テニスの王子様
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「それじゃ、各自十五分休憩だ」
そう声をかければ、テニスコートからボールを打つ音は止み、話し声が増えて騒がしさが増す。
「初日から張り切ってんなー、幸村くん」
「精市は、この合宿を楽しみにしていたからな」
今日は待ちに待った合宿の初日だ。『どんなトレーニングをしようか』 『どうすれば更に良くなるか』そんなことを柳や真田、俺を中心にみんなで話しながら決めたメニューをこの合宿ではこなす。少し前まで、入院生活をしていた俺にとっては楽しみで仕方がないことだった。
「にしても、なかなかキツいっすね……」
「あぁ、赤也。更に鍛えるなら、走ってみるのも良いと思わないか?ほら、緑が綺麗だよ」
「え……遠慮します!!」
指差した先には、生い茂る森だ。聞いた話によれば、この森の周りをぐるりと一周出来るらしい。けれど、行きたくない赤也は力一杯叫んでいた。それに、思わず込み上げるのは笑いだ。
「ふふ、冗談だよ」
「冗談に聞こえねぇ……!」
「何か言ったかい?」
「イイエ!!何も!!」
周りから起こる笑い声に、更に笑みを深める。こうして過ごせる日常がとても輝いて見える。
――うん、周りを散歩してみるのも良いかもしれないな。
「精市、何処かへ行くのか?」
「あぁ、少し緑を見に行ってみるよ。すぐに戻る」
「誰か付いて行ったほうが良いだろう」
森の方へ行こうとした俺に気付いて、柳と真田が声をかけてくれる。まだ退院してそこまで経っていないからか、彼等が心配してくれているのがわかる。けれど――。
「大丈夫だ。調子も良いし、休憩時間が終わる頃には戻ってくるよ」
「無理はいけませんよ」
「ありがとう、柳生。それじゃ、行ってくる」
持っていたテニスラケットをベンチに置いて、森へと歩き出す。森の周りには舗装されていない少し凸凹とした道があり、『これがぐるりと回れる道か』と眺める。周りに道があるにも関わらず、どうやら森の方へは行く道が無いようだ。
「突き進むしか無いのか」
――せっかくだ。行ってみよう。
どんな植物があるかも気になっていた俺は、草木を掻き分けて森の奥へと向かって歩き出す。進んでいく道は草が生い茂り、何かに足止めされているような感覚だ。引き返しても良いけれど――。
「何だか、気になるんだよな……」
“何が”かはわからない。けれど、“何か”に引き寄せられるように奥へ奥へと向かう。ようやく中心部になるだろうかというところへ辿り着けば、少し拓けた場所に出た。そこだけ小さな草原のようになっていて、ところどころに小さな花が咲いているのが見える。普段であれば、すぐにでも見に行きたいところだけれど、行けなかった。そこに、先客がいたから。
先客の彼女は、“舞”というのだろうか。手を、足を優雅に動かし、ふわりとスカートと長い髪を靡かせながら踊っている。音やスポットライトなど何もない。ただ、草原で踊っているだけ。だけれど息をするのも忘れ、目を奪われる。声を発することだって、出来なかった。出来たのは、思わず木の陰からそっと見ることだけ。見ていることに気付かれれば、彼女は踊ることを止めてしまいそうで。
見惚れていた俺を現実に戻したのは、パサリと音を立てて落ちてきた薄い桃色の布だった。拾い上げたそれは、光にきらりと輝き、滑らかな手触りの物。ストールよりも長くて、風に乗ってふわふわとたなびく。
――こんなに良い物なのに、何でここに……。風に乗って引っかかっていたのかな。
『落とし物かもしれない』と思い、布を持って戻ることにした。ちょうど休憩時間も終わる頃合いだろう。彼女の舞には後ろ髪を引かれるが、そうもいかないとやむを得ず来た道を引き返す。
戻れば、ちょうど練習を再開しようとしているところだった。
「幸村。遅かったな」
「あぁ、ちょっと森を見てたら遅くなっちゃった」
一番最初に声をかけてくれたのは、ジャッカルだった。どうやら、気にしてくれていたらしい。
「どうじゃ?えぇもんでもあったか?」
ふらりと後ろからやってきた仁王は、俺を見て面白そうに言う。
――そんなに顔に出ていたかな……。
きっと、嘘をついても意味が無いだろう。素直に言うことにした。
「とても綺麗な舞を見たよ」
「舞?」
「うん。本当に……綺麗だった」
「ほぉ……。幸村が心奪われる程じゃ。気になるぜよ」
仁王は“興味津々”といった感じだけれど、何故かもうあそこでは、あの舞は見られない気がしていて。『次は何処で見られるだろうか』と思いを馳せる。
――いや、考えていても仕方ないか。
そう一人結論付けて、手元を見れば目に入った桃色。
「あぁ、そうだ。落とし物も拾ったし、後で届けに行かないと」
「交番は向こうにあったな」
「そういえば、ここに来る途中に見たね」
ジャッカルの言葉に、合宿所までの道程で見かけたことを思い出す。後で行くとしようか。
「何を拾ったんじゃ?」
「ほら、この……」
そこまで言って、はたと気付く。隠しているわけでも、何かに包んでいるわけでもない。仁王からも俺が持っているこの布が見えているはずだ。“落とし物”と聞いたなら、戻ってきたときに持っていたこの布へ、真っ先に目が行きそうなものなのに、“何を拾った”と言うものだろうか。気になった俺は、そっと布を左右に振ってみる。ひらひらと舞っている布に、仁王の視線は向かない。
――もしかして、この布が見えてない……?
くるりとジャッカルを見るが、ジャッカルの視線も俺だ。布ではない。疑問が確信に変わりつつある中で、『布を拾った』などと言えば恐らく心配されるのがオチだろう。そこまで考えついた先で言ったのは――。
「……秘密だよ」
そう言うしかなかった。
「……ほぉ、そうか」
「ん?……まぁ、交番に行くなら早めにな」
面白そうに笑う仁王と不思議そうなジャッカル。苦笑を浮かべながら、自分のラケットバッグに丁寧に布を折り畳んで入れ、練習を再開した。
練習が終わり、合宿所に戻る。結局、『見えないのならば意味はない』と布を交番へは持って行かなかった。まだラケットバッグに眠るそれをどうしたものかと考えていれば、真田に呼ばれる。
「幸村。召集だ」
「召集?何でまた……」
もう今は就寝前の自由時間だ。だというのに、『今から召集だなんて』と驚く。けれども、呼ばれたのならば仕方がない。部長である俺が行かないわけにもいかない。真田と共に指定場所へ集まる。もうそこにはみんな来ていて、前に立っているのは顧問だ。
「ここでの合宿の間だが、準備や食事の用意を手伝ってくれる人を紹介する」
「ほぉ、手伝いか……」
「マネージャーではなく、ですか?」
「んなことあんのかよぃ」
「スッゲー親切な人なんすかね?」
「……そうだな」
「ジャッカルが微笑ましいと感じている確率――」
「柳!!」
顧問の発表にざわめきが起こる。隣の真田も戸惑っているようだ。俺も、初耳だっただけに驚きを隠せない。
「入ってきてくれ」
その一言に部屋へ入ってきたのは、あの時森で舞っていた彼女だ。
「君は……」
「幸村、知り合いか?」
「あ、いや……」
『一方的に知っているだけ』という何とも言えない中で、“否”と伝えたつもりが真田の声は思ったよりも聞こえていたらしい。その声を聞いて、顧問がこちらを見る。
「幸村、彼女を案内してやってくれ。部屋は隣だ。同い年だと聞いているから、気も使わないだろう。あとは……準備関係はやり方等見てやってほしい」
「……わかりました」
その後の『解散』という一言で、就寝時間が迫っていることもあり、それぞれ部屋へと戻る。俺だけは、彼女の元へ。
「俺は部長の幸村精市だ。よろしく」
「宮坂瑠奈と言います。よろしくお願い致します」
初めて聞いた声は、透き通るように美しく心地良い。そして何より、じっとこちらを見つめる瞳は澄んでいて綺麗だ。思ったよりもじっと魅入ってしまったのかもしれない。宮坂さんが不思議そうに首を傾げる。
「幸村さん?」
「あ……あぁ、ごめん。今日はもう遅いから部屋まで送るよ」
「ありがとうございます」
にこりと微笑んだ姿に胸が高鳴る。『今日会ったばかりなのに』と思っても胸が高鳴り、彼女に見惚れてしまうのは事実だ。
――顔に出てないかな……。
少しでも格好良く思われたい。そんな風に考えてしまう自分に思わず笑ってしまいそうだ。隣を歩く宮坂さんは、凛と立っていて好感が持てる。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな言葉があるけれど、きっと宮坂さんにはとても似合うと思う。
「ここだよ。俺の部屋は右隣だから、何かあったらいつでも言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
「……確か、宮坂さんは同い年だろう?敬語じゃなくて、普通に話してほしい」
そう伝えれば、少し驚いた顔をしてから花が綻ぶように笑う。
――あぁ、綺麗だ……。
なんて。どれだけ、彼女の素晴らしいところをこの短時間で見つけているのだろう。
「わかった。ありがとう、幸村くん。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
パタンと扉に消えていく宮坂さん。見送った後、自分も部屋へと戻る。部屋では既に真田が就寝準備をしていた。
「遅かったな」
「もう遅かったし、彼女を送っていたんだ」
「そうか。もう布団は敷き終わる。寝る支度をするといい」
「すまない。ありがとう」
自らの就寝準備をしながら、思うのは宮坂さんのこと。自分で思う以上に、どんどんと彼女に惹かれていく。彼女に会えるのは“合宿の間だけ”という話が残念に思えるくらいに。
――でも、一週間もあるのなら、話はたくさん出来るかもしれないな。
そんな合宿のことに思いを馳せながら、就寝準備を終えたのだった。
「幸村くん、ここにドリンク置いていくね」
「ありがとう。宮坂さん」
宮坂さんが手伝いだしてから二日。最初は慣れずにいた業務も少しずつ慣れてきたようで、手際良くこなしてくれている。むしろ――。
「少し休んだ方が良いんじゃない?ずっと動きっぱなしだろう」
「大丈夫。大変だけど、お手伝いが楽しいのよ」
そう笑う彼女は楽しそうだ。けれど、至る所で見かけるから心配にもなる。
「……そうか。無理だけはしないようにね」
「わかった。ありがとう」
そう伝えると、パタパタと向こうへと駆けていく。この二日、彼女がゆっくりとしているのを見たことがない。ドリンクを作っていたと思えば、洗濯したタオルを干していたり。ご飯を作っていたなと思っていたら、冷やされたタオルを配っていたりと、有り難いほどに動いてくれている。何故ここまでしてくれるのかはわからないけれど、こうして練習に集中出来るのは有り難かった。
「手伝ってやるか?精市」
「柳」
「気になるのだろう?」
こちらを見る柳は、流石というか何というか。見透かされているように感じてしまう。
「そうだね。よく、頑張ってくれているから……。気になるのかもしれないな」
「ふ……そういうことにしておこう」
柔らかに笑う彼に、嘘は付けないのかもしれない。けれど、素直に言うことも出来ずにそう伝えた。
「宮坂さんは、精市の前ではまだよく話をするんだな」
「そう、かな……。最初に案内したのが俺だからじゃない?」
柳の言葉に嬉しさが募る。けれど、きっと表情は抑えられているはずだ。何でもない風を装って話す。
「そうだとしても、心を開いているのだろう。……叶うといいな」
「……何の話?」
「……いいや、何でもない」
“もしかして”と思うことはあれど、白を切る。だが、にやりと笑う参謀の彼のことだ。俺の気持ちなど、とっくにお見通しなのだろう。
――でも、あと数日しか一緒にいられない。そんな中で、俺の気持ちを伝えても良いのか……?
比較的、学校から近めの合宿所とはいえ、バスで来るくらいだ。距離はある。仮に、気持ちが通じ合ったとしてもすぐには会えないだろう。
少し先で、目の前を横切っていく宮坂さんを見る。パッと目が合い、不意に宮坂さんがこちらに手を振る。口角が吊り上がりそうになるのを必死にこらえ、平静を装いながら手を振り返せば、嬉しそうにそのまま去っていった。
――可愛らしいな……。
そう思いながら見ていた俺の横で、柳が肩を震わせていた。後で話をすることにしよう。
「あ、幸村くん。今日の晩御飯、何かリクエストある?」
「うーん……焼き魚が食べたいけど、一昨日も俺の好きなメニューだったからね。そろそろ肉派が言ってくるんじゃない?」
「そこはお昼でカバーする。大丈夫だよ」
出会ってからもう五日。こうして、ご飯のリクエストを聞いてくれるまでに打ち解けた。少し桃色になった頬が可愛らしくて、思わず触れてみたくて手を伸ばす。すっと離れられたかと思えば、伸ばした手にするりと手が重なる。
「頬に添えられるのは、恥ずかしいから……」
「え……」
「それじゃあ、私は戻るね」
「あ、うん……」
きゅっと握られていた手が離れていく。ご飯の支度へと戻っていった宮坂さんを見送りながら、バクバクとおかしいくらいに鳴っている心臓を抑える。
――よく“胸が痛い”と聞くことはあったけれど、まさかそれを体験するなんて。
「ふむ……“脈アリ”というやつか」
「参謀、“アオハル”ってやつぜよ」
「……全く、二人共面白そうにしているな」
そんなことを思っていれば、にやにやとやって来たのは柳と仁王。こういったことが楽しくて仕方ないという顔をしている。
「もう少しで別れになってしまうのが惜しいくらいだな」
「……あぁ。それは、残念に思っているよ」
「じゃが、幸村のことじゃ。告白くらいはするんじゃろて」
「そのつもりだ。どうなるかは、わからないけどね」
まもなく終わってしまう合宿。つまりは宮坂さんとの別れを意味していて。その前に気持ちを伝えられたらと思っていた。先程のような甘い雰囲気になることはあれど、必ずしも成功するわけじゃない。幻想のように消えることだってある。そう思えば、足踏みしてしまったりもするけれど。
「早い方がえぇじゃろ。最終日はバタバタするき」
「同感だ。“思い立ったが吉日”とも言うだろう。今夜でも良いんじゃないか?」
「二人共、他人事だからって……」
苦笑を浮かべてしまうのは、自分の中で決心がついていないからだ。だが、“他人事”ではあるけれど、こうして聞いてくれる彼等がいるのならば――。
「でも確かに……そうだな。あと二日ほどだ。今日、言ってみることにするよ」
「わかった。弦一郎は俺の部屋へ呼ぶとしよう」
「報告を楽しみにしちょるき」
「報告が無ければ、そういうことだと思ってくれ」
そんな話をしながら、今夜のことを思い浮かべる。果たして彼女は頷いてくれるのか。まだわからないけれど、『首を縦に振ってくれればいい』それだけを思っていた。
そして迎えた夜。真田は柳に呼ばれて部屋を出ていった。もう少しすれば、宮坂さんも来るだろう。それまでに少し荷物を整理しようと、ラケットバッグを開ける。
「あ、そういえば、まだ入れたままだったな……」
合宿の初日に拾った桃色の布。
――これもどうにかしないとな……。
畳んだまま一旦机に起き、そのままラケットの確認もしていれば、ノックの音が鳴る。
「幸村くん。来たよ」
「あぁ、すまない。開けるよ」
聞こえた声に心を踊らせながら、扉を開ける。手伝っている間は纏められている髪も、今はおろしていて。初めて舞を見たときも、おろしていたことを思い出しては胸が高鳴った。
「用事があるのよね?」
「うん、少しね。あ、片付けるから少し待って――」
そこまで言って彼女を見れば、何ということだろう。彼女は、血の気が引いたかのように真っ青な顔をしているではないか。
「どうしたの?大丈夫かい?」
「何で……何で、貴方が……私の羽衣を持っているの……?」
「羽衣?」
彼女が指差した先を振り返れば、それは桃色の布だ。おかしい。あれは、俺以外の人には見えなかったはずなのに。
「……私も、貴方にお話があります」
何かを諦めたかのように、そう言った宮坂さん。桃色の布――もとい、羽衣を手に部屋を出た。
二人で来たのは、俺が初日の休憩時間に入った森の中。あの日以来、夜に来たことはなかったけれど、周りに外灯はなくて暗いはずなのに、あの時宮坂さんが踊っていた広場は月がスポットライトのように明るく照らしている。それに添えられて、星の光が柔らかく灯っているようだった。
「ここは……」
月明かりに照らされて、ここに立つ俺達だけが舞台の上に立っているように感じる。周りなど見えはしない。彼女が、輝いて見えるだけだ。
「数日前、私はここで羽衣を失くしたの」
「それがこの……桃色の布だね」
「えぇ、そうよ」
俺が持ってきた布。お伽話でしか聞くことがないと思っていた“羽衣”。それがまさか、自分の手にあったなんて誰が思うだろうか。
「俺は、木から落ちてきたこの布が『落とし物なんじゃないか』と拾ったけれど……」
「そうだったのね。……私は、羽衣を失くしてしまい、あの日から帰れなくなってしまった」
「帰れなくなった……?」
「私は、人間ではないのよ」
美しい姿をした彼女は“人”ではないという。俄には信じがたかった。けれど、幼い頃に昔話で聞いたことがあるような気がする。
「まさか君は……」
「私は、天女なの。住む世界が……違うのよ」
頭を過ぎった通りだった。“天女”や“羽衣”。そして羽衣を失くして帰れなくなった天女。天の羽衣伝説。
――そういうことか。
実際は違うにしろ、俺はさながら、羽衣を盗んだ人間の男だったというわけだ。
「宮坂さん……君は、この羽衣で天に帰ってしまうのかい?」
「……えぇ。見つかったのだから、帰るつもりよ」
“帰らなければならない”。きっと、その彼女の言葉は本当だろう。けれど、そんな悲しそうな表情で誰が信じられると言うのか。
「こんな時に言うことじゃないかもしれないけれど、俺は君が……宮坂瑠奈さんのことが好きだよ」
「え……」
「だから、帰らないでほしい。そう願ってはいけない?」
顔を真っ赤にしてこちらを見る宮坂さん。初めて見た、彼女の人らしい姿に微笑ましくなる。そっと宮坂さんの手を握る。羽衣を俺達の手の間に挟んで。
「だって、私は……」
「俺は、ここで初めて君の舞を見たときから心を奪われていたんだ。宮坂さんが、人じゃなくても関係ない。俺が好きなのは、君だから」
「……幸村くん」
ぽろりと零れた涙は、酷く綺麗で美しい。そっと涙を拭ってから、宮坂さんに羽衣を渡して一歩退く。最後に決めるのは、彼女だから。
「私も……貴方に惹かれていたの。実を言えば、初めて会ったときから。天界へ帰れなくなって、今回のように紛れ込むことを繰り返しながら過ごそうと思ったのに、貴方と過ごすことを楽しく感じてしまった……」
“惹かれていた”という言葉が嬉しくて、胸にストンと落ちていく。けれど、どうしたって過去形なのだ。その答えは、目の前でゆっくりとした動作だけれど、羽衣を纏っていることだろう。
「でも……帰らなきゃ。幸村くんと、ずっと過ごしたいのに……」
拭ったのに、また止め処なく流れていく涙。それをもう拭ってやることは出来ないのだろうか。震える身体を抱き寄せてやることだって――。
そうこう考えているうちに、ふわりと彼女の身体が浮いていく。彼女が本当に天女だと、実感させられる。
「……ありがとう、幸村くん。本当に、楽しかった」
もう手の届かない高さにいる宮坂さん。彼女から流れた涙が、まるで雨のようにぽたりぽたりと降り注ぐ。最後に決めるのは、紛れもない彼女だ。だけど、好きな人がそんな悲哀を浮かべているのに、そのまま返すことなんて出来るわけがない。
「瑠奈!俺が、君を受け止めるから!!今は難しくても、絶対幸せにするよ!だから……天界じゃなくて、俺を選んでほしい!!」
手を大きく広げて、叫ぶ。今はまだ学生で子供だ。彼女をきちんと幸せには出来ないだろう。けれど、必ず俺が君を幸せにしたい。そう、思ったから。
涙に濡れた天女は、嬉しそうに羽衣を脱ぎ捨て、
空から舞い降りた天女を抱き止めた
人間の男と幸せに暮らしましたとさ
伝説なんて
悲しみの涙から、喜びの涙へ
伝説なんて、ふっ飛ばしてしまえばいいのさ