テニスの王子様
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いつからだっただろうか。よく話をしていたあなた達が、余所余所しくなったのは。あの女が何かをあなた達に言う度、一人、また一人と離れていった。
今となっては、あなた達の一方通行でしかない言い分も、テニスがあるから暴力はしないけれど、チクチクとした視線や、居ないように扱う態度も。あの女に泣き付かれ、言われたからこちらへ言っているだけ。所詮、操り人形だ。偽善の塊でしかない。それでも、彼等は正義のヒーローを気取っているのだから。
「……終わらせようか」
舞台の幕はとうに上がっていた。つまらない日常。変わらない現状。もう既に見飽きてしまったそれらを、この手で終わらせるために。
――自分達が正義のヒーローだとそんなに言うのなら、ならせてあげる。
にやりと上がった口元をそのままに、ケータイだけを持って彼等の部室へと向かった。
「……今、何て?」
「だから言ったでしょ?あの子を虐めたのは私。あの態度も言葉遣いも気に入らない。……鬱陶しいのよ」
目を見開くテニス部の面々。今まで、一切認めようとはしなかったのだから、それは驚くだろう。
――さぁ、あなた達のなりたいようにさせてあげた。ほら、これで満足でしょ?
「……何、嘘を言っているんですか?」
「嘘?そんな訳ないでしょ?若、私があなたに嘘ついた事、あった?」
「ありません。瑠奈先輩が俺に嘘をついたことなんて、一度も……。それでも、今回は違いますよね。何でそんな嘘を……っ!!」
ずっと、『私は無実だ』と一人主張してくれた若。可愛い後輩を傷付けることに少し心は痛むけれど、それでも構わない。私は、今この瞬間を他のあなた達の為に楽しく演じてあげる。
「若、こんなやつもう構うなよ!」
「くそくそ!今まで嘘ついて騙してただけだろ!!」
「あの子だけやのうて、日吉まで傷付けるんか」
「そんな奴だったんだ。日吉がどんな気持ちで宮坂を信じていたか、お前は知らねぇんだろうなぁ?」
啖呵を切ったように浴びせる、私への言葉。跡部に至っては、『若の気持ちを私は知らないだろう』と言っていた。
――本当、何戯言を言ってるんだか……。
唯一、味方をしてくれていた彼の気持ちを知らなかったら、もっと早くに今の行動に移していた。彼がいたから、私は今この時まで『何とかしよう』と模索していたのだ。だけど、どうしようも無かった。解決策など、見付からなかった。そうなってしまえば、もう彼等の言葉や視線に耐えるのも馬鹿らしくなってきて。そして、今の一辺倒な日々を壊してしまいたくなった。
だから、私の準備が出来てしまった今、私にとっての悲劇を、あなた達にとっての喜劇を、演じようと思ったのだ。
「ほら、もうあの子が来るんじゃないの?守ってたら良いじゃない。『自分が正しい』って主張しなよ」
「言われんでも守ったるわ!」
「当たり前だ。何の力もねぇお前とは違うんだよ」
確かに、私自身に“力”なんてものはない。氷帝に通っているのも、親の財産、職業があってこそだ。だけれど、私に“力”が無くても“得意な事”はあった。
「あぁ、君達はえっらーいとこのお坊っちゃまだからね。そりゃ、“お金”って力では守れるでしょ?」
「……何が言いたい」
「何にも?ただ肯定しただけだよ」
「フン……負け惜しみみたいだな。……てめぇんとこの事業も終わりだ。親は世界に出る予定だったんだろうが、ここにいる奴等はおろか、学校の連中も協力なんてしねぇ」
肯定の意を示すように、若を除いた周りの人達は笑い声を上げる。予想通りの事をしてくれる。そう言うと思っていた。だからこそ、その為の準備だったのだから。
「そうだね。確かに世界に出るのは父さん達の夢だよ。だけど、それにあなた達の助けなんていらない。むしろ、縁なんか切りたいくらいだから」
音が付きそうな程、にっこり笑ってやれば誰も彼もが不快そうな顔をする。
――それもそうか。自分達から切り離した気になってるんだもんね……。
そんなことを思いながら、ちらりと時計を見れば、予定の時間が迫っていることに気付く。
「跡部先輩!あっ……宮坂先輩も……」
「あぁ、里原か。……その胡散臭い表情を見るのも飽きたよ。いい加減にすればいいのに」
「おい!そんな言い方ないだろっ!!」
「うるさいな。じゃ、私はそろそろ行くよ」
今まで座っていた椅子から立ち上がり、部室の出口へと向かう。周りの『何を言っているのかわからない』という顔がたまらなく楽しい。思わず上がる口角を必死に隠そうと思っていれば、不意に手首を掴まれた。
「……若?」
「……どうしてですか。何で、俺に何も言ってくれないんですか?」
周りに聞かれたくないのだろう。若に抱き締められ、かつ小声で問いかけられる。それだけで、冷えた心が少し温かくなるようだった。
――傷付けるような事を言っても、あなたはまだ、私を信じてくれるんだね……。
『ごめんね。……若だけは助けるから。何があっても。今まで、ありがとう』
『本当にありがとう』と心の中でもう一度呟く。彼がいたから、私は私の出来ることで頑張る事が出来た。彼に、感謝を伝えられただけで十分だ。
若からそっと離れて扉を出る時、あの子に目を向けた。若に抱き締められていたと言うことに対する嫉妬、これから起こる事に対する期待、演技で彩られた恐怖。それらが混ざり合ったそんな姿が本当に滑稽で、笑い出しそうになる。声をかけたのは、深呼吸のあとだ。
「……里原の望むように演じてあげる。だけど、その後はあなたがちゃんと演じてね」
「え……あ……何、を」
『意味がわからない』と言った表情に満足して、今度こそ振り向きもせずにテニス部の部室を出ていく。夏の湿気を含んだ暑さの中、校舎をただひたすら歩く。歩きながら確認するのはケータイ。
――正午まで、あと十分くらいか。
ここにいるような、お金に物を言わせる人達を相手に、私が大切な人を助けるために唯一出来ること。それが“ハッキング”や“情報操作”であり、彼等の知らない、私の得意な事だった。
掲示板にチャット、ホームページ、動画サイト、SNS――。この事の為に、ありとあらゆる手段を使った。今回、あなた達がした事は何であれ、確実に広まる。東京だけに留まらない。関東、東日本、全国、世界にだって。今のインターネットは、スゴいと思う。すぐに世界と繋がるのだから。
――悪事なんて、すぐに世界規模まで知らせられるんだよ。
「暑いな……」
目の前の扉を開ければ、そこは最終目的地。一番風が通り、一番ジリジリと太陽が照りつけて、一番天に近い場所。ここで、私の願いは終わる。ケータイを確認すれば、正午三分前。
――もう少しだ……。
迫る時間に、そわそわと気持ちが落ち着かない。正午、このケータイの通話ボタンを押すだけで、私の集めた情報は様々な媒体に配信される。止められるのは私だけ。ケータイが残れば、希望も残るだろう。けれど、ケータイには複雑なロックがかかっているし、残念だけど私と一緒に壊れてもらおう。
「あと、一分……」
口角が上がる。それとほぼ同時に、どこからか流れ出した音楽。これは、“アルルの女”のファランドールだったか。
――最後の最後に、ふさわしい曲で見送ってくれるんだね。
私は、アルルの主人公の様に身を投げるだけでは足りなかった。報復をしてからでないと、いけない。
「残り、三十秒……」
私が望むのは、あなた達の社会的抹殺だから。だけど、若が『どうしても助けたい』と言うのなら、一つだけその道も残してあげる。時間がないから簡単にではあるけれど、これからの事、テニス部の事を書いたメッセージを送った。この後、どうなるかを見られないのが残念だけど、私の出番はここまでだ。
次は、あなた達が演じて堕ちる番。
――悲劇だからこそ、楽しく明るく演じてもらわなきゃ。
「……タイムリミット。アハハっ!楽しかった!!」
ケータイのボタンを押すと同時に、眼下に見える地に背を向けて屋上を蹴る。最後は地上を見るより、青空を向いて。
――さぁ、残ったあなた達は、どんな演技をするんだろうね?
時計を見た後、出ていったあいつに、何も言うことが出来なかった。いや、『何て声をかければ良かったのかわからなかった』という方が正しいか。どこかに行くみたいだったが、俺達が守りたい奴はここにいる。
――危害を加えるわけじゃねぇなら、ひとまず安心だな。
「跡部、もう十二時やで。そろそろお昼にしよや」
「そうだな。部員達にも休憩だと声をかけろ」
「それじゃあ、私が行ってきます」
「あぁ、悪いな」
里原は働き者だ。俺達の為に、走り回って働いてくれている。だから、宮坂が里原虐めていると知ったとき、宮坂には憎悪しか浮かばなかった。
――こんなに頑張っているやつを、どうして虐められるんだ。
そんな宮坂も、今は出て行ってもういない。『清々した』と思うのに、このざわざわとした胸騒ぎは何なんだ。
そう思っていれば、不意にケータイが鳴り出す。この音は、俺様の物ではない。周りを見渡せば、手を上げたのは忍足。
「すまん、俺や」
「部活中だろうが。……良いから出ろ」
「悪いな。もしもし、おとん?……今?今は部活やけど、どないしてん?」
電話の相手は忍足の父親らしい。
――何かあったのか?
周りは気に止めていないが、俺は何故かそのやり取りが気になった。暫く忍足を見ていれば、どんどんと顔は青褪めていく。
「……は?今、何て……?『医者辞めた』て、どういうことやねん!!!!」
怒鳴った忍足に周りの視線が集まる。普段、宮坂に対してしか怒鳴ることがなかった忍足が声を荒らげた。見ていた顔は、青を通り越して真っ白だ。
――忍足の父親が、医者を辞めた……?何故だ。何かあっての事なのか?
考えても答えなど出て来やしない。ガタンと音を立て、忍足は椅子に崩れ落ちた。話を聞こうと忍足に近寄る。
「……もうえぇ。帰ってから話聞く。大阪、戻らんなアカンねやろ。先、帰っといてくれ……っ!」
「……忍足、何があった」
「……おとんが、俺のせいで……医者、辞めて……大阪行かんと……」
声をかけても、忍足自身、混乱しているのか途切れ途切れの会話にしかならない。『これ以上は無理だ』と判断して、向日に忍足を送らせた。さっき感じた胸騒ぎは、この事だったのだろうか。それに、忍足は『俺のせいで』と言った。無いと思いたい。だが、どうしたって頭を過る。
――なら、俺自身も……連絡が、来てるんじゃないのか……?
恐る恐るケータイを見れば、十二時を過ぎた辺りから、今ケータイを見るまでの約十五分間で不在着信が二十五件。どれも、両親からだった。嫌な予感しかしない。出来れば、かけ直したくない。だが、そんな考えを打ち砕くように、画面が着信を知らせる。相手は、父だった。
「……はい」
《どうしてもっと早くに出ない!!もう跡部財閥は終りだ!!》
「終わり?どう言うことですか?」
《どうもこうもあるか!!世界各社から、跡部との契約は手を引くと言い出した!》
「何故です?そんな急に……」
《急も何も、お前が虐めなんて起こすからだろう!!》
「……虐め?虐めってどういう――」
《無自覚であんな事をしていたというのか!!ニュースでもやっているというのに……っ!宮坂の娘に手を貸せば、ウチも生き残れたんだ!!周りも見れんような貴様には絶望した!!二度とウチの敷居を跨ぐんじゃない!!》
「待ってください!!話を……っ!くそっ!!」
一方的に切られた電話を見つめる。まだ感情が付いてこない。
『跡部が終わる?』
『俺が虐めをしていた?』
『宮坂にしていた事か?』
『俺が、無自覚でやっていたから、やっていた事が“虐め”なんだと気付いていなかったのか?』
そんな考えばかりがぐるぐると頭を巡る。忍足に次いで、俺も顔面蒼白だったのだろうか。宍戸が心配そうに声をかけてくる。
「跡部、どうしたんだ?」
「……家が、跡部が……終わった」
「なっ!?」
「どうしてですか!?世界中に通じるほど大きかったじゃないですか!!」
驚く宍戸と鳳。そうだろうなと、どこか他人事のように思っている。俺だって、『跡部』は大きいのだとそう思っていた。
「俺も関わっていた虐めで、信用を失ったらしい……」
「虐め?……まさか!」
鳳も考えつくと言うことは、やはり宮坂の事で間違いないだろう。
――どうすれば良い……?まさかこんなことが…。
騒ぎ立てる俺達を軽蔑したような目で見ながら、日吉はケータイの画面を撫でる。
「十二時に瑠奈先輩から、メッセージが来ました。『今までの事を世間に知らせる』と、『自分はこの世界を降りる』と……。そして、『俺の安全は保証する。テニス部は、俺の判断で助けても良い』とね」
「それじゃあ、俺達は…」
「おい、助けてくれよ!日吉!!」
「お願いだ!!」
日吉の言葉に絶望する俺と、日吉に詰め寄る宍戸に鳳。それら一瞥しては、侮蔑したように薄っすらと笑う。
「……無様ですね、皆さん。瑠奈先輩が何を言おうと無視を決め込んでいたのに、助けてほしいだなんて」
「そん……な……」
「確かに、そうだがよ……」
「俺は助けるつもりなんてない。当たり前だろ?あんた達が瑠奈先輩を殺したも同然だ。自業自得じゃないか」
確かに日吉からすれば、ずっと信じていた人が俺達のせいで亡くなった。ならば『自業自得』だと、そう思っても仕方がないのかもしれない。へたり込む宍戸と鳳を、俺も見ていることしか出来ない。立ち上がった日吉が、扉の前でこちらへ振り返る。
「……せいぜい、自分の罪を悔いて悲劇でも演じるんだな」
日吉が去った扉が、パタンと音を立てて虚しく閉まる。先程まで、宮坂がいなくなった事を喜んでいた。自分で罪を認めて去るだなんて、残った俺達からすれば、滑稽な悪役を笑う喜劇だと思っていた。だが、それはどうやら違うらしい。
――話を聞いていれば違ったのか?謝っていれば違ったのか?それとも……。
なんて考えても、結果は変わらない。これから来る不安に押し潰されそうになりながら、俺達は黙るしか出来なかった
これが俺達の結末。
俺達自身は喜劇から悲劇へ。
世間にとっては、これ以上ない喜劇で。