暖の入った上質な部屋
真夜中を過ぎた今
「寒くないよね」
まだくったりと自分に身を預けたままの女に声をかけた。
さくらは首を僅かに動かしただけだった。
「
天宝院さくらさん」
「ボクと結婚してくれるよね」
「………」
「えー!! まだ だめなのー??」
もう一度体に…と京楽が手を動かした時だ。
「こっ」
さくらは残った力を振り絞った。
「こんな、今…」
まだ余韻の抜けない体では、言葉では到底応えられなかっただけだ。
さくらの状況を漸く解した男は、大げさに額に口付けてみせた。
1
「嬉しいね」
空いている右手で頬や顎をなぞる。
「嬉しいな、
さくらちゃん」
京楽は
さくらの顔を見飽きることなく、同じ言葉を繰り返す。
自分の首を支える腕のぬくもり
体重をかけないように上になる気遣い
今の気持ちを言葉にする素直な心
さくらにとって京楽の全てが心地良かった。
2
「そろそろもらえるかな」
京楽がにんまりと笑って返事をせびってみせる。
京楽は
さくらの体のことを
さくら以上にわかっていた。
「
天宝院さくらさん」
鳶色の眼が、
さくらを捉える。
「ボクと結婚してください」
3
しかし
さくらは
「家の者が―――」と渋る。
「
さくら」
京楽が真顔になった。しかもいつもと違い、
さくらを呼び捨てる。
「ボクは、
さくらの気持ちが聞きたいの」
家族が賛成かどうかは問題ではないと言い放つ。
「結婚は…当人同士の問題でなく、家同士の問題でもありますから……」
「――参ったね」
流石の京楽も、
さくらの生真面目さには敵わない。
自信を無くしたのだろうか。 ふと
「
さくらちゃん…ボクのこと、嫌いなの?」
努めて肯定的な会話をしてきた京楽が、弱気な言葉を吐いた。
4
「いえ。そんなことは…」
さくらの反応のいい答えに、じゃあと京楽は唇を突き出した。
「 ? 何ですか?」
自分の上で京楽が何をしているのか、普段と変わらない仕草が
さくらには理解できなかった。
「口吸っていい?」
「くっ!?」
京楽が知っている中で、一番驚き赤くなりうろたえた
さくらだった。
「あ、あのっ」
二度も肌を重ねた相手なのに、
さくらは迫る京楽の唇から逃れようとする。
京楽は顔を近づけるのを止め、長く力強い指で
さくらの淡いそれを優しくなぞった。
5
まだ、二人は一度も唇を重ねてはいなかった。
「好きでもない男と、できないでしょ」
口付けとは、そういうものだよねと京楽が言う。
女を知り尽くした京楽らしい気遣いは、最初から施されていた。
「結婚の約束は今できなくても」
京楽は体勢を整えなおし
「この唇」
さくらの顔を捉え
「預けていいかどうかの判断は、
さくらちゃん出来るよね…」
さくらに委ねた。
京楽の 酒の残らぬ息が唇で感じられる。
至れり尽くせりの気配りに、酔わぬ女などいないだろう。
6
瞳を閉じる
ということさえ
知らないのか
さくらは
京楽を見上げたまま
震える唇を
顎を上げることで
京楽の唇へと届けた。
さくらの
ほんの僅かな行為
心臓が破裂しそうな
ほどの勇気
京楽は満足気に唇を引くと、
「お返しね」と言って
本当の口吸いなるものを
さくらに教えた。
続
************************************************京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月