「隊長。
さくら様のご用意が整いましたっ」
仙太郎が着物姿の隊長にそう告げた。
「ああ。いつも済まん」
腰を上げた浮竹が仙太郎を従えて向かう先は四番隊宿舎。
今日は浮竹十四郎が非番の日。
さくらと他出する日でもあった。
四番隊宿舎前では清音が待ち構えていた。
「遅いぞ小椿。何やってんのよっ」
「ああーん?テメーは待ってるだけだろうが、俺は隊まで戻ってんだ。遅くて当ったり前だろーが!」
「それにしては遅すぎるって、言ってんのよっ」
今では
さくらも慣れてきたが、相変わらず二人はけたたましい。
本当は自分らの他出にもついて来たいのを堪える二人のささやかなる楽しみだと浮竹に諭されたが、
さくらには男女が大声で口論するなど違和感が拭いきれなかった。
1
浮竹が
さくらと婚約した事を公表した日。
十三番隊は酔っ払いの輩で無礼講の大宴会となった。
今まで浮竹が他人である
さくらにちょっかいをかけるなと抑えていたが、
これにて解禁と言わんばかりにこの日以来、
さくらは十三番隊に何かと構われる始末である。
浮竹自らが
さくらの許を訪れようとしても三席の二人が代わりに行くと言って聞かない。
仕方なく、無駄な役割を与えて宥める始末であった。
2
仙太郎を連れて歩く隊長の姿は違和感がないが、間に
さくらを挟んで他出する様は
浮竹を「意外と亭主関白」と評価させていた。
無論、浮竹にそんなつもりはなかった。
しかし奥ゆかしい
さくらと自分を崇拝する部下は常に浮竹を立てる為、あたかもそうさせて見えるのだろう。
「「行ってらっしゃいませ!お気をつけてー!!」」
三席二人に見送られ、二人は護廷十三隊を後にする。
浮竹は朽木隊長のように隊内に従者などいないと言っていたが、あの二人は十分その役目を果たしていた。
3
見送りの二人も見えなくなり護廷十三隊を十分に離れたところで、
十四郎は振り返って
さくらの手を取ろうとする。
しかし、貴族らの人目を気にして
さくらは応じてくれることはまずなかった。
確かに上級貴族でいい歳をした者がそのような振舞いは憚られるのやもしれん。
そう我慢して十四郎は下級貴族の街中までは
さくらを従えて歩く。
4
ようやっと懐かしい通りまで来て
「今日はこの道を行こう。この通りには俺がガキの頃、通った習字屋があって…」
さり気なく肩を抱き、隣に並ばせる。
上級貴族の道幅ほど広くなくとも、ここまで来ればなんとか肩を並べて歩いてはくれるようになっていた。
しかしこの指が触れ合う距離になっても
さくらと手を繋ぐことは出来ない。
行く先々で十四郎を見知った者達が気軽に声をかけて来る。
その都度
さくらは両手を前に添えて丁寧なお辞儀を返すからだ。
結局いつも、二人並んで浮竹家の門をくぐるのが精一杯であった。
5
「これが十おじちゃんのお嫁さん……?」
十四郎の隣に座る
さくらに自分の顔を出来うる限り近づけて
ませた年頃の姪は遠慮なく
さくらの顔を注視した。
「そうだ。俺の奥さんになる嫁さんだ」
十四郎は機嫌よく答えた。
6
「兄さん、それって同じ意味だと思う」
しっかり者の妹が指摘する。
「一緒なのか?」
「どちらも結婚した女性、妻の呼称でしょ。兄さんはまだ
さくらさんのこと、そんな呼び方する権利ないのー」
そのまま唇をすぼめて見せる。
7
「
さくらさん。兄さんって優しそうにみえるけど、結構亭主関白だと思うよ」
覚悟しておきなさいと肩を竦めた。
「なんだ? それ、どういう意味だ?」
長男で、七人もの弟妹をまとめてきた浮竹である。
普段は穏和な表情をしていてもリーダーシップを発揮する時の姿は男らしく、
護廷十三隊一隊長を担うだけのことはある。
「承知しています」
さくらもそういう十四郎を立てる女だ。
「
さくらまで何だっていうんだ?」
姪っ子の次は十四郎にまで顔を覗き込まれる。
8
「兄さん、歩く時いつも前歩いてるでしょ」
妹の指摘に、十四郎が首を捻った。
さくらは三歩下がって男の影を踏まず、ついて行く女である。
そのように育てられたのだから当然であって、特に十四郎がそうさせているわけではない。
「そんなことないぞ。並んで歩くことだってある」
なあと
さくらに相槌を求める。
さくらも黙って頷いた。
「でも、手を繋いだりはしないでしょ?」
「やだ、姉さん!兄さんが手、繋ぐなんて」
下の妹はそう言うとケラケラと笑った。
9
十四郎は二人の反応を訝しむ。
「…俺が手を繋いで歩いたら、可笑しいか?」
「絶対、ヘン」
「手を繋ぐって言うよりも、きっと握り締めてるよ」
「そう。それに突然走り出したりしそう」
「優しいんだけど優しくないって言うか」
「女心がわかんないって言うか」
ねえーっと女同士、視線でも語り合う。
「自分の意見が通らないととんでもない事するしね」
「あー。する、する。考えは道理に適ってるんだけどねえ」
「いざって時は頼りになるけど」
「いつもは子供みたいだし」
徐々に兄の話に火がつき始めた。
10
「何年か前なんて寝込んでるからって静かにしてたら、いつの間にか子供らと外に出ちゃってたりしてさ」
「あの時はホント、何処捜してもいなくて心配したよね」
「「子供らの」」
噴き出しそうになりながら、顔を見合わせて妹達は思い出話に華を咲かせる。
「なんか、兄さんってさあ…」
「年の割りには」
「「子供よね―――」」
普段は好みも性格も正反対の二人の息がぴったり合っていた。
11
「…………」
爆笑を続ける妹らを、十四郎は腕を組んで見ていた。
ちらりと隣の
さくらに目を遣ると、どうも目を合わせたくない様子だ。
さくらも俺のことをそう思ってるってことか?
妹らの甲高い笑い声はまだ続いている。
「兄ィ、口じゃあ絶対女にゃ勝てんぞ」
酒の入った弟が背後に肘をついて仰け反り、口出ししてきた。
「承知している」
十四郎が憮然として答えた。
12
「じゃあ俺達はそろそろ帰るとするか」
十四郎がそう言い腰を上げると、
さくらも静かに立ち上がった。
もう丁寧な挨拶をしてから退室する間柄ではなくなっていた。
「随分寒くなってきたし、今夜ぐらい泊まっていかんか?」
相変わらず父は実家での宿泊を促す。
「まだ嫁さんになったわけじゃないからな」
生活習慣の異なる長男の家に嫁ぐだけでなく、気配りを怠らない
さくらだ。
嫁ぎ先で丸一日一緒に過ごしては気疲れしかねないし、いくら親兄弟と同じ屋根の下とは言え、けじめはつけたかった。
13
「お邪魔致しました」
さくらが玄関先で深々とお辞儀をする。
寒がりな
さくらは、防寒用に打掛と襟巻きは欠かせない。
別れの挨拶を済ませ、門を出ると、十四郎は
さくらの細い首に襟巻きを回してやった。
「…ありがとうございます」
さくらが巻いてもらった襟巻きに手を添える。
14
「結婚前から俺は優しくないと言われては、敵わんからな」
昼のことを少し根に持った言い方をした。
「優しくないとは…」
さくらは思ってはいなかったが、強力な妹達の口があった浮竹家での状況に反論の余地はなかった。
「ほら」
十四郎が手を差し出す。
「手を繋いで歩きたいんだろ?」
「…いえ。結構です」
さくらは歩を緩め、十四郎の後ろについた。
「……そうか」
昼間は手も繋がない男は優しくないとでも言うような話に同意していなかったか?
全く女の気持ちは解せない。
十四郎から手を取っても、
こうして促してみても、
さくらは応じてくれはしない。
15
いくら護廷十三隊内でも公になった関係とは言え、勤務先での触れ合いには限度がある。
殊更
さくらはそういう点において自らに厳しく
二人っきりの医薬品取扱専門詰所でも、そう簡単に手も握らせてくれない。
隊を離れた今だって、こうして一旦後ろを歩き出すと十四郎の手の届く範囲に
さくらは居てくれない。
そんな
さくらと一体、いつ手を繋げると言うのだ。
もう一度、体を捻って手を差し出してみる。
「別に、走り出したりしないぞ?」
「そういう意味ではありませんから」
触れていいのであれば
躊躇いなくその手に
この手を重ねる。
だが嫌な思いをさせるだけだ。
振り払おうとする
さくらに、何度謝ったことか。
16
髪に触れることは出来る。
肩を抱くことも出来る。
時には抱き締めることも。
口付けることも。
なのに…
ビクッ
毎回毎回
さくらの手を取る度に驚かれていては、いい気がしない。
こんな状況で
手を繋いで歩くなど
到底あり得なかった。
「…俺は手に力を入れすぎてるか?」
「…いえ。特には…」
17
さくらの
艶のある爪
白い指
滑らかな手の甲
柔らかい手のひら
十四郎の体を守り
愛しむ手
触れていたいと望まぬほうがおかしいくらい、その手は十四郎を魅了していた。
手を繋いで歩きたい。
然も女ならば誰もが望むかのように話していたが、
それは寧ろ十四郎が願っていることであった。
18
「
さくらは、どっちなんだ?」
何の前触れもなく足を止め振り返って尋ねる十四郎を、
さくらは激しく瞬きを繰り返して見上げた。
「手を繋いで歩きたいのか、歩きたくないのか。どっちなんだ?」
今まで一人で考えていたらしいと、
さくらも十四郎の心中を理解した。
「…時と、場合によります……」
ある意味思わせぶりな言い方である。
では一体何時なら良くて何時は駄目だと言うのだ。
肝心な事が返事から抜けている。
19
「それじゃあ今は?」
「今は…」
確かに先程は拒まれた。
この返事だって否定的だ。
「明日は?」
「――え?」
「明後日は?」
「――――…」
「では、何時なら手を繋いでいいんだ?」
「…………」
道の真ん中で仁王立ちして十四郎は答えを迫る。
如何にも十四郎らしい純粋な問いかけ。
20
「…………」
しかし
さくらは押し黙ったままだ。
無理やり聞き出そうとする自分が悪かったのかと反省せざるを得ないほど、
さくらは唇を噛み締めるように力を入れ俯いてしまった。
「…済まん。
本当にわからん」
不意に大きな肩を落として項垂れた。
こういうところが子供っぽいと言われるのだろう。
素直に降参し、しょぼくれているのが見て取れる。
女心に疎いのは致し方ない。
それでも理解しようと努力する姿に、
さくらも心が動いた。
21
「…隊長としてのお立場に影響のない時とか……」
「じゃあ、どうして今は駄目なんだ?」
顔を上げ、目を見開いて尋ねる。
下級貴族の夜の街中だ。人目もなく手を繋いで歩いたとて、問題はないだろう。
「後は…手が、荒れていない時とか。
その…冷えていない時とかでしたら……」
今日、十四郎は小春日和の日差しの下で
さくらの指先まで滑らかなその手を眺めていた。
今日の
さくらの手指が美しくないとは、決して言わないだろう。
22
「…あっ!」
さくらが声を上げた時には
十四郎は
さくらが体に添えていた手を掴んでいた。
「――――本当に…」
その冷たさに驚いた。
さくらは慌てて十四郎の手を振り払う。
「…だから、今 は……」
冷え切った指先を、襟巻きで隠すように覆った。
十四郎の大きくて温かで、手のひらのみならず
さくらの全てを包んでくれそうな手。
その熱を全て奪い取るほどの自分の冷たい手が、
さくらは嫌だった。
23
さくらに更に近づくと、十四郎は襟巻きから覗いている手首を掴んで手を握った。
驚きつつも
さくらは十四郎に告げた。
「今は手を繋ぎたくない時だと、きちんと申し上げました。
離してください」
「離さん」
十四郎は更に手に力を込める。
「言ったはずだ。いつでも、どんな状態だろうと
さくらの手も指も好きだと」
触れるのに、手を繋ぐのに、拒まれるのは余程の理由があるのだと思っていたが
そんな理由なら遠慮などしない。
する必要など、ない。
24
「況してこんなに冷たいんだったら、温めてやりたいじゃないか」
駄目か?
そう言いながら、
さくらの手が逃れる術などないほど掌と笑顔で包み込んでいた。
そうして自分の袖で隠れるほど、
さくらの手を引き寄せた。
掴まれた手を捻って抜こうとしても十四郎の袖口から手が覗くこともない。
しっかりと…少し痛いぐらいに掴まえられていた。
「あの…繋ぐなら、お願いがあります」
「うん?」
手を解こうとする
さくらを、十四郎は逃すまいとする。
それを離してもらうには、自分の気持ちを説明するしかない。
25
「こちらの手で…」
さくらは反対の手を差し出した。
「左手か」
さくらの右手と繋ぐには、十四郎は左手を差し出さなくてはならない。
初めてと言っていい、左手に感じた
さくらの手を何度も握り直した。
「なんだかしっくりこないな」
「では致し方ありません」
さくらがその手も離そうとする。
「いや、いい。左でいい」
十四郎が折れた。
「…やれやれ」
いつものようにガリガリと十四郎は頭を右手で掻く。
26
「だが、
さくら。
替わり番こにしないと両手は温められん」
「温めていただくのに手を繋いだわけではありませんから」
むう、とお互い睨み合う。
二人とも変なところで強く出る性分なのは、承知していた。
「何時もながら…」
睨み合っていた
さくらが諦めた表情を見せると
「関白だからな」
十四郎はふっと笑った。
「私も、硬骨ですから」
さくらもまた自嘲気味にそう言うと、くすりと笑った。
真冬の
さくらの手は、十四郎の陽だまりの手で
既にどちらのぬくもりともわからぬほどに温められつつあった。
fin*
************************************************タイトルのThe smooth hand of Youは直訳すれば‘君のなめらかな手触り’。
smoothにはこの他に物事が順調に進む、障害などを取り除く、人・感情などをなだめる、俗語では素敵な・魅力あると言う意味があります。
当初、さくらの中の浮竹隊長は女性の手を優しく握るという事はなく、いつもしっかり握られて
しかも前を見てグイグイ引っ張っていく感じで
さくら様は手を繋いで“歩く”こともままならなかったのを思い出しました。
「
さくら~、好きだー!」
って、最初は花ゴテ級の熱烈アタックだったんですよねぇ。
だってそのぐらいでないと朽木隊長に勝てなかったんですもん。
思い起こせば三隊長のイメージもかなり変化しておりました。
リクエスト頂いた方、
この程度でよろしければご笑納(?)ください。
ご満足いただけなかった場合は
改めてリクエスト願います。またか……。
2007.08.23
浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月