「浮竹隊長が、梅干茶漬けさえ喉を通らないほどの重病なんです!!」
さくらには、この言葉の重みが即座には理解できなかった。
十三番隊では浮竹の嗜好も日々の体調も、こういった表現でも通じるのだが
他隊であり、浮竹の好物が茶漬けなどと知らぬ
さくらにとってはリアクションに困るのも当然であった。
しかしそれを見た十三番隊三席にとって
さくらの反応は
無視にしか見えなかった。
1
「――え? 」
さくらが気付いた時には
背に腹は代えられぬ三席二人に十三番隊宿舎、浮竹の部屋に連れ込まれていた。
しゅるるる…パタン
さくらの背後で、戸が閉められる。
目の前には
「ん…」
物音に反応して眠りの浅くなった浮竹が床に臥している。
一歩も動けず、指一本動かせず息も殺したが
「………?」
浮竹は目を覚ましてしまった。
「……
さくら …」
ここで見るはずのない姿に、どこか現実味のない声で問う浮竹に
さくらは止めていた息を吐いた。
そして四番隊隊着から覗いた膝を折り、浮竹の傍に正座した。
「
さくら、なのか?」
手の届く範囲に見える恋人に、浮竹は今一度問いかける。
黙って自分を見詰めている
さくらに、浮竹はゆっくりと手を伸ばしてきた。
「
さくら…」
その手に感じた
さくらのぬくもりと感触に浮竹は安心し、力なく微笑んだ。
2
「…熱は、高くありませんね」
浮竹の伸びてきた掌を両手で包み込み、四番隊隊士として浮竹を見詰めた。
どうやら自分が寝入っていたことさえ自覚がないようだ。
さくらを見た後、一度天井に目線をやった。
暫くして、
さくらが此処にいる理由に行き着いたらしい。
「心配をかけたか。済まん」
さくらが自分の腕を布団に戻している間に謝った。
さくらは静かに目線を落とすことで、それを軽く否定する。
「…梅干茶漬けもお召し上がりになれないほどだと、伺いました」
どうやらそれほど浮竹の体調が悪い状態らしく
そして、だからこそ自分が連れて来られたという意味を込めた。
「――ああ…。今朝は少し、な」
喉が炎症を起こしているのだろう。
唾液はともかく固形物を飲み込むには辛い状態だった。
「他に症状はございませんか?」
愛しい男であるという感情を抜きにしても、
食事ができない程度にしては辛そうに見えたのだ。
3
「…頭痛がしてな。今はもう――」
「…十三番隊の方に、大根湯をお作りいただくように伝えておきます」
話をするのは辛いだろうし起き上がれば再び頭痛に見舞われることだろうからと、浮竹が無理をする前に
さくらは遮った。
咳、発熱の症状はない。
風邪のひき始めと体調の悪い時期が重なってしまったのだろう。
そう診断した
さくらは、早々に退室する素振りを見せた。
「……行くのか?」
浮竹は名残惜しげに、仕事に戻る
さくらを眺めた。
「はい」
元気なら掛け布団から伸びてくるであろう浮竹の手も、今日は
さくらを引き止めない。
「…そうか」
浮竹にも風邪気味だという自覚はある。
だから
さくらを長居させてうつしてしまいたくない気持ちもあった。
4
「あと一時ほどで業務は終わります…」
頭を下げられるだけ後ろに下がっていた
さくらは、その場でゆっくりと口を開いた。
「大根湯を飲んで、暫くお休みいただけますか?
私は今からお薬を処方して…」
仕事として、自分を気遣っているのだと黙って浮竹は聞いていた。
「――業務終了後に、お伺いしても よろしいです、か…?」
遠慮がちに、
さくらは看病を申し出た。
仕事としてではなく、浮竹の許へ出向いて来て傍に居てもいいのかを、
さくらは問うているのだ。
「――――無論だ」
いつだって、そう願っている。
なのにいざとなると、その気持ちを伝える言葉はぎこちないものであった。
5
「失礼致します」
ゆっくりとお辞儀をすると、
さくらは部屋を出た。
しゅるるる…パタン
戸が閉まり
愛しい影が去り
眠りに就く前と変わらぬ部屋の状態に戻ると
浮竹はゆっくりと布団の中から手を出した。
熱は無い。
自分の掌を額から退け、
さくらに触れたはずの手を眺めた。
夢では ない。
確かに
さくらは、もう一度訪れると約束してくれたのだ。
「
さくら―――…」
愛しい女性に触れた手が愛しく、
自らの手に口付けた。
6
業務終了時刻
既に浮竹は
さくらの指示で作られた大根湯を飲んで
さくらの再訪を待っていた。
朝と変わらず風邪をうつさぬよう、浮竹は誰にも近づかないように念押しして
布団の中で
さくらを待っている。
だが業務時間を過ぎても
さくらは現れなかった。
やはり駆けつけてくれるほどではないのか。
もしかしたら人目を気にして足を運ぶ勇気が萎えてしまったのか。
最初は自分が眠っている間に来ては帰ってしまうのではないかと眠ることもできなかったのだが
今では
さくらが訪れてくれない理由を考えて、とっくに眠気は失せてしまっていた。
業務終了後という約束からすれば、半刻以上経っていただろうか。
あれほど念押ししたにも関わらず、仙太郎と清音が相変わらずの口喧嘩をしながら近づいてくるのがわかった。
やれやれ…と勢いよく戸を開けた仙太郎に目をやると、
戸を開けた仙太郎と清音に挟まれて
さくらが小さな土鍋を手に立っていた。
7
「隊長、
さくらさんがお見えです!」
「
さくらさん、お粥を作って持って来てくれたんですよ~」
三席二人の声は、耳に入らなかった。
さくらがこんな形で訪れる。
それは浮竹が全く予想だにしていなかった事だからだ。
いつもならば、二人っきりになるのを誰かに知られるのさえ拒んでいる
さくらが
業務の枠を超えて自分の許を訪れる姿を曝すとは……。
「では、
さくらさん。浮竹隊長をよろしくお願いします!!」
しゅるるる…パタン
さくらの背後で、戸が閉められる。
さくらはまだ四番隊の隊着のままだった。
自分の仕事が終わった直後から粥を作り、出来立てを持参してくれたのだろう。
清音が運んできてくれた膳に、
さくらは土鍋を置いた。
「いかがですか?何かお召し上がりになれそうですか?」
「…ああ」
8
「浮竹隊長は、梅干茶漬けがお好きだそうで…お茶と梅干は医者要らずと言われるほどですから、一口でもと…」
土鍋の蓋を取ると、中は梅干入りの茶粥だった。
梅干入りとわかって飲み込んだ唾液はすんなり喉を通過した。
自分の体は午前中よりも回復している。
そのことに浮竹は今更ながら気がついた。
さくらは茶粥を碗に少しだけ取り分けた。
そして木の匙に乗せた粥の湯気を見て、
さくらは思案している。
浮竹が舌を火傷するほどの熱さでなければいいがと考えているのは容易にわかる。
吹いて冷ますというのは上級貴族には無作法なことなのか、粥を求める浮竹に構わず
さくらは未だ匙の上の湯気を眺めていた。
「………」
ゆらゆらと立ち上ってはたちまち消える湯気に、
さくらは少しだけ首を傾げてみせた。
なんと、まあ…
さくらとの時間はゆったりと過ぎるものだ。
だからこそ過ぎてしまうのはあっという間な気がするのかと浮竹は苦笑した。
9
「少し、温度をみてからお召し上がり下さい」
湯気とのにらめっこを終えた
さくらは、僅かばかりの粥を浮竹の口許に寄せた。
「ん…」
ほんのり茶昆布で味付けされた梅と茶粥は、普段浮竹が口にする梅干茶漬けとは異なるものだった。
「…お口に、合いますか?」
慣れ親しんだ味に、
さくらの仄かなアクセントが利いている。
舌から喉へと滲みる僅かな茶粥に、力の源が取り込まれるのを感じた。
「ああ。体に沁み込むようだ」
浮竹が気にならぬ程度に雑穀なども入っている。
頭痛と喉の炎症を起こしている浮竹に最も必要な栄養素を
負担のないように少しだけ体内に送り届けることで、
さくらは浮竹自身の体力を覚まさせるつもりだった。
再び匙に半分も乗っていない粥を
さくらはじっと眺める。
「………」
暫くは恋人の、そのおっとりした仕草に浮竹は見とれていた。
ふと、視線を下げた時だ。
さくらの側にある仙太郎が置いていった薄手の布に目が行った。
10
「…寒くないか?」
浮竹は、それをてっきり
さくらのひざ掛けか何かだと思ったのだ。
「寒いですか?」
さくらは浮竹が寒気をもよおしていると取ったらしい。
浮竹の顔に視線を移した。
一旦匙を置くと、浮竹が気になった薄布を手にした。
一度開いて形を崩すと、ふんわりと浮竹の胸元にそれを掛けてやった。
それは一瞬にして羽でもあるような軽さに、陽だまりのような暖かさを浮竹にもたらした。
「
さくらが寒くないかと訊いたつもりだが…」
不思議な…
さくらに相応しい薄布の感触に、浮竹は戸惑った。
「…これは、浮竹隊長に」
さくらは再び匙を手にする。
もう十分な温度に下がった粥を浮竹の口許に添えた。
喉を通る温かさと肩に掛けられたぬくもりに、身も心も委ねたくなる。
体調の思わしくない浮竹は心地好さも手伝って、それが朽木の纏う上級貴族の当主の証、銀白風花紗と同じ織りの布であるとまでは頭が回らなかった。
11
「もう少し、お召し上がりになれますか?」
「ああ」
全部平らげられる感触はある。しかし
さくらとのこの時間を長く過ごしたい浮竹は、敢えてそのことを口にしなかった。
それからも
さくらはゆっくりと、何度も
浮竹の一口にも満たない粥を浮竹に食べさせた。
一回に食べさせる量も少なく看護し慣れた
さくらだ。
口許を汚すような食べさせ方はしなかったが最後の一口を浮竹が飲み込み終えると、口許を拭ってやった。
「ご馳走様」
浮竹の感謝の言葉を聞くと、
さくらは軽く笑みを見せ土鍋を部屋の外へと運んだ。
「失礼します」
そう
さくらが告げるものだと浮竹は腹を括り、努めて自然な別れの言葉を唇に用意して恋人を見詰めていた。
しゅるるる…パタン
さくらは
畳に戻ると戸を静かに閉めた。
「………」
まだ、居てくれるのか?と問うのは情けないと口にはしなかったが、浮竹の本心は訊きたくて仕方がなかった。
12
戸を閉めた薄桃色の隊着の
さくらが立ち上がり、再び浮竹の傍に腰を下ろす。
「土鍋を下げてくだされば、浮竹隊長が召し上がったのがわかるでしょう」
恐らくは浮竹の驚いた顔の意味を取り違えたのだろう。
「お夕食までは、何も口にせずにいてください。お薬はその際に服薬願います」
さくらは先程と同じ位置に正座したまま微笑んだ。
「隊長、ご気分は如何ですか?
…何かご入用でございますか?」
額の白い髪を指先で、はらりと退けて柔らかな言葉をかけてくれる恋人。
「…
さくら」
「はい」
必要なのはお前だと告げるものの、単に話を切り出す為に名を呼ばれたと思ったらしい。
さくらは綺麗な返事をしただけだ。
「…傍に居てくれ」
先程までは淡い期待だった。
しかし今は去らないとわかった恋人に気持ちを伝えた。
「お傍に、おりませんか?」
大丈夫だ。
さくらのその表情に拒否は無い。
浮竹は更に甘えた。
13
「もっと、近くがいい」
「…はい」
敷布ぎりぎりまで
さくらは膝を詰めた。
浮竹の手が布団の中で滑る音がする。
ぽす…
浮竹の動いていた手は自らの体を支えただけで、
さくらを捉えたのは浮竹の頬。
さくらの正座した腿の上に、浮竹は頭を乗せていた。
「隊長…」
困った
さくらの声がする。
「隊長、いけません。お体が冷えます」
そっと白い髪ごと浮竹の頭を支えると、持ち上げようとした。
しかし浮竹は今日ぐらい、今ぐらいは許して欲しかった。
さくらに甘えたいんだと正直に告げようとした矢先に
「私が、敷布に座してよろしいですか?」
さくらの方から浮竹に訊いてきた。
思わず眉を上げて見上げた
さくらは、やはり静かに微笑んでいた。
今の、は…聞き間違いでもなければ幻聴でもないよなと
浮竹は直ぐに枕など放り投げてしまいたかったが、擡げた頭に走ったズキンという痛みに一瞬動きが止まってしまった。
14
「無理なさりませんように」
代わりに
さくらが枕を除けてくれた。
そして改めて枕のあった位置に正座して、膝を差し出している。
浮竹が再び頭を乗せると
できる限り布団を掛けて、それでもできる隙間は軽く暖かな薄布で埋めて
さくらは膝枕をしてくれた。
夢じゃないよな?
さくらの顔を見上げながら、浮竹は瞬きをした。
こんなにも、すんなり自分の望みどおりに行くものか?と恋人をただただ眺めた。
「あの…、
さくら?」
浮竹は、自分の頬や髪を優しく撫ぜてくれる恋人の手が止まらぬよう
慎重に口を開いた。
「はい?浮竹隊長」
さくらは無意識なのか、浮竹の顎を指の腹でくすぐるかのように弄っている。
「今日は、どうして看病してくれるんだ?」
はい?と
さくらは尋ね返した。
「その、いつもなら寝込んでも…」
看病どころか、見舞いにさえ来てくれたことはなかったじゃないか―――
と言うのは拗ねてるように聞こえるかと躊躇った。
15
「…訪ねてきてくれたことさえなかったのにな」
今日はとても嬉しいと素直に言う前に、
さくらの気持ちを知りたかった。
「お風邪を召してますから」
は?
さくらの言う意味は、浮竹には理解できなかった。
目を見開いた浮竹に、
さくらもそれでは言葉が足りなかったと悟ったらしい。
「普段のお薬は、浮竹隊長が寝込まないように体調を維持する為のものです。
それを服薬いただいても尚、床に臥されたのであれば私がして差し上げられることは何もございません」
うん、と頷くもまだ納得していない様子の浮竹に、
さくらは更に説明を続けた。
「ですが風邪ならば、これ以上悪化させぬようにお手伝いすることは可能です」
漸く
浮竹にも
さくらの意図が理解できた。
しかしそれは大きな誤解である。
「そんなことはない。いつだって俺は、
さくらが傍にいると元気になれるんだ」
だから風邪以外で寝込んでも来てくれないか?と遠まわしに伝えたつもりだった。
16
その途端
さくらの顔が
唇が重なりそうなくらい近づいてきた。
この体勢で、
さくらから口付けられるのかと身構えた浮竹は
「完治されたようには見えませんが?」
「―――!?」
全くそんな気のない恋人の、単に病状を確認しただけの行為を誤解し口付けの期待までした自分の思い上がりに全身がカアッと熱くなった。
「…そ…れは――」
やられた…!
色恋沙汰に疎く四番隊としての志の高い
さくらがこんな時に口付けなど、それも自分からしてくれるはずなどないではないか!
真っ赤になった浮竹の動揺を、
さくらは発言どおりに風邪が治っていない恥ずかしさからだとでも思ったのか、クスクスと笑うだけだ。
「どうやら私がお傍にいるだけでは治りが遅いようですから」
まだ笑いを含んだ声で浮竹をからかうように見て続けた。
「お夕食まで、こうしていらっしゃいますか?」
浮竹が期待した事に全く感付く事もなく
無邪気に自分の顔に降り注がれる恋人の微笑に
「…ああ」
しっかりと浮竹は頷いてみせた。
fin*
************************************************さくら様、浮竹隊長にピンクの隊着でアーンしちゃったよ―――!!
しかも膝枕まで…///
これで浮竹隊長が膝枕を好きになったというオマケ付き(?)でした。
タイトルの意味は『有能な看護婦』です。
そしてお題は『お見舞いに来たヒロインに甘えてしまう浮竹隊長』でしたのに、何処か隊長を甘やかしてしまうヒロインになってしまった気が……。
東雲蜜葉様、ご覧くださった皆様すいません。
所詮、さくらですからこんなものです。
笑ってお許しください!
2007.11.12
浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月