正月気分も過ぎた
一月上旬
京楽は当番の合間を縫って家族の行事に付き合い、瀞霊廷の娯楽の多い通りを歩いていた。
上級貴族の繁華街だ。
下手な呼び込みや大声での客引きはないものの、調子のいい宣伝文句や品のいい会話を嗜む話し声がそこかしこから聞こえ、京楽の耳にも届く。
まだ家族と別れたばかりで、京楽の口に酒は入っていなかった。
昼下がりの午後を楽しむ貴族達ののんびりした足取りの隙間を縫って、いつもの格好で京楽は一杯やれる店を探している。
家族には非番ではないからと途中で抜けてきた。
一方七緒とは朝に顔を合わせただけで、今日は私用にて早退と言ってあり、八番隊に戻る必要はない。
この後は自由に楽しもうという魂胆だった。
1
「………」
気のせいか?
「――――」
いや、やはり誰か……
雑踏をすり抜けていた京楽は、後ろを見やった。
ああ……。
うす曇の空の下
雑多な色の洪水の中から
抜け出してきたのは
「
さくら…ちゃん」
少しだけ色のついた生地に繊細な花の模様が彩る振袖に身を包んだ
清楚な花が一輪
京楽を追いかけていたのは
さくらだった。
2
いつから京楽を追いかけていたのだろう。
瞬歩を使わず京楽を追いかけてきた
さくらの顔は上気していた。
「あ…」
京楽を見上げて言葉を発したものの、まだ息が整っていなかったのを自覚し、深く息をし直す。
「あけましておめでとうございます」
さくらは御慶(
ぎょけい)を述べると深々と頭を下げる。
もう一度京楽と目を合わせた時には呼吸も表情も落ち着いたものになっていた。
3
「明けまして おめでとう」
京楽も同じ言葉を返した。
さくらはにこにこと嬉しそうだ。
「…………………」
「……………」
「どうしたの?」
先に二人の沈黙を破ったのは京楽だった。
しかし
さくらはどういう意味か理解しかねているようだ。
どうやら
さくらは、ただそれだけを言うが為に京楽を追いかけてきたらしい。
確かに年が明けてから、まだ二人は顔を合わせてはいなかった。
4
「いや。
さくらちゃんがボクを追いかけてくるなんて、ね……」
京楽はどういう風の吹き回しかと驚いたと言いたかったのだ。
それを聞いて、
さくらは一瞬にして柔らかな顔色を失う。
「ご迷惑かどうかも考えずに、申し訳ありません」
慌てて深々と頭を下げ、失礼しますと京楽の元を去ろうとした。
だが、京楽の腕が
さくらを捕えるほうが早かった。
「嬉しいね」
さくらの下ろした髪に口付けるように呟く。
5
さくらの身体が前のめりの間は、京楽も腕の力を抜かなかった。
「
さくらちゃんさえ良ければ、ボクに付き合ってくれるかな」
観念したのか、
さくらは京楽に向き直った。
そしてもう一度自分の思慮の無さを詫びた。
しかし京楽にとって、
さくらのこの行動は自分を喜ばす以外の何でもなかった。
ただ一つ、気になることがある。
「
さくらちゃん。後ろの二人は護衛なの?」
はいと答えた。
そして
「護廷十三隊に戻る途中です」と
さくらは言う。
ふうんと京楽は考えを巡らす。
6
「ボクも私用が終わって今から隊に帰るところなんだよね」
だから送ってあげるといい、
さくらの護衛を帰すように提案した。
さくらは頷き、少しだけ首を後ろに回す。
そして美しい指先を小指から順に滑らかに動かすと、京楽の気になっていた男達は人ごみに紛れた。
京楽は家族と狂言を観に他出したことを
さくらに話した。
「何をご覧になったのですか?」
「宝の槌」
「それと?」
「え、とね…」
お題を一つ観ただけで抜けてきた京楽は、言葉に詰まった。
これは七緒にも聞かれかねないことだと京楽は焦る。
7
「…今日、
さくらちゃんは何してたの?」
とりあえずこの場は話題を変えることにした。
「舞を少し」
次の舞台の稽古をしていただけだった。
「本当は明日も練習する予定でしたが、師匠が天候が優れないからと…」
舞の師匠が気を利かせてくれたのだと続けた。
「じゃあ、明日も非番なの?」
「はい」
京楽はふうん、ふうんと独り納得している。
しばらく無言で歩き続け、京楽が穏やかな口調で話しかけた。
「
さくらちゃん。何処かで休憩しない?」
あまり期待せずに誘ってみる。
「いいですね」
まだ夕方までには時間がある。
一息入れたとて、此処から護廷十三隊まで暗くなるまでに帰ることは十分可能だった。
続
************************************************京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月