っきゃあああああぁぁぁぁ―――っ!さくらは、心の中で悲鳴を上げた。
手にしていた重箱に、ガッ、ガガッと重みがかかったかと思うと、
ものの数秒で水羊羹は飾りに敷いていた笹の葉を残して跡形もなく消えていた。
「あ、これ!それは食べちゃだめ!」
水羊羹にくっついてきた笹の飾り葉を母親が抓んで取る傍らで、
その指まで食べてしまいそうな勢いで羊羹を頬張る幼い甥っこ。
さくらは重箱を膝に押し付けられそうになりながらも、夫の兄弟の子ら――殊更甥に手土産を配り終えた。
と言うよりは食い尽くされていた。
もう一段の重を持った十四郎の妹が、姪らに一切れずつ渡してやる。
手馴れた義妹は
さくらのように正座して皆に重箱の中を見せず、立ったまま配っていた。
1
幼い子らの医療に携わった経験のある
さくらは、子供を然程苦手としてはいない。
寧ろ交流を好み、今まで何の問題もなく接してきていた。
しかし今日は面食らった。
十四郎の結婚式以来、浮竹家の者が揃うのは二度目であり、
二人お雛様の如くやんちゃな甥っこ達を一番いい席から眺めていた時とは違い
久しぶりに触れ合う彼らに、
さくらはたじたじになった。
何しろこれだけ居れば生存競争は激しい。
特に食べ物に関しては早い者勝ちだ。
既に
さくらの手作りの菓子の味を占めている甥らは、無防備に
さくらが差し出した重箱に群がった。
数は十分に用意したつもりだ。
しかし少しでも早く食べ終え、次を狙う甥達はあわよくば遅れた者の分まで口にしようとする。
2
まあ、自分の子が兄弟の子の分まで食べれば親は自分の分を差し出すしかない。
そういう暗黙のルールはあったが、親はどう数えても二人。
大して子は最低でも三人は授かっている。
食べ物の恨みは恐ろしい。
その諍いを避けるためには、親がしっかり自分の子を抑止できる能力が求められた。
大人の分は義母が小皿に乗せて運んで来た。
「もうアンタの分は食べ終えたでしょっ!」
母親がペチンと手の甲を叩いてくれなければ、
さくらには止めようがなかった。
「普段、こんな上品な味の菓子を食べたことないからねえ」
義母はその様を見て笑うが、
さくらには先程の甥らの行動は身の危険を感じるほどの出来事であった。
とりあえず、夫の実家への手土産は喜んでもらえた。
次からは配り方にも気を遣おうと、
さくらは今日のことを教訓に思う。
3
男達は軽く酒も入り、女達は久しぶりのお喋りに余念がない。
子供らは年齢差を気にすることなくある程度の塊となって騒いでいる。
十四郎は常に
さくらの傍らに居た。
静かに時間を過ごすことは
さくらにはできるが、こういう雰囲気に慣れていないのを承知していたからだ。
夫らは胡坐を組み、妻達は足を崩し、嫁いで来た嫁も妹も遠慮なく語り合っている中、
さくらだけは足も崩さず話しかけられても言葉も砕けない。
歳の差というのも、嫁いできたばかりというのもあるだろう。
4
「
さくら、縁側に出よう」
まだ馴染めないのならば、そろそろこの場から離してやろうと十四郎は考えた。
さくらの水羊羹に喰らいついた小さな甥達が昼寝をする為に、縁側に面した涼しい部屋は荷物と肌掛けが置かれている。
十四郎はその部屋を通り抜けがてら座布団を掴むと、縁側にてそれに腰を下ろした。
さくらの家族と過ごすのとは全く対照的な時間が流れている。
浮竹家が賑やかなのはどうしようもなかったが、せめて気疲れせぬように妻を労わってやりたかった。
5
ドタタタタタタ
タタタ…「―っきゃあ!」
「待て待て待てえー!」
「おりゃあああっ」
「…………」
静けさを求めて移動してみたが、今の浮竹家に静寂を維持できる場所はないらしい。
甥っこらの容赦ない棒切れでの剣術ごっこが目の前で繰り広げられる。
「えいっ!」
「やっ」
「とうっ!」
「はっ!」
ゴッ!
「きゃあああっ!」
さくらは慌てて足袋のまま、庭先に降りた。
6
「大丈夫?大丈夫!?」
喉を突かれた方は、ゲホゲホッと何度か咳いた。
枝の切り口が平らだったために打撲で済んではいたが、この枝先が尖っていたらとぞっとする。
「あああ、どうしましょう」
治癒能力の低い
さくらだが、とりあえず手当てにかかろうとした時だ。
「放っておいて、大丈夫だ」
十四郎は
さくらの肩を後ろから抱いた。
7
「痛い思いをすれば、加減もわかるようになる」
そう言って、庭に寝転んだままの甥を起こそうともせずに
さくらを引き離した。
「でも」
「大丈夫だ」
いつもの柔らかな笑みを浮かべ、十四郎は眉間に皴を寄せている
さくらを宥めた。
「これぐらい、どうって事ない」
まだ何か言いたそうな
さくらを抱き上げ、縁側に連れ戻した。
8
こんな時は、
さくらも足袋の汚れは気にならないらしい。
縁側に下ろされると、もう一度倒れた甥を目で追った。
とっくに起き上がり、反撃に出ていた。
「な?」
さくらの顔から心配そうな表情が失われると、十四郎は最後の一押しとばかりに、微笑んで見せた。
十四郎は抱き上げたそのままに、
さくらを自分の腕で包み込む。
「そんなに心配ばかりしなくていい」
お前ばかり、気に病むなと髪を撫ぜる。
「子供なんて、特に男はあれぐらい当たり前だ」
髪の一束に口付ける。
何人もの兄弟、甥っこの成長を見てきた十四郎だ。
どの程度が危ない事なのか、どこで手助けしてやるべきなのか、わかっていた。
9
「だいたい、親が放ったらかしなんだぞ?」
せいぜい食事の時間に、あの痣に気付くぐらいだろう。
「大丈夫だ、
さくら」
妻を自分に凭れさせ、しっかりと包み込んだ。
目を閉じて、耳を澄ませば……
「とりゃー!」
「ふんっ」
「でええぇいっ」
遠くで元気な声がまだ駆けずり回っている。
ぽす…
さくらの頭が十四郎の胸に寄りかかる。
夫の全てを、今告げられた言葉を受け入れた仕草だった。
10
誰よりも支えてほしいはずなのに
いつもぴんと伸びた背筋で、一人でしっかりと立とうとして
寄りかかろうとしない妻の重さを感じられる今は
十四郎にとって至福の一時だ。
もっと、俺に頼ればいい
決して不安な思いなどせぬように
いつでもお前を
支えてやりたいんだ
二度と悲しまないで済むように
いつでもお前を
守ってやりたいんだ
この腕にこの胸に
感じる
さくらのぬくもりと重みはまだまだ物足りないほどだったが、
ようやっと十四郎に肩を預けてくれるようになった。
11
ザリザリザリザリザリザリ
今度は皆、庭を棒で引っ掻きながら現れた。
刀が筆へと変化している。
一番幼い甥はまともに直線も描けず、年上の甥は中々しっかりとした濃い線を描いてやって来た。
葦簀(よしず)を立てかけた日陰で三人はしゃがみ込み、各々が思い思いの物を描く。
上手に描けない甥は欠伸をしてみせた。
「…お昼寝しよっか?」
さくらが問うと、ううんと首を振った。しかしその目は今にも閉じてしまいそうだ。
それでも久々の従兄弟との時間が惜しいのだろう。
こっくりこっくりしながら、兄貴分達と同じく地面を眺めている。
12
「俺と遊ぼう」
十四郎は片手で
さくらを抱いたまま、居眠りしそうな甥を手招きする。
「何してあそぶの?十おじちゃ」
その言葉に三人共反応した。
「そうだな…相撲はどうだ?」
眠たげな子供がいるのに、十四郎は興味を誘う。
「やる」「やる!」「やる」
「よーし。じゃあ部屋でやろう」
棒切れを放り出して縁側に駆け寄って来た甥っこらを十四郎は上げさせた。
「…手を拭くものでも持ってきます」
さくらは十四郎から離れると、甥の手足を拭く濡れ手ぬぐいを探しに一旦十四郎の側を離れた。
13
さくらが戻ると、
「ってえいっ」
「んー、まだまだ」
十四郎は四角い土俵で甥と組んでいた。
「二人でかかって来い」
「おい、十おじちゃの足、とれ」
「むうー…」
半分ぐらいの背丈の甥と組むのに、十四郎はかなりかがんでやっていた。
ふと見ると、最年少の甥は大の字にひっくり返って動かない。
14
さくらが心配してそっと近づいて見ると
熟睡していた。
十四郎を見遣ると、二人の甥を相手しながら片目を瞑ってみせた。
そうだったのかと、やっと
さくらは解った。
部屋に誘うために、
寝かしつけるために、
十四郎は相撲を取ろうと言ったのだ。
「ああーっ、負けたっ」
十四郎はごろんと畳に大の字になった。
「やった」
「やったじぇい」
二人も汗だくになりながら満足そうに畳に寝っ転がる。
15
「強くなったなあ、お前ら」
「へへ、次はオレ一人で倒す」
「ボクも一人でたおす」
「ああ…」
二人の頭をぽんぽんと触りながら、十四郎は目を閉じた。
それからスースーと寝息を立てる。
「あ、十おじちゃ、寝た」
「ねた」
明らかに狸寝入りだったが、十四郎の腕に包まれた子供らには寝たように見えるらしい。
十四郎と同じく目を閉じた二人は
すぐに夢の中だった。
16
最初に寝入った子の手足を拭き終えると、
さくらは何処に寝かそうかと辺りを見回した。
「そこの肌掛けを敷いてやってくれ」十四郎が小声で指示する。
この季節、布団など暑くて敵わないから、浮竹家では畳に肌掛けを敷いて寝かしつけるのが普通だった。
こんな薄い布一枚で、しかも枕もしないなど…と
さくらは賛同しかねるが、子供の体に見合うサイズの肌掛けが荷物の中に用意されていた。
大して重くない甥を、
さくらはそっと用意した布の上に寝かせてやった。
17
十四郎も両脇の二人が完全に寝入ったのを確かめるとむくりと起き上がり、
二人を抱き上げ同じように寝させた。
三人が川の字になって眠る傍らで、十四郎も横になって肘をついて甥を眺める。
時折 ひんやりとした風が通り過ぎていく。
葉月も終わり間近となれば、日中でも風の恵みを感じられることがある。
さくらは畳に寝転ぶ十四郎と甥っこらを、団扇で軽く扇いでやった。
18
ちりり…ん時折、軒先の風鈴が涼しげな音を立てる。
開け放してある襖の向こうに、人の気配がした。
「あら、お義姉さん。ありがとうございます」
義妹が西瓜を何切れか運んできてくれた。
「お義姉さんとお義兄さんの分、置いてきますね。子供達には起きてから食べさせますから」
「ありがとうございます」
さくらは丁寧にお辞儀を返した。
19
さくらの品のある手が団扇をゆるりゆるりと動かす様を見て、義妹は溜息に似た笑みを漏らす。
「子供なんて、放っておいてもらって構いませんからね」
もう何人も育ててきた義妹には、
さくらの丁寧な子供の扱いに苦笑する。
「でも…汗疹(あせも)ができてからでは厄介ですから」
「子供達は後で、起きたら水浴びでもさせます。
それより…」
義理の妹は更に苦笑いして、
さくらの腰を指し示した。
「そっちの子の方が大変ですね」
そう言うと、その子の面倒だけは義姉さんよろしくお願いしますよと笑って襖の向こうへ姿を消した。
20
さくらは今一度、自分の腰を抱いて寝ている
あどけない大きな子供の顔を見る。
生え際に少し汗が滲んでいる。
手ぬぐいを手にすると、白い髪の際から輪郭に沿ってそっと汗を吸い取ってやった。
それからまた、団扇でゆるりゆるりと扇いでやる。
21
ちり…りん「ん…」
四半時ほど寝入っていた大きな子供は、少し眠りが浅くなったようだ。
「西瓜、お召し上がりになりますか?十四郎様」
耳元にそっと囁くと
コクリと頷き
「あ」の口をして見せた。
ちりり…ん軒先の風鈴が涼しげな音を立てる。
「お待ちください。まだ種を除いておりませんから…」
それを聞くと一旦口を閉じ、
十四郎は再び
さくらの膝に頬を摺り寄せた。
fin*
************************************************三月に結婚されて、五月の子供の日に集まって、お盆過ぎの今回、浮竹隊長の兄弟全員と揃って会った設定です。
ですからまだ新妻の
さくら様は緊張が解けておりません。
お盆過ぎにしたのはUPの時期が今だという事もありますが、
きっと護廷十三隊はお盆の時期は虚や整の為に現世にて忙しいのではないかと仮定して、今頃なら非番が取れるかな?と思いました。
浮竹隊長、
さくら様を甘やかしてました?
いつの間にか浮竹隊長、甘やかされちゃってました?
ご満足いただけなかった場合は
改めてリクエスト願います。もういいって?
2007.08.31
浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月