如月
着更着と書くほど
着物の上に更に着物を重ねる季節。
「邪魔するよ」
火鉢の炭を足し終えた浮竹は、前触れ無く現れた男を見た。
「京楽?」
浮竹は意外そうな声で男を迎えた。
「やあ」
いつものこの男らしく、編み笠に手をかけながら雨乾堂へと
もうすぐ立春とはいえ裸足の足を踏み入れる。
1
「どうした?」
「どうしたとはご挨拶だね。折角久利屋の徳利最中を手土産に現れたってのに」
「そうか。済まん」
心なし他人行儀な態度を浮竹は崩さなかった。
ドッカリと座って菓子折りを開く京楽を、黙って眺めている。
「まあ、食べようよ」
京楽は最中をひとつ手にすると、畳の上の菓子折りを浮竹の方へ滑らせた。
2
「寒いね」
特に雨乾堂(ココ)は、と呟くと京楽は手にしたものに口をつけた。
「どうした?」
浮竹の手はそれと同じ物に伸びなかった。
最中を頬張った京楽は怪訝そうに浮竹を見る。
浮竹も同じく、京楽をどうしたのかという表情で見ていた。
「どうしたって?」
あ、お茶頼んでよと客人は厚かましくもこの部屋の主人に言う。
3
「何か言いたい事があって、来たんだろ?」
訪れた京楽よりも、浮竹の方が心中を理解しているかのようだった。
参ったね…。
京楽は内心呟いた。
「分かるかい?やっぱり」
やはり浮竹だと思った。
「お前と俺の仲だ。分からんと思うか?」
浮竹の顔に勝ったような笑みと、余程の事だろうと言う不安が見える。
「うん…」
京楽は自分の腕を擦りながら言った。
4
「何だと思う?」
浮竹を上目遣いで見る京楽は、言い出しにくいのだろう。
言い出しにくいのだが聞いてほしくて、こうして浮竹を訪ねてきたのだった。
慎重に、浮竹は口を開いた。
「まさか………隊長を退くとか?」
「それはないよー!」
あまりにも的外れな浮竹の推測に、京楽は大げさに否定する。
「そうか。ならいいが……」
浮竹は大きく頷いた。
5
「深刻に見えるかい?」
見当違いの浮竹の心配が、逆に京楽の口を軽くした。
「まあな。深刻と言うか、別れを決意したように見えるな……」
京楽が決別するもの。
失うと言ったら浮竹には今の隊長の座しか思い当たらなかったのだ。
「ある意味、決別かな………」
そうだ、これは決別だ。
浮竹の上手い喩(
たと)えに同意した。
浮竹の胸中に渦巻く不安は消えていなかった。
護廷十三隊隊長という地位以外で京楽が失うもの。
ならば、俺か?と。
親友の縁を切るほどのことを俺は仕出かしたのかと。
有り得ないとは思いつつ、京楽の眼は酷く強い決意を含んで見えたのだ。
別れの匂いを漂わせて。
6
京楽は、予想していた以上に浮竹に早く気付かれ、そして思った以上に深刻に捉えられてしまった自分の来訪の理由をばらすことにした。
「独り身にね、別れを告げようと思うんだよね」
一旦口を開くと、柄にもなく邪魔をしていたプライドが陰を潜めてすんなり報告できた。
「良かったじゃないか。おめでとう」
殆ど間を開けずに浮竹はしっかりと、告げた。
「驚かないのかい?」
「驚いたさ。だが…」
目を細め、口元を緩めた浮竹が、体格に似合わぬ心意気の男を見る。
「お前に決心が着いたんだ。まずは祝いの言葉だろ?」
京楽は上級貴族の身ではあったが、家庭には恵まれていなかった。
特に兄との確執があり、京楽が結婚や夫婦という関係、況して子供など望んでいないのを浮竹は知っていた。
7
「あ」
京楽が突然不満そうな声を出した。
「俺への手土産なんだろ?」
浮竹が菓子折りごと手に乗せ、さっきまで目もくれなかった最中を一口で半分ぐらいまで口にしたのだ。
深刻な別れ話ではなかったことに、浮竹が安堵したのだろう。
二人は欲張りだのケチだのブツブツ言い合って、結局京楽はもうひとつ最中を貰った。
めでたい話に浮竹が、茶を入れてくれと隊員にいつもの大きな声で頼んだ。
8
ズズッ
温かな茶と京楽の祝言話に、浮竹の心も体も温まってきていた。
「それで、どんな子なんだ?」
それが聞いてほしくて自分を訪ねてきたのだと、浮竹は思ったのだろう。
自慢したいのだと。
「どんな子って…」
浮竹は
さくらと週に一度は顔を合わせている。
流石に相手は
さくらだと、この場で言うのは気が引けた。
9
「お前が結婚したいと思うほどの、いい相手なんだろ?」
「否あ?でも、しょうがないじゃない。ボクが初めての相手だった訳だし……」
責任取るよと諦め顔を見せた。
すぐには意味を解しなかった浮竹が
「おまっ…」
赤面した。
「馬鹿野郎、そんな事は」
言わなくてもいいんだと言いたかった。
しかし京楽は浮竹の性格からして順序が逆だとか言われると思ったのだろう。
「だあって、外見は見ればわかるじゃない。性格も何度か言葉を交わしていれば見えてくるじゃない?でも、体の相性だけは肌を重ねてみないと」
そうじゃないの?と女に縁遠い浮竹を諭す。
京楽らしい理論だ。
10
「京楽……」
暫く黙っていた浮竹が、口を開いた。
「お前、本当にその子に惚れたんだなー」
「な…」
言葉に詰まったのは京楽の方だった。
「何を言ってるんだい?浮竹!」
ほんのりと鼻頭を染めた京楽。
慌てて平静を装った。
11
「そりゃ可愛いけどね。だけどつい手を出しちゃったんだもの。男たるもの、責任ってものが」
「お前ほど女慣れしてる男がか?」
京楽の言い訳を遮る浮竹の方が優位な状況に見えた。
「だいたい、お前がそれぐらいの事を考慮せずに女に手を出すはずがない」
浮竹は京楽に祝いの笑みを崩さずに言った。
「京楽。お前、本当にその子の事が好きなんだよ」
そうでなければ京楽(
おまえ)が結婚などと口にするはずがない。
そうでなければ何故一番に親友の俺に報告に来る?
浮竹は自分の方が正しいと言わんばかりだった。
12
一月前の雪の降り出しそうな日
あの日
さくらは自分に好意を抱いていると確信した。
あの日なら
さくらにも迷惑にならずに一夜を過ごせると知っていた。
あの時
先に自分の気持ちを伝えることなど
幾らでも出来た。
なのに
そうせずに関係を結んだのは
どうしても
さくらが欲しかったから。
たとえ
その時は
さくらを泣かしたとしても
残りの人生をかけて
償いたいと
罪でもいいから
罰でもいいから
結果として
さくらを自分のものに
したかったから。
13
京楽は、浮竹の言葉の方が今まで自分が見つけてきた衝動の理由より
遥かに
さくらとの関係に符合することに驚いていた。
「……参ったね」
京楽のいつもの科白は、浮竹の意見を肯定したも同じだった。
14
「すっかり長居しちゃったね」
言いたいことを言い終えた、自分の本心を浮竹に教えて貰った京楽は
いつもの表情で華やかな女物の着物をひらりと翻した。
「それで、何時頃俺に紹介してくれるんだ?」
女を渡り歩いていた、女を知り尽くしたような京楽(
おまえ)が唯一人選んだ女性だ。
是非とも拝ませてもらわねばと茶化す。
15
「……先方の承諾を得たら、その足で此処へ連れて来ようかな…?」
一度通路を進み始めた体を反らせておどけると、じゃあと編み笠に手をかけた。
「とっておきの酒を用意して待ってるからなー!」
浮竹の機嫌のいい大声が雨乾堂から響いた。
実際、会ったらどんな顔するかね?
京楽は明日、
天宝院家へ挨拶に伺う。
浮竹の言葉を
己の胸に誇って
fin*
************************************************京楽隊長お誕生月企画:風ゴテ編
いかがでしたか?
「こんな京楽隊長いやあ~!」
って方、ごめんなさいっm(__)m
京楽隊長はまだ、自分が
さくら様にゾッコンなのを認めたくないのです。
認めてしまっては、周囲に――特に浮竹隊長や伊勢副隊長にからかわれると思っているからです。
ヒロインの
さくら様は清楚で守ってあげたいタイプ。
京楽隊長は、とびっきりいい女とかオトせないタイプ(七緒ちゃん)のオシリに敷かれてこそ自分らしいとキャラを作り上げているので、今更女を守るいい男役を自分で選ぶ=
さくら様と結婚することに照れがあるんです。
↑
後書で、こんなに長い解説(言い訳)書くぐらいなら本編でしっかり描写しろって感じですね。すいません。
その説明役を浮竹隊長に任せたのですが、浮竹隊長の魅力によりほんの二言三言で語り終わってしまったんです。(^.^;
二人は心通じ合う親友の為、言葉数が少なかったと思ってください。
2007.07.04
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月