意識の戻った
さくらが一番慌てたこと。
それは浮竹に全ての世話をしてもらっていたことだった。
「次は右な」
死覇装に袖を通すと襟を合わせ結んでもらい、袴を穿かされる。
未だに慣れなくて赤面するのだが、まだ自由に動かない体では浮竹に知れるほど頬は染まらず無表情に見えるだろう。
寝間着を脱がされそうになった時、
さくらにしてみれば大暴れして阻止しようとしたのだが浮竹には全く通じなかった。
何度かの瞬きと息遣いの変化に気付いてくれたのは母である。
しかし
さくらの気持ちを知っても、浮竹は「
十五の世話をするのと変わらんだろう」と着替えも入浴も“今まで通り”俺が手伝うと言って聞かなかった。
浮竹にしてみれば、自分の体調が悪い時に面倒を看てくれていた
さくらの面倒を看ることの何が悪いのかさっぱり分からない、といったところか。
気付いてくれた母とて、これだけ進んで介護してくれる夫に失礼だと浮竹の味方についたのだ。
自分が長い眠りに就いていたことを説明され、今まで全て夫にしてもらっていたと知った
さくらは顔から湯気が出そうだった。
そのおかげか、血色は一気に良くなり数日後には唸り声をあげられるようになったほどだ。
とは言え本来ならば悲鳴をあげたくとも、そこまで高い声も大きな声も出なかっただけだが。
1
声が出るようになって暫くすると言葉も話せるようになり、手足もある程度は動くようになった。
一方、
弦昇も
さくらの意識が戻った頃に目覚めていた。
弦昇のほうは体が機能し始めたのと同時に意識も戻ったが、今のところ二人の回復に差は無く、共に寝たきりで話せる程度だった。
首も腰も支えられるほど力が入らず、座ることができない。そんな
さくらを浮竹は自分に凭れさせ食べさせる。
夫が食べさせてくれるのはいいのだが、やっと飲み込んだかと思うと既に目の前には箸に乗ったご飯やらおかずが待ち構えている。
「もう、結構です。十四郎様…」
すらすらと言えないと、断ろうと口を開いたところに食べ物を入れられてしまうので、
さくらはこれが言いたいが為に頑張ったようなものだ。
「そうか…。明日はもう少し食べられるようになるといいな」
さくらがもういいと言えば、浮竹は無理強いはしない。
流動食から固形物。そして今では普通の食事を噛んで食べられるようになったとはいえ、今の体では食べ過ぎて負担をかけるのも心配だからだろう。
食事が済むとひとしきり、横にならされる。
まだ何があるかわからないので、半時以上時間を置いてから風呂に入るようにと卯ノ花に言われているのだ。
時に浮竹に腕枕をしてもらって過ごすこともあるが、たいていはその時間のうちに明日の用意や確認などを済ませに浮竹は部屋を出て行く。
2
「ほら、
さくら」
戻ってきた浮竹の首に腕を絡めれば抱き上げ、湯殿に連れて行ってくれる。
手足も動くようになってきたので泡立ててもらえればある程度は自分でも洗えるようにはなったが、やはり支えなしではいられないし髪を洗うことは到底できない。
髪の長い浮竹だから心得てくれていて、髪が絡まるような洗い方をされないのも助かっている。
この生活に慣れたわけではないが、断ろうにも断れるようになるまでに
さくらはあまりにも浮竹に世話になりすぎていた。
だから断ったところで今更なのだが、なるべく自分でやりたいと毎日のように頼んでいた。
その度に今のは痛かったか?強過ぎたか?と浮竹に気遣われ、益々申し訳なくなる。
それでとうとう、
さくらはずっと心に引っかかっていたことを告白した。
「十四郎様の…子供、みたいで―――イヤ…なんで、す」
すると傍らに座っていた浮竹は、寝かしつけた
さくらの顔を覆うように覗きこんだ。
「…俺は、子供扱いしたか?」
「……してないかもしれないけど…でも……」
毎日食べさせてもらい、髪や体を洗ってもらい、着替えさせてもらい、寝かせてもらい、起こしてもらう。
それだけではなく、手足のマッサージも関節の運動までも手伝ってもらっている自分が情けないと告げた。
3
だが浮竹はふうんと軽くあしらって「俺はこのままでもいいがな…」と、笑みを浮かべて
さくらの顔を眺める。
「…ずっと……私が…このままでも、いいのですか?」
漸く
さくらの気持ちを理解したようで、浮竹は少しだけ笑顔を控え気味にした。
「
さくら……お前があんなことになってから、俺には時間があった。あり過ぎたんだ……」
「…………?」
「…もう俺にとっての、最悪なんて時は過ぎた。そして、お前が考える心配事全てに答えられるほど、俺なりに…答えは出ている………」
「…たとえば……どんな…こと、ですか…?」
「…もし、これ以上お前が回復しなかったら…?回復したとて…四番隊に、復帰できなかったら…?とか、な」
「……」
さくらも薄々は考えていたことだ。
言葉にしてしまえば余計に不安になってしまうと口にしなかったことを浮竹が先に言葉にしてくれたことで、
さくらの気持ちは随分と救われた。
だが余計なことを言ったと浮竹は思ったのだろう。
「勿論楽しいこともいいことも考え尽した」
詫びる代わりにそう告げると、
さくらの髪を撫で始めた。
「これからのこと…今の気持ち――…何でも話してくれ。俺に言いたくなったらで、いい…。俺なりに答える。それがお前にしっくりこないなら、一緒に考えよう」
「十四郎様……?」
「大丈夫だとか心配するなとか、今のお前に言うのは無責任だと思う。だが…これだけは言える。俺は傍に居る。お前を守る。何があっても――――」
浮竹が言い終える前に
さくらは腕だけで抱きついた。
4
「…わかってます。十四郎様が…想って、くださってるのは…でも、だからこそ……」
「だから言ったろう?このままでもいい、と。それでは――…駄目、か?」
浮竹は問いかけながら、
さくらが楽な姿勢になるように大きな手で支えた。
敷布に
さくらを寝かせてもまだ腕を解かないので、浮竹は体重をかけないよう間近で
さくらを見下ろす恰好となる。
「……………」
返事をしないうえに自分を離さないのは、あれだけの言葉では不安なのだろうと、浮竹はゆっくりと再び口を開いた。
「…今、お前は笑ってくれるし話しかけてくれる。手足も動かせる。俺の望んだものは全て叶った。願った以上に、お前は回復してくれている。十分だ………」
「十四郎様……」
二人は無言で見詰め合っていたが、暫くすると浮竹は
さくらの腕からすり抜けるように上体を起こした。
「……今夜は…もう、寝よう。……………おやすみ…」
そう告げると、浮竹は立ちあがろうと片膝を立てたが……
―――ぎゅ…ぅ
立ちあがる前に、
さくらに袖を掴まれた。
5
「
さくら―――?」
引き留められた浮竹は、袖を掴んでいた指を解かせると手を繋いだ。
「どうした…。その…子供扱いしていないと言ったつもりだったんだが……あれでは答えになっていなかったか?」
夫が少し…変わったと感じた。
以前の浮竹ならばどうしたと問うても、
さくらの気持ちを推し量ることを言うことはなかった。
だがやはり、女心は理解できていないらしい。
さくらが黙ったままなのを眺めているだけだ。
「言葉で、無理なら………態度、で…も、いいです……」
「………」
そう言われてもどうすればいいのかわからず浮竹なりに思案しているうちに、
さくらに手を解かれてしまった。
「……もう、いいです」
「
さくら………」
「おやすみなさい」
そして布団を頭から被ってしまった。
「…
さくら。俺が独りで考えてもお前の気持ちはわからん。俺に何が足りないのか…言って、くれないか…?」
「…………」
敷布に手をつき
さくらを覗き込むとそろりと手が伸びてきて、浮竹の垂れた白い髪を掴んだ。
それをクイっと引っ張られる。
引っ張られるままに近づいていくと、瞳を滲ませた
さくらが掛け布団からそろりと顔を出した。
じっと見詰められる。
何か言うのかとただ待っている浮竹にしびれを切らしたのか、
さくらはまた腕を首に絡めてきた。
だが不自由な体になる以前から、浮竹の首筋に手を伸ばすことの多かった妻だ。
浮竹は何の違和感もなく、
さくらの為すがままに頭(こうべ)を垂れていった。
そして……唇が、触れ合った。
6
「
さくら――――…」
今にも泣き出しそうな
さくらが再び布団を被ると、きっと本当に泣き出したのだろう。
小さく布団がさざ波を立てた。
浮竹がそうっと掛け布団を捲ると抵抗はしないものの、首を精一杯動かして顔を背けている。
髪を掬い口付け、そのまま頬へと唇を移動させるがそれ以上は阻まれる。仕方なく、掌で顔をこちらへ向けさせた。
「
さくら…………。俺からも、いいか…?」
浮竹は、妻が少し変わったことに漸く気付いた。
だがそれを口にすれば素直に応えてくれるこの時を失うだけだから、そのまま妻の変化を唇で祝った。
何度も口付けてくれる夫に、
さくらも安心したのだろう。
「おやすみなさい、十四郎様…」
はにかみながらも微笑む
さくらが愛らしかった。こうなると離れたくなくなるのは浮竹のほうで、掛け布団を握る
さくらの手を名残惜しげに撫でる。
「…今度、俺の考え尽した楽しい事を聞いてくれるか?」
「はい。そうしたらきっと、不安もなくなります」
「じゃあひとつの不安につき二つ、楽しい事を語ろう。毎晩…」
さくらは浮竹の提案に大きく喜んでみせた。
妻は小さな喜びが毎日続くことに幸せを感じるのだと日記から悟っていた浮竹は、それを実行する機会を逃さなかった。
その日以来、言葉にできない…したくない小さな不安が過ぎると、
さくらは両手を開いて浮竹の首筋を求めてきた。
どうした?と尋ねることもなく、浮竹も微笑んで口付ける。
二人とも言葉にしても仕方のない不安は、二人で解決できるようになった。
7
それから数カ月すると首と腰にも力が入るようになり、
さくらはなんとか一人で座れる程度になった。
ここまでくると歩けそうなものだが、体を支えられるほど膝や足首は強くなってはいない。
僅かな距離なら這ったり尻をずらして動くこともできるが、移動というには程遠い。
これ以上、夫の手を煩わせぬよう一人で歩けるようになりたいのだが、壁に手をついて立ちあがることもできないのでは練習をすることすらままならなかった。
そんなある日、
さくらを預かるから代わりに
十五を暫く預かってくれと、浮竹は義父母から頼まれた。
実家にはよく帰っていたが
十五が居ると
さくらと親子水入らずで過ごせないのだろうと快く承諾し、
十五と入れ替わりに
武礼が
さくらを実家に連れて帰った。
二人が帰ってみると部屋に父の姿はなく、すぐに庭に案内された。
「父上、ただいま帰りました」
「何…なさってるの?お父様…」
庭には
さくらの肩の高さぐらいに棒が二本、平行して立てられていた。
今しがた完成したばかりのようで、振り返った
鏡月は口に咥えていた釘を金槌と共に工具箱に戻す。
「父上、これは…?」
「
さくらの歩行訓練になるかと思うての…。今夜は其方(ソチ)も泊まっていけるじゃろう?儂がやったことを覚えておいて、連休には儂の代わりに
さくらに付き添ってやってくれるかの?」
武礼にそう言いながら使用人から手拭いを受け取ると
鏡月は手を拭い、それから
さくらを貰い受けた。
「一人で座れるようになったと聞いておるが、どうじゃ?
さくら」
さくらは幼子をあやすように軽々と抱き上げられて、高い高いをされる。
「…うむ。首も腰もしっかりして来とる」
どうやらただの戯れではなく、
さくらの体の状態を知る為の行為だったようだ。
8
「末端の神経も回復して来ておると、
はるかが言うておった。後は負荷をかけ、筋を鍛えれば其方(ソチ)の手足も思うように動くじゃろう」
「お父様……」
抱き上げられた
さくらはそのまま庭に連れ出され、肩幅より少し広い棒の間に下ろされた。
足許に敷かれた布は意外と厚手で、これなら滑ることは無さそうだ。
「ほーれ、
さくらよ。あーんよは上ー手、お転ーびお下手♪」
鏡月はそう歌い、四つ手を叩いた。
さくらは些か高めの支えに掴まったまま、足を出そうとした。
「いかん、いかん。まずは手を前に出すのじゃ」
鏡月は手を置くべき場所を示す。
そっと手を伸ばしたが、支えに手を置くのがやっとで体を支えていられない。
「左手を伸ばすと同時に右足を、ここまで出してみい」
「…はい」
進めたのは半歩分もない距離でよろけただけのようなものだが、
さくらの体は僅かに前進した。
「今度はその逆じゃ。右手と左足…」
さくらが理解できると
鏡月は柵の終わりまで後退し、その場にしゃがんだ。
「ではもう一度。あーんよは上ー手、お転ーびお下手♪」
しかし独りになった
さくらは転びそうになる。
武礼も駆け寄ろうとしたが到底間に合わず、支えに掴まることも手で体をかばうこともできずに地面で顔を打つ矢先、
鏡月は娘を受け止めていた。
大した距離でないだけにスピードを出すのは難しいであろうに………。
9
「…ありがとう、お父様…」
「慌てることはない。手で支えるのが難しいのならば、肘をかけるようにしても良いからの。歩く時は儂の手拍子のとおり足を出すのじゃぞ」
さくらの身を起して支えに掴まらせると、また先程の場所に戻ってしゃがんだ。
「ほれ、
さくら。あーんよは上ー手、お転ーびお下手♪」
今度は父のゆっくりとした手拍子に合わせて足を運ぶ………。
一歩…
二歩、 三歩
四歩
五歩―――。
「ようやった」
しゃがんでいた
鏡月が、目の前の
さくらを抱き上げる。
「ようやった、ようやったのう、
さくら」
それはもう極上の笑みを浮かべ、
さくらを縁側に下ろすと頭を撫でてべた褒めした。
たった五歩。
だが父の言うとおりにすれば歩けた。
「まあ。もう
さくらは歩けたのですか?」
お茶を持ってきた
はるかは夫の声に状況を理解した。
「ほれ、
さくら。儂に凭れれば茶は自分で飲めるかのう?」
軽めの湯のみに少量のお茶。
はるかが気を利かせてくれたうえに
鏡月は背後から肘上を支えてくれているのだから、飲めないはずがない。
10
「茶菓子もどうじゃ?」
御褒美を与えるかのように、小さくした菓子を湯のみから唇の離れた
さくらに見せる。
「お父様。私、もう一度歩いてみたいです」
「おうおう、そうか、そうか。ではこれを食べ終えたら、の」
小さなこしあんの和菓子を八つにも分けたうちの一つだ。
さくらの口にすんなり含まれ、さらりと溶けるようになくなった。
「では、先程より少し長い距離にしようかの」
さくらを下ろした位置は先程のおよそ二倍。
鏡月は再び同じ位置の、支えの終わりにしゃがんだ。
「あーんよは上ー手、お転ーびお下手♪」
こうしてまた十歩。
さくらが歩けると何度も褒めて抱き上げ縁側に戻ってきた。
これを繰り返し、
さくらは四十歩を歩けるようになった。
「茶菓子も無うなってしもうたし、今日はここまでにしようかの」
どうして八等分だったのか、全くもって父のやることに無意味なことはない。
「お父様、もう少し練習したいです」
手すりの距離は、15m前後はあった。
つまりすり足で
さくらが歩けば五十歩ほどの距離になる。
聡い
さくらはあと十歩多く歩けるようになるのが目標だと思ったのだろう。
「明日はもう少し広い歩幅で歩けると良いのう」
しかし
鏡月は、あれはその為の長さだと言うようにやる気の残っている
さくらを抱き上げたので、
武礼も後に続いて部屋に入った。
11
家族団欒の間には椅子が置かれていた。
椅子と言っても座面が10cmほどの座椅子に近い。
正座ではなく、
さくらが足を伸ばして座れるようにというものであった。
流石にこれは父の手作りではなかったが、娘の為に特別に注文したものに違いない。
そこに座らせた
さくらの踵を持つと、
鏡月は掌の上でぽんぽんと跳ねるように上下させる。
さくらも
武礼も初めて聴く、ゆっくりとしたわらべ歌に合わせて
鏡月は左右の足を動かした。
二人で何度も歌い、足を上げ下げする。
もう、
さくらにもこれが足の運動であることはわかっていたから、焦らず父に従った。
「
さくら。良いかの?」
食事が終わって暫くすると、
鏡月は
さくらに腕相撲を嗾(けしか)けた。
無論そのままでは簡単に
鏡月が勝ってしまうので、
鏡月の手が卓に着く直前の状態からの勝負だ。
「ぅ、ふーっ!」
それでもびくともしない父の手に、
さくらは何度も挑んだ。
こうして遊びのような訓練を三日も続けていると、
さくらは一人でも楽に死覇装を着られるようになった。
大腿四頭筋なども発達してきて袴に足を通した後、膝立ちで帯も結べるようになったのだ。
鏡月の連休はこの三日間だけだったようで、後の二日を
武礼に手伝ってもらうように言うと仕事に戻って行った。
最後に母が二日、付き添ってくれた。
鏡月は
さくらを指導し、
武礼に協力させ、
はるかに細かな調整を頼んでいたのだろう。
12
一週間後
壁に手をついてはいるものの、
さくらが歩み寄ってくる姿に、迎えに来た浮竹が目を見張ったのも無理はない。
壁から手を離すと浮竹に手を広げて、おどけて倒れ込む余裕まであった。
「
さくら、お前―――……」
「お父様がね、歩く練習を手伝ってくださったの!」
まだ支えなしではゆっくり歩くことしかできないが、ある程度の間隔で掴まれる物があれば
さくらは移動に不自由しないほどになっていた。
「こんな…短期間で……。流石はお義父上と言うしか、ないな……」
「ふふっ」
驚きはしたものの、浮竹は妻の“成長”に素直に喜ぶ。
そんな二人が気付く由もなかったが、
はるかは疑問の残る眼差しで娘の様子を見守っていた。
それから数日後
父に歩行訓練を受けて以来初めての検査に向かった
さくらは戻らず、卯ノ花が浮竹の許へ検査結果だけを告げに来た。
「実は
さくらのことでお話があって参りました」
「
さくらの……。何でしょう?」
「はっきり申し上げて、
さくらの回復は目に見えて遅いのです」
「……遅い?まさか―――…」
「事実です。今まで比較すべきではないと思って申し上げませんでしたが、同じ状態に陥った
弦昇さんに比べて、
さくらの回復は明らかに遅すぎます」
まだ完全に思い通りには動けない
さくらに対し、
弦昇は既に元通りだと言うのだ。
今日の検査結果も踏まえて
はるか達と相談し、
さくらを隔離することにしたと卯ノ花は言った。
「待ってください。俺は寝込んでもいないし隊首業務を怠ってもいない。
さくらが傍に居て、何の支障も………」
「だからなのです」
「――――え?」
「いえ…。とにかく、
さくらの回復が遅い原因を特定しなければ」
「…う、その……卯ノ花隊長。暫くって、どのくらい…に……?」
「少なくとも一週間は様子を診させてもらえませえんでしょうか?」
少なくとも、ということはそれが二週間になり一ヶ月になる可能性もあるわけだ。
だが卯ノ花達とて意地悪く二人を引き離すつもりではないのは重々承知している。
「…………わかった。それで、
さくらが…良くなる、なら……」
浮竹は淋しさを堪え、同意した。
13
浮竹にとって、一週間は長かった。
「あと五日、か………」
さくらの面倒を看ながらできた仕事が、捗らない。
こんなことではいかんと首を振り自らに活を入れるが、昨日ぐらいから体が重く感じられる。
「…こほっ」
酷くはないが、咳も出始めた。
「くそっ、こんな―――ごほ、ごほっ」
四日目にはとうとう寝込んでしまった。
体が思うように動かないなど、いつ以来のことか……。
自分の為に雨乾堂に敷かれた布団に身を横たえているのが情けなくて、溜息をついた時だ。
「とお様。入っていい?」
息子が見舞いに来てくれたのかと思いきや、にこにこの笑顔でこう言った。
「とお様。かあ様、元気だよ!」
「……
十五。お前…母さんと会ったのか?」
「うん。お外には一緒に行けないけど、毎日ご挨拶しに来ていいって!」
「…………」
十五が会わせてもらえるならば自分も面会に行けばいいのかと、翌日なんとか起き上がれるようになった浮竹は四番隊に向かった。
しかし何の用事かと卯ノ花にしれっと尋ねられる。
「その…
さくら、は……」
「まだ最初にお約束した期限も来ていませんが?」
明らかに門前払いもいいところだった。
ここで
十五は会わせてもらえるのに、などとごねても仕方ないだろう。
14
「元気、なんだな?
さくらは……」
「ええ、勿論です」
せめて
さくらの情報を得たかったが、それすらも叶わぬようだ。
他に御用は?と卯ノ花に訊かれ、用意しておいた……実はここ数日体調が思わしくないことを浮竹は相談してみた。
もう、誰の…
さくら以外の処方した薬が効かないことは自分でもわかっていたのだが……。
しかしそれには卯ノ花も同情を示し、こちらで暫くお待ちくださいと詰所の一室に案内された。
「浮竹隊長、失礼します」
「お義母上…」
現れたのは
はるかで、手には薬袋を持っていた。
「お薬です。これであと二日、凌いでください」
あと二日。
はるかは浮竹にはっきりと期限を告げた。
約束どおり、最短の一週間後と――――。
「一体…何なんだ?」
十五が面会できて自分が面会できない理由が、理解できなかった。
だが明言を避けた卯ノ花に対し、義母はあと二日と口にした。
さくらの検査は一週間で終わらないのかもしれない。だが少なくとも二日後に、一度
さくらと会わせてくれるつもりだろう。
そう解釈した浮竹は、久方ぶりに白湯を用意してもらい薬を飲んだ。
「………………苦いな」
もう薬の味に驚くほど、長い間必要なかったというのに……。
残りの二日だけでも一週間の長さに感じられた。
15
「………あら…浮竹隊長。おはようございます…」
二日後
卯ノ花よりも早く四番隊隊舎前に居た浮竹は、小遣いを握り締めて駄菓子屋が開くのを待っていた子供のようだった。
その期待に応えるように、卯ノ花はなるべく簡潔に浮竹に説明をした。
「浮竹隊長は
さくらが仮死状態の間、何度も寝込まれていました。それにもかかわらず、
さくらの世話をし始めてから一度も寝込むどころか咳込んだところを私は見たことがありません…」
確かに卯ノ花の言うとおりだった。
「このことから、
さくらは僅かでも身体機能が回復した直後から、意識がないまま浮竹隊長のお体へ治癒の霊圧を送り続け、回復が遅れているのではないかと仮定してみました」
「俺に…
さくらが……?」
「本人がそのことを自覚し、物理的にも精神的にも浮竹隊長に想いを馳せないようにした結果……。
さくら、入りなさい」
卯ノ花が声をかけた扉に、浮竹はすぐに目をやった。
ゆっくりと開かれた扉に添えられた、細く白く美しく、まごうことなき上級貴族の姫君の指と手。
少し俯き加減ながらも背筋を伸ばし、
さくらは流れるような見事な足運びで浮竹に歩み寄った。
「以前からの成果もあったのでしょう。僅か一週間で、この通りです…」
そう告げると後はお二人でと言わんばかりに、卯ノ花は退室していった。
16
「その、ごめんなさい…。迷惑かけたくないと思っていたのに……」
逆に迷惑をかけていたと、
さくらはまず謝った。
「お前って、やつは――――…馬鹿だなあ……。本当に…」
体の前で重ねていた
さくらの手を取り、浮竹は呆れて呟いた。
「ごめんなさい、十四郎様……」
「だから、馬鹿だって言うんだ。お前が謝ることなんて、何もない」
初めて
さくらに出逢った時から、感じていた。
卯ノ花にさえ作れない薬を処方できて、断界での窮地を救ってくれて
崩玉を封印し、尸魂界も現世も護ってくれた
さくらが
まだ意識も戻らないうちから、自らの身体能力を犠牲にするほど霊力を使っていた程度のことに―――
浮竹が、驚くはずはなかった。
「
さくら…」
手を取ったまま浮竹は、いいか?と断る。
意味のわからなかった
さくらが小さく尋ね返した。
「抱きしめても、いいか?」
夫の頼み事に驚きはしたものの、
さくらは俯くように頷いた。
そうっとそうっと
さくらを包み込み――――、ゆっくりと力を入れていく。
浮竹の体に、
さくらのぬくもりがじんわり沁み込んでくるようだった。
「傍に居てくれ」
「…………」
「元気で―――お前が元気で、傍に居てくれさえすれば、俺はそれでいい…」
「――――はい。十四郎様……」
息苦しくなるほど抱きしめてくれる夫を、
さくらも精一杯抱きしめ返した。
17
あれから、季節は巡り
散り行く花を何度も見送った。
そして再び―――――。
「やだっ!」
「
十五!」
浮竹は
さくらの体調を気遣い息子を離そうとするのだが、
十五は朝から駄々をこねている。
「母さんはもう少し寝てないと駄目なんだ。無理を言うな」
「やだ、やだ、やだ!もうボク、我慢いっぱいしたもん!今日はかあ様と、一緒に遊ぶもん!」
その声に
さくらが目覚めぬはずがなかった。
寝床からではあったが、庭先の息子に声をかけてみる。
「
十五…おうちの中で遊ばない?」
「いーやー!お外で遊ぶんだもん!こんなにいいお天気なんだから、絶対おうちの中なんて、やだ!!」
「しかしな、
十五…」
「おはようございます、義兄上」
「………ああ、
武礼。…おはよう」
息子に気を取られていて、浮竹は義弟の訪問に気付かなかった。
ダッ…!
父の目が離れた一瞬の隙をついて
十五が
さくらの部屋へ上がろうとしたのを、
武礼が素早く回り込んで止めると前に屈んだ。
「
十五、おはよう」
「…おはよ、
ぶーおじちゃ………」
十五の声は沈んでいたが八つ当たりすることなく挨拶を返した。
すると小さな瞬きの後に微笑まれる。母の血縁である彼は仕草が
さくらと似ているからか、明らかに自分の行動を阻止されたのに
十五も不思議と腹は立たない。
武礼はもう少し自分に近寄るように言うと、
十五の手を取った。
「
十五、今日は俺と蹴鞠しないか?」
「――――けまり?」
「
武礼、
十五の為なら…」
武礼が気を利かせて面倒を看てくれるのだと思い、浮竹は断ろうとした。
18
「俺、非番で退屈なんです。だから一日、
十五を預かってもいいですか?」
「ホントにいいの?
武礼」
さくらが羽織り物を肩に掛け、庭に下りてきたのを見た
武礼が顔をしかめる。
「
さくら姉はまだ体が回復してないんだから。寝てないとダメだよ」
「
ぶーおじちゃ、けまりって何?男のあそび?」
「ああ、女の子の鞠つきとは違うんだ。面白いぞ。やってみるか?」
「やる―――…やる、やる!やってみたい!」
そう言うとあれほど母親と遊ぶと言い張っていた
十五は、
武礼の手を引っ張って外出してしまった。
恐らくは
武礼の私邸、鷹羽音邸 (たかはねのやかた)まで馬で連れて行ってもらうのだろう。
「やれやれ…
十五の奴。益々聞かん坊になったな……」
「仕方ありません。甘えたい盛りに私があんな状態だったし、今はまた―――」
「お前の所為じゃない。それに今回はあの時と理由(わけ)が違うんだ。
武礼が来てくれて助かったが、あまり甘えてばかりもいられんだろう」
「…でしたら、明日の非番は
十五(あの子)と過ごしてあげてくださいな。独りぼっちな気がして…淋しいんだと、思います……」
「そのほうがいいと、お前が言うのなら………」
「ふふ、私は本当に大丈夫。
アヤメらも居ますしね」
そう言うと
さくらのほうから手を広げて浮竹に抱きついた。
今では一日一輪の花を贈る代わりに、抱き合うのが日課となっている。
19
あれから…
さくらが完全に回復してから
[#da=1#]の中に新たな命が宿り、先日双子の男女に恵まれた。
「[#da=1#]――――」
何度も抱きしめる浮竹の気持ちは、言葉にせずとも伝わってくる。
きっと、出逢った時から……
あれから幾年月
過ぎたというのに
桜が散り行くあの日の気持ちのまま、夫(このひと)は変わっていない。
それが嬉しくて、夫の名を唇に乗せる。
「十四郎様…」
「ん?…ああ。もう、行かないと…な」
それでいて[#da=1#]の気持ちには疎くて、そんなところも変わらず愛おしい。
だから背中に回していた腕を浮竹の首に絡めて、[#da=1#]から伝える。
もしも………
運命というものが
あるのなら
感謝しよう
散り行く花も
季節が巡れば
再び
花 開くことに
何度も
この唇で、伝えよう。
愛しいあなたに――――。
fin*
************************************************風の護廷十三隊:浮竹隊長編。
まさか4年以上かかるとは思ってもみませんでしたが、漸く書きたかったところまで書けました。
ラストは「一.出逢い」の冒頭と同じですが、「一.出逢い」では隊長、今回は[#da=1#]様の言葉のつもりです。
私の中の区切りですので今後、風:浮竹隊長を書かないというわけではありませんが、ここまでお付き合いくださった皆様、誠にありがとうございました。
2011.08.02
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月