十三番隊が騒々しい。
それが、久しぶりに宿舎で十四郎と朝を迎えた
さくらの印象だった。
「待ってー、朽木さん」
遠くから、はっきりと女性の声が届く。
さくらは十四郎を起こさぬよう外へ出ると周囲を見渡した。
「…………」
「うん、ありがとー」
誰かと話しているようだが、相手の声はほとんど聞き取れない。
しかし先程聞こえた名からすれば、朽木ルキアであろう。
十三番隊で元気のいい女性といえば虎徹三席だが、彼女以上に声が高くよく響く。
「……誰、だったかしら―――?」
聞き慣れない、しかしどこかで聞き覚えのあるような声に
さくらがぽつりと呟いた。
「井上織姫」
その名が耳に届くと同時に、
さくらの肩を暖かなものが包み込んだ。
「今、現世から修行に来てるんだ。ホラ、朽木と仲が良いだろ?」
説明を続けながら十四郎は後ろから
さくらを腕に抱き、おはようと髪に口付ける。
1
「おはようございます、十四郎様…」
「お前、こんな恰好で寒くないか?」
髪に口付けた十四郎は、そのまま
さくらの髪の香を楽しんだ。
昨日薬を処方してもらってから、十四郎は
さくらと片時も離れない。
以前ならば人目につくところでこんなことをしようならば「お立場に障ります」と拒まれたものだが、最近では
さくらも口を酸っぱくしてまで言わなくなった。
それでも隊長のこんな姿を見ては隊士も困惑するだろうと、
さくらがそれとなく部屋に戻る口実を考える。
「段々、足許がスースーしてきました…」
すると十四郎は「そうか」と言って
さくらの足を掬い上げた。
「…何の、つもりです?」
「足が冷たくなってきたんだろ?」
「単にお部屋に戻れれば、いいのですが?」
わかっているとでも言うような顔つきの十四郎に
さくらがハッキリと告げると
「だからこれ以上冷えないように、連れて行ってやる」
十四郎は振り返れば三歩とない距離を、妻を抱いて運んだ。
2
さくらが双極に携わっていることは、ほんの一部の者にしか知らされていない。
元々四番隊の中でも特に地味な職場だから普段見かけることもない。
寧ろ二人で花屋に赴く姿のほうが人目につき、相変わらず仲睦まじい夫婦だと噂されるほどだ。
「ありがとうございました」
花屋に立ち寄った後は片手に一輪の花、もう片手を十四郎と繋ぎ、
さくらは実家に戻る。
双極完成の目処が立った為か
さくらも休みをちょくちょく挟むようになったが、何故か四番隊勤務の翌日――
十四郎と過ごした次の日は、こうして必ず実家に戻ってしまう。
十四郎としては今日休みを取ってくれればこのまま護廷十三隊で一緒に居られるものをと思うのだが、
さくらは怠け癖がつかないようにか決して休んではくれなかった。
「また明日、だな」
「はい、十四郎様。では――」
さくらが別れの挨拶をしようとした時だ。お付きの侍女がひょっこり姿を現した。
「旦那様、おはようございます。少し…お時間はございますか?」
「―――ああ」
侍女が夫婦のこの時間に割り入る時は、必ずと言っていいほど義父から話があるのだ。
3
鏡月は朝日が降り注ぐ庭を眺めに出ていた。
口許に微かに笑みを乗せた穏やかな横顔に、悪い話でもかしこまった話でもないことは明らかだ。
娘夫婦に朝の言葉をかけると、動作に無駄なく部屋へと戻ってきた。
正座した十四郎達の前に同じく座っても威厳はあるのに何処か身軽さを感じさせる。
「十四郎殿。今日は如何かの?」
「はい。
さくらに処方してもらったばかりですから、このとおりです!」
それは良かったと
鏡月が目を細めると、
さくらも口を開いた。
「お父様、おはようございます。今日十四郎様をお引き留めしたのは何用でございますか?」
「何…双極も大方出来上がって参ったしのう。一度十四郎殿に其方(ソチ)が如何様にして大義を為しておるか、見てもらってはどうかと…」
「お、お父様!!!」
さくらにしては大声で、父の言葉を遮った。
十四郎が驚いて隣に目をやると―――
さくらは頬を染めていた。
「………
さくら?」
あの大声と妻の表情が繋がらない十四郎は、じっと父を睨みつける
さくらをぽかんと眺めた。
4
「何ぞ…問題があるかのう?」
娘が頬を染める理由を知っているであろう
鏡月は、しれっとして問う。
「………ぅ」
我知らず膝立ちしていた
さくらはぺたんと腰を落とすと、もう知らないと言うようにそっぽを向いた。
「な、ん…だ?どうしたんだ、
さくら……?」
妻の気持ちが全く理解できず問うたが、答えてくれないばかりかまるで十四郎が悪いかのように睨み返された。
「どうやら
さくらは乗り気ではなさそうじゃが…。十四郎殿、次の処方の翌日は休暇を取れるかのう?」
「ええ、それは可能ですが…」
十四郎がそう言うと、
さくらは漸く視線を父に戻した。
「どうかの?
さくら」
鏡月が問えば、その条件ならば呑めるというように
さくらは小さく頷く。
十四郎には
さくらが驚き拒んだ理由も、たった一言父が付け加えただけで承諾する理由もわからなかったが、これで数日後の約束が成立していた。
5
しかし、双極創りは山本総隊長でも目にすることはできないのだと思っていた。
実際のところ見学させてくれるのは俺が夫だから特別なのだろうかと、十四郎は約束の日まで時間があると理由を考えていた。
「とと様のばん?」
「…ああ、 そうだな…」
十四郎が白い碁石を置くと、すかさず
十五が小さな指先で黒い碁石を摘まんで置く。
さくらが双極の任務を負った日から、
十五は十三番隊と
天宝院家を行き来して生活している。
元々両親が働いている時はそんな環境だった為か、
十五は然程今の状況にも違和感は感じていないようだ。
「とと様」
「はい、はい…」
ほんの数ヶ月前までは
十五は負けると癇癪を起していたが、今では悔しがってもいつまでも引きずることはない。
「やった、
十五の勝ち!」
「え? あ……そうか」
それどころかぼんやりしていると負かされるほどになった。
6
「とっと、弱い。
十五、強い!」
「本当だ。
十五は強くなったなぁ」
父に褒められると、益々鼻息を荒くしてどうだと威張り、もう一度勝負を挑む。
「よーし。今度こそ父さんが勝つぞ」
「とっと、弱い。かっか、もっと弱い。
十五、一番強い」
十五はご機嫌なまま、碁石を戻す。
「そうか―――。
さくらとも五目並べをやってたのか…」
「…かか様、作るの上手。終わると
十五と遊ぶの」
「作る……。双極のことか…」
「しょう。しょうきょく作り」
「…
十五は、母さんが双極創っているのを見たことあるのか?」
「かか様、きれい。上手」
「――そうだな。
さくらは綺麗で、何でも上手だ」
十五には双極のことはわかっていないのだろうが息子の褒め言葉は正しいと、笑みを零して相槌を打った。
7
約束の日の前日。十四郎の処方に、
さくらは普段と変わらぬ様子で現れた。
「明日が、楽しみだな」
そう言いながら十四郎が手を握ると少し照れたようだが、今となっては見てもらえることが嬉しいようだ。
「私の、今の全てを…ご覧いただけたらと思います…」
さくらもまた十四郎の手を、包み込んだ。
しかし十四郎にとっては妻と長く一緒に居られることを、単純に楽しみにしていたようなものだ。
今日は##NAME2##家まで送った後、独りで戻らずとも良いとわかっているだけでいつもの道も違って見えた。
邸に上がると少し待つように言われ、
さくらが席を外す。
「十四郎殿。久方ぶりじゃのう」
今日は義弟の
武礼だけでなく師匠も同席するらしく、にこやかに話しかけてくる。
だが、十四郎も隊長。霊圧が邸に満ちているのに気付かぬはずがなかった。
そもそも双極ほどのものを一貴族の邸内で創るということに、どうして疑問を抱かなかったのか。
しかしこれだけの濃密な霊子を管理するには常にそれを扱える者が傍に居なければならないのは明らかだ。
そしていきなりこの場に足を踏み入れれば隊長格といえど中(あ)てられたかもしれない。
8
今になって十四郎は、
さくらに門前払いされていた理由を悟った。
師匠も十四郎の考えていることがわかったのだろう。
更には妻の力を受け入れるか否か、笑みを誘う会話を続けながら観察していたに違いない。
「…
さくらに限らず、我々が家宝刀を操るは大なり小なり死神の世界に変化のある時でしてのう」
師匠は普段と変わらぬ笑顔でそれとなく話を本題に移した。
「―――
さくらが優れた死神なのは、薄々感じていました。…ですがそれをひけらかさないのが、
さくららしいと言えば
さくららしい……」
妻の能力を心底誉め称えた十四郎に、師匠もまたゆっくりと目を伏せることで同意した。
「…では十四郎殿。そろそろ、参ろうかの」
庭を一望できる席に案内されると、先程まで十四郎に抱きついたりふざけていた
十五が何も言われなくとも用意された座布団に正座をした。
「どれ。
さくらの様子を見てきますかな」
師匠が背を向け遠ざかるのと入れ違いに、義母が十四郎に挨拶に現れた。
「
さくらの準備が整い次第、ご覧いただきます。もう暫くお待ち願います…」
十四郎は
はるかが頭を上げるのを待って、ここ数日の疑問を投げかけた。
「それが…あの子がこれほどまでに成長した姿、夫である貴方に披露せずして何とすると主人が申しまして……」
どうやら
はるかは夫に従ったまでで、理由はわかっていないようである。
9
「お待たせしました、十四郎様」
程なく、細身の着物に身を包んだ
さくらが現れた。
舞の衣装ほど煌びやかに着飾っているわけでも艶やかな色でもなく普段着に些か色を乗せた程度だが、死覇装でなくとも着物姿だったのは意外である。
さくらの傍らに居た師匠が、帯刀していた家宝刀を十四郎によく見えるように胸元まで持ち上げた。
「此(こ)は天支光輪。この姿の
さくらが扱うにはちと難儀でのう。故に儂が執り成すこと、お含みおきのほど願えるかの?」
自分が
さくらに付添う承諾を十四郎に乞うと、師匠は天支光輪を鞘から抜いた。
その刀身をまっすぐに腕を伸ばした
さくらの手のひらに触れるように乗せた。
十四郎は双極創りを、体力を消耗し霊圧を操り魂を削るものだと覚悟していた。
あの…断界で力を振り絞った
さくらのように――――。
けれども 目の前の
さくらは美しかった。
師匠が持つ天支光輪を時折受け止めることはあれど
十四郎には殆ど舞っているのと同じに見えた。
気の所為でも、愛する妻だからという欲目でもない。
歌っているわけではないのに歌声が聴こえ
空は高く澄んで 胸に温かなものがこみ上げてくる。
奏でているはずのない楽が耳に響き
柔らかなぬくもりなのにしっかりとした手応えを感じる。
10
何よりもきらきらと光の粒が
さくらの動きに合わせて集まってきて、ゆっくりと輪を描いていく
その中心に居る
さくらは
ただ ただ 美しかった。
「…はふぅ」
うっとりと漏らした
十五の溜息だけが、これは夢ではないと教えてくれる。
「
十五…。お前、こんなかか様を見ていたのか……」
瞬きを惜しむ十四郎に話しかけられても、
十五もまた母から目を離すことはなかった。
師匠が天支光輪を鞘に納めると、
さくらは十四郎にお辞儀をした。
「かか様、上手!一番きれい!」
十五が小さな手のひらを目一杯広げて何度も手を叩く。
漸く、息子の言葉の意味を十四郎も理解できた。
理屈ではなく、この力、この美しさ
これに敵うものなど在りはしないと―――。
正直
さくらと二人っきりならば、抱き締めて抱き上げて
俺の妻だと世界中に誇りたいほどだった。
11
「かっか、かっか!」
十五はきちんとお座りをしていれば美しい母の見事な技術を観られ、その後は
さくらに甘えられると学んだのであろう。
両手を広げて駆け寄ってきた
十五を
さくらも屈んで迎えてやり、頬をべったりくっつけて抱き合った。
「………」
笑顔の二人を眺めながらも、今までこんなに美しい妻を自分だけが目にすることができなかったなど、地団太(じだんだ)を踏む思いだ。
幾分子供じみた嫉妬に駆られている羞恥心はありながらも、それは十四郎の本心であった。
「如何であったかのう?十四郎殿」
鏡月に話しかけられて、初めて十四郎は
さくらから目を離した。
「今日は、ありがとうございます。…素晴らしい技術を拝見できて、光栄です」
有り体の礼儀を述べただけの十四郎だったが、
鏡月は表情を崩さない。
その動かぬ表情が故に十四郎は
鏡月だけがこの感情をわかってくれると思えてきた。
「あの、本当に感謝しています。いつも
さくらは処方の翌日は帰ってしまうので……」
「おお、確かに。十四郎殿と過ごした翌日は殊更調子が良いそうじゃからの。それで完成が早まるならという思いだったのじゃろうの…」
「…そう、でしたか―――」
内心もう少し二人の時間を大切にしてくれと思っていたのだが、義父の一言であれは早く共に居られる日を取り戻したいが故の
さくらなりの不器用な愛情だったと、素直に受け止められた。
12
「かっかー、かっか!」
十五が一人占めを決め込んでいる為、
さくらは十四郎に時折視線を送ることしかできない。
まだ幼いからか一人っ子だからか、
十五は母と二人で居たい時間を邪魔されるとかなり機嫌が悪くなる。
それがわかっているので十四郎も「
十五をかまってやってくれ」と目配せをした。
すると任務への禁欲的な態度とは打って変わって、妻は黙って頷きながらも甘えたそうな表情を見せた。
さくらの態度が急に変わって見えたのは
鏡月への信頼か単に思い込みかもしれないが、余裕が生まれた十四郎はこの時間を義父と二人だけで話せる好機だとすら思えた。
「それにしても、天支光輪とは美しい刀なのですね」
「…そうではのうて、
さくらが扱うからじゃ」
鏡月はゆっくりと大きく左右に首を振る。
それから妻に茶を淹れてくれと頼んだ。
「天支光輪の力をどのように引き出すかは持ち主次第らしいでのう」
「らしい…とは?」
「まだ、話しておらなんだかの?儂や
武礼は護王宝音という別の刀の主じゃ」
「
天宝院家の家宝刀は、二本あるのですか」
「護王宝音に認められし者が
天宝院家の跡取りとなる。じゃが天支光輪は持ち主不在の時期もある、気まぐれな刀よ…。
そういう意味では家宝刀は護王宝音のみと言うべきかの…」
はるかが茶を運んできたので
鏡月との会話はそこで自然と途切れた。
13
「さあ、
さくら。あなたも手伝って頂戴」
夫の茶を出し終えた
はるかは、
さくらが自然と
十五から離れられるように用を言い付ける。
「とと様」「かか様」「
十五」「ばぁば…」
十五が茶菓子を皆に配ってくれる間に茶も配り終え、
武礼も師匠も交えて歓談が始まる。
「そう言えば、どうして俺に双極の工程を披露してくださったのですか?その――極秘、だったのでは…?」
「――もう…
さくらが手を加えずとも、完成間近じゃからの……」
鏡月はそれだけ言うと静かに視線を落としただけで、このことが山本総隊長の耳に届いてもよいのか、それとも内密にしておくべきなのかわからず十四郎が口を開こうとした時だ。
「…あ、父上。義兄上に今後の予定はもう?」
武礼が話を振るとそれだけで通じる話らしく、
鏡月は未だじゃと返答した。
この任を負って以来、実質
さくらは休みが無いに等しく双極を創ってきた。
だがこれからは
武礼が代わりにほぼ毎日、この任務をこなすのだそうだ。
14
「…それじゃあ、四番隊に復帰するのか?」
問われた
さくらは、小さく首を横に振った。
「双極の完成までは何があるかわかりませんから、復帰致しません。でも、これだけ予定より早く進んだのは…十四郎様のおかげですから―――」
「…
さくら?」
嬉しいのだが困惑している。
そんな妻の様子に、十四郎は首を捻った。
「その、お父様が……双極の完成まで、私が手助けしなくていい時は全て十四郎様との時間に充てれば良いと仰って―――…」
そこまで言うと、
さくらは赤く染まった頬を両手で押さえた。
「そ…うか。うん…」
あの、どこか甘えるような表情の理由はこれだったのかと思うと、十四郎の頬も少し熱を帯びる。
「…とと様、なぁに?」
さくらの向こうから身を乗り出すと、
十五は二人の話題に入ろうとした。
「
十五、喜べ。母さんと父さんとまた一緒に過ごせるんだ!」
「…かっかと、とっと?」
「そう。それに
十五だ!」
暫し見つめ合った父と息子は、
さくらの目の前でパチンっと大きく手を合わせた。
15
「ああーもう!どうしてこう肝心な時に…っ」
さくらとは違い、六番隊の副隊長補佐をしていた
武礼が勤務を休みがちになると阿散井の愚痴が増した。
「
さくら。お前、手が空いてる時でいいから
武礼の代わりに茶を淹れてくんねーか?」
通常の仕事ならば何とかなるのだが、とりわけ茶のことで朽木隊長がご機嫌斜めになるらしい。
「阿散井君。
さくらは四番隊の隊員だし、そうでなくても
さくらは俺の
さくらだからなー?」
「そこを何とかお願いします、浮竹隊長。何ならウチの隊でお子さんの子守り、しますから」
両手を合わせる阿散井の表情に余裕は見られず、冗談半分だろうが子守りまで引き受けると言い出した。
「
十五の相手は大変だぞ?」
「朽木隊長の口に合う茶を淹れんのだって、すんごく大変なんスよ!なあ、
さくら。いや、
さくら様!ちょっと六番隊に顔出ししてくれませんでしょうか!この通り、お願いしまっす!!!!」
今度は畳みに額を擦りつけて頼んだ。
16
今までは浮竹もそれほど阿散井が困っているとは思わずお茶を濁していたが、どうやら本気で頼んでいるようだ。
「やれやれ…。どうだ、
さくら?」
「そうですねえ。六番隊は
武礼が居る時でもお邪魔したことありませんから、
十五にとって新鮮かもしれませんね。
一度…
十五を連れて行っても良いか、朽木隊長にお伺いを立ててみてくださいな」
「やったあ!恩に切るぜ、
さくら!…じゃねぇ、浮竹夫人」
「今更そういうのはやめてくださいって申しているでしょう、阿散井副隊長」
「君が
さくらを呼び捨てにしているのは俺も知ってる。だが
さくらは六番隊にやらんからなー」
「…今まで奥様を呼び捨てにして大変申し訳ありませんでした。今後、浮竹隊長に手土産を欠かしません」
真顔で付け加える阿散井に、楽しみにしていると浮竹は冗談を零した。
十五のやんちゃぶりに手を焼くと思っていたのだが、六番隊での
十五の人気は絶大だった。
十五も余程楽しかったのか、翌日は朝から六番隊に遊びに行きたいと自ら言い出したほどだ。
あの朽木が子連れで遊びに来ることを認めるとは意外だったが、更には
十五を半日預かるとまで言ってくれた為
送り迎えのついでに朽木に茶を淹れるのが
さくらの日課となった。
17
任務中だが仕事はなく子供も多方面に預けられるとなると、
さくらが書類の整理を手伝ったりして浮竹と雨乾堂で共に過ごすことも多くなった。
妻といることで浮竹の仕事が滞るならばお叱りもあるだろうが、
さくらが待機状態になった日から今まで一度も浮竹は寝込まず加えて仕事も順調にこなしている。
「それではこちらの件を小椿三席に隊内通達していただく間に虎徹三席には他隊へこれらの重要書類を届けていただきましょうか」
「そうだな…」
「…どうか、しましたか?」
さくらは浮竹の言葉尻を濁す返事に、宛名を確認していた手を止めた。
「いや…。このまま、お前が十三番隊(ウチ)に居てくれたら―――と、ふと思ってな…」
強引さはないがお前が必要だと訴える浮竹の眼差しには、心拍数を煽られる。
何故ならばこの後、手を取られ引き寄せられて
その腕に閉じ込められると、わかっているからだ。
「お前を引き抜かないと卯ノ花に約束したが…やはり、毎日傍に居てくれると欲が出てくるものだな……」
頭の上で響く、寂しげであたたかな声。
18
「そ…んなこと、言わないで ください…」
「済まん…」
目の前で動く喉仏に、
さくらはゆっくりと首を振る。
「そうじゃなくて――私も十四郎様と、同じ気持ちだから。…だからそんなこと言われると…」
「
さくら……」
結婚して
子供も生まれて
それなのに何故
この夫(ひと)の腕に包まれると
今も 変わらず
ときめくのか―――。
「十四郎、様…」
あまりにも幸せな瞬間に、戸惑わずにはいられなかった。
19
さらさらと流れる浮竹の髪の音を堪能した
さくらは雨乾堂を出ていき、暫くすると浮竹のお茶を淹れて戻って来た。
「お天気もいいですしね。池の鯉でも眺めて、ご休憩なさってくださいな」
成程。今日は盆に急須と湯呑が乗せられたままなのはそういうことかと、湯呑に注いでくれなかった訳に浮竹も納得した。
「それでは
十五を迎えに行ってきます」
「ああ。阿散井君に手土産は必要ないと、もう一度念押ししてくれ」
「…いつも伝えてますよ」
苦笑する
さくらを見送りに浮竹も雨乾堂を出る。
「「行ってらっしゃいませ」」
遠くに三席らの姿があり、彼らも見送りの為に通路に出たようだ。
そして
さくらの姿が見えなくなると、二人競い合って浮竹の下へと駆け寄ってきた。
「浮竹隊長ー」
「隊長ー、何かご用はございませんかあああー?」
「ああ、お前達―――」
池の鯉でも眺めるつもりだった浮竹だが、二人に声をかけた途端何かを思いついたらしい。
「…今から、少し…休憩がてら、外に出る」
だから履物を用意してくれと告げた。
20
浮竹が隊舎の裏手に回り、歩くこと暫し。
眼下に視線を落として自分のことは気にせぬように短い言葉を交わすと
雑草の茂った地べたに胡坐を掻き、湯呑に茶を注いだ。
さくらには到底味見できない熱々の茶だが、今の浮竹の気分と口に程よく合う。
「いたいた。何してんすか?こんなとこで?」
三席らに行先は告げたが、男の声に背後を見ると九番隊の副隊長が立っていた。
「ああ檜佐木君か。イヤなに、ちょっと休憩がてら見物をね」
足下を見るように促すと、檜佐木はもう数歩近付いて地面をくり抜いた修行場の中を覗いた。
十三番隊の敷地内なのだから朽木ルキアが居るのはわかるが、共に修行しているのは井上織姫だ。
「冬の決戦に向けて修行中だ。一月前からね」
「なんか…修行にしちゃ楽しそうにやってますね」
「あ。やっぱり、そう見えるかい?」
眼差しは真剣なのだが攻撃的なものではなく、どこか女子特有のきらきらした輝きのようにも映る。
「…あれは昔から友達を作るのが下手な子でね。
まあ、なかなか心を開かない所為なんだが…」
心を開いても表現するのが下手な
さくらとは異なり、浮竹達隊長格・上位席官が親身になっても十三番隊に馴染んでも、ルキアには友達と呼べるような付き合いをする相手は居なかった。
21
「―――血相を変えて『隊舎裏の修行場を空けてくれ』と言ってきた時は何事かと思ったが…
いい友達が、できて良かった」
浮竹の心底喜ばしそうな表情に、檜佐木は重大な疑問が過ぎる。
「…それが、人間でも……ですか」
「それを言うなよ」
生きる世界も生きる時間も違う相手との絆だ。
少し困り顔を見せた浮竹に、檜佐木も失言だったと謝った。
「いや、いいんだ。歩む時は違っても、友達ってのは良いもんさ。
それにホラ、何だ。あの子達は普通じゃないから、尸魂界に来たらみんなそのうち死神になるかも知れんぞ」
不思議なもので、浮竹の前向きさには檜佐木も微笑まずにはいられなくなる。
「そういえば君こそどうした。こんなとこまで?
何か用があったんじゃないのか?」
「ああ、そうだ」
促されて漸く思い出した檜佐木が、瀞霊廷通信を浮竹に渡した。
「あれ?なんで君が?」
「マイりましたよ」
檜佐木は腰を下ろすと十番隊から十二番隊までの隊長格を捉まえられなかったことを話した。
「正直 隊長業務がこんな忙しいなんて知らなかったっス。東仙隊長は部下にものを頼まない人だったから…」
恐らくは視線の先のルキア達が見えてはいない檜佐木の横顔を、浮竹はずっと眺めていた。
22
「…さてと。そろそろ行きます」
「オイオイ。もうちょっとゆっくりしていきなよ」
「言ったでしょ。忙しいんスよ、俺」
立ちあがった檜佐木を引き留めるものの、来た道を戻ろうとする。
「女の子二人の修行を眺めてんのは悪くないけど、もうちょいヒマな時にまた誘ってください」
檜佐木は別れの意味なのか、左手をゆっくりと振るとそのまま去って行った。
浮竹は空に目を向けた。
あの日から夏が過ぎ秋となり、冬の足音が聞こえるのは間近だ。
「…四月か…。心を癒やすには短く…力を蓄えるには更に短い時間だ…」
浮竹にとって長かったのは
さくらと離れていた間だけだ。
家族で共に居られる日々を取り戻しただけでなく、四六時中
さくらが傍らに居てくれる今は一日が瞬く間に過ぎ去っている。
最も失いたくない、この時が
風に流される雲よりも早く流れていく――――。
「願わくばこの仮初の平穏が…
少しでも、長く――――…」
fin*
************************************************風:京楽隊長と同じタイトルですので説明は省きます。
毎朝毎朝
さくら様の許へお花を届ける浮竹隊長を想像すると、いじらしくて筆が進まなかったのと
浮竹隊長の細かいことまで突っ込まないで受け入れる気性により
京楽隊長に比べると、あっという間でした。(゚ー゚;A
しかも漸く元通り以上の幸せな状況となったのにこの後――――。(ΩдΩ;)
と、一人この世界に入り込んでおりますが、よろしければ今後もお付き合いください。
ご訪問ありがとうございました。
2010.11.05
浮竹隊長〔二〕 風⋆花⋆雪⋆月