ポケモンSV・剣盾
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彼の滑りを見ているのが好きだった。白いキャンバスを右に左にと、優雅に速く滑っていく姿を見るのが。滑り終わったあとに見せた眩しい笑顔も、自信に溢れ輝いていた彼自身も。幼い頃からずっと近くにいて、彼を間近で見ていられるのがとても嬉しかった。
「グルーシャ!頑張れー!!」
「ありがとう。絶対ぼくが勝つから」
応援にだって、何度も足を運んだ。その度に勝利宣言をしては、有言実行してくれた。勝つ度に喜び、『おめでとう』を伝え、そしてまた応援に行く。それを何回、何十回と繰り返した。
「グルーシャー!!サンドイッチー!!持って来たよー!!」
「そこ置いててー!!」
そして、練習に精を出す姿もよく見ていた。『差し入れに』とサンドイッチを渡したこともある。彼がよくいる上までの距離が遠くて、毎回叫んでいたものだから、頻繁に喉を痛めてしまったことも懐かしい。
「ぼくに勝てるやつがいたら、いつでも挑戦受けてたつぜ!」
パルデアスポーツからインタビューされたときに言った言葉。『世界ランク二位』という素晴らしい称号まで得て、ようやく彼がここまで来たのだと自分のことのように喜ばしかった。
「本当におめでとう!やったね!!」
「これからももっと勝ってやるから……何でルナが泣いてるんだよ」
「だって……嬉しくて……!」
そんな話をしながら、二人して笑い合う。そんな温かな日常。幸せな光景。
それを失うなど、誰が予想しただろうか。
「今日、天気悪いな……」
「本当……。気を付けてね」
その日は生憎の雪。風は無かったけれど、視界が白く染まりそうだった。そして、グルーシャとそう話した後のことだ。彼が事故にあったのは。
「え……?グルーシャが、事故……?」
観覧エリアから離れていた時に聞いたこと。天気の影響もあり、予定よりもグルーシャの順番が早まったらしく、私が見ていないときに起きた出来事だった。とはいえ、私が認めたくないのか聞いた内容が頭に入ってこない。けれど、理解が出来なくても“反射”というのだろうか。身体は勝手に彼の元へ行こうと動いていて、それに気付いたスタッフの人達に止められる。
「行ってはダメです!」
「どうして……!!お願い、グルーシャ……」
どんどんと滲んでいく視界。そのまま彼の元へ行くことは許されず、その場で力が抜けて泣き崩れる。その後、どうやって家まで帰ったのかは覚えていない。テレビもラジオも付けずに無音の部屋の中で、動かずただぼうっと座るのみ。いつもなら、テレビかラジオを付けて『彼の滑りが素晴らしい』と語るのを楽しみに見聞きするのだけれど。
『天才スノーボーダー・グルーシャ選手 事故による大怪我』
『世界ランク二位 選手生命は絶望的か』
そんな見出しで、これまで『すごい』と彼のことを褒め称えていたものが、手の平を返すかのように面白おかしく今回の事故を放送するものだから。見るのも聞くのも止めてしまいたくて、全て電源を切ってしまった。
――グルーシャに会いたい……。
そう思えども、今は面会を謝絶されている。お見舞いに行けるようになれば、連絡をくれると聞いている。その時、『すぐ準備が出来るように』と思えば、どこにも行けやしない。そんな私を心配してか、そっと横に座ってくれたユキワラシを撫でた。そんな時に着信を知らせたロトム。着信相手は、スタッフの方からだった。
「はい……」
《今、グルーシャさんがようやく起きられて、明日からは面会可能だと……》
「本当ですか⁉……良かった」
《僕は別のイベントで行けないのですが、是非会ってあげてください》
「はい……!ありがとうございます……!!」
思わず頬を流れたのは、喜びの涙。
――グルーシャが起きた……!明日会えるんだ……!
そう思えば、嬉しさから更に涙は零れ落ちていく。
「ユキワラシ、グルーシャに明日会いに行けるよ」
ユキワラシを抱き締めて伝えれば、ユキワラシも嬉しそうに笑ってくれた。今からもう、彼に会いに行くことが楽しみで仕方なかった。けれど、『あんな彼を見ることになるのだ』と、この時の私は喜びに浮かれて何一つ考え付かなかった。
翌日、訪れた病院で彼の部屋を探して歩いていく。受付で聞いた番号と照らし合わせながら、部屋を見ていき、ようやく辿り着いた一部屋。
――この中に、グルーシャが……。
深呼吸してから、ノックをする。
「グルーシャ?……入るよ」
部屋の中から音は何も聞こえず、扉を開けてみる。ベッドの上で起き上がっているのは、間違いなく彼だ。包帯が巻かれ、ガーゼが貼られているその姿は、とても痛々しく感じた。眩しいくらいの笑顔は息を潜め、無気力のような彼に何と声をかけたものか。
「……何か食べれた?眠るのも、辛いのかな……」
「…………」
「私のユキワラシがね、グルーシャに会いたがってたよ」
「…………」
「お見舞いの……お花、飾っておくね……!また、来るから……」
あれ程彼に会いたかったのに。表情も動かず、声も発さず、まるで人形のような状態の彼を見ていることが辛かった。あんなにも自信に溢れ、夢を見て、眩しく輝いていた彼を思えば、起きてしまったこととはいえ、あの姿を奪ってしまった事故が憎くてならない。それらを思っていれば、徐々に熱くなる目頭。同時に、震えそうになる声をなんとか持ち直し、今日は別れを告げる。扉を出れば、堰を切ったように涙が溢れ出す。受け入れたくなかった現実を、目の当たりにしてしまったから。
「グルーシャ……」
そう呟いた声を聞く人は誰もいない。私は、暫くそこから動けずにいた。
「グルーシャ、おはよう。今日は良い天気だよ」
あの日から、ほぼ毎日グルーシャの元を訪れている。私が好きな、彼の滑りや笑顔を見ることは、もう無いかもしれない。けれど、変わらず私が彼を支えていたい。そんな、自己満足なのだけれど。
あれからというもの、彼の声を聞いていない。視線すら合うこともないものだから、少し虚しくは感じるけれど、きっといつか――。そう思いながら、日々を過ごしていた。
「……ん……で?」
「ん?グルーシャ?」
そして、この日はいつもと違った。私達しかいない部屋で、私以外の声が聞こえた。そうなれば、必然的に彼しかいないわけで。窓に向かっていた身体をくるりと彼へ向ければ、最初にお見舞いへ来て以来、初めて合った視線。それは、以前のように燃えた物でも輝いたものでもない。光を失い、虚無がそこには表れていた。
「グルーシャ、どうしたの?」
「なんで……こんなに来るんだ……。ぼくは、もう滑れないって知ってるよね……?ルナが見ていたぼくは……もう何処にもいないんだよ……」
炎が鎮火してしまったように、温度も何もない『無』の状態が今の彼だ。私が彼に『滑っている姿が好きだ』と言っていたのを覚えていたのだろう。確かに、今でも鮮明に思い出せるほどに彼の滑っていく姿は好きだ。けれど――。
「……それでも、グルーシャの側にいたいって思ったからかなぁ」
「え……?」
「私が出来ることは、何もないけどね。それでもグルーシャの近くにいて、少しでも貴方を支えたいって思ったから」
紛れもない本心だ。彼が何かを成すなら応援したい、手伝いたいとずっと思っているのだから。
「ぼくだって、何も出来ないのに……」
「きっとあるよ、出来ること。だって、グルーシャはすごいから」
「……なにそれ、サムい」
私の発言に無表情でそれだけを言った彼。けれど、どこか少し口元が上がっていたように見えたのは、気の所為だろうか。
そしてその日から、彼はリハビリに少しずつ参加するようになった。初めは動かなかった身体も、回数を重ねるにつれて、少しずつ少しずつ動くようになっていく。それがとても嬉しくて、見ながら涙ぐんだことを覚えている。
「大分、動くようになってきたね」
「まぁ……」
リハビリに対する彼の努力は凄まじかった。始めてからどれくらい経っただろうか。ゆっくりではあるが、今では歩けるまでになっていた。先生からも『よく頑張りましたね』と褒められていた。けれど、彼の笑顔は戻ることはない。それが少し寂しくはあるけれど、こうして歩けるまでになれたのなら良いのではないかとも思うから。
「もう少ししたら退院?」
「その予定。ある程度は出来るようになったから」
「そっか!良かった……」
彼のポケモン達もかなり心配していた。時々、お見舞いに連れてきたりはしていたけれど、やはり彼が戻ってきてくれることが一番嬉しいだろう。喜ぶポケモン達のことを思えば、思わず笑みが浮かんだ。
「少々よろしいですか?」
「はい」
後ろから突如かかった声。振り返れば、青い長髪に褐色肌の女性がいた。見たことがある気がするけれど、どこで見たのかが思い出せない。そんな風に頭を巡らせていれば、女性は彼を見据える。
「貴方にお話があります」
「……ぼく?」
「はい。その為にも……お嬢さんは席を外して頂けますか?」
どうやら私がいてはいけない話らしい。ちらりと彼を見れば、彼もこちらを見ていて。すぐに視線を外されたと思えば、彼は再び目の前の女性を見遣る。
「ルナ。悪いけど、今日は帰ってくれる?」
「……わかった」
そう言われてしまえば、何も言えることなどなく――。相手に会釈をし、走ってその場を後にする。これは私には関係のないことである。彼自身のことだもの。だとしても、こうして切り離されたように感じてしまったのは、私が彼に干渉しすぎていたからだろうか。
――何の話かはわからないけど、グルーシャが言ってくれるまで待とう。
退院の話だって出ていたのだ。これから、彼もバタバタと忙しくなることだろうから。一人で立てている彼を、もう支える必要なんてないのかもしれない。それでも、私は――。
「グルーシャと一緒にいられたら良いのに……」
そう思うのは、私の我儘だろうか。そんな気持ちを振り切るように、家まで一心に駆けて行った。
翌日も、干渉しすぎだとは思えど、すぐに彼の元へ行くのを止めることは出来ず、お見舞いへ行った。けれども彼の口から、前日のことに関して話題に上ることはない。そのまま、他愛のない話をしながら日を過ごしていれば、いつしかもう退院の日だ。
「荷物はこれで全部かな」
「……うん、そうだね」
纏めた荷物を確認すれば、彼は静かに頷く。あれから何も、話を聞くことはなかった。お互いに当たり障りのないことを話すだけ。そんな中迎えてしまった今日に、どこか二人共ぎこちなさがある。
「それじゃ、行こっか」
「ルナ」
「……何?」
荷物を持ち、先に歩こうとすれば彼に呼び止められる。振り返って合った彼の視線は、とても真剣で、何かを決めた瞳。
――……前の話を、言われるのかな。
心の準備はまだ出来ない。けれど、彼の言葉を遮ることも出来ない。じっと見つめ合う私達。周りに音はなく、一瞬のことだろうに私には長く感じて。『まだ続いてくれれば良いのに』と思っても、そんな静寂を彼は破っていく。
「……ジムリーダーにスカウトされた」
「それは、この間の人?」
「そう。ポケモンリーグ委員長のオモダカさん」
見たことがある人だと思ったが、それはそうだ。雑誌等でも幾度か見かけたことがある。それにしても、まさかジムリーダーに推されているとは思わなかった。驚きしかないけれど、彼はそのまま話を続ける。
「ぼく、やってみることにしたよ」
「……ジムリーダー?」
「うん。だから……」
そのまま彼が近付いてきたと思えば、私が持っている荷物を取り、横を通り過ぎる。どういうことかわからずに、彼を視線で追うばかり。ただ彼を見ながら、私の頭は『この先を聞いちゃ駄目だ』と警告を出す。それでも、時は止まってなどくれない。
「もう、ぼくは大丈夫だ。ルナが近くにいなくても、大丈夫だから……。これまで、ありがとう」
私に背を向けて、彼は去っていく。私は、彼を問い質すことも追いかけることも出来ずに、その場に立ち尽くしていた。
あれから幾月。私は、彼に会えないままでいる。いや、“会えない”というよりは“会う勇気がない”だろうか。あの時の言葉を気にしてしまい、ずっと会いに行けずにいるのだ。
――やっぱり近過ぎたんだよね……。
一緒に過ごした幼い頃や事故に合う前は、あんなにも近くに感じていたのに、今、彼から置かれた距離はとても遠い。改めて実感しては溜め息が出そうだ。
そしていつ頃だったか、風の噂で彼がナッペ山のジムリーダーに就任したと聞いた。『おめでとう』と伝えたい気持ちはある。
――けれど、突き放した相手から『おめでとう』と貰っても、嬉しくないんじゃ……。
そう思いながら、ロトムを起動しては消しての繰り返し。あの頃、彼の近くにいようと積極的に動いていた自分は今何処に。うじうじとしている自分が嫌になる。そんな思いをベッドにダイブして投げ出し、ごろりとテレビを付ければ、あろうことか映っているのは彼じゃないか。思わず起き上がり、前のめりにテレビを見る。
『さて、こちらにいるグルーシャさん。ナッペ山のジムリーダーに就任してかなり経ちますが、挑戦者は尽く返り討ちにあっています。強さの秘訣は?』
『さぁ……。ぼくは雪のように冷たい現実を教えているだけなので』
『厳しい一言ですね。バトルは昔から好きだったんですか?』
『……やってはいましたが、どうでしょうね。今は、サムいバトルばかりですよ』
強いジムリーダーとして君臨している彼を喜ばしく思う一方、『あの情熱は冷めてしまったのだな』と寂しくなる。
昔は、共にバトルをしては笑い合っていた。彼は昔から強くて、私は一度も勝てなかったけれど、それでも『楽しかった』と満面の笑みで言ってくれた。今の彼に、もう一度だけでも良い。笑いかけてほしい。そして“楽しい”と思ってほしい。
「私が、チャンピオンリーグを目指せるとは思わないけど……」
そこまでバトルが強いわけではない私。でも、彼とバトルをする機会が貰えるのなら、挑戦するのも良いかもしれない。うじうじと何もせずに過ごすのを、ずっと終わりにしたいと思っていた。良い機会だ。
「ユキワラシ、一緒に行ってくれる?」
小さな足で寄ってきてくれたユキワラシに声をかければ、気合十分で返してくれる。それが嬉しくて、ユキワラシを抱き締める。それからの行動は早かった。簡単に荷物を詰め、戸締まりをし、家を出る。次に戻ってくるのは、この思いを半ばで挫折してしまったときか、彼と戦った後だろう。
「行こう、ユキワラシ」
雪がちらちらと舞い踊る中、私とユキワラシは旅立った。
――また、彼に笑ってもらえますように。
そう願いながら、白に足跡を付けていった。
「アンタ良いねぇ!グッドなバトルだったよ!!」
「ありがとうございます」
旅立ったあの日から、どれ程の時間が経ったのか。これまで雪に囲まれて過ごしていたのに、そこを飛び出して見たパルデア地方は、とても新鮮で輝いていた。草木に砂漠、海や洞窟。どれにも目を輝かせた程に。そして一つ、二つとジムを制覇する度、彼に近付いている気がして更に頑張れる気がしていた。
そして今はここ、フリッジタウンのジムで勝利し、勝ち取ったバッチを受け取る。キラリと輝いたバッチを大切にバッチケースに入れる。バッチケースの空いている場所は、あと一つ。彼のジムだけだ。
――ようやく、彼に挑戦出来る。
ここまでの道程は本当に長かった。けれど、とうとう叶うのだ。あの時、強く願った彼とのバトルが。わくわくとする胸の奥が熱い。
準備を整え、向かうはナッペ山。ここに来るのは久し振りだ。逸る気持ちを抑えながら、ナッペ山ジムで受付をする。そして、必ずあるジムテスト。その内容を聞いて驚いた。
――やっぱり、グルーシャは今でも……。
“雪山滑り”。それが、彼からのテストだなんて。彼らしいと言えば彼らしい。けれど、あの事故があっても雪山滑りをテストにするくらいだ。炎が鎮火し、燃え尽きたように見えても、奥底では燻っているのかもしれない。
「……スノーボードをお借りできますか?」
「ですが、一般の方にはポケモンにライドしてもらって……」
「ボードで大丈夫です。一応、経験者ですから」
無理を言ってしまったが、私の手持ちにはライド出来るほどの大きい子はいない。
「こちらをお使いください」
「これは……」
受付の方が持ってきたのは、見覚えのあるボード。何回も、何回も見たそれは――。
「ジムリーダーに……『ありがとうございます』とお伝え下さい」
「何故それを……」
「お借りします」
驚く受付の方を横目に、ボードを持ち外へ。彼のボードを見るのは久しぶりだ。まさか、こんなにも嬉しい気持ちになるだなんて。少し涙ぐみながら、山を上へと登っていく。熱くなる目の奥を冷やそうとするかのように、雪がちらついてきた。天気が悪くなってきている。そんな状況で思い出すのは、彼が滑った最後の日のことだ。
「私も……気を付けなきゃ」
スタート地点に辿り着き、合格条件を聞く。ぴったりなサイズのバインディングを装着し、ゴーグルを付ける。ゴーグル越しに見える視界は、こちらに向かってくる白に紛れて周囲がところどころ見える程度。
――グルーシャ、こんな中を頑張ってたんだね……。
あの時の彼を思うと、そう伝えたくなる。もう、言えることはないけれど。
「行きます」
声を合図に滑り出す。“経験者”というのは嘘ではない。彼がまだスノーボーダーだった頃、教えてもらったことがある。教え方が上手く、良い見本が近くにいた。そして、身近に練習出来る環境もあれば、少なからず上達はする。彼には敵わなくたって、大体の場所は滑れるようになってしまった。
――安全に行っても、制限時間以内にはいけるだろう。
ジムが見えた頃に強い風が吹き、ぐらりと傾く身体。一瞬『ダメだ』と思ったけれど、どうにか踏ん張り、バランスを立て直す。ここで転けてしまったら、きちんと制限時間以内に間に合ったとしても、彼は挑戦を受けてくれない気がして。風が吹いたのは少しの間だけだったからか、立て直した後は問題なくゴール出来た。
「おめでとうございます!合格です」
その言葉を聞き、ゆっくりとした手順でラチェットを持ち上げ、バインディングを脱ぐ。一緒に滑ってくれたボードをそっと撫でる。
「……ありがとう」
これまでは彼と、そして今は私と。頑張ってくれたこのボードが、彼へと繋いでくれたように見えた。私の様子を見て、近付いて来た受付の方が声をかけてくれる。
「このまま、ジムリーダーに挑戦されますか?」
「はい、よろしくお願いします。ボードも、ありがとうございました」
「……ジムリーダーも、貴方の滑りをずっと見ていました」
「え……?」
「頑張ってください」
――グルーシャが、見ていた……?
その事実が未だに信じられないけれど、受付の方に見送られて歩を進めれば、バトルコートに辿り着く。そして、そこで待っていれば見えた水色。やって来た、ずっと会いたかった彼だ。
「本当に驚いた。……まさか、ここにルナが来るなんて」
久々に会えた彼は、最後に会ったときよりも顔色が良く見える。元気に過ごしているようで、少しほっと息をつく。けれど、ここには彼の様子を見に来たわけじゃない。
「……戦いに来たよ、グルーシャ」
「どうしてポケモンリーグなんかに……。それに、あんたがぼくに勝てたことないよね?ここでの棄権を勧めるけど」
お互いによく知ってる仲なのだ。彼が言っているのは、昔のことだろう。私だって、彼に勝てる確信は無い。けれど、私は私の目的の為に――。
「言ったでしょ?私は、貴方と戦いに来たのよ。昔のように、バトルしてくれる?」
「……本当、サムい返事。もう、昔のぼくじゃないのに。それを思い知らせてあげるよ」
マフラーで少し隠れていたけれど、顔が曇ったように見えたのは気の所為か。くるりと振り返り、それぞれの立ち位置に着く。
「始めようか」
その一言で始まったバトル。彼は、あの頃よりも口数が増えた。今は、“ジムリーダー”という立場が彼の支えになっているのだろう。そんな、確固とした覚悟を持った彼が弱いわけがない。攻撃をし、相手が防御したと思えば、カウンターが返ってくる。そんな一進一退を繰り返し、気付けばお互いに手持ちは一匹だ。
「まさか、ここまでやるとは思ってなかったよ」
「少しは、強くなったかな」
「……だけど、それもここまでだ。行け!チルタリス!」
彼が繰り出したチルタリス。私が最後に見たときは、まだチルットだった。
――そうか、もうそんなに……。
懐かしさを感じながら、私も最後の一体を繰り出す。変わったのは、彼等だけじゃない。
「ユキメノコ!お願い!!」
「ユキワラシ……。進化してたのか」
一緒に旅に出たユキワラシは、今はユキメノコに進化していた。ユキメノコも、ずっと私を信じて付いてきてくれたのだ。彼と戦うこと、彼に“楽しい”と思ってほしいこと、彼に笑ってほしいこと。そんな私の思いを知っているからこそ、ずっと背中を押して応援してくれた。だから――。
「ユキメノコっ!!」
そんなに傷だらけになっても、ユキメノコはまだ立ち上がってくれるのか。チルタリスの攻撃は重かっただろうに、よろけながらもユキメノコはまだ、そこにいてくれる。
「何で、そこまで立ち向かって……」
彼からすれば、驚きでしかないだろう。昔の私達は、簡単に彼に負けてはそこで終わっていたのだから。けれど、今は違う。
「ユキメノコは……私を応援してくれるから」
「応援?何の……」
「グルーシャに、またバトルを『楽しい』って思ってほしい。それで少しでも、笑ってくれたらそれで良い。そう、私が思ったから」
「……なにそれ。そんな、サムい……っ!!チルタリス、トドメだ!」
「今のグルーシャは、ジムのバトルもつまらなさそうなんだよ!!だから……負けたくない!ユキメノコ、お願い!!」
彼が私のことを“気に入らない”と思っても構わない。これが、私のエゴだったとしても。最後のお互いの攻撃がぶつかり、弾け飛ぶ。積もっていた雪が舞い、ようやく見えた視界には、荒い呼吸を繰り返すチルタリス。ユキメノコは、もう戦闘不能だった。
「ユキメノコ!!」
ユキメノコに駆け寄る。抱き上げれば、傷だらけで痛いはずなのに、私に笑いかけてくれる。私の願いの為に全力を尽くしてくれた。本当に、お姉さんのような私の相棒だ。
「ごめんね、ユキメノコ。ありがとう……」
ユキメノコをボールに戻せば、チルタリスも力尽きたのかボールに戻っていく。けれども試合としては、私の負けだ。彼に向き直れば、少し伸ばされた手がすっと戻っていくのを見た。首を傾げていれば、彼はマフラーを口元にやりながらこちらを見る。
「……だから、言ったんだ。『ぼくに勝てたことないよね』って」
「……そうだね。私じゃ、グルーシャを『楽しい』って思わせることが出来なかった。笑わせることだって……」
――あぁ、もう涙が出そうだ。声だって、震えるのを我慢するので精一杯だし……。
彼の前で泣くことだけはしたくなくて、意地でも泣いてやるもんかと堪える。そして、その代わりに笑顔を浮かべて。
「ジムリーダー。戦ってくれて、ありがとうございました。これからも、応援しています」
「あ……ルナ!」
バトルコートから逃げるように走り去る。最後まで、きちんと笑えていただろうか。零れた涙と私の願いは、真っ白な雪原へと消えた。
彼の幸せを思う“水色”、思い描いた未来は“黄色”、そして強くなりたいと願った“赤色”に、彼に想いを寄せていた“桃色”。
そんな色とりどりだった願いは、塗り潰されて白く染まった。