テニスの王子様
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完全下校を知らせるチャイムが学校に鳴り響く。途中まで読んでいた本に栞を挟み、通学鞄に入れて図書室を出る。施錠は先生がしてくれると言っていたから、私はそのまま下足室へと向かった。
「あれ?宮坂さん?」
「幸村くん」
その途中、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは男子テニス部の部長である幸村くん。今年はクラスが離れてしまったけれど、去年は同じクラスであり、同じ委員会に入っていたこともあって、よく話をしたりした。
「部活終わり?」
「うん、そう。忘れ物を取りに、俺だけ先に出させてもらったんだ」
幸村くんの手元を見れば、今日の授業で出されたらしいプリントを持っている。
――確かに、あの先生は忘れるとうるさいもんね。
ちらりと見えた内容から、担当の教科の先生を思い出しては心の中で頷く。
「宮坂さんも帰るところ?」
「うん」
「良かったら、途中まで一緒に帰らない?」
「……そうだね、いいよ」
幸村くんの申し出に、少し戸惑いながらも頷く。というのも、我が立海の部長であり、この格好良さの彼と連れ立って歩いた日には、きっと彼に好意を抱いている子たちから瞬時に噂が広まるだろうから。
――幸村くんが、私なんかとどうにかなるわけないのに。
そうは思えど、『誰が誰を好き』だとか『誰と誰が付き合った』といった話をほぼ毎日聞くのだ。端から見れば、いい話のネタになるだろう。
――この時間だし、あんまり見られることもないよね。
もう完全下校を知らせるチャイムが鳴ったくらいだ。学校に残っている人は少ないはず。それなら、申し出を断るのもなんだか悪い気がした。それに、幸村くんとお話するのは楽しいから――。
「ほら、行くよ。鍵を閉められてしまう」
「あ、うん!」
久しぶりに感じた胸の甘い痛みを感じながら、幸村くんの後を追う。横に並べば、見上げる位置に見える彼の顔。去年は度々あった並んで歩くということがなんだか懐かしくて、思わず目を伏せた。
「わぁ、満月」
「本当だ。大きいね」
連れ立って歩く駅までの道。見上げれば輝く満月があって、思わず口に出ていたらしい。同じように幸村くんも満月を見上げている。
「少し白っぽくなったね」
「あ、夏の時は赤っぽいから」
「そうそう。大気の影響だって蓮二が言ってたな」
「柳くん、物知りだね」
そんな他愛のない会話をしながら歩いていく。
――少し前までは、こういった会話をよくしていたのにな。
きっと明日になれば何事もなかったかのように、また会話をしない日々に戻る。少し寂しくはあるけれど、それが本当の今の私たちの距離だ。
「本当に綺麗だな……」
ぽつりと呟いた言葉は、吹いた風に乗って消える。駅まではあと僅か。見上げても届かない月を見て、心がぎゅっと締め付けられるのは、隣にいる彼と月が重なったからなのだろうか。
「そうだね。宮坂さん、月が綺麗だよ」
「え?うん……綺麗だよね」
呟いた言葉は、幸村くんまで届いていたらしい。私の言った言葉をもう一度繰り返した幸村くんに、疑問を浮かべながら頷く。
「あれ……まだ習ってないのかな……」
私の反応に疑問を浮かべる幸村くん。
――習っていない……何か授業でやったかな……。
最近あった授業内容を思い返す。月に纏わるもので思えば理科だけれど、これといったものは――。
「……あ」
理科ではやっていない。けれど、国語で一つあった。『“月が綺麗ですね”と表現するのだ』と、熱を込めながら話していた教師を思い出す。
――でも、幸村くんが私に対してそんなことを言うわけがない。
そう思いながらちらりと幸村くんを見れば、幸村くんは微笑みながらじっとこちらを見ている。きっと、私が気付いたとわかったから。その反応に、“有り得ない”とは言い切れなくて――。
「ほ、本当に……?」
「うん。去年からいいなと思っていたんだ。でも、今年はクラスが離れてしまっただろう?話す機会もなくなってしまったけど、どうにか言いたいなと思って……」
『わざとプリントを忘れてみたんだ』と悪戯っぽく笑う幸村くんに、くらりとする。まさか、そんな風に思ってくれていたなんて誰が想像するだろう。
「それじゃあ、改めて。宮坂さん、月が綺麗ですね」
「私、死んでもいいわ……」
本当にこれが現実なのかわからなくて、返した声は消えるのではないかと思うくらいにか細い。『話のネタになる』 『噂が広まる』と思いながらも、嬉しさが勝っている。だって、私も幸村くんのことを――。
「じゃ、帰ろうか」
「うん」
私の返事に驚きながら、本当に嬉しそうに幸村くんが笑うから、その表情に心がじんわりと温かくなる。私の手を取った幸村くんの手は熱いくらいで、少しギクシャクとしながらも握られた手は『離れない』と言われているようで力強かった。それに安心したように手を握り返せば、勢いよくこちらを向いた幸村くんが面白くて笑ってしまう。そんな私の様子に、息を吐いた幸村くんと笑い合うこの一時は、とても温かくて愛おしいものだった。