庭に出ると、浮竹は穏やかな空に目を細めた。
「弁当、水筒、敷物、つまみ、酒……」
傍らで清音と仙太郎が持ち物を今一度確認する。
「よーし、準備はいいかー?」
浮竹の声が、十三番隊に響く。
「「「はい、隊長!」」」
今日はお花見。
十三番隊全員が参加する。
向かうは遥か以前に演習に出た地だ。
雑木林を抜けると最初に薄桃色の花が揺れ、次に桜の香りが出迎えてくれる。
十三番隊だけが知っている、絶好の花見場所だった。
1
「ちょっと、私の場所を取らないでよ!」
「なーに、言ってんだ。このハナクソ女がぁ。ここは俺様の場所だ」
「嘘おっしゃい!さっき…」
桜並木の間に敷物を敷いて弁当を配り始めると、先程まで息が合っていた仙太郎と清音の口喧嘩がやはりというべきか、また始まった。
「やれやれ…」
浮竹は暫く三席二人のやりとりを眺めていたが、諦めたらしい。
「それじゃあ弁当を広げるとするか」
浮竹が皆にそう言うと、慌てて三席らもはい!と揃って返事をした。
「あれ?俺だけ、弁当が違わないか?」
今日は無礼講の花見の席で、隊の皆と交流を深める。
…と、表向きは例年同様であった。
2
「まあいいじゃないですか、隊長」
「そうですよ、いただきましょう!」
「ん? ああ…」
なんだか皆が視線を合わせてくれない。
それでも弁当の注文間違いでもあって急いで追加したとかいう理由だろうと、浮竹も弁当に箸をつけた。
しかし一口飲み込み終えた浮竹の箸は、そこで止まった。
「これ…」
浮竹が重箱の中を凝視する。
「わかりましたか?やっぱり!」
「バカッ。隊長はまだ、何も言ってないわよ!」
「どういうことだ、これは…?」
驚きよりも些か怒ったような隊長の顔に、皆は早々にバラすことにした。
3
「だって隊長。もうお一人、肝心な方を呼び忘れてるから…」
「そうですよー」
「「「隊長の、大切な」」」
「「「「大好きな、あの女性(かた)を!!」」」」
風が浮竹の頬を撫でる。その風に導かれるように、浮竹の唇は自然と開いた。
「
さくら―――」
大当たり~!!
と、大騒ぎする隊士らは目に入らなかった。
ふんわりと背後から漂う桜とは異なる甘い香に、ドクンと浮竹の胸が高鳴る。
ゆっくりと振り返れば、其処には所在なさげに突っ立っている
さくらが居た。
4
「ほらね?隊長が
さくらさんの味を、わからないはずがないでしょー?」
「だから言ったじゃないですか。隊長は十三番隊の花見だからって、
さくらさんを誘うのを遠慮しただけですよ」
「ささ、座って座って」
浮竹が、
さくらの作った弁当だと気付いたら花見に参加するとでもいう賭けを、きっと強引にさせられたのだろう。
「オラー!退け、清音」
「何よ、アンタが隊長の隣に座んのがいけないんじゃないの!」
再び三席の言い合いが始まった中、隊士らに促され
さくらはおずおずと近づいてくる。
5
「
さくらにちょっかいかけるなって、言っただろうが…」
隊士達の余計なお世話に、浮竹は額を押さえた。
「もう、それは通用しませんよ?」
「そうそう。隊長と結ばれたなら、話は別です」
囃し立てる隊士らと対照的に、浮竹は項垂れる。
「あの…本当にごめんなさい。勝手に――」
浮竹の傍らで、
さくらはやはり来るべきではなかったと詫びる。
浮竹は申し訳なさそうな
さくらに、溜息をついた。
「全くだ。お前と二人っきりの花見を、楽しみにしてたのにな」
「「「えっ?」」」
お膳立てしたつもりの隊士らは皆、一様に驚いた。
6
「今度の俺の非番。邪魔するなよ?」
白い髪を揺らして部下に釘を刺すと、勿論です!と一斉に声が上がる。
それに満足したように、浮竹は
さくらを見上げた。
「…
さくら。此処へ座ってくれ」
そして手を取り自分の隣へ導き座らせた。
さくらが座ると、隊士が用意してあった弁当を渡す。
「それじゃあ、改めて」
帳尻の合った弁当を前に、浮竹が
さくらと目を合わせてから、手を合わせる。
「「「いただきます!」」」
十三番隊と
さくらの花見が始まった。
7
「
さくら…。今日は済まなかった」
さくらの弁当を平らげた浮竹は、茶を受け取ると隊士らの非礼を詫びた。
それに対し、
さくらは静かに首を振る。
「あいつら、お前の事となると妙にはしゃぐからな。
もし、また―――」
「嬉しかったです。その、お花見に誘ってもらえて…」
今度は浮竹を見詰めて大きく頭を振った。
「そうはいかん。こいつら、俺の
嫁さんに勝手なことばかり――」
浮竹はふんっ、と鼻を鳴らし隊士らを一瞥した。
8
「隊長、俺達散歩してきますんで…」
隊士らは、苦笑いやごまかし笑いを浮かべ、浮竹らの傍から離れていく。
「あの、皆さんもお茶…」
一人、二人と腰を上げる隊士らを、
さくらは引き止めた。
「ああ。あいつら、いつもこうなんだ」
しかし浮竹は当然のように隊士を見送ると、初めて十三番隊の花見に参加した
さくらに桜並木の向こうを指差した。
「この先に、桜の大木があってな。折れた枝が腐って弱っていたのを隊全員で世話して以来、年に一度はこうして様子を見に来てるんだ」
9
「何故…そこで、お花見をされないのですか?」
「弁当を広げたり騒いだりするのに、相応しい木とは思えなくてな。だからここに仲間を植えたんだ」
「この、桜並木…浮竹隊長が?」
「俺だけじゃない。十三番隊の隊士、全員が関わってる…」
そう――海燕と植え付けた桜も、今では見上げるほどに成長している。
この花見が何故、十三番隊挙げての行事なのか、
さくらは漸く知った。
「私、そんな大切な――」
そして誘われるままに参加した自分を悔いた。
「だからこそ、お前を呼びたかった。
さくらに俺達の桜を見せたかったんだ」
浮竹はうろたえる
さくらの頭に手をやり、話を続けた。
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「それに花が咲き終えた後には、肥料をやりに来てるんだ。お前にも付き合ってもらいたいんだが…いいか?」
「はい、勿論です。喜んで」
桜達の世話の手伝いを了承してくれた
さくらの頭を、浮竹の手がありがとうと撫ぜた。
「お礼を言うのは、私のほうです。隊長…」
「十四郎」
浮竹の手が下りてきて、
さくらの唇をそっとなぞる。
「………」
「まだ呼び慣れないかもしれんが、名前で呼んでくれ」
「はい。…十四郎、様」
さくらが照れながらもしっかりと目を見て呼んでくれたことに、浮竹は満足げだった。
「もう俺の部下の前だからって、無理して隊長と呼ぶことはないからな」
「無理は、していません」
うん?と浮竹の眉が動いた。
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「十四郎様は立派な十三番隊隊長です。私、十四郎様を隊長とお呼びできるのが嬉しいんです。だからこれからも隊長と呼ばせてください」
「オイオイ。それじゃあ俺は、いつまでもお前に隊長と呼ばれるのか?」
驚く浮竹を見て、
さくらは目を細めた。
「ふふ。お仕事以外では、お名前で呼ぶように努力します。十四郎様」
「ああ…。そうしてくれ」
悪戯っぽく笑う
さくらが殊の外愛おしくて、思わず抱き締めてしまいたくなったのをグッと堪えた。
「どうかなさいましたか?」
浮竹がそわそわしている理由がわからなくて、
さくらは首を傾げている。
「いや、何でもない…。
――そうだ。今から、その木を見に行くか?」
「はい、是非」
十三番隊で植えた桜並木は、弁当を広げた場所まででも十分に見応えのあるものだった。
更に目的の桜まではその倍以上の桜並木が植えられていて、この先の大木はそっとしておいてやってくれと願う浮竹の気持ちが延々と続いているかのようである。
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「見えてきたぞ…」
その桜の周囲には何もなく
悠然と根を下ろし、
さくらの何十倍もの年月を過ごしてきたのは明らかだった。
威厳があるにも拘らず淡い花びらが風に揺れる様は、まるで手招きされているかのようだ。
近づくと、益々その大きさに包容力を感じる。
「この、桜…」
浮竹の言ったとおり、人の目を愉しませる花木というよりも―――
「何だ?」
風雨に晒されようと傷付こうとも伸び伸びと枝葉を広げ、誰をも受け入れそして誰にでも好かれるであろうこの桜の木は、
さくらにとって浮竹そのものに見えた。
「私…何故、十三番隊の皆様がこの木を愛しむのか、わかる気がします…」
さくらはそっと、幹に触れた。
「そうか。
さくらもわかってくれるか」
子供みたいに嬉しそうな浮竹に、それは貴方に似ているからだと…
きっと隊士の誰もが思いながら口にしないのだと、
さくらもまた言葉にしなかった。
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「座ろうか」
浮竹は結構な距離だったろうと、
さくらを労い根元に腰を下ろした。
「十四郎様のおっしゃったとおりですね。この木は特別だって感じます。
…こんなに素敵なお花見に、十四郎様も十三番隊の皆さんも私を誘ってくださって、ありがとうございます」
さくらの言葉に満足してか、浮竹は大きく息をした。
それを見て
さくらは、浮竹は疲れたとでも思ったのだろう。
「……横に、なられますか?」
そう問いながら、少し浮竹から離れた。
浮竹がそのまま横になれば、頭は
さくらの膝の位置だ。
「ん…」
そろりと体を横たえていく。
少しずれれば
さくらに当たらぬように横になることも可能だったが、肘をつき肩を落とすと
さくらの両手が浮竹の下になった頬を支えてくれた。
導かれるままに、浮竹の頭は
さくらの膝の上に乗った。
はらりと白い髪が耳元から顔に落ちる。
さくらは浮竹の髪を梳いた。
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さくらの膝の上で聞く鳥のさえずりや風の音は、先程よりも豊かで
草の息吹も目の前に落ちる桜の花弁も包み込む芳香も、全てが浮竹達を祝福してくれている。
そう、思えた。
「気持ちいいな…」
浮竹は
さくらの膝の上で仰向けになった。
白い髪を広げた浮竹の上に、はらりはらりと桜の花びらが口付ける。
「風も心地良いですし、お天気にも恵まれましたしね」
さら、さら、と、白い川を流れる花びらを掬うように、
さくらは浮竹の髪を梳き続けた。
浮竹の目には、俯き加減に咲いた桜の花と静かに微笑む
さくら。
「…綺麗だ」
「本当…」
呟いた浮竹に、
さくらは桜を見上げた。
浮竹が見上げるその世界を、自分が占めているとは知らず……。
fin*
************************************************十三番隊の方々も気を利かせてこっそり帰ってしまわれてましたね。(^^;
オチらしいオチもなかったのですが、
さくら様と浮竹隊長にこんな時間がずっと続いてほしいなーっという思いの象徴ということで、お許しください。
リンクしていただいた渕羅様、今後ともよろしくお願い致します。
2009.05.06
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月