闇が更に深まり、川原に来ると朝から続いていた日差しの熱気もやや弱まってきたように感じた。
浮竹は草むらに腰を下ろすと、下駄を放り出した。
武礼は
さくらが座れるように布を敷く。
斜面に腰を下ろすなど初めての
さくらは正座をしようとしていた。
そんな姉をどうにか座らせて、続いて何やら囁いている。
「オイ
武礼、コッチ来いやー」
「あ、はい!じゃあいいね?」
小椿三席に呼ばれた
武礼が念押しすると
「ぅん…」
さくらは小さく返事した。
1
突然だった。
色とりどりの化学反応が闇を染める矢先
胸に衝撃がかかる。
体の中で破裂しているかのようだ。
太鼓ほど余韻はなく、直接胸にくるその衝撃の後の一瞬の美しさ。
打ち上げ花火のその大きさと儚さと美しさに、
さくらは首を反らして見続けた。
浮竹は寝転んでしまおうかとも思ったが、隣にいる
さくらの花火を映す瞳が綺麗で結局横になることができなかった。
「花火―――」
浮竹が話しかけた時に空で花火が炸裂した。
「 ? 何ですか?」
さくらは聞こえなかったので、浮竹に耳を寄せた。
本人は耳を寄せたつもりだろう。
浮竹の口許には
さくらの頬が接近していた。
「ぃや、 んで な…」
続けて花火が上がる。
「はい?」
更に首を傾げる。
花火の色に染まった
さくらの頬は艶やかで、耳の側でふわふわとしている後れ毛が浮竹をからかっているかのようだ。
2
思わず近づけてしまった自分の唇の行き場に困り、浮竹は右手を添えて
さくらの耳元で囁いた。
「…はい。こんなに近くで観るのも初めてですし、大きな花火を観たのも初めて、です。」
さくらも真似をして左手で花火の音を遮って伝えようとする。
声もそうだが、それに混じって届く息が浮竹の心臓を煽る。
そのまま
さくらは右手で自分を支え、暫く花火を見続けた。
それは浮竹に寄り添っていたいわけでなく、首筋が疲れてきていたからだろう。
暫くすると今度は左に体を傾けた。
3
最後の花火が闇に散り、見物客が大勢川原を去っても、
武礼は戻って来なかった。
十三番隊に捕らえられ、戻りたくても戻れないのだろう。
さくらは弟を待っている。
しかし時間も時間だ。
「
さくら…」
浮竹としても申し訳なかったが、帰舎を促した。
このまま此処にいても、とっくに隊員達の思惑どおりであることに変わりなかった。
「仙太郎らにつき合わされて、
武礼は戻って来れんようだな」
浮竹は立ち上がって下駄を履いた。
「
武礼に、戻るまで動くなと言われたかも知れんが…そろそろ」
「
武礼は」
さくらも草の上に立ち上がろうと体を上げた。
「浮竹隊長の傍を離れないように、と言ったんです」
さくらも下駄を履くと顔を上げた。
「帰ります」
そう言うとキュッと唇を引いた。
4
カラッ コロ カラン カラッ コロン カラ コロ カラッ―――――
カッ コッ カ…
ズッ カッ コ…
カ… ズッ
二人の歩の中に、時折下駄を引き摺る音が入る。
コロ ズッ… カ
浮竹は漸く理解できた。
振り返って、
さくらの足元に屈んだ。
「
さくら…」
素足で履物を履いたことのない
さくらは下駄の鼻緒で指の間が擦れていた。
闇の中でも色が変わっているとわかる。
「どうして言わない」
だから
武礼が戻ってくるのを待ちたかったのか。
そうかと言って、護廷十三隊までいったい何町あると思っているのか。
浮竹は体を起こして
さくらの右肩を掴み、力を入れた。
「!!!」
バランスを崩した
さくらの背中を左腕で支え、抱き上げる。
驚いた
さくらは声も出せない。
ただ片方の下駄が地面に落ちる音がした。
5
浮竹はもう一方の下駄も
さくらを揺すって落とし、屈んでそれらを拾うと再び歩き出した。
さくらの心臓の音が激しく煩くて、痛いぐらいに鼓動している。
この距離で浮竹にも届かないはずがなかった。
ずっと俯いている
さくらが、はっきりと告げた。
「歩きます」
浮竹の耳にも十分届く声だった。
「隊長。私、歩きますから…」
さくらにしては主張したほうだ。
しかし浮竹は歩調を変えることなく、当然
さくらを下ろそうともせずに歩き続ける。
「隊長…」
握りしめていた両手を解いた。
右手に金魚の袋の口をしっかり握ったまま、左手を浮竹の衿に添えた。
さくらの緊張した身体は指先まで染め上げていたが、闇にて隠される。
6
「
武礼でなくて、不本意だろうが…」
緊張に耐えられずに浮竹の胸に頬を預けた
さくらに言う。
「偶(たま)には――」
さくらの耳に頬に肌を通して浮竹の声が深く響く。
「俺にもいい格好させてくれ」
カラッ コロ カラン ―――――
「隊長は…いつも素敵です…」
浮竹の言葉に暫し酔いしれた
さくらが、男の鳴らす下駄の音にかき消されそうに告げた。
「ん。……そうか…」
やはり小さな声だったが、
さくらには浮竹のその振動が直接届いた。
続
************************************************浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月