自分の髪を結って
結婚式を挙げる。
今時、そんな夢を描いている女の子のほうが少なかった。
腰まで伸ばしていた
さくらも然程憧れていたわけではない。
それどころか仕事の邪魔にならぬよう全部を編み込むか休みの日は弟の好みでサイドに流している
さくらは、目許で髪を揃えるのを酷く嫌がった。
理由は、十四郎も髪を切った姿を見てわかった。
綺麗に切りそろえられた前髪と、まっすぐ下ろした長い後ろ髪。
それはまるで子供みたいに
さくらを幼く見せた。
勿論、普段が地味でひっつめ髪だった落差もあるが。
1
さくらの母は童顔で、うっかり気を抜くと
さくらはその母親そっくりになる。
唯、
はるかはウェーブのかかった髪と目許のほくろが色気を醸し出している為
さくらのような幼さはなかった。
似合うから大丈夫と宥める母は
さくらの何百年後かの姿のようであり、必死で前髪を上げようとしたり分けている
さくらはいずれ娘が生まれれば…と十四郎の想像を駆り立てた。
「ほら、…ね?」
はるかが式の際の髪型に、軽く纏め上げて見せた。
確かに前髪があったほうが似合うし、殊更幼くも見えはしない。
2
さくらは鏡越しにちらと十四郎を見遣った。
「可愛いぞ」
そう言ってしまいたかったが、幼く見える自分を気にしている
さくらには褒め言葉にならない。
「…式が、楽しみだな」
親の手前、素直な愛情表現を見せるわけにもいかず、十四郎は想いを込めた微笑みを
さくらに捧げた。
十四郎の言葉に嘘はなかったし、男としてもあの場であれ以上の言葉をかけるわけにはいかなかった。
しかし
さくらには前髪を切ったことは相当なショックだったようである。
3
「………」
「………」
普段ならばなるべく浮竹の近くで処方する
さくらが
医薬品取扱専門詰所の調合室で殆どの作業を済ませ、薬袋に名を書きに出てきても背中を向け無言だった。
その日の
さくらは前髪をピンで無理矢理サイドに流して留めて、普段と変わらない髪形に近かった。
それでも当の本人からすれば我慢できないらしく、浮竹に少しでも見られたくないようだ。
薬包紙に包んだ薬を袋に入れ終わるとやや離れた位置に置き
「どうぞ」と言って浮竹に取ってもらおうとした。
「
さくら…」
隊長である浮竹に対してそんな不躾な真似ができるようにまでなったのは
さくらの成長の証でもあるが、恋人の顔を見たい浮竹にとっては寂しいものである。
4
自分の態度を咎められたと思った
さくらは、どうしても振り向かなければならないのかと言いたげに渋々浮竹のほうを向くと両腕を真っ直ぐ伸ばしてなるべく俯いて薬袋を差し出した。
「どうぞ。お受け取りください、浮竹隊長」
恥ずかしさから不機嫌な物言いになっている。
「
さくら。髪のことなら、いい加減に機嫌を直せ」
浮竹は差し出された薬袋を受け取ることなく恋人を宥める。
しかし
さくらは浮竹の手を取ると無理矢理その手に薬袋を乗せ、くるりと背中を向けるとさっさと調合室に篭ろうとした。
5
さくらが浮竹に別れの挨拶も見送りもせずに調合室の戸を閉めようとした瞬間
「
さくら!」
浮竹は戸を押し戻してしまった。
口をへの字に曲げて至近距離に立つ恋人…否、十三番隊隊長に
さくらも自分が公私混同していたことに気付いた。
「…申し訳、ありません。大変な失礼を――」
さくらが謝りかけると浮竹は「全くだ」と言って言葉を遮った。
そしてグイっと両手で顔を上げさせる。
さくらは一瞬打たれるのではないかと思い、ぎゅっと目を閉じた。
6
「……………」
しかし覚悟したようなことは起こらず、恐々目を開けると目の前には浮竹のアップ。
この距離で暫くの間澄んだ眼差しに捉えられていたのかと思うと一気に顔が熱くなり、浮竹の掌から逃れようともがいた。
ジタバタし出した
さくらを見て、浮竹は
さくらの頬を両手でヒョットコ顔に潰してしまった。
「ぃしゃあぁ…!!」
益々暴れる
さくらを浮竹は笑って見ている。
筋の張った浮竹の腕をバシバシ叩いて訴えたが、暫くは手を段違いに上げたり下げたり親指で頬っぺたをムニムニ押し潰されたりして遊ばれた。
7
「う、う、うぅ…」
散々顔を弄ばれ、浮竹を「浮竹隊長」より「十四郎様」と呼んだほうが明らかに多いとわかる頃、
さくらは浮竹の掌から漸く解放された。
酷い酷い酷い…。
さくらは揉みしだかれた顔を覆って泣きたい気分だった。
それなのに浮竹ときたら狭い調合室の
さくらが机に伏せる隣で椅子に座って恋人が再び顔を上げるのを待っている。
どれほど待っていても帰る様子のない浮竹に、仕方なく「御用はお済ですから、もうお帰りください」と
さくらが顔を隠したまま告げた。
「…まだ終わってないぞ?」
浮竹の声が耳の真上から降ってくる。
「――え?」
浮竹を見ると微かに微笑んでいるような澄ましているような、何か言いたそうな雰囲気だ。
8
「…まだ何か、ありましたか?」
もしかしたら冗談かもしれない。しかし本当に自分が忘れているだけできちんとした用かもしれないので、
さくらは浮竹に向き直ると背筋を伸ばして尋ねた。
「ああ」
浮竹の口許が綻ぶ。
「…何でしょうか?」
さくらが気を緩めずに問うと
「今日はまだ、
さくらの笑ったとこを見てない」
当たり前のようにそう言われた。
「…………………………それ、だけ です か……?」
さくらが浮竹の居留まる理由を確認する。
「ああ」
浮竹はにっこり笑顔で返事をした。
9
スックと立ち上がると
さくらは調合室の戸を開き
「どうぞお帰りください!」
浮竹を医薬品取扱専門詰所から追い出そうとした。
浮竹は体を捻って戸口を見遣ったが動こうとはしない。
「浮・竹・隊・長」
さくらの言葉も表情も、険しくなる。
「言っただろ?お前の笑った顔をまだ見てないと」
だから帰らん。と浮竹は腕を組む。
「ご冗談もいい加減になさってください!」
さくらにしては声を荒げたほうだ。
10
「冗談じゃない」
「隊長、度が過ぎた冗談では笑えませんよ?」
「だから、冗談じゃないと言ってるだろう」
「―――」
禅問答のように繰り返す言い合いに、
さくらは溜息をついた。
「何、馬鹿なことをおっしゃってるんですか」
さくらは呆れたようにそう言うと、戸口に凭れた。
「…馬鹿なことでも、冗談でもない。俺は本気だ」
顔なぞ見なくとも、恋人が真剣な眼差しで自分を見ているのが言葉から伝わってくる。
もう、それほどまでに浮竹は
さくらの心を占める相手となっていた。
11
「…いっつも笑顔でいようとしなくてもいいんだと、おっしゃった癖に―――」
さくらが小さく文句を言う。
「…ああ。泣いてもいい。怒ってもいい」
耳に届く、優しい声。
いくら結婚を間近に控えた間柄とはいえ、今は上官と部下。
それでも浮竹は常に温かく接してくれて、そのぬくもりに甘えそうになる。
「だったらどうして。今、笑わなきゃいけないんですか?」
意を決し、
さくらは唇に力を込めて浮竹と対峙した。
「―――もう、拗ねてる必要はないだろ?」
「……………」
叱られているのか、宥めてくれているのか、浮竹の表情からは心を読めなかった。
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「髪は女の命というが、少し前髪を揃えただけじゃないか。そりゃあ大切にしていた髪を切ったのは悲しかっただろうが、そんなに何日も拗ねるようなことか?」
「……………」
浮竹の問いかける内容もその眼差しも、正しかった。
浮竹は自身が
さくらとつり合わない年齢ではないかと懸念こそすれ、
さくらが幼く見えるのを気にしてはいない。
しかし
さくらからすれば浮竹の婚約者だとわかると常に年齢を問われ話題にされる為、少しでも浮竹に相応しく大人らしくありたかったのだった。
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確かに前髪を切った瞬間は、その気持ちに反した己の姿にショックを受けた。
しかし浮竹の言うとおりいつまでも引きずる事ではないし、結婚式の準備は全てといっても過言ではないほど
天宝院家の要望どおりに進められている。
前髪を切らねば引き継がれた伝統どおりの式を挙げられないのは
さくらも承知の上だった。
「…申し訳、ありません」
さくらが戸口で姿勢を正し、浮竹に頭を下げた。
「俺に謝る必要はない。ただ…」
浮竹がチョイチョイと手招きをする。
さくらが足許に身を屈めると、浮竹はそっと頬に触れて顔を上げさせた。
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「悲しい時は悲しい、嬉しいことは嬉しい、済んだことは済んだことだ。何時までも引きずるな。
それに、何より」
浮竹の指が前髪を留めたピンをなぞる。
「結婚の支度が調っていくってことは、お前が俺の嫁さんになってくれる日が近づいてるってことだ。
俺はそれが一番嬉しくて楽しみで仕方がない」
「――十四郎、様」
浮竹が自分の前髪のことなど露とも気にしていない。それどころか挙式が近づいている証拠だと喜んでいる様に――
拗ねていたのは…
十四郎様に幼く見られたくなかった、から。
でも
ちっぽけなことに囚われて拘って…
馬鹿だったなぁ。
それこそ一番
子供っぽいことじゃない……。
さくらがそう反省したのを知ってか知らずか…
「いひゃあああっ!やめひぇ、ひゅうひろーひゃまああぁ~!!!」
またしても浮竹は
さくらの萎れた表情を直そうと顔を揉みくちゃにした。
15
三月三日
浮竹十四郎と
天宝院さくらの婚礼の日。
桃の花は勿論
色とりどりの花が式場を飾り
そして……。
「花嫁様のお支度が調いましてございます」
十四郎の前に、瀞霊廷で最古正式な純白の花嫁姿の、
さくらが一歩 一歩
二人の距離を縮めていく。
真っ直ぐに切りそろえられた前髪と後ろ髪を下ろし、サイドの髪を高めの位置で纏めた射干玉(ヌバタマ)の黒髪と純白の婚礼衣裳。
さくらが目の前に来るまで瞬きもできずに見詰めることしかできなかった十四郎が、漸く椅子から立ち上がると「綺麗だ…」と微かに震える声でただそれだけを告げた。
それ以上の言葉を思いつかないほどに、
さくらの艶やかな唇も恥じらいに染まる頬も
ただ、ただ、心を打つだけで
息をするのがやっとのように十四郎は立ち尽くすしかできなかった。
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本当はもっと気の利いたことを言ってやりたかった。
寧ろ切り揃えた髪形は愛らしくて何とかしようと焦る様も可愛くて拗ねる姿も新鮮で、十四郎にとって今日の佳き日に華を添えることばかりだったこと。
そんな
さくらが朝日のように白く煌めく花嫁衣裳に身を包み、どうかと問いかける眼差しが今、どれほど心の琴線に触れているのか…。
それらを伝える言葉を持ち合わせていない自分がもどかしいばかりだった。
「
さくら、その………」
あの、その、何と言うかと歯切れも悪く頭を掻く様に、皆が
さくらの花嫁姿に浮き足立つ花婿の気持ちを解し
まずは落ち着きましょうかと介添人らに着席を勧められた。
二人が椅子に腰掛けると、目の前に最後に身に着けるものを差し出される。
「姫様はこちらを」
「花婿様はこちらを…」
侍女が
さくらにヴェールを見せ、介添人は十四郎に冠を差し出した。
「これをか?…本当に花の冠なんだな」
実際十四郎の白い髪には春めいた色とりどりの花は映えたのだが
「俺に似合わないぞ」
と嘆く十四郎に、
「お似合いですよ。そんなことで拗ねないでくださいね?」
さくらは微笑んで言い返した。
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頭に冠を載せられた自分の姿を鏡に映し、十四郎は暫くそれを眺めていた。
しかし冠を手にすると、侍女と話し込んでいる
さくらに被せた。
「十四郎様?」
「…やっぱり。
さくらのほうが似合うじゃないか」
髪を結っているうえに
さくらには少し大きい為、冠は頭にまっすぐには乗らなかった。
「私は花束を持ちますから、お花の冠は被らないんですよ」
「そうか?似合うと思うんだがな」
十四郎は
さくらが似合わないというのは傾いている所為かと冠を正してみたり髪を整えてやってみたりと、暫く一つの鏡を二人で覗き込んでいた。
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「やっぱり花冠は、十四郎様のほうがお似合いです」
もういくら前髪を十四郎に見られようと触れられようとも、
さくらは微笑んでいられた。
「それに花冠よりも素敵な…」
さくらの目線が鏡から外れる。
「―――そうだな。
さくらが花嫁では、どんな花も負けるか」
十四郎もまた鏡の中から視線を外し、
さくらを見た。
冠よりも素敵な花婿様がいると言おうとした
さくらは小さく笑うと、十四郎の頭にそれを戻した。
花冠を載せた
さくらの手はそのまま十四郎の白い髪をなぞり、そっと頬に触れたところで止まった。
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「…十四郎様」
「うん?」
さくらの指先は花の香りに染まっていた。
「ありがとうございます」
「…何がだ?」
さくらの指先から放つ香と唇から零れた言葉が十四郎を包み込む。
「私を――選んで、くださって…」
十四郎はまだ、
さくらに何も大切なことを伝えていないのを覚えていた。
それは
さくらに受け入れる余地がなかったからであり、いつでも告げたい想いだった。
「………
さくら」
選んだわけではない。
さくらを誰かと比べて選んだわけではない十四郎はそれを告げようとしたのだが
「花嫁、花婿殿のご準備はよろしいでしょうか?」
式の始まる時間となってしまった。
20
纏めた髪に繊細な織りの白いヴェールを留めた
さくらと花冠を載せた十四郎が手を取り合い立ち上がる。
桃の花は勿論
色とりどりの花が式場を飾り
そして……。
「行こう、
さくら」
「はい…」
二人が 今
共に
一歩を踏み出した。
fin*
************************************************今回一番書きたかったのは浮竹隊長+花冠なのはバレバレですね。
ピンクの花が似合うのは浮竹隊長ならではでしょーねー。
え、上級貴族でもトップクラスの挙式なのに質素ですって?
冠の土台は金銀パールで飾っております。^-^
お話は消化不良気味かもしれませんが『明待月』に続く為ですので、ご了承ください。
天宝院さくらでした。
2009.03.03
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月