追った貴方の見てる先
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「合宿?」
放課後、蝉の声が響き渡る教室で言われた言葉を繰り返す。
「そうだ」
「顧問の先生方はいらっしゃる上に、ちゃんとした施設だと聞いてはいるが、俺達の手が回りきらないところを手助けしてほしい」
私の元にやってきたのは、部活をしていたのだろう。ジャージ姿のテニス部の三強だった。日直で残っていた私を探していたらしいけれど――。
彼等が話してくれた内容によれば、たくさんの学校が来る合宿なのだとか。基本的に炊事等は部員でするようだけれど、『練習で出来ないところは』ということか。
「マネージャーさんは?うちから行かなくても、他の学校にいるんじゃないの?」
日誌を書く為に持っていたペンをくるりと回す。単純な疑問だった。多くの学校から来るのならば、マネージャーだっているだろうし、どこかから一人や二人来そうなものだ。なのに、テニス部のマネージャーでもない私が、こうして呼ばれる理由がわからずにいた。
「それが、来ないんだ」
「来ない?何で?」
「俺達も聞かされてなくてね。顧問の先生に聞いても、回答を貰えなかったよ」
「ふーん……」
『そんなこともあるのか』と思いつつも、何処か胡散臭さを感じてしまうのは何故だろうか。拭えない思いはある。
だが、目の前に座っている幸村精市は私が憧れた人だ。そして、大阪で暮らしていた私が地元を出て、『立海でこの人のテニスを見てみたい』と思った人であり、そして今は、心を寄せている人――。
「……役に立つかわからないよ?」
「来てくれるだけで嬉しいよ。ありがとう!とても助かる」
そんな相手に請われて、拒否出来る人がいるのだろうか。少なくとも私は、そうではなかった。私の参加を喜んでくれた三人に苦笑は浮かぶけれど、それよりも微笑んでくれた幸村にどうしたって目が行ってしまい、照れてしまう。けれど、『幸村が喜んでくれるなら良いのかもしれない』と思っていた。この時の私は――。
幾日か経ち、私は船に乗っていた。パーティが催されている船に集まったテニス部員達。
――これから本当に合宿に行くんだよね……?
そんな風に思ってしまうのも、用意された飲み物や食事、テーブル等があまりに優雅な物だからだ。幸いなことに、周囲を見渡せば様々な色のジャージが目に入る。ジャージ姿なことだけが、部活動の一環なのだと辛うじて教えてくれていた。
「お、瑠奈ちゃんやんか」
「侑士くん」
声をかけてくれたのは、大阪にいた時の幼馴染である侑士くん。彼も同時期に関東へ行くことになったこともあり、今でも時たまではあるけれど連絡はしている。
「相変わらず、幸村見とるん?」
「そうだね。憧れた人だから」
侑士くんは、私が立海へ行った理由を知っている。幸村のテニスに感動し、憧れて立海へ行ったことを。あの時の私は、とても目が輝いていたと侑士くんは今でも口にする。
「……そうか。まぁ、瑠奈ちゃんが楽しそうで何よりやわ。ちょっとの間やけど、また話したってや」
「もちろん。またね」
手を振り、侑士くんを見送れば、目の前にずいっと差し出されたお皿が二つ。一つはお肉が上に上にと乗っていて、もう一つはデザートが所狭しと並んでいる。
「こんなには食べられないよ?」
「残ったら俺が食うんで大丈夫っす!」
「どれも美味そうでさー!つい取ってきちまった」
お肉のお皿を持ってきた赤也とデザートのお皿を持ってきたブン太。普段よく話す幸村が、顧問がいない代わりに他の学校の顧問と話しているものだから。それを気にしてか、二人がいつもより話しかけてくれていることは気付いていた。本当に、優しい友人と後輩だと思う。
「ありがとう。確かに…美味しそうだね」
「でしょでしょ!ほら、早速食っちまいましょうよ!」
「んじゃ、これは肉の後ってことで……。赤也、俺にも肉」
「えー!丸井先輩自分で取ってきてくださいよー……」
「俺も瑠奈も先輩だろぃ?」
「ちぇ……はーい……」
とぼとぼと歩いていく赤也。先程のやり取りを見ていると、二人揃って兄弟のようにも見える。とても仲が良い。
取ってきてくれたお肉を見ていると、小さくお腹が鳴る。ふと横を見れば、どうやらブン太には聞こえてしまっていたようで。
「な、先に食っちまおうぜ」
「え……でも……」
「良いから良いから!」
「……いただきます」
赤也が戻っていないことに気は引けたけれど、お肉を一口食べれば、柔らかい食感にジュワリと滲む肉汁、そして鼻を擽るお肉とハーブの香り。『美味しい』という文字しか浮かんでこなかった。
「あーっ!!先に食ってる!!」
「やべっ」
「ご、ごめん!赤也」
お肉の余韻に浸っていれば、赤也の声がそれを吹き飛ばす。謝ったけれど拗ねてしまったらしく、そっぽを向かれてしまった。
――どうやって機嫌を治そうか……。
そう思っていれば、ぽんと叩かれた肩。見上げれば、幸村がそこにいた。
「どうしたの?」
「丸井。赤也。ちょっと瑠奈を連れて行くけれど、良いかな?」
「拒否権はねぇだろぃ?」
「どーぞ」
「ふふ、ありがとう。じゃ、行こうか」
『仕方ないけれど気に入らない』と言わんばかりにムスっとしてしまった二人に手を振り、幸村と共に来たのは顧問の方々がいる場所だった。
「すまない。ありがとう、幸村くん」
「いえ。それじゃ、俺は部長達のところへ行くから」
「わかった」
榊先生に促されて席へ着けば、幸村は部長が集まっているところへ。見送って一息つけば、もうそんな時間なのかと顧問の先生方を見遣る。
「話は聞いてるかい?」
竜崎先生に聞かれて、ゆっくりと頷く。“話”というのは、私がこの合宿に参加した理由だ。三強と話をした後日、テニス部の顧問から話があった。遭難に見せかけたサバイバルをすること、別の場所からモニターで彼等を監視するので、危険なことは起こらないこと、そして監視するのは顧問達。立海からも逸れてしまう人が必要だということ。他の参加人数が少ない学校はさておき、うちのように大人数で参加しながら顧問が来ていない学校はない。『精神的な問題も公平にすべきだ』ということらしい。
「タイミングも伺ってます」
「ほう、そうかい。あとは……そのタイミングで、あの子達も連れて行かないとねぇ」
竜崎先生の目を向けた先。そこにいたのは、この船の船長の娘さんとその友達。目的地が近いか何かで、この船に乗っていると聞いた。
「私も、見ているようにします」
「頼んだよ」
そうして顧問の先生方と別れ、与えられた自室に戻る。
――もうすぐだな……。
時間を確認し、間もなく脱出のタイミングになる。女の子達――小日向さんと辻本さんも連れて行く為にも、早めに向かうようにしなければ。そう考える一方で、テニス部の人達には申し訳無さも募る。せっかく誘ってくれたというのに、嘘をついて離れるのだから。そして、私のせいで心労を強いてしまう。
――合流したら、目一杯頑張るからそれまでは……。
私だけは顧問の先生方と違い、少し経ってから合流する手筈になっている。『せっかく来たのならば、友達とサバイバルするというのも良いだろう』という先生方の計らいだ。その段取りもバッチリ覚えている。
そうこう考えていれば、ガタンと音を立てて船が揺れた。言われていたタイミングだ。部屋を飛び出し、小日向さん達のところへ向かう。至るところでバタバタと走る音が聞こえる。テニス部の部員だろう。見つからないよう、予め聞いていた空いている部屋に隠れながら目的地へと進む。
「……いない⁉」
小日向さん達がいるであろう部屋。覗き込めば、そこはもぬけの殻。慌てて扉を開けるけれど、見えたものは変わらない。
――誰かが心配して連れて行ってしまった……?
連れて行ったであろう誰かの優しさに、拍手を送りたい気持ちはあるけれど、今回だけは焦りと嘆きの気持ちが込み上げる。彼女達を巻き込んでしまって、心苦しくはあるけれど――。
「どうしようもない、か……」
早々に部屋を出て、先生方との合流地点へ走る。その頃にはもう、走る足音は聞こえなくて。『みんな脱出したのだ』と、彼等に見付からなかった安心感も重なって深い溜め息をついた。
合流地点へ到着すれば、私が一人なのを見てオジイ先生が近寄ってきた。
「おや……一人、かい……?」
「すみません……。誰かが先に連れて行ってしまったみたいで……」
「そうかい。……仕方ないね。あんたのせいじゃないんだ。気に病むんじゃないよ」
「はい……」
そんなに落ち込んだ顔をしていたのだろうか。背中を摩ってくれた竜崎先生の手は、とても優しかった。
「それでは、我々も行きましょう」
榊先生の一言で、私達も移動を開始する。向かうのは、みんなが辿り着く先である無人島――を模した、テーマパークだ。そこの地下に入り込めば、中はとてつもなく広くて、無機質な感じ。パッと思い浮かんだのは、研究施設だろうか。同じような光景が続く廊下を歩いていけば、みんなである部屋へ入る。そこには大小いくつものモニターが設置されていて、見えるのは様々な無人島の景色。
――防犯カメラがあるんだ。確かに、危ないところもあるかもしれないし……。
「ここにはいつ来ても構わない。見てるだけというのも辛いかもしれないが……」
心配されているのがわかる。先生方からすれば、子供なのだから仕方がないことではあるけれど、どこか気恥ずかしくて。『ありがとうございます』と感謝の言葉が出たのは、少し間が空いた後だった。
あれから少し経つ。今日もモニターから、みんなの姿を見ている。探索している姿や、ご飯をみんなで作っているのもそうだ。遊んだりしているのも楽しそうで、思わず私も笑ってしまったくらい。けれども、それを見ながら出るのは溜め息だ。先生方は優しい。とはいえ、やはり寂しさはある。明日、合流出来る手筈になっているとはいえ、それでも『良いな』と思ってしまうのは仕方がないことだろうか。そして、モニターを見ている中で、つい目で追ってしまうのはいつも彼だ。
「幸村……」
彼は今日も、辻本さんと行動している。彼のあの厳しくも優しい性格だ。頼られては、無視出来ないことも知っている。
「はぁ……。辛いなぁ……」
モニター前に置かれた机に頭を乗せる。辻本さんを幸村が抱き止めてお姫様抱っこをした時も、彼女が作ったクッキーを美味しそうに食べていた時も見ていた。
――あぁ、幸村はあんな元気な子が好きなのか……。
そんな風に思ってしまうくらい、辻本さんと一緒にいる幸村はとても楽しそうだった。きっと、周りもそう思っていたことだろう。ジャッカル達も、気を利かせて何処かへ行ったりもしていたくらいだ。
――お似合い、なんだろうな。
そう思えば、目の奥が熱くなった。『ここで泣くなんて』と息を吐きながら強く目を押さえる。お似合いだとしても、私は彼が好きだから。その気持ちは消すことなんて出来なくて、諦められなかった。『合流したら、たくさん話をしよう』と思うことしか、今の私には出来なかった。
「瑠奈先輩!良かったっす……!!」
「本っ当に心配したんだぜ!!」
「いなくなってごめんね」
合流すれば、立海の面々に囲まれる。口々に『心配した』 『無事で良かった』と言ってくれたことが有り難かった。少し離れたところから幸村がこちらを見ていて、思わず駆け寄る。
「幸村、心配かけて……ごめん」
「良いんだ。瑠奈が無事で……本当に良かったよ」
話しかければ、とても優しい笑顔で伝えてくれた。画面越しに見ていたとはいえ、直接話すのは数日ぶりで。それだけで、胸がきゅっと締め付けられるようだった。
「そうだ。良かったら――」
「幸村さーん!」
「……あぁ、辻本さん。どうしたんだい?」
幸村が何かを言おうとしてくれていたけれど、それはやってきた辻本さんの声に途切れた。どうやら二人は探索の約束をしていたらしく、もう出る時間だったらしい。
「ごめんね、瑠奈。話はまた後で」
「あ、うん……。また、後で……」
二人が去っていくのを見ながら、こんなにも二人が並んでいる姿を見るのが辛いのかと実感する。そんな時に、バシッと叩かれた背中。よろけながら、後ろを見れば立海のみんながいた。
「ひとまず、何か美味いもん食おうぜ!」
「跡部と手塚にも伝えるとしよう。瑠奈が合流したと知れば、特に跡部の事だ。何かしら良いものが出ることだろう」
「うむ。跡部ならやるだろう」
「この現状での“良いもの”じゃ。期待はそこそこにな」
「わかった。そこそこ期待しとく」
みんなが元気付けようとしてくれてるのがわかる。彼等が友達で良かったと、改めて噛み締めた。
そして、それからというもの。タイミングが悪いのかなんなのか、幸村と話がなかなか出来ていない。幸村に話しかけられたと思えば、合流を喜んで誰かが話しかけてくれる。彼から話しかけられて、嬉しさを感じながら話していれば、『約束していた』と辻本さんが来ては行ってしまうから。本当に、何度二人の背中を見送ったのだろうか。見送る度に、心を切られるようで。辛くて、辛くて、切られた心から思いが溢れ出したように私の中を満たすものだから、息が出来ないくらいに苦しくて。
「……大丈夫なん?瑠奈ちゃん」
「侑士くん……。うん、ありがとう」
他校である侑士くんにも心配してもらって。
――ちゃんと話をしなきゃ……。手伝いに来たのに、こんな気持ちばかりじゃいられないよ。
そう思った頃に、何人かの姿が見当たらなくなった。その“何人か”の中に幸村と辻本さんもいた。『どこに行ったのか』とみんなで捜し回っていたけれど見付からない。
「全く!心配したのだぞ!!」
「部長ー!!良かったっす!」
「あぁ。みんな、心配かけたね」
それから何時間かした後に、ようやく帰って来た。怪我も特になく、みんなで『良かった』と喜ぶ中、見てしまった。幸村と辻本さんが手を繋ぎ、一層距離が近くなっていることを。
――……間に合わなかった、てことだよね?
ガンと頭を殴られたような衝撃だった。その後、誰とどんなことを話したのかは覚えていないけれど、送別会だって花火の時だって、二人がずっと一緒にいたことだけは覚えている。
最終日の日。最後のお別れの時もそうだ。いなくなった幸村と辻本さんを探して歩き回る。
――どうにか引き留めれたら……。
無駄な足掻きとはいえ、そんな事を考えてしまったからなのだろうか。
「幸村さん、好きです!」
「うん、俺も……。君が好きだよ」
たまたま行った森で、そんな告白現場を目の当たりにしてしまった。見たくなかった、好きな人が付き合う瞬間。
――そうだよね……。やっぱり、二人は両思いだったんだ……!!
彼の、一番仲の良い友人だと思っていた。いつも向けてくれる瞳が、声が優しくて、少なからず好意を抱いてくれていると期待していた。
――近くにいたと思ってたのにな……。
目の前が滲み、ぼやけてくることなど気にならないくらい。その場からただ逃げたくて、がむしゃらに駆け抜ける。
「っ……ごめ……なさ……!」
森を出た先で、人にぶつかった。謝ろうとしたけれど、零れた涙と喉が張り付いてしまったような感覚から言葉が紡げない。『どうしようか』と思っていれば、ぶつかってしまった相手は、驚いた顔をした後、私を抱き締めてきた――。