十四郎に「邸に行こう」と言われた時、
さくらの鼓動は早まった。
この時十四郎の言った邸とは実家でなく
さくらの私邸でもなく、父の与えてくれた十四郎専用の私邸だったからだ。
十四郎は普段、この邸を利用しようとはしなかった。
十三番隊の宿舎も隊舎もあり利用する機会がないのは事実だが、やはり一番の理由は己で建てた邸ではないからなのだろうと
さくらも薄々感じてはいた。
だからこそ、義父から貰った邸は子供にそっくり譲るつもりで十四郎が大切にしているとまでは知らなかったが。
兎も角、そのような邸に十四郎自らが
さくらを誘ったのだ。
もしや体調が急変したのではないか…と、
さくらが夫の身を案じたのは致し方ないことだった。
だが、邸に着くと十四郎の背中を見ていても鼻歌が聞こえてきそうなほど機嫌がいいのは明らかだ。
さくらは一人心配して、悪い方へ考え過ぎていたことに漸く気付いた。
1
「あのう…十四郎様?」
「うん?」
振り向いた夫の、嬉しそうな表情。
「何故、此処に?」
その柔らかな眼差しに、体調は大丈夫だと確信を持って理由を尋ねられた。
「…ああ。此処が一番近かったからな」
「……………」
その程度の理由で大切にしている邸に赴く十四郎が理解できなかったが、夫は時折空を見上げて太陽と相談して部屋を選んでいるようで、何がしたいのか
さくらにはさっぱりわからなかった。
「この部屋がいいだろう」
障子を全開にすると、午後の日差しが畳に差し込んできた。
「どうした。座らないのか?」
見上げる夫に、日向ぼっこがしたかったのかと
さくらも隣に腰を下ろした。
さくらが座ると十四郎が膝でにじり寄り、そして……
ぽす…
十四郎は
さくらの膝に頬ずりするように顔を乗せた。
自分の上で広がる白い髪に
さくらが困惑していると、十四郎が仰向けになった。
2
「…お体が、優れなかった訳ではありませんよね?」
「ああ、全然」
寧ろ絶好調だと、言われるまでもない満足げな笑顔。
「では、何故横に…?」
それも私の膝の上でと思いながらも、それは言葉にしなかった。
「お前に膝枕して欲しかったんだ」
単刀直入。あっさり言われてしまった。
「…………」
「駄目か?」
駄目かと問うまでもない状況。それも
さくらが拒むはずもないことを承知で十四郎は尋ねる。
「…甘えん坊さん」
「いいじゃないかー」
全く退く気配なく、大きく目を見開いて妻を見上げる。
「毎日会っているとはいえ、肩も抱かせてくれないお前が悪い」
そうだろ?と笑みを含んだ目で十四郎は睨んでみせた。
3
「だって…、公衆の面前で…恥ずかしいでしょう?」
「俺達は夫婦だぞ?」
「人前で、恥ずかしいですってば!」
さくらは握りこぶしを作って力説した。
「お義父上とお義母上は、仲睦まじいじゃないか」
「お父様達は、人前で抱きあったりしませんもんっ」
今度は唇を尖らせてみせた。
「俺は、あんな夫婦になりたいのに。お前ときたら…」
「それは私の科白です。十四郎様は開けっ広げ過ぎるんです!」
暫く睨み合いが続き…
くす…っ
同時に、小さく吹き出した。
「ははっ、
さくらはやはりご両親の姿が理想か」
「当たり前ですぅ~」
さくらが、ぷんっとむくれて顔を背けた。
「そうだろうとは、思った…」
膨らんだ頬を十四郎の指先がつんと押すと、簡単に萎んだ。
4
「お義父上は膝枕なんて、してもらわないのか?」
「…そうですね。どちらかというとお母様が、お父様の膝に頬を乗せてまどろんだり…」
「あの、お義母上がか…?」
驚いている十四郎に、
さくらは「ええ」と微笑んだ。
いささか童顔な義母だが夫に、それも子供の前で甘える姿は十四郎には想像しがたかった。
「というより、お父様が私達を寄せ付けないんです。まるで見せびらかすようにお母様を愛でて…。
その時ばかりは、
武礼と私は蚊帳の外―――――…」
寂しいと言いたいらしいが言葉とは裏腹に羨ましいというように、
さくらは目を閉じる。
「…よしっ」
十四郎は身を起こすと、膝枕をしてやると言った。
「……え?」
「ご両親が理想なんだろ?」
ほらと膝を差し出されるが、両親の姿に憧れるものの、十四郎の膝枕で寝るのとは違う気がする。
5
「いいから。試してみよう」
半ば強引に頭を下げさせられ、十四郎に膝枕をしてもらったが…
「首が痛いです」
さくらはどうにもしっくり来なくて、すぐに身を起こした。
「駄目か?」
「お父様は胡坐ですが…」
「よし!」
多分、そういう問題ではないと思いますと告げる前に十四郎は胡坐を掻いてしまった。
そしてまた寝てみろと催促をする。
「こっちのほうが、寝にくいです…」
予想通り、やはり寝心地は良くなかった。
「んー。…何が、違うんだろうな……?」
喜んでもらえないことを残念がっている夫に、
さくらも申し訳ない気持ちになってきた。
「でも…私は膝枕をしてもらうより、十四郎様に抱っこしてもらうほうが落ち着きます…ね」
「…抱っこって―――」
これのことか?と、妻を抱き寄せた。
「はい……」
6
十四郎の腕の中は陽だまりが似合った。
似合うというより、暖かなお日様そのもののようなぬくもり。
ほっこり、包まれる安心感。
何より素朴で飾らぬ抱き方が、彼の心を伝えてくれる。
「そうか……。
さくらは、こうしてると落ち着くのか…」
俺もだ、と微笑んで告げる時に動く喉仏。そして白い髪。
その、どれもが
さくらのときめきと安心感を作り上げていた。
暫くすると、十四郎は髪に口付けるように顔を近づけてくる。
頬ずりしながら髪の香りを楽しんでいることは、十四郎の表情が見えない
さくらは知らない。
それから、不意に
「愛してるからな」
雰囲気とか間とかお構い無しに、気持ちを告白する。
そんなところまでが、
さくらを満たしているとは全く自覚していないのが十四郎らしい。
「お前にとって、俺は理想の夫じゃないかもしれんが…この気持ちだけは、絶対に誰にも負けん」
近すぎる距離で眉根に力を込めて訴える。
「――――…」
あまりにもまっすぐ過ぎる夫の気持ちに目を合わせられず、
さくらは戸惑う…。
7
「どうした?」
普段、甘い囁きなど決してできない性格の癖に、どうして時折聞かされた方が赤面するような言葉をさらりと言ってのけられるのか。
「な…んでも、ありません……」
逸った鼓動を聞かれたくなくて、その腕の中から
さくらは抜け出た。
「さ、十四郎様…」
もう一度座り直し、膝を差し出す。
照れた
さくらに気付いているのかいないのか、十四郎は素直に再び横になった。
白い髪を弄っていると、段々と十四郎の瞬きの回数が多くなり閉じている時間が長くなり―――――。
「………寝ちゃいました? 十四郎、様…?」
起こさぬ程度の小さな声で問うてみるが、返事はない。
心地よく意識を失いかけていた十四郎は妻の囁きに反応できなかったのだ。
それでも、「何だ?」と尋ね返そうとは努力した。
8
さくらは体から力の抜けた十四郎に、既に眠りに就いたと判断したらしい。
一度、深呼吸すると
先ほど言えなかった本音を、吐露した。
「私だって…十四郎様のこと、愛してるんですからねっ」
息の混じった小さな声。
精一杯声を抑えて夫にまっすぐな自分の気持ちを投げかけてみた。
「………」
十四郎は眠ってはいなかった。
だが、こっそり負けじと言い返すような
さくらが可愛くて
そして、聞かれたと知れたらきっと二度と言ってくれはしないだろうと考え細い指先で髪を梳いてくれる妻の、為すがまま…………。
「十四郎様―――
愛してます。
愛してます。
貴方を、愛してます。
でも、
いつもは言えない…の。
本当は私も貴方を愛してるって言いたいのに
貴方に微笑まれたら、私はそれだけで満たされるから……。
十四郎様…
貴方の笑顔は、ね
私を無条件に幸せにしてくれてるんですよ……?」
十四郎は笑みを湛えたまま、
さくらの告白を子守唄に眠りに就いた。
fin*
************************************************浮竹隊長、今年もお誕生日おめでとうございます!!
浮竹隊長には無条件降伏しちゃうよね~♪と妄想していて思いついたタイトル。
浮竹隊長を膝枕すべく、日々正座を鍛錬しているさくらでした。(笑)
2009.12.21
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月