「……
さくらは、良かったのか?その…」
浮竹は
さくらを気遣った。
問われた
さくらは瞬きすると視線を下げてしまったが、まっすぐに背筋を伸ばし前で両手を体に添えたまま、
「浮竹隊長さえ、ご不快でなければ……」
と呟いた。
前々回の待ち合わせの時、
武礼は午後から阿散井副隊長の仕事を手伝わなければならないと途中で抜けていた。
今朝、突然用事を頼まれた。一応非番だから仕事を断ろうかと
武礼に相談されたが、
さくらは弟に仕事を優先するよう告げ、自分が浮竹に頭を下げたところだ。
流石の浮竹も
武礼がわざと断ってきたのに感づいていた。
心配だったのは
さくらの反応であり、
武礼自身には感謝した。
1
正月を挟みなかなか次の約束が出来なかった時、浮竹にあの茶菓子を渡すように促してくれたおかげで再び三人で会う機会を作ってくれたのは
武礼だった。
帰り際に必ず次の約束をするように話を持ち出してくれたのも[
武礼だ。
少しは
さくらの浮竹に対する敬語も砕けてきていた。
護廷十三隊内では無理だったが、こうして外で会う時には
武礼へ向けるのと同じ笑顔を見せてくれるようにもなっていた。
さくらが仕事以外で自分に会ってくれるなら、三人でもいいと浮竹は思っていた。
それでもこうして、
さくらが二人で出歩いてもいいと自ら言ってくれた今、素直に嬉しかった。
初めて二人だけで向かった先には
白
桃
紅。
春の訪れを知らせる梅の木が待っていた。
2
「再来週ならもっと暖かくなってきてるだろう。また何処かへ行こうか」
浮竹は桃の花でも見に行こうと努めて自然に問うた。
しかし
さくらは項垂れると、静かに首を左右に振った。
「申し訳ございません」
浮竹は舞の披露と家族との外食の予定があるからと断られた。
それは楽しみだねと浮竹は返した。
後は別れるだけだ。
さくらは正門から
浮竹は自隊に一番近い通用門から護廷十三隊内に戻る。
それじゃあさよならと浮竹が告げると、
さくらはいつもの言葉を返さなかった。
次の約束を無理強いしたわけでもないのに、それはあまりではないか。
せめて別れの挨拶ぐらいは返してくれと思った。
3
「
さくら……」
浮竹の催促に、
さくらは漸く唇を離した。
「もし、浮竹隊長のご都合が宜しければ……」
さくらは懐から文を出し、浮竹に向けた。
文に結ばれた格式ある水引には桃の飾りが付いており、正式な招待状であることは一目瞭然だった。
「お越しいただければ幸いです。桃の節句を祝い、拙うございますが、
武礼と共に季節舞を披露いたします」
浮竹が文を受け取ると、
さくらは短い別れの言葉を伝えるや否や
踵を返していなくなった。
今日の紅梅の如く顔を赤らめた
さくらが渡してくれた文には
大方漢字で筆された五行の文章の後に、季節舞の披露名と日時・場所
そして
御来賓名 浮竹十四郎殿
御一名
主催
天宝院鏡月 後援 艶舞家
天宝院と記されていた。
4
浮竹は文机に広げた文を何度も読み返した。
本日、ようやっと二人きりで一日を過ごせたばかり。
それが再来週には屋敷に招かれ両親とも顔を合わせる機会が訪れるとは………。
京楽 白哉 朽木(ルキア) ………
浮竹の頭の中を作法を心得ていそうな人物が巡る。
「やっぱり…
武礼かな?」
情けないが、一番頼りになるのは想い人の弟だった。
5
桃の節句の舞が披露される、此処 枝垂桃の宮。
庭を囲む造りの四階建ての高殿で、庭には木一本植えてないらしく
本日は庭の上に舞台が組まれている。
浮竹が
武礼に教えられたことは五つ。
ひとつ
招待状を係の者に渡したら、後は案内に従うこと
ふたつ
家人とは自ら言葉を交わそうとしないこと
みっつ
枝垂桃とは
さくらの誕生花であり、故に枝垂桃の宮は
さくらの私邸であること―――主催は父だが、主役は姉とのこと。
よっつ
贈り物は一切受け付けない―――当日は手土産は野暮だそう。
いつつ
以上を知るは来賓の一般教養―――堂々としていろとのこと。
6
門前までは大丈夫かなあと首を捻りたくもなったが、浮竹は滞りなく席に案内された。
四階までありながら、来賓は一階の三方に僅かに座を用意されているだけのようだ。
見知らぬ者同士なのか私語も聞こえず、遠くで琴や笛や鼓の音が微かに聴こえる。
身なりや所作からして上級貴族ばかりなのは間違いないが、詮索されないで済む雰囲気に安堵した。
微かに耳に届いていた 笛や鼓
続いて琴の音が
聴き取れなくなる矢先
来賓の元へ届いたのは
先日の梅よりも
淡く円やかな甘い香。
それに誰もが気づいた瞬間
さくらは目の前にいた
舞台中央に
たった今
花開いたばかりの
桃の如く
7
両手を胸元まで掲げ、玉を手にしているような指先
唇はふっくらと口付けを待つかのようで
瞳は長い睫毛に包まれている
簪を挿した髪は下ろされ、その艶やかな毛先が弧を描いたと同時に琴の音が響き渡った。
全く
さくらに気を取られていた来賓は、舞台背後は勿論両脇に笛や鼓の楽士が居並んだことにさえ気づいていなかった。
浮竹は所謂(いわゆる)真正面に座している。
時に俯き 見上げ
視線を流し 顔を隠す
そんな
さくらの横顔さえ
観れたことに心は
桃の香で溢れそうだった。
8
武礼が登場し、
さくらの相手をする。
幾重にも絹を纏った
さくらを花の一輪差し出すが如く抱き上げる。
さくらが最も美しく舞えるよう
武礼は最良の位置にて[
さくらを支え、抱き上げ、回し、捉える。
誰もが
誰もが
武礼の代わりを望んでいることだろう。
さくらの傍に自分が立つ為に
男ならどんなことでも
やってのけるだろう。
さくらは
武礼の意のままに 咲く
桃の花
そのものに見えた。
演目はこれひとつのみ。
二時間近くに及ぶ舞は、たった一組の男女によって終えられた。
9
主催者側による終了の知らせを聞いても
誰一人自分から立ち上がろうとする者はいなかった。
どれほど過ぎたであろうか。
招待状に名を連ねていた
伯楽という男が何やら話しかけると
来賓は重かった腰を上げ、席を離れ始めた。
浮竹もその流れに身を任せた。
天宝院家の者に話しかけてはいけないと武礼に言われていたため、あのような見事な舞を見せてもらえた礼も言えずに帰るのは忍びなかったが、致し方なかった。
伯楽を取り囲み、
さくらについて尋ねる渦を避けて
浮竹は帰路に着く。
さくらが未だ去りし許婚を想っているとは、誰も知る由もないのか。
彼女との縁談の決定権を担っているらしい舞の師匠は、勿体つけて話しているように見えた。
続
************************************************浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月