
「も、申します、申しますっ」
抱きつかれる前に
さくらは降参した。
しかし春水は優しく腕(
かいな)に抱くと、
さくらの口許に耳を近づけた。
「…それは―――」
二人っきりの部屋で、内緒話をするように手を添えて、
さくらは春水に教えた。
「…参ったね」
茶の好みも過去も見透かした
さくらの理由に、春水は降参した。
17
「お生まれになった頃からお見えなのですか?」
春水の腕の中、茶を零さぬように両手で碗を包み込む。
「うん。ボクのおばあちゃんが子供の時からいるよ」
祖母を失った悲しみも、だからこそ乗り越えられたんだと思っているのは内緒にした。
「今日はお招きいただいてありがとうございました。
隊長のご家族にお会いできて、光栄です」
さくらは会うまで自分がどんなふうに思われていたかを知らぬかのように微笑んだ。
「そうかな」
春水は、いつもの惚けた表情を見せた。
18
無防備に自分に身を預ける
さくらに対し、春水に罪悪感がなかったわけではない。
悟ったとは言え
さくらの気持ちも聞かず関係を持ったことや自分の本当の気持ちを伝えていないこと。
そして何より、京楽家に招き入れることが
さくらにとって幸せなのかどうか。
だから
さくらから家族のいい印象を聞かされても、それを肯定することはできなかった。
できることなら自分の家族などと顔を合わせることなく過ぎたかったが、穏便に結婚するには紹介せざるを得なかった。
さくらは名門貴族の娘。
自分の事だけなら駆け落ち同然でも構わなかったが、
さくらの家族を悲しませるわけにはいかない。
――連れて来るしかなかった。
19
さくらなら誰からも認められる相手だが、想像していた以上に家族は
さくらを素直に受け入れてくれた。
これから
さくらを知れば、より好感が増すには違いない。
――連れて来て良かった。
さくらさえ自分の環境を受け入れてくれるのなら、後は全てを賭けて護る。
これからの二人の時間の為ならば、今日一日の忍耐は価値あるものだ。
だから、どうしても
今日は 京楽家(
いえ)に
――連れて来たかった。
20
春水の腕の中、
さくらは再び手の中の碗に口をつける。
春水の飲み慣れた茶を忘れまいとするように、一口一口をしっかりと味わっているように見えた。
「寒くないよね」
大事そうに湯飲みを包み込む
さくらを春水は自分の腕で包み込む。
「はい。暖も入れてくださってますし」
何よりも春水の腕の中は暖かかった。
21
「春水」
兄が断りも無く障子を開いた。
見下すような兄の態度はいつものことだ。
しかし
「支度が整った。
天宝院殿をご案内しろ」
今日は目出度い話に気が急いて不躾に見えるだけのようであった。
「…直ぐに、行くよ」
兄が使用人を通さずに説教や厭味以外の用を春水に伝えたのだ。
何年…何十年ぶりだろう。
春水のことで家族全員が手放しで喜んでくれたのは。
22
腕の中の
さくらを立たせ、その手を取る。
「行こうか、
さくらちゃん」
「はい」
春水達が部屋を出た時には、兄は既に階段を下りるところであった。
「ねえ、
さくらちゃん」
階下で、
さくらを気遣う兄の指示が飛ぶ。
それが耳に届くのを心地よく思いながら春水はゆっくりと言葉を繋いだ。
「今度は…
さくらちゃんのご家族にも、会わせてくれるよね」
さくらの手を取ったまま、階下へと導く。
「…はい」
これから二人――
さくらが自分と歩む道へと 導いた。
fin*
************************************************京楽隊長のご家族の雰囲気とかは伝わりましたでしょうか?
後書きで説明するのも恥ずかしいことですが、冷めた夫婦と仲の良くない兄弟の設定です。
そして今では乳母が一番京楽隊長を理解してくれた存在であり、出された京楽隊長好みのお茶の味から
さくら様はそのことに気付いた。
と言ったストーリーです。
もう少し後までお兄さんとの確執を考えていましたが、
結局
さくら様の魅力に全員が歓待することは目に見えていますから
さっさと甘い雰囲気にして終わりました。
京楽隊長に暗い影は似合わな~い!
見せてほしくな~い!
天宝院さくらでした。
2007.10.01
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月