「お帰り、
さくら姉」
日暮れまで妻と過ごした十四郎が
さくらを実家まで送り届けると、義弟が出迎えてくれた。
続けてお久しぶりです、と
武礼は十四郎に頭を下げる。
「それじゃあ、また明日な」
「あ、義兄上」
武礼は帰りかけた十四郎に父が待っていると告げ、家に上がるよう勧めた。
いささか帰宅が遅くなった件を言われるのかとも思ったが、
鏡月は
十五をかまいながら笑顔で迎えてくれた。
「十四郎殿。食事は済ませてきたのかのう?」
「いいえ。それにしては遅くなり、申し訳ないのですが…」
謝り始めた十四郎を軽くあしらうと、夕食も相伴せぬかと誘った。
断る理由など無く、十四郎がお言葉に甘えますと言い終えるや否や
十五は
鏡月の膝から下りると駆け寄ってきた。
「とと様、きゃーえり。かか様、きゃーえり」
「ただいま、
十五」
ここ数カ月、
十五が両親揃って会えたのは数える程度で、それも
天宝院家では初めてのことだった。
その所為か
十五が、いつもよりはしゃいで見える。
1
武礼とくすぐり合いっこをしたり十四郎に肩車をしてもらったりと、
十五が男性陣にかまわれている間に
さくらは
はるかと姿を消した。
二人が何をしていたのかは、食事の時に知った。
さくら達は
黒糖饅頭を作っていたのだ。
自分の分を早々に食べ終えると、
十五は父の目の前にきちんと座り直して手を広げた。
「とと様、ちょーだい」
「俺の分をか? んー。
十五、父さんも食べたいんだが…?」
「ちょーだい!ちょーだい!」
十四郎の為に作ったのを知ってか知らずか、
黒糖饅頭を
十五に強請られる。
「じゃあ、半分こな」
「じぇーんぶ、ちょーだい」
「それはないだろうー」
結局、十四郎は一口も口にできずに美味しそうに頬張る
十五を眺める。
「美味いかー?
十五」
十四郎の膝に乗ったまま口を動かしている息子に微笑んで尋ねるものの、取り返されると思っているのか
十五は父に見られないようにして食べ終えようとする。
「ゆっくり食べてい…い」
十五に話しかけている途中に、
さくらがそっと十四郎を突いた。
何だ?と尋ねられる前に、
さくらは十四郎の目の前に
黒糖饅頭を差し出して見せる。
十五に気付かれないように、十四郎に食べさせてやろうというのだ。
2
妻の両親の目の前で…とためらっていると、
鏡月が儂も食べさせてくれと
はるかに強請り「大きな赤ちゃんですこと…」と言いながらも義母も
黒糖饅頭を手にする。
鏡月は十四郎に遠慮するなと言いたかったのだろうが、目の当たりにした夫婦の睦まじい姿はその思いやりを越え、
さくらが訴えるとおり夫婦仲を見せつけるようだ。
十四郎はどちらがより"妻"を愛しているかの競争に負けたような…それでいて悔しさよりも羨望の気持ちがこみ上げてきた。
さくらを見れば思いは同じのようで、しかも母と張り合うつもりらしい。
これはあなたに食べて欲しくて作ったのと語る眼差しの中に、こっそり十四郎に伝えた気持ちが潜んでいる。
「私だって…十四郎様のこと、愛してるんですからねっ」さくらの愛情表現は変わらず慎ましやかだが、あの告白を聞いた今は誘惑に似た色気のようなものを感じてしまう。
少し首をかしげて、零さぬように口許に運んでくれる指先も艶めかしい。
十五に気付かれぬよう「美味しい?」と声を出さず唇だけで尋ねる
さくらに、十四郎は頷くのが精いっぱいだった。
3
そんなことは全く知らぬ
十五が
黒糖饅頭を食べ終えると両親を見上げ、二人に話しかけた。
「かか?」
「はぁい?」
「とっと?」
「何だ、
十五?」
そして十四郎の膝と触れあうように隣に座り、
さくらの手を握ると満足げな息を吐く。
「……
十五」
両親が揃っているのが嬉しいと拙い言葉と笑顔で告げる
十五に、
さくらも十四郎も顔を見合わせて苦笑した。
こうして
十五が離れなかったのもあるが、そのまま十四郎は
天宝院家に泊まることになった。
「
十五…よほど嬉しかったんだな」
二人の手を握り締めたまま眠りに就いた
十五から、十四郎の視線が
さくらに流れる。
「ありがとう、
さくら」
しかし何の礼を言われたのかわからない
さくらが沈黙を保ったので、十四郎は続けた。
「お前が頑張ってくれたおかげで、すぐにまたこうして三人で暮らせる…」
「十四郎様…」
護廷十三隊最重要任務を担うことに、
さくらも誇りはあった。
しかし幼い子供のいる身でもある。
正直なところ、いささか完成が早まった程度で夫に感謝されるとは思ってもみなかった。
4
「十四郎様は…私が、この任を請け負わなければ…と、思ったことはありません……?」
「まさかっ。そりゃ、俺が替われるものなら替わりたかったが、これはお前でなければできん仕事だ」
十四郎は即答した。
「
さくら。お前が任務をこなしながら、どれほど
十五や俺を想ってくれているか…わかっているつもりだ」
「十……」
繋いでいるのは
十五の手なのに、十四郎の気持ちが流れ込んでくる。
共に居られない寂しさは嘘ではない。
だがこれほどの任務をこなす誇りも
協力してくれる家族への感謝も
全て わかってくれている。
十四郎と繋がっている。
離れていたのはこの身だけ
同じ気持ちで繋がっていた……。
十四郎の言葉と眼差しに、
さくらはそう感じずにはいられなかった。
5
「
十五も少しは月日が理解できるようになったからな。これだけ完成が早まったと知ったら、大喜びするぞ」
十四郎の視線が再び息子に戻ると白い髪が流れた。
「双極を…どうしても、十四郎様のお誕生日までには完成させたかったんです」
「―――そうか。ありがとう、な……」
さくらがさらりと言った内容に平静を装ったが、内心十四郎は驚いていた。
最初から年内という見通しだったが、早まった完成予定日から十四郎の誕生日まで一月以上も間がある。
確かに斬魄刀作りに換算すれば数千年を要する双極を僅か数ヶ月で創り上げるという話なのだから、それが一月二月早まったところで驚くほどのことはないのかもしれない。
だが………。
「本当に…無理、してないか?」
十五の先に見える
さくらの幼くあどけない寝顔に
十四郎は独り、呟いた。
6
翌朝。
十四郎は布団を抜け出すと姿を消した。
挨拶もなしに護廷十三隊に戻ったのかと思いきや、暫くすると花を一輪携えて帰ってきた。
「今日は白い花にしたんだ。ホラ」
「ありがとう、ございます……」
起きぬけの
さくらは「一緒に過ごした朝ぐらい花を贈らなくてもいいのに…」という言葉を呑み込んだ。
呑み込んだというよりも十四郎の笑顔を見たら、ただ受け取ることしかできなかったのだが。
しかし十四郎が律儀なのもそこまで。
朝食が済んでも
さくらの隣でにこにこと話しかけ、護廷十三隊に戻る気配はない夫に、とうとう
さくらが背中を押して門の外へと追い出した。
「酷いぞー、
さくら」
「お仕事に戻らない十四郎様が悪いんです!」
当人達は本気で口論しているつもりらしいが、周囲には仲良くじゃれあっているだけに見える。
「お前が居ないと、張り合いがない」
とびっきりの笑顔で甘える十四郎に一瞬怯んだが、
さくらにふと妙案が浮かんだらしい。
「十四郎様。お願いがあるのですが…」
「いいぞ」
どんな用事かを訊く前に、十四郎は快諾した。
7
浮竹は護廷十三隊に戻ると、まずは四番隊に向かった。
「あら、浮竹隊長…」
卯ノ花は突然隊首室に現れた浮竹を、驚きを隠さずに迎え入れる。
「昨日
さくらに竜胆を贈ったんだ。それで、卯ノ花にもと言われてな」
さくらに頼まれた竜胆の花束を、浮竹は卯ノ花に差し出した。
「まあ、私にですか?ありがとうございます」
「卯ノ花にも負担をかけているからな。せめてもの詫びだそうだ」
「お詫びだなんて。
さくらも任務なのですから、気を遣わずともよろしいのに…」
そう言いながらも卯ノ花は喜んでくれた。
やはり女性は花を贈られると嬉しいんだな…と竜胆を手に微笑む卯ノ花を、浮竹は眺める。
「…竜胆が卯ノ花にも
さくらにも似合うのは、四番隊の隊花だからかな」
誉め言葉として言っているであろう浮竹に、卯ノ花は申し訳なさそうに説明した。
「浮竹隊長。ご存じないかもしれませんが四番隊の隊花は『悲しんでいるあなたが好き』という意味なのです…」
「知ってる。だがこの真っ直ぐな姿といい瑞々しい色ながらどこか落ち着いた雰囲気といい…卯ノ花にも
さくらにも、それに四番隊にも相応しい花だと思う」
浮竹の返答に、わかっているならいいと言うように卯ノ花は頷くと
「竜胆の花言葉は他にもあるのですよ。たとえば『貞淑』『的確』『誠実』…」
と、いかにも卯ノ花や
さくらに相応しい意味を挙げ始めた。
それを浮竹が微笑ましく聞いていると
「それに『強い正義感』『確実な勝利』……」
最後に意外な花言葉が卯ノ花の口から零れた。
「………正義…。勝利……」
釣鐘型の奥ゆかしい雰囲気がありながら、鮮やかでまっすぐで若さと強さを感じさせる竜胆。
最初は正義や勝利というだけでなくそれを強調するのを意外に感じた。
だが見れば見るほど、次第にどれも竜胆に相応しい花言葉に思えてきた。
8
次の日。
十四郎は竜胆に後ろ髪を引かれながらも薄桃色の花を選んだ。
さくらは今日も喜んで花を受け取ってくれた。
長居しようとすればまた
さくらをむくれさせるだろうと、今日は素直に帰ろうとした十四郎だったが
「あの…十四郎様。よろしければ一緒にお食事なさって行きません?」
今朝は
さくらに引きとめられた。
「ああ、喜んで」
一昨日までは門前払いだったのに……と妻の不器用さに呆れるやら可愛いやらで十四郎の口許は緩んだが、
さくらにはいつもの笑顔に映ったことだろう。
義父は融通の利く性格のようであるから、
はるかに似たのであろうか。
そんなことを考えていると義母も挨拶に現れた。
「おはようございます、浮竹隊長」
はるかは未だに十四郎を隊長と呼ぶので、つい
さくらが名前で呼び慣れなかった頃を思い出してしまう。
「おはようございます。今朝も相伴させていただきます」
今日は
鏡月の姿はなく
十五も寝ており、
はるかと三人で朝食を共にした。
食事を済ませた十四郎は明日も
さくらが朝食に誘ってくれるよう、素直に門へと向かった。
「それじゃあ
さくら、また明日な…」
さくらが四番隊に勤務する日はまだ先だ。
名残惜しいが本日も双極創りに専念する妻にいつもの別れの言葉を告げる。
だが今朝の
さくらはいつもとは違い、母と夫の出仕を元気よく見送った。
「…十四郎様、お母様、行ってらっしゃいませ!」
「…ああ、行ってくる」
この様子だと、夕方に十四郎が食事を相伴したいと訪れても追い返されはしないだろう。
9
さくらの姿が小さくなると娘の変わり様を
はるかが笑ったので、十四郎も
さくららしいと好ましく受け止めていることを話した。
「でも、あの子…自分では気づいていないんですよ?」
まだ口許に手をやったまま、
はるかが困ったように語った。
「
さくらにとって変わっていくことは勇気のいることですし、人に知られると意識してしまうようだから…言わぬが花です」
娘の性格を十分に理解してくれている十四郎に、
はるかはゆっくりと目を細めて同意した。
それから話題は今朝の天気となり、季節の話に移り、年末年始の予定へと進んだ。
「…双極の完成は年内と伺っていましたが、まさかこれほど早く目処が立つとは思いもいませんでした」
「山本総隊長に告げた年内とは十二月下旬ですが、ある日主人が浮竹隊長のお誕生日に十分間に合うと、順調な
さくらを褒めたのです。すると、あの子は今まで以上の力を発揮したのですよ」
「それでは…
さくらはやはり、無理を………」
険しい顔になった十四郎に、
はるかはゆっくりと首を横に振ってみせた。
「無理をしたのではありません。明確な期限を目標にすることで、あの子は格段に力を増したのです。更にはそれまで以上に疲労を見せることなく、本当に楽しそうに家宝刀を揮(ふる)って…」
「それは、その…?」
さくらの能力は
天宝院家の者の中でも特殊だと薄々察している十四郎は、義母の具体的な説明を期待した。
「
さくらもいつの間にか、四番隊で鍛えられたのでしょうね…」
しかし十四郎に心配をさせたと思ったのか、
はるかは言葉を濁した。
10
「……以前。俺は断界に呑まれかけたことがあります」
十四郎はあの時
さくらの身に起こった事実を決して口外せぬ、
さくら自身にも問い質さぬと
武礼に約束している。
「あの到底有り得ない状況下で、俺は何者かに護られました。無傷で、しかも部下も無事に……」
十四郎の見る限り、
はるかの表情は変わらなかった。
「…俺はそれをずっと、ただ一人の者に助けられたと思っていました。ですが、あらゆる能力を持つ者が力を合わせて救ってくれたのだとしたら…合点が行かないでもない」
「………」
はるかには十四郎が何を言いたいのかわからないのだろう。視線を落したまま黙々と歩き続けた。
「
さくらも…また、貴女やお義父上、
武礼らに助けられ、力を発揮できたのかもしれない…」
"それ"はたとえ話であって
さくらに助けられたという意味ではないと知ると、
はるかは漸く顔を上げた。
「昨日卯ノ花が、竜胆は群生しない花だと教えてくれたんです。ですが俺が
さくらに贈った竜胆はいくつもの蕾をつけていた。一本の茎に、いくつもの蕾をしっかりと……」
また十四郎の言いたいことがわからなくなったのか、
はるかは沈黙を続けた。
「群れることなく、多くの蕾をつけ力強く咲く竜胆は、
天宝院家の姿そのものです…」
あの花は
さくらだけではない。
卯ノ花だけでも四番隊だけでもない。
多くの者が信念と強い正義の下、確かな勝利に突き進む姿。
護廷十三隊がそうあらねばならない。
あるべき姿を竜胆に
そしてしとやかな女性達に見た十四郎は
今朝も
天宝院家の家紋花が見ている空を臨んだ。
fin*
************************************************私の中で、浮竹隊長は優しいけど亭主関白なイメージ。
ですが竜胆の花言葉を受け入れることで、芯の強い女性を認めるというのか…守っているつもりでも時にたおやかな女性に守られている自分に、しっかりせねばと奮起する姿を書きたかったのです。
天宝院家の家紋花には『正義と共に勝利を確信する』という意味があります。
タイトルはこれを英語に訳しただけ。それも翻訳サイトに頼ったので、いい訳があれば教えてくださいませ。
イメージが一番近い家紋は『丸に笹竜胆』の竜胆です。
これが石川氏の家紋と知り、浮竹隊長のお声のあの方を即座に思い浮かべたのは言うまでもありません。
2010.03.20
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月