日中はうす曇とは言え
それなりの格好をしていたので震えるほどの冷え込みではなかった。
しかし既に日は沈み、それにつれて寒さは一段と増してきている。
結局、京楽の口車に乗せられて夕食まで共にしていた。
もう吐く息も白い。
「雪…本当に降りそうですね」
少し目線を上げ、
さくらが冷たい空気の中へ手を差し出した時だ。
暖かな雪が肩に降った。
ふんわりとしたその温もりが何なのかすぐに理解できず、
さくらは肩に手をやる。
1
衿を見つけ、それが京楽のいつも羽織っている女物の着物だと漸く認識した。
驚いて京楽の白い肩を見ると、
さくらが拒む前に自分から振り返り、口を開いた。
「ボクは二枚も余分に着てるからね」
その一枚を
さくらに羽織らせて当然だと言うのだ。
「ですが…」
隊首羽織よりもシンボルマークと化している華やかな着物だ。
「いいじゃない。よく似合ってるね」
さくらが借りるのを悪いと思っている、それを気にしていない気持ちも込めて褒めた。
実際、
さくらには華やかな着物もよく似合っていた。
だが彼女の性格から落ち着いたものしか好まないらしい。
2
足元に視線を落とし、
さくらはふと気が付いた。
「やっぱりこれ…」
さくらが腰のあたりをなるべく皴にならないように掴んで京楽に話しかける。
「嫌なの?」
この男らしい、強請(
ねだ)るような語尾の上がった口調だ。
自分の厚意を無駄にしてほしくないために、下手に出ている。
「いえ…」
頬を赤らめ、首を左右にゆっくりと何度も振った。
さくららしくない少し幼すぎる様子に、京楽も冬でも裸足の足を戻した。
「どうしたの?」
真冬でも開(はだ)けぎみな胸元が近づいてくる。
「あの…」
京楽があまりにも近すぎて、
さくらは説明に困ってしまった。
3
「あの。このお着物、丈を直されてませんよね?」
安物にありがちな、裾を直すだけでいい着物だった。
京楽も漸く
さくらの言いたいことがわかった。
京楽が羽織って丁度いい丈なのだ。
さくらには長すぎるために裾が擦っていないか心配し、着物を掴んでいた。
「いいの。気にしないの」
「でも」
両手が不自由なのをいいことに、
さくらの頭を存分に撫で回す。
「でも、隊長の方がお似合いです、し」
大きな男の掌で、
さくらの頬も額も包み込む。暫しその感触を楽しむと、京楽は更にいい事を思いついたらしい。
「じゃあ…」
さくらから着物を剥ぐと、いつものように羽織った。
それから……
4
「あ…」
隊首羽織ごと左衿を大きく開き、
さくらを包み込んだ。
「この方があったかいし、歩きやすいね」
そのまま
さくらを抱くように、唇を近づけて囁く。
さくらの頭ぐらいしか出ていないその格好で、ゆっくりゆっくりと歩を進める。
後姿だけでは、到底女連れとはわからないだろう。
京楽の左腕は、
さくらの顔の目の前にある。
その手は
さくらの右肩を抱き、もう片方は
さくらの右手を覆っている。
「寒くないよね」
艶やかな
さくらの髪に口付けるように問う。
5
美しい髪が大きく動いた。言葉にはならないらしい。
京楽はそれを見て取り、
さくらの右手をゆっくりと撫で始めた。
そうっと優しく
爪の周りや
普段触れられることのない指の間を
念入りに 一本ずつ
丁寧に撫でた。
さくらの息遣いが
徐々に
甘く
深いものに変わるのに
そう時間はかからなかった
さくらが奥手なだけでなく、感受性が豊かな娘であることは
この男には十分すぎるほど解っていた。
6
だからどこからどう触れれば
―――髪やら爪やら
指やら
手首やら―――
さくらが拒まずに
自分に心を
体も―――
開くか 熟知している
だがそれは 最後の手段だった。
まずは
さくらの心を捉えたかった。
男として 自分の実力で 魅力で。
7
そうなったと今
さくらの僅かな反応で
知った京楽は
さくらの指を分からぬほど微かに撫で 肩をゆるゆると擦り
時折わざと熱い吐息を髪にかけた
さくらはそれだけで 真艫(
まとも)に歩けなくなった。
京楽は足の縺れる
さくらを抱きかかえ、宿屋へと向かった。
続
************************************************京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月