「参ったね」
それはこの男の口癖だ。
「いや、ほんと。参ったね」
どこかで桃の花でも見ながら一杯やろうと町を徘徊していた時。
今時珍しく最上級の町駕籠、宝泉寺駕籠(
ほうせんじかご)を見かけたのだ。
「へえ…」
今日は桃の節句。
こんな日に籠で出かけるなんて未婚の娘に違いない。
京楽の興味をそそるには十分だった。
籠の傍には若い男が付き添っている。
身なりからして籠の中の娘と同年代、同等の身分か。
と言うことは娘というよりまだ子供かも知れないなと、期待せずに踵を返そうとした時だった。
その時籠が静かに下ろされ、男が女に手を差し伸べるのが見えた。
「ちょっと、顔だけは拝んでおこうかな」
捻った体をそのままに、京楽は動けなくなった。
1
男の手に導かれて現れたのは
おひなさま
京楽の頭の中では雪洞(ボンボリ)に明かりが点いて
街中にもかかわらず、お内裏様とお雛様が二人並んで澄ましていた。
「………………」
娘が歩きたいと無理に頼んだらしく、決して手を離さないようにと男が念を押している。
娘の髪はそれは長く美しく地を這う長さで、着物の裾を持つお付の者は御髪も庇っている。
二人はすぐ目の前の料亭まで、ゆっくりゆっくりと歩む。
ようやく入り口まで来た娘は桃の枝を触りたいと手を伸ばす。
しかし娘の着物の裾を持つ者達のことも考えてやってくれと理由をこじつけ、男は料亭の中へと導いた。
2
あれはどう見ても貴族。
それも上級も上級
最上級。
なのに、どうしてボクが知らないんだろう。
あのぐらいの年頃なら、見知らなくともだいたい何処の姫君かは想像に難くないのに。
どうやら男のほうが若いらしい。
雰囲気といい、よく似た顔立ち。姉弟で、そろそろ成人する娘のいる貴族………。
「…?」
籠の者やお付の者が姿を消して程無く、形影相伴う男女が現れた。
これまた先程の二人を思い起こす、明らかなる夫婦が料亭の中へ。
京楽は高級料亭の前で耳を欹(
そばだ)てた。
女将が寿(
ことほ)ぎの言葉を述べた
その後に――――
「どうぞこちらへ―――――
天宝院ご夫妻」
天宝院!?
あの、天衣無縫の
天宝院!?
京楽は驚きを隠せなかった。
3
天宝院と言えば当主が破天荒な性格でとかく貴族の間でも煙たがられているが、
死神としての手腕は文句なく、明らかに十指に入る名門貴族と噂されている。
それを厭味まじりに
『天衣無縫の
天宝院』
と誰からともなく呼ぶようになった。
「此処なら、あの部屋で会食するだろうね」
京楽は‘あの部屋’が覗ける別の料亭へと向かった。
「桃の花より珍しい、花見酒と行くかぁ!」
4
酔狂にも程があると、
京楽が反省するには遅すぎた。
先程の若い男女は甘酒で乾杯して、はしゃいでいる。
姉はほんの二口で酔ったらしく、蝶のようにひらひらと弟をかわしながら部屋の中で舞っている。
時折柵から身を乗り出しては慌てた弟に止められ、または夫婦の背後に隠れてみたりと、あどけない振る舞い三昧。
姉の御髪が波打ち、振袖がしなり、宙を舞っているかのような足取り。
「―――姉(
ねぇ)!」
いい加減に……と姉に敵わぬ弟の声が聞こえる。
「参ったね」
それは京楽の口癖だ。
二十畳程度の狭い部屋をひらひらと舞う姉を、弟は真剣に追いかけても捕まえられないらしい。
「いや、ほんと。参ったね」
猪口の中の酒を飲み干した。
「あれより上って言ったらもう……山じいぐらいじゃないの?」
5
ひらひらと音もなく舞う瞬歩
それも外出着とはいえ
十二単衣並みに着込んだ正装で。
ボクは何時になったら、あのコの瞬歩に追いつけるかなぁ。
父親の鶴の一声が聞こえた。
「
さくら、
武礼!いい加減にせぬかっ」
家族団欒の宴が始まる合図だった。
6
護廷十三隊入隊式
それは満開まであとわずかの、桜の咲き乱れる日。
京楽は山じいの子守唄では寝ることも叶わず欠伸を噛み殺した。
その後が漸くお待ちかねの、本日最大のお楽しみの時間。
名字順に並んでいるこの花園から、一輪の花がボクらの前に現れるんだよねぇと京楽は首を動かした。
「
天宝院武礼、
天宝院さくら、前へ」
な…何だって――――?
花園から進み出でたその姿に思わず息を呑んだ。
しかし動揺を悟られたくない京楽は
「あれ、お雛様じゃなーい!」
とおどけてみせた。
「…双子か?」
京楽の腰の高さから呟く声に、いやあ違うよと思いながらも黙っている。
「これは何とも珍しいネ」
双子じゃあないよ。
年は近いだろうけどね。
7
そして 見事に揃った
ユニゾンで
昔、京楽が習い事の最中
子守唄に聞いたやんごとない口調で宣誓を終えると、
二人は揃って一礼し右回りに背を向け、司会の誘導もなく理想どおりに元いた場所に戻った。
「参ったね」
また出逢っちゃったよ、お雛様。
桃の花が散ったから
もう逢えないと名残酒を飲んだっていうのに
桜が咲いたら―――
それが君だったなんて
もう、ほんと参ったね
→Writer's notE→→
************************************************京:いやぁ、漸く
さくらちゃんに会えたねえ~♪
京楽隊長が浮かれております。
京:そりゃそうだよ。
ずっと楽しみにしてたんだもの。
仲良くしてね、
さくらちゃん!
とのこと。
さくら様、今後ともよろしくお願いいたします。
天宝院さくらでした。
京楽隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月