「……火鉢ですか?」
さくらは浮竹が宿舎の庭先で問うた物の名前を答えた。
少し大振りな感じはしたが、夏の名残はあれど季節は秋。
今から持ち出してくる物としても形からしても火鉢ぐらいしか思いつかなかった。
浮竹はふふんと少し得意げな笑みを浮かべてその陶器を拭くために布巾を手にした。
今は隊首羽織を脱ぎ、死覇装でやる気満々に見える。
あの表情ははずれ。
不正解で、当てられなかったことが嬉しい時の浮竹だ。
1
さくらはそれがわかっていたので、
上体を屈めて大きな陶器を拭き始めた浮竹の前に
着物の膝裏が皺にならぬよう手を添えてしゃがみ、正解を待った。
解答を待つ
さくらはじっと浮竹を見ている。
それも目先の鍛えられた手元ではなく悪戯な目を。
丸い陶器を右からぐるっと一周拭けば、動く頭に合わせて
さくらの見上げた視線もついていく。
浮竹がその従順さを堪能した頃、一抱えはある陶器は拭き終えられた。
「こいつを何処に置くかなんだが……」
何処にしようと
さくらに問いかける。
名前も用途もわからない物の置き場所を相談されても、
さくらには答えようが無かった。
2
浮竹は暫く乾かすつもりらしく、底を汚さぬように紙を敷いた。
中で茶菓子でも食おうと
さくらを誘う。
手も洗い、浮竹の準備が整うと、
さくらは脱ぎ置かれていた隊首羽織を丁寧に持ち、衿を開いた。
頭の上ぐらいに浮竹の肩がある。
自分の胸元の高さで右衿から大きな手が隊首羽織に滑り込んでくる。
左も同じように通すとそれをすうっと上げていき、肩甲骨を過ぎたあたりで衿をついっと立つようになぞって離した。
さくらはそのまま跪き、羽織の裾をピッと引っ張った。
癖で無意識にやっているらしい。
男に着物を着せ慣れていた。
3
宿舎の一室にて、
さくらが茶を入れる。
浮竹は
さくらが携えてきた袱紗を解き、茶菓子の入った重箱を取り出す。
いつもの光景だった。
ただひとつ違うのは、宿舎の客間であること。
まだ日の高い時刻だから宿舎内に隊員は疎(まば)らなうえ、客間とあってはしんと静まり返っている。
さくらが愛しげに茶を注ぐ。
そういう顔に見えるのだが、それは自分の思い過ごしかと浮竹は自分に問うていた。
「どうぞ?」
いつもなら、そろそろ我慢できなくて最初の一個を口にしている浮竹が、今日は
さくらの茶を待って菓子に手をつけていない。
自分が遅いのかと思い、
さくらは浮竹に勧めたのだ。
結局浮竹は
さくらが茶を差し出し、きちんと浮竹の前に座りなおすまで動かなかった。
4
浮竹の様子がいつもと違うのは感じたが、
まず思い当たるのが今日の茶菓子が気に入らなかったのかということだ。
茶にも手をつけない。
「あれはな」
浮竹が不意に言葉を放った。
「睡蓮鉢と言って、玄関先などに浮き草とか水生の植物を観賞するのに置くんだ」
庭先での問いに、漸く答えてくれているらしかった。
5
「
さくらの金魚が、少し成長しただろう?」
だから雨乾堂に置いてある金魚鉢では手狭になってくるかと思ったのだと。
しかしかなりの大きさだった。
「この廊下の前にでも置こうかと思うんだが」
此処は人気も少なく雨露も凌げるしと続ける。
「雨乾堂の池に放つことも考えたんだが」
あれは
さくらの金魚だからと、途切れ途切れに語った。
しかしこのような宿舎の客間よりは雨乾堂の方が、他隊の隊士である
さくらはまだ出入りし易かった。
さくらがいつでも見れるようにと気遣うのなら、池に放ったほうがいいのではないか。
浮竹は湯飲みを手にした。
ゆっくりと
さくらの入れた茶を口に含む。
さくらもそれを見て自分も口にした。
「
さくら…」
浮竹は湯飲みを戻すと、女が同じように置くのを待って名を呼んだ。
「俺と結婚してくれないか。
返事は今すぐでなくていい。その……
ゆっくりでいいから、考えてみてくれないか」
6
浮竹は自分をまっすぐに見つめていた
さくらに向かって、まっすぐに自分の気持ちを打ち明けた。
さくらには、唐突すぎた。
浮竹にもそれは十分わかっていたので、返事を急かさない旨を付け足した。
それでも
さくらは動けなくなってしまっていた。
目を逸らす、という行為ができれば よかったのかもしれない。
しかし
さくらは到底思いつかなかった。
茶化すでもなく、いつもの笑顔なわけでもなく
しっかりと自分を見据える男の眼差しに
いつものように謙(へりくだ)ることも
返事を先延ばしにすることも
況して
嘘をつくことなど
到底思いつかないほど
浮竹の眼差しに
捉えられていた。
7
さくらが返答に困っているのを解(ほぐ)すためだろうか。
「
さくらが嫁さんになってくれたら、部屋は此処がいいと思わんか?」
浮竹はいつもの笑顔を見せた。
だから其処の廊下に
さくらの金魚を放った睡蓮鉢を置こうかと言ったのだ。
それを
さくらに相談したのだ。
予想通りの反応に、浮竹は話題を切り替えた。
8
「どれから貰おうかな」
重箱を手にして、茶菓子を選ぶ。
「
さくらは?どれにするんだ?」
浮竹が重箱を覗き込んでもそれを自分に差し出しても、
さくらの視線は動かなかった。
「
さくら」
浮竹は重箱を横に置き、
さくらの眼前で掌を振った。
「おおーい、起きてるかー」
口に手を当てて、間近の女に尋ねる。
「
さくら――――」
両肩をがっしと掴み、揺さぶってみた。
流石にこれで表情が変わり、いつもの笑みを見せる男と目があった。
固まったのは浮竹のほうだった。
9
このまま抱きしめてもいいのではないか。
いや、
さくらはこういう眼差しを向ける子なんだと言い聞かせた。
それでも………
「
さくら…」
駄目か?このまま口付けて、抱きしめては……。
肩を抱いた掌を退けることができない。
少しだけ顔を近づけた。
視界のぎりぎりのところで
さくらの唇が微かに開き、浮竹は動きを止める。
「…ぉ」
一度開いた唇をキュッと結び、浮竹に抱かれた肩が息を吐いたために一旦下がった。
「お返事はどのように」
瞳が潤んで揺れている。
その問いがなければ、唇を合わせてもいいのかと思えた。
10
「
さくら。それは」
さくらの唇から零れたのは否定の言葉ではなかった。
しかし落ち着いて確認しなくてはならない。
しかし、しかし!!
この距離で 互いの息が互いの唇に感じられるこの距離で
言葉による確認など、無粋ではないか?
「まだっ」
浮竹の顔が更に近づく様相を感じると、
さくらは熱い吐息と共に短い言葉を発した。
浮竹も仕方なく耳を傾ける。
「未だ、家の者に
相談してみないことには何とも―――」
瞳を逸らさずに吐く女の科白ではない。
「あ、ああ…」
浮竹はわかっていると同意したが、言葉と行動は伴っていなかった。
11
離れない浮竹の顔に、
さくらは気が遠くなってきていた。
でも、ちょっとだけ
返事をもらえる約束だけ
したい
浮竹の唇が
さくらのそれを掠めると、
それだけでもう
砂糖菓子でできた
さくらの体はとろとろに溶けてしまった。
→Writer's notE→→
************************************************ようやく浮竹隊長と
さくら様は両想いになりました~!
浮:長かったな。
これでも1年半の短縮です。
浮竹三年
朽木ニ年
京楽一年
の内容だったんです。
浮竹:それで、続きは?
京楽隊長・朽木隊長が出揃ってから、浮竹隊長とのハニーな(?)ストーリーをアップします。
浮竹:もう完成してるんだ。アップしたらどうだ?
京楽隊長が煩くて、朽木隊長が怖い霊圧を放ってますιιι
それに続きとなると裏とかいう内容になる気がしますし………。
浮:裏って何なんだろうな?
甘とほのぼのの違いもさくらはわからんらしい。
浮竹隊長もわかっていないご様子ですね。
こんなストーリーに最後までお付き合いくださいました、
さくら様、ありがとうございました。
φ(..)天宝院さくらでした。
浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月