「遅いなー」
十三番隊参加者が全員揃ったことを確認して、そろそろ行こうかと声をかけた途端、清音が手をかざして遠くを眺めた。
「なんだ、勇音も誘ったのか?」
それに気付いた浮竹が尋ねた。
「いいえ。姉さんじゃありません」
じゃあ誰を待ってるんだと訊こうとした時だ。
女を抱えた男が走って来るのが見えた。
「…す 」
男は女を浮竹の前に下ろすと、遅刻を詫びようとしたのだろうが声にならなかった。
男の首から絡めていた腕を外し、手にしていた下駄を履くと、女は「だから扇子ぐらい持ってくればよかったのに」と自分の手で男の顔を扇いでやった。
「 ち わ…かっ 」
後で団扇を買うからいいと言いたかったようだ。
どうして
さくらが!?
浮竹は呆然としたが、それが隊員達の差し金なのは問わずも哉。
両手を地面について肩で息をしている
武礼にまずは水をやってくれと声をかけた。
1
律儀にも約束の時間に間に合わすために姉を抱えて全力疾走した
武礼は、勤務を終えてから浴衣やら何やら揃えたらしい。
それは“突然のお招きに感謝いたしますが、せめて午前中にお知らせ願います”とやんわり厭味を添えたからだ。
それで団扇を忘れたらしい。
謝るのは浮竹の仕事になってしまった。
「これで“全員”揃ったな!?」
浮竹の確認に、隊員達は白々しく返事をした。
2
団扇を買い求めに行く道すがら、
さくらは浮竹と
武礼に謝った。
浮竹が寝込んだと聞いた日に雨乾堂で視診(と触診?)を終えた[
さくらはその後でいつもの薬を用意していたところ、十三番隊の隊員が受け取りに来たそうだ。
その際に花火大会には誘われていたと。
しかし断りを入れたので、それで終わったものと今日まで
武礼にも言わずにいたのだと。
「じゃあ、なぜ今日になって?」
浮竹が素直に疑問を口にすると、
さくらは首を傾げた。
「え? あの…」
さくらの反応で、"また"隊員達が余計なことを言ったのは察しがついた。
武礼もこれが浮竹の誘いではないことに気付いた。
「誰から聞いたのさ、あの話」
武礼が
さくらの口から言わせようとする。
「…虎徹副隊長」
と言うことは先程小さな体を背伸びさせて額に手をかざしていた、彼女の妹が絡んでいるのは間違いなかった。
「浮竹隊長が急に倒れられることがある。その時その場に居ないとあの症状は判断できない。特に―――」
浮竹に視線を送りながら、
武礼は自分も聞いた内容を告げた。
3
「今夜は遠出になるから、付き添ってほしい」
そう聞かされたんだよなと。
お前ら、後で覚えてろよ!!
浮竹は肩を怒らせた。
隊長に掴まらないよう、陰謀を企てた輩は散りじりになって歩いている。
「この店の団扇でも見ない?」
武礼は何でもなかったふうに傍らの二人に話しかけた。
さくらの上にある浮竹の顔も同時に頷く。
「俺は、これかな」
武礼は紺地に細い白の縦縞が流れた浴衣に赤みのある茶の帯を締め、結び紐は白と茶の二色だ。
その手にしたのは水色の地に金魚が泳ぐ姿がくりぬかれ、団扇の茶色い芯が覗いている。裏はその金魚の白一色の団扇だ。
4
さくらのほうは白地に藍の幾何学模様が四本の線でU型に上下何箇所も繋がれ、裾から70cmほど上っている。
足元と肩から袖口にしか模様のない浴衣で普段とあまり変わり映えのしない大人しい柄である。
しかし
武礼と同様手書きの京友禅の技法にて染められた、贅沢なものである。
ただ帯は深みのある赤で結び紐は藍の一色。
さくらの好みを反映しつつ、
武礼のアクセントの効いた組み合わせになっていた。
さくらは小振りの折り紙のような図案の赤や桃色の朝顔が右寄りに散りばめられた表と裏は浴衣と同色の市松模様の団扇にした。
花火が上がるまで露店を楽しむことにした。
5
花火大会というものはただ花火を観るだけでなく、そういうものだと
武礼が説明する。
さくらは金魚すくい自体を知らなかったので、浮竹が相手をした。
「まずは試しに」
「はい」
何も教えずに
さくらに網を渡した。
細い針金を摘んで金魚の下に潜らせ、そのまま引き上げた。
「………………」
ものの見事に
さくらの網は破れた。
情けなく垂れた紙から雫が滴る。
やっぱりそうなったかと浮竹は持っていた次の網を渡し、今度はコツを教えた。
「――――」
言われた通りにしたものの、あっけなく失敗する。
網を静かに水に沈め、大人しくしている金魚の下になるようにし、水面に移動させて金魚の中点が網の枠に乗るようにゆっくりと引き上げ、すかさず容器に移した。
――――のだったが。
「ま、最初はそんなもんだ」
浮竹は
さくらの左肩を叩いた。
そしてもう二枚網をくれと頼む。
6
もういいですと
さくらは断ったが、
「コツを覚えれば大丈夫」と
さくらにもう一度網を渡した。
そして背中から
さくらの手に右手を添えた。
ふんわりと、穏やかな深緑色の浴衣を身に纏った浮竹に包まれる。
「こいつにしよう」
浮竹は最初に掬う金魚を決め、網を沈めた。
後は水面から持ち上げるだけとなった時、
さくらにもう少し指先の力を抜くように言うと
チャプ…
朱色の金魚が器に流れ込んだ。
網も破れていない。
「もう一回、自分でやってみないか?」
浮竹は右腕を自分の体に戻した。
さくらはぎこちなく頷きながら答え、掬う金魚を探した。
チャ…プン
網を飛び越えて何とか容器に着水した。
穴は開いたが、自分で掬うことができた。
7
残りの一本は浮竹が使うことにした。
さくらは透明な袋の中をゆらゆらと尾ひれを揺らしている二匹を眺めていた。
「オヤジ、入れ物もう一個くれないか」
さくらが浮竹に目をやった時には、二人分の容器にうじゃうじゃと蠢く金魚。
なのに、まだ掬う気らしい………………。
「心配するなオヤジ。掬うだけだから」
渋々容器を差し出す相手にそう言うと、一本の網で掬えるだけ掬って、浮竹は金魚を残してその場を離れた。
8
身支度に時間を取られた
武礼は、屋台で腹を満たし終えていた。
「掬えたの?」
隊長に手伝ってもらったと答えた。
さくらは右手で金魚の袋を掲げ、左手で受けている。
落ちることはないだろうが、透明な空間で泳ぐ生き物を気遣うのだろう。
武礼は慌てて用意したため、団扇以外にも
さくらの巾着を購入し忘れていたが、もう必要ないと言われていた。
闇が更に深まってきた。
続
************************************************浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月