テニスの王子様
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小学生の頃、内気で泣き虫だった私。仲の良い子はいたけれど、私がすぐに泣いてしまうことが面白かったらしい男子にいつも泣かされていた。
――こんなところにいたくない……!!
毎度、泣いては教室を飛び出し、向かうのは校舎裏にある木の陰。先生だって滅多に来ないここは、隠れるのに匹敵だった。
「おーい、お前また泣いてんのかよぃ」
「……だって、同じクラスの子がいじわるする……」
ここで人に見つかったことはない。毎回泣いていればやってくる、彼ただ一人を除いては。木の後ろからこちらを覗き込む彼は、他のクラスの子だけれど赤い髪が印象的でよく覚えている。
「しかたねぇなぁ……。ほら、これやるよ!」
「……アメ?」
「おう!おれの好きなやつ!あ、他のやつらにはないしょだからな」
『先生にも言うなよ!怒られるからな』と、釘を刺してくる彼に貰った飴を口に入れる。いちごみるくの優しい味に、思わず笑みが浮かんでくる。それを見てだろうか、彼も嬉しそうに笑うものだから。
「ありがとう……」
「おう!もう泣き止んだだろぃ?行こうぜ!」
私の手を取り、木の陰から日の当たる場所へ。駆け出した彼の背中は、小学生なのだから小さいはずなのに、その時は大きく、頼もしく見えたのを今でも覚えている。
「で?発展はねぇのか?」
「ないよ。あるわけないでしょ」
「…まぁ、クラスも違えばな」
目の前で苦笑するのは、クラスメイトのジャッカルだ。小学六年生の時に同じクラスになってからというもの、よく話をするようになった。『話』と言っても様々だけれど、特に話すのは彼の相方のことかもしれない。
「おーい、ジャッカルー!英語の辞書貸してくんねぇ?」
「ブン太。また忘れたのか?」
考えていれば、教室の入り口から横にいるジャッカルへ声がかかる。ご本人のご登場だ。丸井ブン太。
小学生の思い出の頃から数年が経ち、私達も気付けば中学三年生になった。中学に上がった頃から私も泣き虫ではなくなり、一人涙することも無くなった。良いことではあるけれど、その代わりに丸井と話す機会が無くなった。小学生の頃もそうだったけれど、今に至るまでの数年間、彼とは別のクラスで部活も被らない。委員会だって違えば、接点など何処にもなく。こうなれば、話すきっかけはほぼ皆無だ。
――話せなくても見るだけなら。
そう考えて以来、遠くから彼の部活をしている姿を一方的に見ているだけになる。
「昨日持って帰って、持って来るの忘れたんだよ」
「へぇ……お前が持って帰るなんて珍しいな」
「赤也の勉強を柳が見るって言ってたんだけどさ。それに俺も付き合わされたんだ」
『見たいテレビがあったんだけどな』と言いつつも、あの感じでは最後まで付き合ったのだろう。彼は面倒見の良い人だから。
「なるほどな。そういうことか」
納得したようにジャッカルが聞いていたと思えば、こちらを一瞥した後、にやりと笑ったのが見えた。
――何か、嫌な予感がする……。
予想は当たってほしくない。けれど、口を挟むような状態ではないだけに、今は静かに様子を見守るしかない。
「……あぁ、生憎なんだが俺も今日は持ってねぇんだ」
「はぁ⁉マジ⁉……A組もC組も借りに行きにくくて、ここまで来たってのに……」
がっくりと項垂れる丸井を見る。確か、A組にはテニス部の柳生と真田がいたし、C組には幸村がいたはずだ。
――確かに、『忘れた』って言えば何か言われそうな面子だな……。
柳生と真田は委員会が同じであり、一昨年は幸村が同じクラスであった。なので、多少は彼等を知ってはいる。それにしても、何故ジャッカルが『持ってきてない』なんて嘘をついたのか。今日はうちのクラスも英語があるというのに。
「今から戻っても、休憩時間終わるだろ?宮坂に借りたらどうだ?」
「え⁉」
「貸してくれるなら超助かるぜ……!なぁなぁ、辞書貸してくれねぇ?頼む!」
ジャッカルの提案になんとなく察しは付いていたものの、『やっぱりか』という驚きはある。『どうしようか』と思ったところで、目の前で頼み込んでいる彼の姿に否やと言えるわけもなく。
「……良いよ」
「サンキュー!!はぁ……助かったぜぃ……!」
机に入れていた辞書を渡せば、眩しいくらいの明るい笑顔を向けられる。すぐに安堵した姿を見たと思えば、『次の休憩時間に返しに来る』と言いながら去ってしまった。
「……嵐みたい」
「だな」
「『だな』じゃないよ!何で嘘付いたの⁉」
キッとジャッカルを見れば、軽く溜め息をつかれた。つきたいのは私だが。
「宮坂、あいつのこと小学生の時から気になってるんだろ?」
「そっ……うだけど……」
どんどんと語尾が小さくなる。さっきまで睨みつける程にジャッカルを見ていたのに、今では彼を見れずに視線を逸らすしかない。
丸井が好きだと気付いた小学生の頃。あの木の陰にいる時くらいしか話す機会は無かったけれど、思ったよりも私は丸井を見ていたらしい。あの頃から丸井の近くにいたジャッカルに気付かれて以来、同じクラスになった経緯もあり、こうして恋の話は聞いてくれるけれど。
「……でも、こんなに接点もないんじゃ……あの頃のことだって忘れてるよ」
彼からの優しさがに胸がきゅっとした。眩しい彼の笑顔に、胸が面白いくらいに跳ねた。彼の頑張っている姿を見れば、遠くても応援せずにはいられなかった。けれど、きっかけが無ければ話しかけに行く勇気なんて無い。だって彼は、素敵な人だから。
「そうでも無いけどな……」
「……何?」
「何でもねぇ。ほら、授業。始まるぞ」
「あ、うん……」
まもなく、授業開始の鐘がなる。相方に対するこんな話を、文句も言わずに聞いてくれるジャッカルは本当に良い友達だ。
――ネガティブ過ぎたかな……。
授業が始まったが、様々な考えが頭を過って上の空。先生の話も、右から左へと通り過ぎていくのみだった。いつもならば、しっかり取るノートも今日は真っ白で。最終的には、『次の休憩時間に少しでも話せたらそれで良い』という答えに落ち着いた。先生に当てられて、答えられずに怒られたこと以外は、気持ちを整理する良い時間だった。
「いやぁ、マジで助かったぜぃ!サンキューな!!」
「全然……。助けになったなら、良かったよ」
授業が終わってすぐにやってきた丸井。授業を早目に抜けたのか、走ってきたのか、はたまたそのどちらもなのかはわからないけれど。来るまでの時間がとても早かった。渡された辞書を受け取るも、彼と普段話をしないものだから、何を言ったら良いのかわからない。
――何か、話題を……。
あまりに視線が右往左往していたのか、それとも彼が沈黙を耐えられなかったのか。私の手を取り、ぽんと手の平に乗せたのは、いつしか見た飴だ。
「この飴……」
「お前、これ好きだろぃ?あ、くれぐれも内緒だからな!こっそり食えよ!」
満面の笑みで言う彼に、どんどんと顔が熱くなる。このいちごみるくの飴が好きだと思われるくらいに、あの時の私は笑みが浮かんでいたのだろうか。それに、あんなに前のことを、彼は今でも覚えていてくれたのか。そう思うと嬉しいやら恥ずかしいやらで、熱くなるのを通り越して燃えそうだ。
「あの……ありがとう。大事に食べる」
「おー、そうしてくれ」
「ブン太が人に物をやるなんて珍しいな」
「そういう時だってあるだろぃ?……お!そろそろ戻らねぇと!」
飴を貰っていた光景を、見ていたらしいジャッカルが近付いてきて丸井と話している。
――こうして貰うのは珍しいのか……。確かに、いつも何か食べてるイメージだしな……。
そんな風に思いながら、自分の教室に帰ろうとした彼を見ていれば、くるりとこちらを振り返る。何か忘れ物をしたのかと思っていれば、部活の練習中に見るような自信満々の笑顔を向けてくる。
「あと、部活をこんな遠いところからじゃなくて、もっと近くまで見に来いよな!俺の天才的妙技、見せてやるぜぃ!」
そう言い残して、教室へ帰って行った。
――……え?ずっと見てたの気付いてた……?いつからそんな……!!
「おい!大丈夫か⁉」
「だ、大丈夫……。何で……バレて……」
頭の容量がいっぱいいっぱいになったのか。ふらりと後ろに倒れ込みかけたのをジャッカルが、引き止めてくれた。見ていたことがバレていたなんて、そんな恥ずかしいことがあるだろうか。悶々と考える私を、ジャッカルはただ苦笑いで見ていた。
『人思い』な彼を『陽と思い』、
もう胸の高鳴りが苦しすぎて、いっそ『ひとおもい』に突き落としてくれた方が楽なのかもしれない――なんて。
落ちてしまえば、彼に言えるだろうか……。
彼に好意を告げても、きっと『一思い』で済むだろうから。
「宮坂、またあんなところで見てんな……。連れてこようぜ!ジャッカルが!」
「何で俺なんだ!ブン太が行けば良いだろ?」
「……や、俺は……ちょっと……何か、緊張するだろぃ」
そんな会話が為されていたなんて、私は知る由もない。