今日は
さくらが非番なのを知っている。
海燕の命日だからだ。
浮竹は、どうしても伝えなければならない事だけを考えながら四番隊隊舎へと向かっていた。
昨年同様、
さくらが修錬場にいると思ったからだ。
浮竹の行く手を遮ったのは、同じく非番の
武礼だった。
悲しみを表す身に纏った着物は、死覇装よりも濃い色に見えた。
「―――そう、か…」
さくらが思う場所に居ないことを、浮竹が問う前に
武礼が教えた。
そうかと言ったものの、では何処にいるのかと尋ねていいものかどうか、浮竹は戸惑った。
「志波家を支援するのは、父の意向です」
武礼は浮竹の気持ちを酌んだのか、淀みながらも語る。
今日は父が志波空鶴の元へ金子を携えて向かっていること、誕生日は次代当主の自分が行くことを説明した。
1
「命日には俺が、誕生日には
さくら姉が墓参りに行くのが通例でした」
片手が顔を覆った。
「でも昨夜、自分が墓参りに行きたいと…」
姉が申し出たと告げた。
武礼は、同行するつもりで今朝四番隊へ迎えに行ったが、独りでいいと断られていた。
今から急遽護衛の手配をするところだと、
武礼は浮竹から離れようとした。
浮竹は弟の肩を掴んだ。
「俺が行こう」
2
敷地に染み込んでいるのか、浮竹が門をくぐった途端に菊と線香の匂いがした。
上級貴族ばかりが名を連ねる墓前を淡々と進み、拓けた場に出る。
四大貴族の霊廟は、想像を絶する広さと造りを誇っている。
浮竹も一度だけ訪れていた。
しかし海燕の灰の一握りに会うために来たところで、あいつが此処に眠っているとは実感し難いほど立派すぎた。
さくらはその霊廟の前で、手を合わせていた。
墓守がいるのだろう。
手入れの行き届いた其処に来るのに、対の花と線香があれば十分だった。
じっと、浮竹が到着してから眺めていただけでも四半時はゆうに手を合わせている。
瞳は伏せられていて、
さくらの心は読めない。
ついっと顔を上げると漆黒の瞳が霊廟を映し出した。
視線を感じたのか、両手を下ろしながら首を回し、近づいてきた男を捉(とら)えて全身をピンと張った。
3
さくらは浮竹が現れたことに驚きはしたが、何故此処を訪れたのかに疑問は無い様子だった。
「海燕と、何を話してたんだ?」
更に歩み寄り、浮竹も線香を取り出す。
さくらからの言葉は無い。
背を向けたまま火を点け、
さくらの線香に自分のそれを足す。
浮竹が手を合わせようと下がる。
「いつもと同じ、ことです」
折角命日に参ったというのに、誕生日と何も変わりませんと
ささやかな笑みを見せた。
「そうか」
浮竹は安堵の溜息と共に漏らした。
そのささやかな笑顔は昨年の
さくらを払拭するに十分だった。
「俺は今年、どうしても海燕(こいつ)に言いたいことがあって来た」
瞬きをして頬に赤みを帯びた
さくらが、何をですかと問おうと唇を離した瞬間。
4
「海エ―――ン!!お前のかわいくて一途で純粋な許婚は、こおんなに美人に成長したぞ!!!ほんっと、残念だったなっ!!!!!!!」
静寂を打ち破る浮竹の叫び声に驚いた
さくらは、すぐには理解できなかった。
「………………な…」
さくらの唇が震える。
「いい子だよな、
さくらって」
本人は其処にいないかのように、海燕に向かって語り続ける。
「いっつも目の前にいる相手のために真剣で………俺なんか、この厄介な身体ごと世話になって―――お前が副官として俺を助けてくれてたように、
さくらは俺の身体を助けてくれてるんだぞ」
「お前、
さくらの手料理食べたか?」そりゃあ美味いんだぞ、と。
舞を見たことはあるか?
酒をついでもらったことはあるか?
5
お前もわかってたよな?
さくらが――――
「
さくらが、いい嫁さんになるって。 どれ程…」
どれ程おまえがこの子の成長を楽しみにしていたことか―――
「海燕……」
浮竹は漸く手を合わせた。
「もう、いいだろ?」
静かに目を閉じる。
「もう十分、
さくらはお前に尽くしただろう?」
婚約破棄されても、
お前が妻を迎えても、
死して尚
お前の命日も誕生日も結婚記念日も、幼い頃から忘れることなく祈りを捧げて。
いつもと同じ
“お元気にしていらっしゃいますか?”
“都さんと、仲良くお過ごしですか?”
『当ったり前だろ!?』
――――いつものお前の返事を聞く為に。
6
「
さくら、聞いたか!」
「―――ぇ?」
浮竹は振り向きざまに尋ねたが、
さくらには意味がわからなかった。
「何を…で、しょう…か…?」
浮竹の独り言を聞いていたか、というのだろうか。
「
さくらの旦那になる奴が羨ましいぃぃって歯軋りする、海燕の声だよ!!」
棒立ちだった
さくらが
見開いた瞳をゆっくりと細め
笑みを含んだ声で
小さく 「はぃ」
と答えた。
→Writer's notE→→
************************************************ようやく
さくら様も海燕副隊長を思い出に出来そうですね。
さくら様が海燕副隊長をふっきれなかったのは愛していたからというわけではありません。
王族に嫁げるほどの教育を受けたものの、
さくら様の適齢期にお相手がおりませんでした。
だから
さくら様のお父様が、親しかった志波家のお父様と良ければもらってくれと約束をしただけです。
でも素直で従順な
さくら様は、他に想う方もなかったので今まで海燕副隊長を偲んでいました。
そう。今までは…です。
さくら様、引き続きご覧頂ければ幸いです。
浮竹隊長〔一〕 風⋆花⋆雪⋆月