翌日、浮竹は大いに悩んでいた。
あれだけ自分の口に合う茶菓子を貰ったのだ。
お返しが同じ茶菓子では芸がないし、あれより美味くなくては意味がない。
そうかと言って食事に誘っても、
さくらはうんとは言ってくれた例(ためし)がない。
白哉や京楽のように女の物を見立てる自信もない。
相談するのも癪である。
しかし今日、今すぐにでも礼がしたい。
常日頃、そういう事に疎かった自分が恨めしかった。
重箱と小鉢と袱紗を前に悩むこと二刻半。
いい加減仕事に取り掛からねばならないのに。
とうとうどう足掻いても自分には洒落た礼はできないと開き直った。
とりあえず返しに行こう。そして礼を言おうと決めた。
当初の計画はどこへやらである。
1
突然 突発 非日常
至急 不意 未経験
それらは
さくらの苦手なことである。
元来おっとりした性格だが、医師や死神がそんな風では務まらないと鍛えられたおかげで、今では護廷十三隊四番隊の仕事はそつなくこなしている。
「
さくら!」
そんな彼女を不幸にも、よりによって当番の日
「ご馳走様、美味かったよ!」
浮竹という年齢にそぐわぬ心の持ち主が不意打ちを喰らわした。
詰所にて
さくらを見つけると、
さくらにいつもの挨拶をする間も与えず浮竹は話し出したのだ。
「
さくらは本当に上手だな。ありがとう」
「???????」
茶菓子は勿論のこと、かぼちゃも昨夜のうちに食べちゃったよとさも嬉しそうに話す。
漸く
さくらは浮竹が昨日の礼を言いに現れたことを理解しかかった矢先のこと。
2
「
さくらの作ってくれたかぼちゃも美味かったが、あの茶菓子は何処のだ?」
「??????!?」
いつもならにこやかに現れる十三番隊隊長が、今日は大口開けて大声出してやけに笑顔。
そのうえいつもの紋切り型の挨拶も交わすことなく、言いたい放題。
浮竹が大笑いをすることは知っている。
声が大きくてよく通ることも別段驚くことではない。
しかし今日の彼は京楽隊長かと見間違えるほど言動が
さくらにとって突発的だった。
浮竹自身が礼を返すという目的はすっかり忘れ、
さくらが中々菓子処を教えてくれないために
終いにはあの茶菓子は何処のものなのかを熱を帯びて尋ねているだけとなっている。
3
「あの……」
さくらが漸く口を開いたので、浮竹も漸く静かになった。
彼が喋りまくっていたので話し出せなかったのだが。
浮竹の顔が催促している。
さくらはまだ困惑した面持ちで、
「お口にあったのでしたら、またお持ちいたしますが……」
とだけ答えた。
「いや、それは悪い」
いつも自分が貰ってばかりなので浮竹はこれ以上
さくらに負担をかけたくなかった。
いい加減、隊長として男としての面子もある。
しかし、
さくらの口からは頑として店名は出てこない。
ふと浮竹は妙案を思いついた。
「じゃあ、俺に奢らせてくれないか?」
4
店名か食事に付き合うかの二者択一を迫られた
さくらが選んだのは後者だった。
完全に自分を見失っていた。
それも次の非番の日に約束してしまっていた。
いや、させられたのだが……本人はそのことにさえ気づいていなかった。
我に返った時は、何時の間に渡されたか記憶にない包みを持って立ち竦んでいた。
5
正午を回って現れた虎徹副隊長に
お昼に行かないの?と問われなければ、後どのくらいそのままでいたことであろうか。
さくらは昼食をとった。
一人でか、
あるいは
副隊長に相伴したか、
それさえ定かではない。
訳が分からぬうちに半日が過ぎ去ってしまっていた。
自分の身に何が起こったか、どういう経緯でどういう約束がなされたか
自覚したのは二刻ばかり経った頃だった。
さくらは初めて業務を怠った。
翌日には巻き返したが、
その日は三日後の約束に
深い後悔と自責の念に囚われて終わった。
6
武礼に
さくらの訪問を告げた死神はその場にへたり込んだ。
猛ダッシュで武礼に駆け寄ってきた様からして、六番隊隊舎前から息もつかずに走って来たのだろう。
その時はさほど深く考えずに、定時きっかりに上って自分を訪ねてきた姉の異変に気を取られていた。
いったい何があったのか。
膝丈の薄桃色の救護着で、帽子も取らずに突っ立っていれば、六番隊前では嫌でも目立つ。
それも上気した顔で瞳は潤んでいる。
やっちまったか………。
武礼はもう手の施しようがないことを悟っていたので、敢えて姉の姿に触れずに用件を尋ねた。
7
完全に四番隊隊員としての自覚が崩壊していた。
二人っきりの時と同じく、
さくらは
武礼の胸に縋った。
まず服装、次に弟とはいえ人目を憚(はばか)らずに抱きついてきたこと、後は一番厄介なその表情。
どうしたものかと
武礼は溜息をついた。
しかし仲間の視線は自分達に釘付けなのが背中越しでもひしひしと伝わってくる。
姉を落ち着かせることが最優先だ。
寧ろこの状況で今更何をしても変わらないかと開き直った。
「大丈夫だから」
どんな男よりも甘く優しく囁き、姉の顔に触れ、額に口付けを落とした。
「いい子だね」
一番安心できる科白を弟からもらった
さくらは、少し落ち着きを取り戻した。
頷くと再び
武礼の胸に自分を預けた。
もう隊員達の反応は見まい。
副隊長に俺が上らせてくれと言っていたと伝えてくれと誰ともなく頼んだところ、多数が頷いてみせた。
8
まずはこの格好を着替えさせなきゃならない。
夕食を六番隊でとるのは墓穴を掘るだけだ。
近くの料亭で部屋を取るか。
すっかり「姉」になってしまった
さくらの肩を抱きながら、
武礼は四番隊へと向かった。
9
武礼を尋ねるまでに
さくらの頭の中も整理されて、料亭に着いた頃には何があったかを説明することはすぐできた。
武礼は聞き終えると、肘を付いて顎を載せた。
「そもそも、なんで本当のことを言わなかったのさ」
さくらはうっと言葉に詰まった。
相手の勘違いを正すことができるほど、
さくらは口達者ではない。
武礼も姉の反応を見て、それを感じ取った。
「で、どうするの?」
相手は護廷十三隊隊長だ。
「断りたいの?」
出来ることならそうしたい。
「断るに断れないんだね?」
そう今更。
相手が寝込んでくれるなり何なりしない限り、
さくらの方から一旦受けた誘いを断るなんてできないのだ。
10
「
さくら姉はさぁ」
姉を呼ぶことで顔を上げさせた。
「嫌いなの?浮竹隊長のこと」
本日二回目の突発事項発生。
さくらの頭のネジは二~三本外れた。
「た…」
武礼が三口ほど茶を呑んだ頃に
さくらは口を開いた。
「隊長に対して嫌いだなんて―――――!」
恐れ多くも上官に対してそのような事は口が裂けても言えない言葉だ。
「隊長じゃなかったら?」
「?」
「隊長としてでなく、男としてはどう?嫌いなの?」
いつものことだが暫しの沈黙。
「浮竹隊長は、男の人だもの…」
はいはい、と聞き流す。
姉の分類する中に、恋愛対象としての異性という項目が培われていないのは知っている。
武礼は根負けせずに粘った。
11
「じゃあ浮竹隊長は護廷十三隊の一隊長であって、
さくら姉の薬が必要なければ話もしたくなければ顔も見たくない相手なんだね?」
だから隊長に対してそれは失礼だと
さくらに返される。
どう言えば伝わる? 難しいものだ。
武礼自身、恋愛の好きとか嫌いの定義がわかっていない。
ただ浮竹が
さくらに好意を持っているとは感じる。
護廷十三隊隊長なら実力は申し分ない。
どんな男なのかは知らないが、姉さえ嫌でなければ殊更目くじらを立てることではない。
12
「浮竹隊長って、どんな人?」
一度置いた箸を手にし、
武礼は惣菜に箸を伸ばした。
えーっとねと足げく通う隊長の印象を一通り説明し終えると、
さくらは
武礼も会ってみればと言った。
「会うったってさあ…」
何の繋がりもない平隊員の自分が、おいそれと他隊の隊長に会えるものではないだろう。
通常なら
さくらもそんな事は口にしなかっただろう。
しかし今日は完全に常識の崩壊まで追い込まれていた。
13
「
武礼も非番だったでしょ?」
何、いつ?と返そうとした時だ。
「明々後日、
武礼も一緒に来て」
「―――――――いや。イヤイヤイヤ、それは駄目だって」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ。
況して相手は護廷十三隊隊長ときてる。
虚よろしく斬魄刀でぶった切られるかもしんないじゃないか。
浮竹隊長なら大丈夫だと思う――――
さくら姉はそう言った。
………そんだけ安心な隊長(おとこ)なら
食事ぐらい一緒にしてやってもいいじゃねーか。
結局
さくら姉のお願い&おねだり仕草に断りきれなかったのと、
さくらの心眼を信じて同行することにした。
最悪は、将来の義兄様にお会いしに参りましたと言い逃れをしようと腹を決めて……………。
続
************************************************浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月