武礼は次回の季節舞を断った。
五月のそれは菖蒲の舞。
武礼独りで舞うはずだった。
天宝院が季節舞を他人に披露し始めたのは昨年からで、それまでは
伯楽が創作したものを内内で見せていただけだという。
伯楽師匠が自分の創作舞を披露したいとのことで昨年は協力しはしたが、自分ひとりで舞ってもつまらないからだそうだ。
それよりも回を増す事に
さくら姉の縁談狙いになってきているのが気に食わないらしいが。
武礼は姉とひとつを半分こして、携えてきた茶菓子を口にした。
さくらは今、更に楊枝で小さくしているところだ。
浮竹と
武礼が釣った魚は焼き魚にした。
さくらは包丁もないのに魚をあっさり絞めた浮竹の腕に目を見張り、串刺しにしてもらったそれに持参した塩を振り火にかけ、時折醤油を垂らしただけだった。
1
浮竹は
さくらの作った筍の皮に包んで蒸したおこわをひとつも残さなかった。
さくらの煮物は相変わらず美味く、輝く黄金の卵焼きも期待通りの味だった。
足りているのかいないのか―――綺麗に平らげる浮竹に、いつも
さくらは驚かされる。
日も傾き始めた頃。
姉が水筒を、弟が空になった重箱を持って、浮竹が敷物と釣竿を持つ。
暖かくなって、三人で会った日は夜も食事をするようになった。
それを言い出したのも
武礼だった。
一度、護廷十三隊に戻り荷物を置いて身を軽くする。
川原の砂を脱ぐため、
さくら達は死覇装から着物に着替えた。
2
酒を嗜むのは浮竹だけだった。
だからこのメンバーの時はせいぜい一本つけるだけだ。
さくらが綺麗な指先で酌をしてくれる、それが見たいだけだった。
銚子を空にしなければ、
さくらは浮竹の傍らにて食事をする。
食事をすると言うよりも、酌のために傍を離れることはない。
初めて
奥手な
さくらが自分の傍に進んで座り
しな垂れかかってくるかと思う物腰で酌をしてくれた時は浮竹の心臓に衝撃を与えた。
しかしそれも親の教育の賜物だと
武礼が耳打ちした。
臆することも瞬きすることもなく、
さくらは隣の浮竹を見続ける。
自覚のない慈愛
罪なのは
さくらではなく、そう育てた両親か。
酒が入ろうが入るまいが、夕食は三人揃った時だけにしようと浮竹は自警していた。
3
三人は四番隊通用門から護廷十三隊内へと戻った。
さくらを部屋の前まで送り届けると、
武礼は廊下で待っていた浮竹のところまで戻ってくる。
いつも自分を気遣ってくれているように見える弟に、浮竹は感謝の意を表した。
武礼は短く否定する。
いつもならこのまま六番隊前まで無言に等しいが、人気の無い廊下を暫く歩いていると一つ訊いてもいいですかと
武礼は断ってきた。
「何だ?」
浮竹は
武礼の横顔に目を向ける。
「初めてお会いした日、あなたは
さくら姉に“いつも笑顔でいようとしなくてもいいんだ”とおっしゃったのを覚えていますか?」
浮竹の視線を感じながらも
武礼は正面を見据えていた。
浮竹の肯定を聞いて、
武礼は言葉を続けた。
4
「大抵なら
さくら姉の、女性の笑顔を褒めますよね。それなのに何故、あなたはあんな事を?」
武礼は漸く浮竹を見やった。
その事かと今度は浮竹が前を向いた。
「
さくらは悲しみを背負ってる。……違うか?」
武礼は無言だった。
「俺は
さくらが泣きたいのに我慢している姿に、何もしてやれなかった自分がもどかしかった」
切歯扼腕した夏のあの日を思い出す。
「自分が辛いのに、俺を気遣う
さくらが、痛々しかった」
許婚に振られたと告白した日が目に浮かぶ。
ただ一度、たった一人の男に約束を反故にされただけで
何故
さくらはあれ程苦しまなくてはならないのか。
それは心から泣いていないからではないか。
悲しいことを悲しいと 辛いことを辛いと
表現できずにいるからではないかと思ったからだ。
5
「
さくらなら縁談なんて、引く手数多だろうに……」
浮竹は同意を求める素振りをした。
何故その事をと言う前に、
武礼は自身で気がついた。
「あぁ…。あなたは十三番隊の隊長でしたね…」
浮竹は合点のいかない
武礼の相槌に軽く尋ね返したが、
武礼には届かなかった。
「俺は父から聞きましたから、許婚の件だけでなく彼がどのように亡くなったかも、あなたと同じぐらい知っているつもりですが」
まだ自分の話を理解できていない浮竹を見ると
6
「
さくら姉は多分、あなたの部下だった事を知りません」
だからその話には触れないで欲しい――――
そういう意味合いの言葉を漏らしていた
武礼が、浮竹にはもう映っていなかった。
浮竹には誰のことを話しているのか、はっきりと理解できていたからだ。
7
さくらの許婚は海燕。
志波海燕だったのか………。
そうだ――――
何故気づかなかった?
あれは六月だった
舞っていたのは
海燕の命日
婚約破棄の話を聞いたのは海燕の誕生日の前日
あの日、同僚と近々結婚することを隊長の俺に一番に報告しに来たと、海燕(あいつ)は言った。
おめでとうとか、やったなとか、先を越されたなとか、都の父上は快諾したのかとか、色々と話した後だ。
とうに両親を亡くしていた海燕が、家族ぐるみの付き合いをしている父親代わりの許へ婚約破棄を願い出なければならないと溢した。
8
「海燕、おまえまさか…」
「俺、二股かけてなんていませんからね!隊長」
あいつは即座に否定した。
「なら、いいが。なんでまた?その子と結婚する気がないなら、早々に断ればよかっただろうに」
「いい子なんです。本当にかわいくて一途で純粋で……」と。
断ったところで気不味くなるような関係ではないだろうが、できることなら恩もあるあの方の娘を振りたくはなかったと。
都の両親に結婚を願い出るよりも勇気がいることだと。
9
あれが何時の日だったのか、浮竹は明確に覚えている。
「かわいい婚約者に、断りを入れなきゃならないんですよ…」
海燕が断腸の思いで断りを入れに行った、あの時
あの時
さくらは幾つだ―――?
浮竹は深呼吸した。
幾らなんでも………失恋というならまだしも、婚約破棄という表現はそぐわない年の頃だ。
きっと海燕もわかっていた。
さくらが年頃になればそれは美しくなることを。
でもその日が来る前に都と出逢ってしまっただけだ。
海燕は
さくらを拒んだわけではない。
二人の間にあったのは年齢差だけだったと確信した。
続
************************************************浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月