冬枯れ間近な野に僅かに群れて咲いている花を、小さな子供の手が束にして引っこ抜こうとした。
「
十五。花は一輪だけだ」
「どうして?かか様、お花すき」
「毎日、母さんに花を贈りたいだろ?だったらいっぺんに摘むんじゃない。明日の花を残しておくんだ」
「少しは?」
「一輪でいい。その一輪に母さんへの想いを込めるんだ」
「…わかった」
本当はよくわからないが、一輪しか抜いてはいけないことは幼い
十五にもわかった。
見上げていた父親から視線を戻した
十五は言われた通りに花を選ぼうとした。
しかしやはり一輪に絞りきれず、手が花の上を彷徨う。
「…この花はこっちの花より大きい」
父に言われて、初めて
十五は気付いたようだ。
「だが花びらが一枚無い」
なるほど…と、
十五はじっと花を見比べた。
だからと言ってまだ父親ほど明確な理由は見つけられず、なんとなく良さそうな一輪の花に再び手を伸ばした。
「これ。これにする」
「花を引き抜くのはダメだ。指で挟んで、…こうだ」
毎日
さくらに花を贈る浮竹を真似て、
十五が自分もやりたいと言い出した。
それを聞いた時はこれは俺の役目だと浮竹は思ったが、十五がこれ以外に今の
さくらと関われないのも事実だ。
「かっかのお花、いちばんきれーい」
だから一日一輪の花を、父子で一輪ずつ贈ることにした。
さくらがそれを知れば喜ぶような気がしたし
たとえ意に反するとしても………
さくらの声がもう一度聞けるなら、
十五と共に叱られて本望だった。
1
十五にはまだ花を手折ることも上手くできないだけでなく、茎を握りしめて折ってしまう。
結局指を輪にした間に茎を通して、花を持たせた。
花を優しく持つことに意識が行って危なっかしいのもあるが、
十五の足では時間がかかってしまうので浮竹が抱いて十三番隊に戻る。
「あ、隊長」「先程、京楽隊長がお見えになりました」
「そうか…。何か――」
「とと様。かか様に…」
地面に下ろされた
十五は、早速母の許へ行こうとせがむ。
「ああ、
ツバメ。
十五を頼む」
「かしこまりました」
十五を妻の侍女に預けると、浮竹は改めて三席らに向き直った。
「それで、京楽は何て?」
「はい。総隊長殿に呼ばれたので、ついてきて欲しい。と……」
「…あのことだな。仕方ない、行くか…」
「隊長、私もお供させていただきます!」
「た、隊長!私もです!!」
「ああ…」
溜息混じりに頷いて同行を許してくれた浮竹に、三席らは喜んで後をついて行った。
2
「ぶわっかもん!!!!」浮竹が一番隊に着いた頃には、三人まとめてお目玉を食らっている最中であった。
三人とは今回の戦闘で隊首羽織を紛失した更木、朽木、京楽だ。
扉は開け放たれていたが浮竹はその手前の壁に凭れて座った。
どうやら助け船はすぐに出さないようで、三席らも浮竹と同じく膝を抱えて座った。
「一番、叱られてますかね?京楽隊長…」
「どうかな…?」
山本の声は丸聞こえだが、三人の声は聞き取れるほどではない。同じ件で呼び出されていて京楽が最年長である、という理由でなら一言余計にお叱りを賜る程度だろう。
だが虚圏に赴いた隊長らとは違い、空座町レプリカ内での紛失ならば彼らよりは見つかっていいはずなのだ。
それも京楽がいつも羽織っている女物の上着は回収できただけに風当たりは強い。
それは浮竹が預かって、置き場所を覚えていたからだが……。
「馬鹿もん共がっ!!!」京楽は山本総隊長が灰にしてしまったのだからボクのは絶対に見つからないと言い張っていたが、本人を目の前にしてその言い訳はできなかったようだ。
浮竹は慣れているからか平然としているが、三席らには聞いているだけで冷や汗が流れる霊圧だ。
「お元気そうっすね…総隊長」
「あぁ。戦いから十日か…。左腕は失くされたが、体力は戻られたようで安心したよ」
此度(こたび)の戦いに赴いて、尸魂界から出陣した誰も命を落としてはいない。
「あの人の代わりをつとめられる死神は、まだ尸魂界にはいないからね…」
総隊長健在と言いながら何処か寂しそうな浮竹の微笑みに違和感があったのだが、三席らには何も言えなかった。
3
留守番だった隊士らが聞かされた藍染との戦いはこうだ。
浮竹が最後に現れた子供のような敵に胸を貫かれ、後に京楽も藍染に斬られ戦闘不能となった。
それから山本総隊長が打って出たが倒すこと叶わず、最終的には黒崎一護の攻撃で弱ったところを浦原喜助が仕掛けていた鬼道で藍染を封印した。
――――表向きは、そうなっていた。
表向き、というのは語弊がある。
ただ、それだけではなかった事実を隊士らには伝えていないだけだ。
実際には崩玉を従えた藍染を封印するほどの強力な鬼道は、浦原には創れなかった。
元々、崩玉自体が浦原の創り上げたものではない。
彼は崩玉を安定させて力を発揮できるようにしただけだった。
だから浦原喜助に崩玉を扱うことはできず、藍染の手に渡ってしまったのだ。
浦原は藍染の力が黒崎一護より弱まり崩玉に見放されたと言ったそうだが、それは正しくない。
破壊できない崩玉が藍染を主と認めたからには更に強い主を示すしか手立てはないのは確かだったが
崩玉が認めた真の主。
それは天支光輪の主だった。
さくらは双極を創っていたのではなかった。
正しくは崩玉の力を得た藍染を封印する鬼道を創り、そのついでに双極を創っていたのだ。
だからこそ護廷十三隊の最重要任務だった。
4
そのことを浮竹は
全てが終わってから知らされた。
滑稽だった。
死を覚悟し戦いに赴いた自分は瀕死であろうとも卯ノ花の力で完治できる程度の傷で
尸魂界に残してきた妻が無傷で
冷たく 横たわっていた…
……のだから。
それでもまだマシだったそうだ。
本来ならば天支光輪を解放した主は光のように細かな霊子となり、
その輝きが薄れると共に
さくらの体も薄れて消えてなくなってしまうはずだったと
“遺体”が残っただけでも奇跡だと…
舞の師匠と二人、安置室に並んで横たえられた妻を眺めていることしかできない浮竹は聞かされた。
だがそれが理解できたのは、随分と後になってからだった。
何も…今回の藍染との戦い自体を知らぬ息子に、母がどうなったかを……
事実を知らせるべきか否かを判断するのが、やっとだったからだ。
何故師匠までもが?という疑問にたどり着くことすら、実は数日かかった。
5
崩玉と融合した藍染は不死と化したという。
彼を抹殺―――即ち霊子に戻すことは天支光輪にも叶わなくなってしまった以上、永遠に封印する為の対価は
さくら達の魂魄だった。
恐らくは、
さくら一人ならば伝承通りに”遺体”は残らなかっただろう。
天支光輪の前の主である舞の師匠――彼の本名を初めて浮竹は知ったのだが――
天宝院弦昇が力を貸してくれた為に
或いは弟の
武礼が護王宝音を使い、
さくら達が本当の遺体となってしまうことを阻止できたものと思われる。
「かっか…つめたいね」
遺体安置室に眠る
さくらは枯れない花のようで
毎日一輪の花を添えられて埋もれていく様は美しく
それでいて、悲しいものだった。
元々霊圧の高い者が肉体的損傷の少ない状態で死に至ると、通常でも魂魄が霊子まで分解するのにかなりの時間を要する。
況してや無傷の
さくらを死んだと認めることは浮竹にはできなかった。
それは
武礼も同じで、必ず俺が何とかするからと家宝刀を解放してぼろぼろになった体で”遺体”となった
さくらの身を案じ続けた。
6
さくらが居なくなった浮竹は元の、時折寝込む隊長に戻っていた。
双極を創っている間は義母の薬でも効果はあったので、もう一度残された処方どおりに作ってもらったが結果は卯ノ花と同じであった。
仕方なく、浮竹は寝たり起きたり独身時代と同じ生活を送っている。
今日はまだ調子がいいと言える体調だった。
以前から義弟と会う約束をしていたので、その時間だけでも体調が安定していてくれれば幸いだ。
「久しぶりだな、
武礼。どうだ、調子は?」
「おかげさまで…」
武礼がゆっくりと頭を上げる。
その所作に……
さくらと同じ顔の彼を目の前にすると、在りし日の妻の姿を重ねてしまう。
「ゆっくり、できたか?」
「…はい」
「白哉がお前の六番隊復帰を見送ったのは、お前が十分に休養を取り回復できるようにだ…」
「存じております」
浮竹は、そうかと頷くと続けた。
「この件に関して、阿散井副隊長が食ってかかったそうだから…」
「朽木隊長は、全てを御承知…。そして恐らく副隊長には何も説明していないはずです…」
「お前がわかっているなら、いいんだ…」
隊長格不在の六番隊を預かる一人であった
武礼は、朽木らの帰還を待たずして任務を放棄したと一月の謹慎処分を言い渡されていた。
厳罰に科したのは彼が姉を助ける為に霊圧を使い果たし起き上がることもままならなくなったからだということを、阿散井は知らなかった。
それ故久しぶりに
武礼が出仕した本日、延期処分を受けたのは更なる療養が必要と朽木が判断したということも阿散井は知る由もない。
恐らくは母の鬼道でそれなりの体裁を保っているが、実際はまだ
武礼が完全に回復していないのを朽木は見抜いたのだろう。
7
「お話って、そのことですか?」
「いや。今日寄ってもらったのは天支光輪について教えて欲しかったからなんだ」
「天支光輪について、ですか?」
「ああ、そうだ」
もう何週間も前に元気になったら話があると浮竹に言われていたが、刀のことだとは全く思ってもみなかった。
「天支光輪は平たく言えば霊子変換機のようなものです。単純に霊子を別の形に変換することもできますが、最大の使い方は…所有者の魂魄を媒体に―――、あらゆることが可能になるそうです……」
「そうか…。では、どうやったら天支光輪に認められるんだ?」
「…いかに霊圧の強い者であろうとも、天支光輪はそれだけで主とは認めません。
即ち純粋な心と高い霊質を兼ね備えた者であれば……姉のように、望まずとも主と認められるのです…。
尤も姉の場合は特別で……通常は腕を研くというより心を研くことができなければ応えてはくれないそうです。
斬魄刀のように魂を分かち合うのではなく……天支光輪と嘘偽りなく向き合い、そして…命を生み出すというか、育むというべきか―――…。実際のところ俺が説明できることは天支光輪に主と認められなかった者達が知る範囲であって真の主らはそれ以上の何かを知った、或いは持っていたからこそ選ばれるそうなので……俺には上手く説明できません」
急なうえに
武礼にも答えがわからぬ質問に答えるには、限界があった。
8
「ありがとう、
武礼。ところで…」
一通り話し終えた後に質問されたことは、
武礼の思惑を遥かに外れていた。
「天支光輪は、
天宝院家の血筋の者だけしか持てないのか?」
「血筋……とは?」
「つまり俺が天支光輪の主になれるかどうか、ということだ」
「………」
浮竹が何を考えているのか、全くわからなかった。
それに気付いたのか、押し黙る義弟に浮竹は問うた。
「藍染は
さくら達が封印してくれた。だが第二第三の藍染が現れる可能性は否めない。
その時、どうする?どうやって戦うんだ?」
「―――…」
「
さくらは戦った。俺達を護ってくれた。今、この世界は
さくら達のおかげで成り立っている。だがそれが明日も明後日も続くとは限らん」
「しかし…」
浮竹の言うことは尤もではあるが、漸く大きな戦いを終えたばかりだ。
これが護廷十三隊隊長と隊士の意識の差かもしれないが、やはり
武礼には何を言われているのかピンとこなかった。
9
「
武礼、これは
さくらが俺にくれたんだ」
義弟の目の前に竜胆紫色の薄布を浮竹は広げて見せた。
天宝院家の家紋花を思い起こさせる深い青紫の紗は
さくらのように、今でも浮竹を柔らかく包み込んでくれる。
「俺はこれを
天宝院家の、
さくらの夫として認められた証だと思っていた。だがお義父上に確認したところ、これは天支光輪の主の物だと。これを
さくらが俺に預けたってことは、
さくらの全てを俺は貰い受ける権利があるという意味だと聞かされた。
だから天支光輪を、俺が持つ事も許されるんじゃないか?」
妻の”形見”が欲しいのか。
それとも真に尸魂界を守護する手段として頼んでいるのか……
判断するには
武礼はまだ若すぎた。
こんな時、やはり頼れる人物は一人しか思い浮かばない。
「…まずは、父に―――」
「お義父上には、君が了承さえすれば反対はしないと言ってもらえた」
「……」
「言ったろう?お義父上に確認したと」
それでも駄目か?と問われる。
「俺に天支光輪を預けてはもらえないか?」
さくらが、最期まで手にしていた天支光輪。
主を失っても美しい姿を保っているその刀を、次の主が見つかるまで預かるのは
武礼の使命だ。
「認められるとは……限りません、よ?」
「構わん」
浮竹は本気かもしれない。
いいや、本気としか思えぬ澄んだ真っ直ぐな眼差しだった。
天宝院家以外の者が主となった記録はないが、天支光輪はその時代に相応しい者を主と認めると言われている。
「…父が了承したのなら、俺に反対する理由はありません……」
これも天支光輪の意思かもしれないと、
武礼も義兄に委ねることに同意した。
10
さくらが浮竹の傍に居なくなって、三月は過ぎただろうか。
日中は温かい日もあるものの、朝はまだ冷たい風が通り過ぎる空の下、今日も浮竹は天支光輪を手に隊舎の庭に立つ。
一日に一度。
体調が許せば今日のように、外に出て朝一番に対話を試みている。
双魚理とて年単位の時間を要したのだ。そう簡単に対話ができるとは思っていないが、あの時と同じく日々の努力の積み重ねであることを浮竹は知っている。
「お前はまだ、
さくらと繋がっているのか?」
俺を主と認めてくれとは言わない。せめて天支光輪の声が聞けたら、と浮竹は思う。
「教えてくれ。
さくらは今、何処にいる?」
この刀を手渡す時
「
さくら姉はいつも貴方の傍にいます」
武礼はそう言った。
さくらも、いつもそう言ってくれていた。
「ずっと、俺の傍にいると…言った、くせに………。
――何処だ、
さくら…」
この風か?
風に戦ぐ花か?
それともこの日差しか?
「
さくら…――傍にいるというのなら、姿を見せてくれ。声を聞かせてくれ。この腕にお前を、抱き締めさせてくれ……」
「とと様ーぁ」
今では自分の足で野山まで往復できるようになった
十五が、花を手に駆け寄ってくる。
息子の思ったより早い帰宅に、浮竹は一旦天支光輪を鞘に納めた。
「とっと、今日はこのお花!」
「…そうか。もう菜の花が咲き始めたか……」
背伸びして見せてくれるのは、よほど嬉しいのだろう。
季節が移り変わっているだけでなく、
十五もこの数カ月で花を上手に折ることも自分の足で往復もできるようになり、今では
ツバメが付き添っているとはいえ一人で花を摘んで帰ってくるほどに成長した。
11
十五には、
さくらは今は眠っていると言ってある。
そう告げられたのは遺体ではないと、卯ノ花だけでなく涅も確証に至ったからだ。
とはいえ義父と
武礼の努力により
さくらの中に魂魄は満ちてもまだ”眠り”から覚める気配はない。
第一に斬魄刀を創る護王宝音で
さくらの体に霊子を蓄えたからと言って、
さくらが戻ってくるとは限らない。
それでも 誰も、もう止めようとは言わなかった。
武礼も両親も浮竹も、卯ノ花も………。
「てんし、”起っき”した?」
「それが、今日は”ご挨拶”もまだなんだ」
十五は母親同様、天支光輪と対話ができないのは眠っているからだと解釈したらしく、浮竹の日課を”起っき”してもらう”ご挨拶”だと言う。
確かに日に一度唱える解号と日に一輪
さくらに贈る花は、どちらも同じかもしれない。
「あのね…とと様。
ぶーおじちゃ、行ったよ」
「それじゃあ
十五も、先に行っててくれ。”ご挨拶”したら直ぐに行く」
「はーい」
元気よく返事をすると浮竹にくるりと背を向けた。そして上手に菜の花を持つ
十五の後ろ姿が、見る間に小さくなっていく。
「
さくら…
十五が、日に日に成長している……」
さくらが本当に傍に居るのなら、息子の姿を見て浮竹の呟きに微笑みを返しているだろうか。
己の目では見つけられぬ妻の姿を捜すのを諦めると、浮竹は再び天支光輪を鞘から取り出した。
「天支光輪。俺を主と認めてくれとは言わん。ただ、一度でいい…。俺に力を貸してくれないか?
さくらを… お前の主を眠りから覚まさせてやりたいんだ……」
武礼が護王宝音で
さくらの魂魄を繋ぎとめられたのだとしたら、俺が天支光輪を使えるようになれば
さくらを救うこともできるのではないか……。
その考えが正しいかどうかは、今はわからない。
この努力が無駄に終わってもいい…。
さくらが、目覚めてくれるのであれば。と、浮竹は目を閉じる。
それからゆっくりと再び目を開けると刀を握り直し、
武礼が教えてくれた解号を唱えた。
「高天原に君臨せよ、天支光輪!!!」
今はまだ眠る、愛おしき妻への想いを込めて――――。
fin*
************************************************藍染様は変化をもたらす為に必要な方だったと思います。
その大きな力に対抗する為に一護が生まれ、そして
さくら様も師匠もその運命の中に存在したのだ、と。
戦闘シーンなどを期待された方にはさぞかし肩すかしをくらわせたことと思いますが(いらっしゃったかは疑問ですが…)、誰が見てもわかるような戦いよりもひっそりと勝利した者ほど強い。
私はそう思い、
さくら様と藍染様との戦いはこういうお話にしました。
ご覧いただき、ありがとうございました。
2011.02.23
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月