テニスの王子様
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「けーくん、けーくん。きょうね、けっこんしきっていうのにいくんだ!」
「けっこんしきか……。いいじゃねぇか」
「うん!それでね、はなよめさんは、スゴくきれいなドレスをきるんだって!……いつか、瑠奈もきたいなぁ」
「おれがきせてやるから、それまではがまんしろよ」
「ほんと⁉うれしい!まってる!ずーっとまってるね!!」
昔、親戚のお姉さんの結婚式に参加したことがあった。可愛らしいドレスに身を包み、髪も綺麗に結ってもらって。そんな“いつもと違う自分”に高揚して、喜々としてその姿を見せに行った相手は私の大好きな子だ。そんな彼に言われた言葉が嬉しくて、何度も何度も思い出しては一人喜んでいた。
あの頃の私は幼くて純粋だったから、いつか、彼の隣で素敵なドレスを着て横に並べるものだと夢を見ていた。いや、今も――。
「跡部会長、今年の予算書になります」
「ご苦労だったな。下がれ」
「……失礼します」
幼馴染である跡部景吾。もう今では、幼馴染だなんて微塵も感じられない態度になってしまっている。それが始まったのは私からだったのか、跡部会長からだったのかは覚えていない。
あの口約束から約九年。あんな約束をしただなどと思えないほどに、私達の距離は確実に開いていっていた。言葉遣いや態度に至っても、それは顕著に表れていると思う。
――きっと、あの時の事なんて跡部会長は覚えていないだろうな……。
所詮、口約束なのだ。覚えていれば、きっとこんな態度にはならないだろうと笑ってしまう。扉に手をかけ、出ようとすれば後ろから声がかかる。
「宮坂」
「……はい」
「今度、俺様に婚約者が出来ることになった」
「そ、うですか……。おめでとう、ございます」
声に動揺が混じる。『何故そんなことを』と問いかけたくても、問えるほどの間柄ではもうない。祝いの言葉を、口にするしかなかった。
――婚約者、か……。跡部会長も大きな家柄だから、政略結婚……なんだろうか。
そんな風に考えながら、お相手のことをついつい考えてしまう。『跡部会長のお相手なのだから、良い家柄の人には変わりないだろう』 『とても美しい方なのだろう』そんなことが次々と頭を過る。
もしも、私の家柄がそこそこ良ければ、婚約者になれたのだろうか。例え、跡部会長が私の事を好きではないとしても。
――それはそれで耐えられないかもしれないなぁ……。
思わず浮かぶ自嘲に、気持ちは惨めだ。パッと会長を見れば、政略結婚だろう。嬉しくはしていないかもと思っていたけれど、まさか傷付いたような表情を見るとは思っていなかったから驚く。
「祝いの言葉、か……。お前からそれを聞くとはな」
「どういう意味ですか?」
「お前は……瑠奈は忘れたかもしれないが、俺の隣で瑠奈にウェディングドレスを着せてやるって話を、俺はずっと覚えていた」
その言葉に息を呑む。
――覚えて、いてくれたの……?私に着せてくれるって、小さな頃の話を……。
彼は、思わず駆け寄った私の手を取る。違う手の大きさ。あの頃は同じくらいだったのに。それ程に月日は流れてしまったけれど。
「忘れるわけない……。ずっと、ずっと覚えてたよ。景吾も、覚えていてくれた……?」
「あぁ、忘れるわけねぇ。大事な瑠奈との約束だ」
久々に見た、私を見る優しい目。だけど、どこか悲しそうに見えるのは――。
「だからこそ、私に教えてくれたんだね。婚約者が出来たこと」
「あぁ、約束を破ることになって悪い……。俺は、あの頃からずっと瑠奈が好きだ。なのに……っ!」
最後は声にならない叫びのようだった。辛そうな彼に寄り添いたいけど、寄り添えない。どれだけ景吾を思っていても、私の役目では無いからだ。
「景吾。私ね、景吾が覚えててくれただけでも嬉しいんだ。それに、好きだって伝えてくれた」
「瑠奈……」
景吾には、そんな悲哀に満ちた表情をして欲しくない。私の頬にそっと添えられた景吾の手。その手がそのまま優しく目元をなぞるものだから、もしかしたら、私も彼と同じ表情なのかもしれない。
――彼が伝えてくれたなら、これだけは伝えても良いよね?これで、最期にするから。
添えられた手に自らの手を重ねて、彼を見る。
「私も、景吾がずっと好きだよ」
「……それなら――」
「だからこそ、景吾と一緒にはいられない」
浮かんだのは苦笑。諦めしか、出てこないから。そう景吾に伝えれば、納得出来ないといった風にこちらを見遣る。
「……無理だ。お前がいないなら、幸せなんてなれるわけがねぇ……」
「景吾。跡部家は、景吾が引っ張っていかなきゃいけない。だけど、私には手助けする力はないんだもん。それにこれは、跡部の……景吾の為に、決められたことでしょう?」
『私の実家が大きな企業だったなら』 『彼と並んでも遜色ない立場だったなら』そう思っても、嫌というほど現実を突き付けてくる。それに、これは景吾のご両親が景吾の為も思って決めたことだと思うから。
「だからね、ここでさよならなんだよ」
私だって、彼と離れるのは辛い。だけど、景吾はもっと辛いだろう。お互いに想い合っていても、一緒になれないことを『これでもか』と言う程にわかっているから。自分の選択で、家が、会社が、どうなるかをわかってしまっているのだから。そして、見ず知らずの人と、これから先の人生を共にしなくてはいけないのだから。
――けど、きっと彼なら上手くいく。だって、彼は本当に素敵な人だから。
「……俺は、お前を愛していた!」
「私も、愛してた……。大好きだった……っ!!』
最後に、力強く抱き締めてくれた。優しく、キスをしてくれた。
「さよなら、だ」
「うん。……さよなら」
――これで終わりなんだね。
そう実感すれば、思い出すのは好きな彼との記憶ばかり。
「婚約者の人と、幸せになってね」
断ち切る為に伝えた言葉。泣きそうに顔が歪むのを必死に耐えて、私は部屋を飛び出した。
私達は、もう世間も事情もわかるくらいに成長してしまったから。
“夢は儚い”なんて、よく言ったものだ。