十月――――
さくらは浮竹と他愛ない会話をするぐらいに打ち解けていた。
最近では浮竹の非番が十三番隊の三席二人に台無しにされた話などに、笑い声を聞かせてくれるほどに。
相変わらず
さくらから自分にあった出来事を話し出すことはないが、浮竹に問われれば家族のこと、とくに弟の
武礼について楽しそうに話してくれた。
「そうか。
武礼が」
「はい…」
嬉しそうにはにかむ。
そうやって恥ずかしげに俯く姿は
天宝院家の家紋、竜胆を思い起こさせる。
浮竹は素直にそれを口にした。
さくらの相槌は否定的な疑問形なのはわかっていたが。
「
さくらだけでなく、
武礼もだよ。凛とした強さと、奥ゆかしいというか優しい雰囲気のどちらも持ち合わせてて」
褒めすぎですとはにかみを過ぎて赤面してしまったが、少し間を空けて
「浮竹隊長は、弟と面識ございましたでしょうか?」と訊いた。
1
「話したことはないんだ。でも
さくらに似てる」
入隊式の時以来ほとんど姿を見かけたことはなかったが、忘れることはなかった。
顔や雰囲気が似ている為、すぐに血のつながりがあるのはわかるが、お似合いの二人だ。
いつか機会があれば話してみたいなと告げた。
さくらも私もそうですと、浮竹の弟妹について記憶があることを示した。
他愛もない、いつもと変わらぬ楽しい会話のはずだった。
さくらは名門貴族のお姫様にも関わらず、料理・洗濯・掃除もこなせるという。
それは護廷十三隊でも十分役に立つであろうと、母が教育してくれたおかげだと。
感心して聞いていた浮竹は、何の邪気も無しに感想を述べた。
「
さくらは、いいお嫁さんになるだろうなあ…」
「……そんなこと、ありません」
さくらは確信を持って否定した。
いつものことだ。
褒め言葉をすんなり受け入れる
さくらではない。
2
だから何の違和感もなく浮竹はどうして?
さくらならきっといい奥さんになるよと繰り返した。
意外にも半ば自棄ぎみに「私。許婚にふられているんです、よ」
と―――― 突然酷く辛そうに吐露した。
静まり返った部屋の無音に、
さくらは言葉を失った浮竹に気づき
ね、私がお嫁さんになるなんて夢のまた夢なんですよと表情に滲ませた。
浮竹の沈黙は同意ではなく、あの日の
さくらが目の前にいたからだ。
3
泣いていないのが不思議なほど
切ない
傷だらけの
さくらああ、だから――――
力を振り絞る君は
あんなに脆そうで
泣いてしまえばいいのに
耐え忍んで………
胸が 痛んだ
何かに…
全てに耐えられなくなったのか、
さくらは背を向けた。
どうしても目を合わせたくなかったらしい。
浮竹も無理強いはしなかった。
今すぐにでも逃げ出しそうな
さくらをなんとか椅子に腰掛けさせ、暫くの間肩を支えてやっていた。
支えた掌から徐々に落ち着いてきたのが伝わった。
4
暫くして
さくらが浮竹を気遣い、俯いたままだったが口を開いた。
「…お見苦しいところを、お見せしました……」
浮竹の手は肩から背中に滑り、少しずつ小さな
さくらを抱きしめていた。
「俺に縋ればいい」
力になりたかった。
「俺では駄目か?」
伝えてしまいたかった。
けれども
それは出来ない。
たった一人の男に
全てを否定されて
その傷口から
まだ血が滴っている
さくらの痛みにつけ込んで
心を奪うなど
浮竹は気持ちを閉ざした。
そうして指先から掌、腕と先程とは順序を逆に、ゆっくりと力を抜いた。
5
「済まなかった」
哀れみの抱擁と受け取ったのか、
さくらは静かに首を振って答えた。
それでも浮竹は彼女の背中をまだ完全に手放すことができない。
いつも通りきちんと編まれた黒髪を、浮竹は初めて間近で目にした。
髪も肌と同じく柔らかそうで、瑞々しくも甘い香が嗅覚に届く。
普段なら詰所に漂う乾燥した薬草や燻した匂いに気づかないのだが。
結局――――酷く無理をしてその場を離れたことだけが、その日の記憶に残っていた。
6
翌日、
さくらは非番だった。
「今日は外出していますよ。以前から予定があるって言ってましたし」
武礼と連れ立って出掛けたのではないかと告げられたが、もう浮竹の耳には入っていなかった。
→Writer's notE→→
************************************************浮竹隊長が
さくら様の哀しい過去を知りました。
さくら様は一途なのです。
親が決めた求婚者でも、良き妻になろうと心に決めていたのに……。
浮竹隊長もまた不器用な方だから、簡単に気持ちを伝えられなくなってしまいました。
どうか
さくら様、あなたを本当に想うからこそ打ち明けられない浮竹隊長を、わかってあげて下さい。
天宝院さくらでした。
浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月